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わらしべ聖女様 〜TS転生放逐令嬢の奮闘記〜  作者: 何某さん
ハジマリのChastity belt
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Battlefieldでの出会い:2


 商人の馬車は壊れてしまっていたために、エレノアを含む一行は徒歩で城下町に向かうことに。

 エレノアの事情説明だけでだいぶ時間がかかり、城下町に着くころには陽が沈みかけており、空が夕焼けに染まっていた。

 町の門を潜り抜けたところで、エレノアたちは解散することになった。

「本日は本当にありがとうございました……」

「俺達からも礼を言わせてくれ。あんたが助けに来てくれなかったら、揃いも揃って今頃野盗どもに殺されていただろう」

「あなたは命の恩人よ。本当なら、いくら払ってもお礼しきれないくらいなのに……」

 彼らは、冒険者ギルドに護衛の依頼を受けられる程度の実力を認められてから、まだ日が浅いらしい。

 今回は商人がギルドに依頼は達成、ということで口添えしてもらえるといっていたらしいが、彼らとしては失敗以外の何物でもないのだろう。

「魔物と人とで、戦い方が違う……今回の依頼で、改めて認識させられたよ」

「まぁ、そうでしょう……。魔物たちは、多少の悪知恵を働かせて来ることもあるでしょうけど、そのほとんどが本能に忠実に従っているだけですから」

 その点、対人戦だと自分も相手も互いの動きを読み合いながら、様々な策を巡らし合って戦う。相応の戦略性がなければ、魔物よりも身体能力が低いのに、魔物以上に厄介な相手と戦うことになるのだ。

 辛辣だが、商人の護衛にあたっていた冒険者は、そのあたりが足りていなかったということになるだろう。

「しかし困りました……」

「というと……?」

「命だけは助かりましたが、仕入れたものは持ち運ぶことができませんでしたから……」

「あぁ……なるほど……」

 確かに、あの馬車の状態だと、商品の持ち運びは不可能に近かっただろう。

「取り回しに便利だからと、『ストレージバッグ』に頼り切っていたのがあだとなりました。まさか、流れ矢が当たって破れるとは……」

「それは……」

 確かに、それはとても痛手となる被害だ。

 まず、『ストレージバッグ』自体が高価だ。内部の空間そのものを魔法によって拡張しているバッグのことを指すが、それだけでも馬鹿にならない値段となる。

 加えて、『破損時に収容物放出』の処理が施されていないと、『ストレージバッグ』に収めていたものはかかっている魔法の消失と同時に収容物までもが失われてしまう。

 商人の口ぶりからして、おそらくは――『破損時に収容物放出』の特殊効果はなかったのだろう。

 単純に『ストレージバッグ』を失う以上の被害を被った、ということだ。

 こればかりは、どうしようもない。と思う一方で、どうにかしてやりたい、と考えもある。

 というより、どうにかしてやりたい、という思いの方が強いエレノアだった。

「あの、よろしければ、代わりにこれを使ってください」

「これは……もしや、『ストレージバッグ』では!?」

「はい。そうです」

「いけませんよ、そんなものを」

 やはり、高価なものなのでそうやすやすとは受け取れない、とパッセは断った。

 まぁ、普通にこの場合はエレノアの方が異常と考えてしかるべきだが。

 とはいえ、彼女自身は別に痛手とは考えていなかったりする。

 何しろエレノアには、マジックポーション作成という伝家の宝刀があるのだから、実は『ストレージバッグ』くらいであれば、そこそこのマジックポーションを商業ギルドに卸すだけで、割とすぐに予算が組めたりしてしまうのである。

 『ストレージバッグ』を手放すのは手痛いけど、この前みたいにマジックポーションを売っていれば、すぐにお金は溜まるよね、という楽観的な考えからくるもので、ひとえにカイルの必死の説得の賜物(?)だろう。

 本人が聞いたら、そういうことではない、と頭を抱えそうだ。

 いや、ここにはいない彼だけではなかった。実際にエレノアの目の前にいるパッセが、どう対応したらいいものか、と頭を抱えて悩んでいる。

 しかし、エレノアはそれを意に介さないようにクスリと笑いながら、何も気にすることはないのだ、とパッセを諭しにかかった。

「大丈夫ですよ。これを手放しても、どうにかなると思ってますし、どうにかできる手もありますから」

 例えばこれとか、と『ストレージバッグ』とは別のバッグ――というよりは背嚢から取り出したのは、一本の薬瓶。

 付加魔法により、瓶自体に『靭性強化』『硬度強化』が付与されており、中の液体は治療魔法のヒールが付加されているミドルヒールポーション。

 アンチミネラリーヒールポーションでさえ小規模な屋敷が一つ買える値段なのだから、単純にヒールポーションの中でも、市場に出回りやすいエイドヒールポーションよりも効き目が強い、ミドルヒールポーションならどうか。そして、それ以上に強力なリカバーヒールポーションならどうなるか――と、いろいろ考えているのだ。

