12 神獣
本日2話投稿、こちらは2話目になります。
結局、次の街「ヨルディアゴ」に到着したのはすっかり陽が落ちた頃だった。一台の馬車と二頭の馬を失ったが、幸い残りの二台は無事だった。他の魔物を呼び寄せないために炎飛竜の死骸を燃やし、全員が落ち着くのを待って出発したため予定より遅くなってしまった。
道中、商人のギルハルドから何度も礼を言われ、先程宿に送り届けた際も最後まで言われ続けたアレスは、少しぐったりしていた。戦闘による疲れもあったが、ギルハルドとその護衛たちへの気疲れが主な理由であった。
ここに到着するまでの間、ギルハルドから何度も聞かれた。「あの生き物は何だったのか?」「あの少女は何者なのか?」それに対して「いやぁ、俺たちにも分かりません」「アイナは普通の子ですよ」というのを表現を変えつつ何度も繰り返した。
『銀獅子団』もようやく宿に落ち着き、キュイックを頭に乗せたアイナにアレスが尋ねる。
「それで、あれはいったい何だったんだ?」
「キュイックのお母さんですよ」
アイナは、なぜ当たり前のことを聞くんだろう?といった顔で答える。
「アイナはさ、あれがお母さんってすぐ分かったの?」
モニカが前のめりになる。『銀獅子団』の中で最もシスコン的な何かが重症なのがモニカであった。
「だって、最初に言われたじゃないですか。『この子の母です』って」
モニカは、自分が聞き逃したのかと思い他の三人を見回す。すると三人ともふるふると首を横に振っていた。ヒューイが口を開く。
「そりゃあ、アイナだけに聞こえてたみたいだな」
「えっ!? そうなんですか? てっきりみんな聞こえてると思ってました」
「他にも何か言ってたかい?」
アレスが尋ねる。
「えっと、自分は『シンジュウ』で、キュイックが危ないと思って助けたって。でも余計なことして済まなかったって言ってました」
「余計な……」
四人はその言葉を聞いて絶句した。あの、二匹の炎飛竜を従えていた巨竜は、明らかに『銀獅子団』を上回る力を持っていた。キュイックの母が介入しなければ全滅していたかも知れない。あの時、全員が命を賭して闘う覚悟を決めていたのだ。
「つまり、俺たちはキュイックとアイナに救われたってことだな……」
「?」「キュイっ?」
アレスの呟きにアイナとキュイックが首を傾げた。キュイックと、キュイックを大事にしているアイナがいたからこそ、あの生き物が巨竜を仕留めてくれたのだった。
「あ……あと、キュイックは『ぽーたる』? に乗っちゃって、お母さんが目を離した隙に最深層から二十階層に移動しちゃったみたいです。そこで私と会って……やんちゃだから気を付けてって言われました」
「なるほど。そういうことか……ニーズヘッグ・ダンジョンの浅い階層に強い魔物が移動してたのはあの生き物が原因だな」
『ぽーたる』というのは転移魔法陣のことだろう。最深部にあの巨竜を瞬殺するほど強大な生き物がいたから、それから逃げるように深部の魔物が上の階層に移動した。その結果、魔物の分布に異常が起きていたという訳だ。
「あのお母さんは、キュイックが卵から孵化するまで誰にも邪魔されたくなかったみたいで、たまたまあの場所にいたらしいです」
「そうなんだ。って言うか、アイナには色々教えてくれたんだね。なんでだろう?」
モニカが当然の疑問を口にした。
「キュイックが私のことをお母さんに説明してくれたみたいです。なんて言ったのか分かりませんけど」
そう答えながら、頭にいたキュイックを膝の上に抱き「ねーっ?」とキュイックに同意を求めるアイナの姿に、四人が萌えたのは言うまでもない。
「ま、まぁ、アイナが気に入られるのは当たり前よね!」
重症度一位のモニカがドヤ顔で宣言する。
「『シンジュウ』……『神獣』。分かった。あれは神獣様だ」
それまで黙っていたネネが突然口を開いた。
「シンジュウサマ?何だそれ?」
ヒューイが代表してネネに尋ねる。
「神様の獣と書いて『神獣』。昔読んだ本に書いてあった」
「神様の獣か。確かに、あの気は見たことのないものだった。それで、それはどういう生き物なんだ?何か特別な意味を持ってるのか?」
「んー。分からない」
「 「 「 分からんのかいっ!」 」 」
アレスとヒューイ、モニカが同時にツッコんだ。アイナは目を丸くしている。
「んー。そもそも神獣って、神話に出て来る生き物だから。あの力とか雰囲気からすると、聖属性か光属性の生き物だと思うけど、確かなことは分からない」
ネネの言葉に、全員がキュイックを見つめる。キュイックは「キュイっ?」と首を傾げた。
「神獣ねぇ……」
巨竜を一瞬で亡き者にしたあの生き物に比べ、キュイックはあまりにも頼りない。姿形は似ているものの、今のキュイックをあの強さと結び付けるのは無理な話だった。
しかし、キュイックが成長して母親と同じ強さを発揮したら? 成長するのにどれくらいの時間がかかるのか分からないが、キュイックが強大な強さを秘めていると誰かが気付いたら?
