13 冒険者アイナ
本日2話投稿します。こちらは1話目です。
(まったく、命拾いしたものです……)
翌朝、窓から外の景色を眺めるギルハルドは、昨日のことを思い出して思わず身震いした。
(あの方たちがいなかったら、私は今ここにはいない)
昨夜、ギルハルドの部屋を銀獅子団のアレスが訪れ、自分たちを助けた白い生き物のことや銀髪の少女にくっついている小さな白い生き物のことは口外しないよう念押しされた。それを受けて護衛たちにも他言無用を言いつけた。
(あの小さな白い生き物、キュイックと言いましたか……出来ればあれを譲って欲しかったですけどね)
ギルハルドの原初スキルは『運』と『目利き』。それらを存分に活用し、ギルハルド商会は王都の三大商会のひとつに名を連ねるまでになった。そんな大商会の会頭自らがニーズヘッグにいた理由は、王都西方に広大な領地を持つ貴族の依頼によるものであった。
ギルハルドの商人としてのモットーは「信用」。目先の利益に拘らず、相手の信用を勝ち取ることで商売は大きくなる。商売とは金を稼ぐことではなく、信用を稼ぐこと。人と人の繋がりなくして商売は成り立たず。
ギルハルドはSクラス冒険者パーティ『銀獅子団』との縁を無駄にするようなことは避けたかった。
(彼らを雇えたのも『運』のおかげでしょうか。もとより命の恩人たちに恩を仇で返すような真似はできません。信義にもとる行為は商売人にあるまじきものですから)
裕福な大商人であるギルハルドは、腹黒そうな見た目とは裏腹に真っ当な人物であった。だからこそ商人として成功しているのだった。
* * * * * * * *
七日後。ヨルディアゴの街を出発し、途中で大都市ミルアナを経由して、一行はこのカルデ王国の王都カルディアナに到着した。ニーズヘッグの街から十六日間の護衛依頼を無事終えた『銀獅子団』のアレスは、アイナとキュイックを伴って冒険者ギルド・カルディアナ西支部に入って行く。
カルデ王国最大の都市であるカルディアナは、豊かな緑と水路が巡る美しい街だった。街の周囲こそ高さ十メートルの防壁で囲まれているが、壁の内側でも自然に触れられるため開放感があり長閑な雰囲気がある。
もっともそれは外周の平民区と平民向けの商業区に限られた話であった。都市の中心に近い貴族街は更に高い二十メートルの壁に囲まれ出入りは厳しく制限されている。
カルディアナは巨大な都市のため、東西南北の門の近くに冒険者ギルドの支部を置いていた。門の近くにあるのは、壁の外で依頼をこなす機会が多い冒険者の利便性を考慮したものだ。
「ふぁー。これが冒険者ギルドなんですね」
白い石造りの二階建ての建物に入りながら、アイナが目を丸くする。
「アイナは初めてかい? これからしょっちゅう来ることになるよ」
後ろのアイナを振り返ったアレスがアイナに微笑みかけた。
ここに来る前、アイナが買われた奴隷商の店で労働奴隷契約を正式に解消した。ニーズヘッグの街で『血風の狼団』が起こした騒動は既に伝わっており、アイナがダンジョンに置き去りにされたことを説明するまでもなくあっさりと解消できた。その足で冒険者ギルドに赴いた訳だ。
時刻は十四時過ぎ。ギルドにいる冒険者が一番少ない時間帯である。とは言っても十数人はいる。
「おい、あれって銀獅子団の……」「帰ってたのか」「一緒にいるあのちっこいのは?」「アレスってロリコンだったのか」
最後の声に青筋を立てながら、誰も並んでいない受付のひとつにアレスが声をかける。
「シエナ、ギルドマスターに取り次いでもらえるかな?」
「アレス様! おかえりなさい。少しお待ちくださいね」
ギルドマスターに冒険者側から面会を申し入れ、優先的に面会できるのはSランク冒険者の特権。シエナと呼ばれた受付の女性がタタタっと階段を駆け上がって行く。その間、アイナは冒険者たちの好奇の目にさらされた。
目に入る冒険者たちはみんな身体が大きく強そうだったり、高価そうなローブを纏ったりしている。アイナのような頭に変な生き物を乗せた少女は一人もいない。生き物を乗せてない普通の少女もいない。
「アレス様、お待たせしました。どうぞこちらへ」