 キャラクター設定に会った通り、エレノア・レーペンシュルクはポーションをはじめとする、様々な消耗品の作成に精を出していた。

 そのため、使用経験はないものの、知識だけならリカバーヒールの使用方法をはじめ、治療魔法の扱い方は一通り頭の中にぶち込まれている状態だ。

 言い換えれば、試行錯誤すれば一通りのヒールポーションを作れるようになるのは時間の問題、というやつである。

 早くこいつを何とかしないと、ルベルト王国のヒールポーション市場が壊れかねない事態になっていることだけは確かだろう。が、どうにかしようとするものはまだいなかった。

 パッセが怪訝そうな顔をしながらも、本人がそこまでそう言うのなら、むしろ無碍にするべきではないか、と逆に商人らしい顔つきで、恭しく『ストレージバッグ』を受け取ったからである。

 ただし、やはりというか、商人だからこそと言うべきか。

「しかしながら、やはりこれだけの品。ただで受け取るわけにはいきません。ここは何か一つ、お礼をさせていただきたい」

「はぁ。お礼、ですか……」

「はい。せっかくこれだけの品をいただいたのですから、一商人として、対価を支払わないわけにはいきません」

 カイルも言っていたことである。

 働いた分については、相応の支払いがあってしかるべき。働いた側も、これの受け取りを拒むことは許されない、と。

 今回の場合、働いた、というよりは単純に持ち物を譲ったというだけなのだが。

 それでも、相手が対価を支払うといっているのに、それを無碍にするというのは、なにか間違っているような気がするので、エレノアはおとなしくその『対価』をもらうことにした。

「ん~、しかし今の状態ではとにかく支払えるものがありませんな。とりあえず、都合がついたら使いのモノを出しますので、それまでお待ちいただけますか」

「はい、わかりました」

 とはいえ、パッセは野盗の被害に遭ったばかりだし、渡したストレージバッグに見合うものなど、パッと出てきていいものでもない。

 おそらく、数日間の間は吟味するために費やされるだろう。

 それまで、エレノアはゆっくりと開業準備にいそしむことにした。


 時を同じくして。

 冒険者ギルドのギルド長執務室。

 同ギルドが、トップクラスの実力ありとしてそのランクを認定したSランクの冒険者、そしてそれには及ばないながらもその域に到達しつつあるとして認められたAランク冒険者数名。そして、同ギルドの王都本部長にしてグランドマスター。

 堂々たるメンバーがそろい踏みしているこの場の空気は、ひどく重苦しいものだった。

 それもそうだろう。なにせ、ギルド長と対面する冒険者たちはみな、討伐を依頼された魔物によって手酷くけがを負わされているのだから。

 片腕を失ったもの、片足を失ったもの。

 隻眼になってしまったもの、両目を失ってしまったものなど、その差は様々だが、共通するのは体のどこかしこが欠損していることであった。

「……その様子だと、聞くまでもない。が、一応、聞かせてもらいたい。……グラウンドドラゴンの討伐は……」

「なんとか、成功した。が、こちらもただでは済まなかった。見ての通り、各パーティのリーダー格がこんな感じだ。他にも、のどを潰されて魔法使いとしての生命を絶たれた奴。下半身がなくなって、命からがら逃げかえってこれた奴。王都に帰ってこれた奴らは、運がよかったとしか言いようがない」

「試合に勝って、勝負に負けた。まさしくそんな感じの顛末だな。……これじゃ、Aランクの座も返上しないといけなくなっちまう……」

「私達は、特に被害が大きかったから……。一応、体の欠損だけは何とか直せたけど、ほぼ全財産はたいてもまだ足りなかったから……」

 隻腕となってしまった坊主頭のガタイのいい男性冒険者が、元は女性受けの良かっただろう顔を焼かれてしまった男性冒険者が、そしてここにいるメンバーの中では唯一見た目は何ともない女性冒険者が、口々に被害状況を述べる。

 特に最後に口を開いた女性冒険者は深刻そうな顔だ。

 それもそうだろう。全財産をはたいてなお、足りないほどの治療費を支払った。それはつまり、現在絶賛借金中の身であり、場合によっては奴隷墜ちが確定してしまうほどの事態なのだから。

 魔物がはびこるこの世界、冒険者や兵士の命の価値は決して高くはない。

 語弊のある言い方だが、そう言われてもおかしくないほど、彼らの仕事は命懸けだ。

 現にこうして、自身の人としての権利すら質に入れないといけなくなる事態にも普通に見舞われるのだから。

「二人のチームは、治療費は……」

「まぁ、欠損した部分の再生費はこれからちまちまと稼いでいくって感じだな」

「ランク落ちは免れないが、身動きが取れなくなるよりはましだからな」

「そう、か……。セシリア、君のパーティが背負った借金は、俺が考えても普通の手段じゃ返せねぇ。俺の、ギルドの見立てが甘かったせいだ、すまなかった」

「別にいいわよ。私達も、あんなの予想がつかなかったし。借金のことも、仕方がないといえば仕方なかったしね。私達に掛けられた呪いは、そこまでして解かないといけなかったから……。まさか、あんな規格外な奴とは思ってもいなかった」