アイナと同じように、心無い誰かに利用されたり、キュイック自身が人間に敵対するようなことになれば、あまりにも大きな脅威になることは容易に想像できる。『銀獅子団』にとっては悩みのでっかい種が増えたことになる。
「キュイックは私が守ります! お母さんと約束したので」
アイナが力強く宣言した。その姿に、まるで幼い娘が成長したような気持ちになる四人は、でっかい悩みの種のことなど忘却の彼方に追いやった。有り体に言えばほっこりしていた。
「そうだな! どうせやることは変わらないんだ。とりあえず、神獣とキュイックのことは俺たちだけの秘密ってことで、他言無用だ。それでいいな?」
「 「 「 「 了解っ!」 」 」 」
ヒューイ、モニカ、ネネ、アイナが揃って返事をする。アイナもすっかり銀獅子団の一員だった。
かぽーん。
「ふぁー。しっかし今日は疲れたねぇー」
『銀獅子団』が取った宿の女風呂。浴槽に浸かったモニカが、両腕を真っ直ぐ上に伸ばしてノビをしながら言う。
「ん。今日は久しぶりに死ぬかと思った」
ネネが冗談めかして言うが、実際冗談ではなかった。
「今日のみなさんの闘い、凄かったです。私、目が離せませんでしたもん」
モニカとネネに挟まれてちんまりしているアイナが口を開く。それはアイナの本音であった。アイナの目の前にぷかぷか浮かぶ桶にキュイックが仰向けで入っている。半分入れたお湯に浸かっているキュイックは目を閉じて気持ちよさそうである。
「そ、そう? どのへんが?」
モニカがアイナの方に向き直り、というかアイナの右腕に己の豊かな双丘を押し付けながら聞いている。
「もう、とにかく強い……二匹目の炎飛竜に、いつの間にか矢が刺さってて……射ったことにも気付かなかったです」
モニカをたてるアイナ。アイナはとても気遣いの出来る子であった。
「ふ、ふーん? あれはコツがあるのよ。今度教えてあげる」
「アイナ、私は? 私の魔術、どうだった?」
いつも口数少ないネネが、ぺたんな胸を必死にアイナの左腕に押し付けながら尋ねる。ネネとしては、最近座学でアイナとたっぷりコミュニケーションを取っているので、モニカよりも自分の方がアイナに好かれているという自負があった。全くもってどうでもいい話である。
「モニカさんの矢が刺さった後、怯んだ炎飛竜に放ったネネさんの魔術……あの連携はしびれました」
アイナはどこまで行っても気遣いの出来る子。モニカも立てつつ、ネネの自尊心を満たす。十二歳の少女とは思えぬ人たらしっぷりである。
「ん……そ、そうかな? 今度教えるね」
アイナから褒められて有頂天の二人の前を、キュイックが浸かっている桶がプカプカと通り過ぎる。
お姉さん二人に挟まれても、最初の時のように気後れしないアイナであった。銀獅子団と出会って二週間足らず。だが、共に濃密(?)な時間を過ごし、お互いになくてはならない存在になりつつあった。
(よしっ! 私もがんばらなきゃ)
二人のお姉さんに抱えられた両腕の先で、小さな拳を握りしめて決心を新たにするアイナであった。
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明日も2話投稿予定です。
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