シエナの案内で二階の執務室に入る。大きな机の後ろから禿頭の大男が立ち上がった。顔の左側に、こめかみから顎にかけて大きな傷がある、目つきが異様に鋭い四十代の男だった。その男がアイナをちらっと一瞥してから口を開く。
「アレスか。そっちの嬢ちゃんは初めてだな。俺はギルマスのゲイブだ」
「やあゲイブ。こっちはアイナだ」
「ア、アイナです! はじめまして、よろしくお願いします」
ぺこりと礼をするアイナ。その頭で見事にバランスを取るキュイック。冒険者ギルドという場所にそぐわない少女とその礼儀正しさに、ゲイブは久しく感じていなかった新鮮さを感じた。
「あ、ああ、よろしくな。それで今日は何の話だ? ダンジョンと道中の炎飛竜討伐のことなら報告を受けてるぞ」
ゲイブは手でソファを示し、自分も向かいに腰掛けた。シエナが人数分のお茶を出して部屋を出ようとするが、「シエナも同席してくれるかい?」とアレスが引き留める。ゲイブが頷き、シエナはゲイブの隣に腰掛けた。
「このアイナを『銀獅子団』に加えることにした」
ゲイブはぽかんと口を開けながらアレスとアイナを交互に見る。アイナは俯いて膝の上で手をもじもじしていた。
「本気か? もしかして、こう見えて物凄く強いのか?」
物凄く強いと言われ、アイナが更に縮こまる。「うぅ……」と言いながら顔が真っ赤になっている。その肩にアレスが優しく手を乗せる。
「いや、見た目通り弱い。アイナは物凄く弱いんだ」
物凄く弱いと言われ、アイナが「ガーン」とした顔をする。分かってはいた。分かってはいたが、やはりアレスから言われるとショックであった。
「ではなぜ――」
「それは、俺たちにとってアイナが必要だからだ」
アイナがハッ!となってアレスの横顔を見る。その目は真剣だった。誰かから「必要」なんて言われたのは初めてだった。その意味が心に沁み込んで来ると、アイナの瞳に涙が浮かぶ。零れないよう必死に堪えた。
「それ以上説明する気はなさそうだな……」
「ああ。今日はアイナの冒険者登録を頼みたい。それと『銀獅子団』パーティへの加入」
「それは構わないが、お前たちがこなす依頼は、その子にとって危険過ぎないか?」
「危険な依頼の場合は留守番させる。その間の活動はアイナに任せる」
「そうか……」
「それともう一つ。アイナが『銀獅子団』の一員ということを――」
「秘密にするんだな?」
「いや逆だ。むしろ、アイナが俺たちの仲間だということを広めてもらいたい」
「それはそれで色々と問題がありそうだが。余計なやっかみや詮索を呼びそうだぞ」
「そういうのをギルドの方で注意しててもらいたいんだよ。特別扱いはしなくていい。ただ、アイナを困らせたら『銀獅子団』に喧嘩を売ったと俺たちは考える。意味は分かるよな?」
「ああ。お前たちがどれだけこの嬢ちゃんを大事にしてるかは十分わかったよ。シエナ、嬢ちゃんの登録とパーティ加入、書類を準備してくれ」
「分かりました!」
「はぁー、まったく……面倒事を持ち込みやがって……それで、お前たちはしばらくは王都に滞在するのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「分かった。じゃあ指名依頼が来たらいつも通り連絡する。そうじゃなくてもたまには顔を見せろ」
「ああ。そのつもりだよ」
アレスがにやりと笑いながら返事する。
(なんか嫌な予感がするな……)
アレスの不敵な笑みに、ゲイブの巨体が身震いする。
「じゃあ、受付に戻って手続きしてくるよ。ゲイブ、アイナをよろしくな」
「よ、よろしくお願いします!」
立ち上がったアレスの隣で、アイナが再びぺこりと礼をした。「キュイっ!」と鳴きながらキュイックはバランスを取った。
「ああ。せいぜい死なねぇようにな」
この日、カルデ王国王都カルディアナでアイナ・レモンドが正式に冒険者登録された。ギルドマスターのゲイブは自分の「死なないように」という言葉が全く的外れだったことに気付くのだが、それはずっと後のことである。
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