 それほどまでに、今回発見されたグラウンドドラゴンは、いろいろとおかしかったのだろう。

「………………、とりあえず、この辺りで俺達にはわからない何かが起ころうとしている。その前提で動くべきなのは変わらないだろうな」

「そう、ね。それは確かなことよ。……まさか、グラウンドドラゴンが、マリオネットチャームを使ってくるとは思ってもみなかった」

 女性冒険者が自身の体を掻き抱くようにしながらそう言うその声は、わずかに震えてすらいた。

「実際にそれを受けたわけじゃないからわからないが……意識はそのままに、自分の体が自分のモノじゃなくなるってのはゾッとしねぇよな」

「わかり切ったようなこと言わないで! あなたに、私達の何が分かるって言うのよ!」

 そんな女性冒険者の様子を見て、隻腕となってしまった男性冒険者がポツリと言葉を漏らせば、それが地雷であったかのように女性が怒りに任せて男性冒険者に食って掛かる。

 体の一部をなくしたり、トラウマを背負ってしまったりして実力を落としたとはいえ、それでも上位の枠には収まる冒険者たちの喧嘩を執務室でやられてはたまらない。

 そう思ったギルド長は、やれやれと嘆息しながらその場を収めて、改めて今回の兼にあたった冒険者たちをねぎらった。

「とりあえず、本当に今回はよくやってくれた。報酬はその分弾むし、治療費もすべてギルド持ちだ。だから、セシリアはパーティのやつらを早く安心させてやってこい。それが今のお前の仕事だ」

「本当っ!? ありがと~、ギルド長!」

 さすがに今回の一件で、治療費は規約通りすべて依頼を受けた冒険者持ち、というのは双方に取っていただけない。

 冒険者たちは当面の資金繰りに四苦八苦する羽目になるし、セシリアのパーティに至ってはほぼ奴隷墜ちが確定している状態だ。そしてギルド側としても、今回発生した冒険者たちの損害は無視できるものでもなく、とくに武器や防具の破損は冒険者たちの戦力に大きく響く事態だ。

 少しでも彼らの負担を減らさないと、王都周辺で起こっている何事かへの対策も打てなくなってしまう。

 それは絶対に避けなければならない事態だ。

 そう判断しての、申し出だった。

「君たち二人もだ。今回の件に関して、ギルドはあらゆる方面のアフターケアに尽力することを誓わせてもらう。ついては、新調した武器防具の費用も、ぜひ申告してくれ。全額、はさすがに予算的に厳しいかもしれんが、どうにかできる範囲で出させてもらおう」

 その宣言は、熱血漢な隻腕となってしまった冒険者と、元イケメンとなってしまったものの中身は相変わらずイケメンな冒険者の心に響き、彼ら二人の首を見事に縦に振らせた。

「本当か!? 今回は本当に太っ腹じゃないか。大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃなくなりそうだからこそだ。……いざというときは、また無茶をしてもらうかもしれん。頼めるか?」

「おう。ここまでされたら、男として断ることはできねぇさ。いいぜ、いざというときにはまたあんたに命をくれてやるよ」

「俺としても、こうまで至れり尽くせりだと、さすがに借りを作ったようで落ち着かないからな。了解だよ」

 口々に放たれるその言葉を聞いて、ギルド長は本当にいい連中に恵まれたな、としみじみと心の中でそう呟く。

 そして、だいぶ日が沈み、そろそろいい時間になってきてしまっているのを窓を見て察し、本日の会合の終了を報せた。

「そうか……それなら安心だ。んじゃ、今日はこの辺でお開きにしようか」

「そうかい。んじゃ、お疲れさん。報酬、期待してるぜ?」

「セシリアたちのところには、優先的に支払ってあげてくれよ。じゃないと、奴隷落ちしかねない。事態はギルド長が思っている以上に深刻だよ」

「マジか……」

 元イケメン冒険者から最後にもたらされた情報を聞き、ギルド長はもっと早くいってほしいと顔をしかめた。

 執務室から冒険者たちがいなくなると、ギルド長は秘書を呼び、早急にセシリアたちのパーティに支払予定の報酬と、暫定的な治療費を支払いに行くように命じた。

 しかし、彼は一つ見落としていた。

 今回のグラウンドドラゴンが、規格外であったことを。

 規格外の魔物が放った、規格外の呪い。それが一般的である保証など、どこにもないのだということを。

 彼が秘書に用意させた暫定的な治療費が、役に立ったかどうかは――別の話である。



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