First planで挑戦するのは:1
そうして、エレノア達によるレーペンシュルク公爵家の金策探しが開始された。
エレノアはまず、資料室に側付きの侍女たちとこもり、公爵家各地の地域情勢を洗い出すことに専念した。
現地に赴いて調査をするにしても、まずはその指針がなくては何も始まらないからだ。
なお、レミリアはこの日は政務があるために行動を共にすることはできなかった。
彼女も可能であればエレノアとともに市場調査の準備をしたいと言っていたが、当主である彼女にしかできない仕事は数多に及ぶ。
できるときとできない時があるのは至極当然のことであり、それゆえのエレノアという部下の存在であるともいえる。
また、アネットとエリスも初日はエレノアとは別行動を取っていた。
二人は商業ギルドの職員だ。
ゆえに、ギルドで彼女たちにしか閲覧できない資料を洗ってもらっているのである。
ちなみに、このことについてギルドの上層部が起こるのではないかといえば、二人はその見込みはまずないと言っていた。
商業ギルドでは、新しい事業を立ち上げる人達を、拒まずに積極的に支援するスタンスを取っているためである。
公平に対応するためと言って、支援の幅を狭めては、発展するものもしないからだ。
「………………食文化は、レーペンシュルク家周辺では特につけこめるような余地はなし……。そこそこ発展しているし、新規参入するには少しリスクが高い、か…………。貴族向けを狙うとなれば、なおさらね……」
一応、レーペンシュルク家は傘下にそれなりの門閥貴族を抱えている。いわゆる、分家筋もその中に含まれるわけだが――それゆえに、彼らの交流場の一つとして、貴族向けの食事処は要所に点在している。
新しく入り込むには少なくないリスクがかかりそうだった。
主食はパンやそれを用いた料理であり、しかも製粉技術もなかなかの物。酵母が発見済みで白パンが広く普及しているなど、一見すると食文化の改革で一儲け、というのはなかなかに難しそうに感じさせられるものがあった。
各地域に、東邦由来の国外料理を取り扱う店が登場しているのも逆風である。
地球の日本では大衆料理の一つであったラーメンなども、マイナー枠ではあるが徐々に受け入れられつつあるという現状が見えるデータがこの後アネット達からもたらされ、エレノアはこの前準備の段階で食文化への参入は早くも諦めた。
食文化がダメとなれば、と次に目をつけたのは農業である。
とはいえ、農業はエレノアも門外漢。それに、現状では食料は他領や他国に輸出する程度には賄えているので、これもあまり見込めそうもない。
そうして、一つの分野に焦点を当てては否定材料が見つかって考え直し、という流れが数日間続き、エレノア達の中にだんだんと疲れもたまっていった。
「……っは~、ダメね…………。よくない流れに傾いて来ているわ」
「お嬢様……ですが、今わが国の産業は日々発展し続けています。私どもの母の年代までは高く我々貴族向けの食糧であった白パンも、今は広く大衆に広まっていますし……」
「製粉技術や水魔法『リキッドセパレーション』の発明による製酪技術の向上で、菓子類の開発にも余念がなくなりつつあります。食文化に目を向けた時には、何か秘策が、と思いましたが……」
「一時期、平民として生活していたこともあって、もしかしたら、と思って資料を捲ってみたけど、思ってみたとおりだったわね……」
「仕方のないことです。世界の理が解明されるに従い、新しい魔法は目覚ましい速さでどんどん開発されています。必然、小規模な産業の革命などはもう産業革命とは呼ばれなくなりましたから」
世界の理。すなわち、科学のこと。
戦車や列車砲などの軍事兵器が開発されるほど、科学研究は進んでいる。
それはすなわち、軍事以外の部分においても、生活基盤の充実化に向けて、世界レベルで着実に各方面の技術が向上しつつあることを示していた。
それらのことを、エレノアはしばし考えた後で、最後に残された資料の山をちらり、と見やった。
これまで、見るのを避けるように配置されていたその資料は。
「…………魔道具事業、に乗り出すしかないようね、どうやら」
「お嬢様、それは……」
「わかってる。素人考えでどうにかなるようなことでもないことくらいは」
魔道具技師。
それは、マジックポーションとは違い、それなりに人気のある職業である。
マジックポーションは、魔法を使用できる人にとってはそれらをつくるよりも、実際に魔法を使用する仕事をした方が手っ取り早く稼げるからである。
治療院を開く、冒険者になる、軍や魔法研究所などに入るなどがその一例だ。
もっとも、実際にはエレノアのように、ある程度成熟すれば同じくらい稼げるようにはなるのだが。
最初期~中堅程度では、確かにマジックポーションを作って売るよりも、そうしたほかの職につく方が稼げる。
一方で、魔道具は、付与術師が使用できる人でなくても、例えば魔法陣や術式文を覚えて、それを物理的に刻み込む技術さえあれば誰でもなれる職業だ。
ゆえに、自らの望む職業に恵まれなかった人は、魔道具職人を目指すこともままあったりするもの。
実際、ルベルト王国でも魔道具産業を支えている人材の大半は、付与術師を祝福で得られずに自力で各種魔法とともに習得したか、魔法陣や術式文を必死になって憶えたかのどちらかにあたる。
そして、魔道具の中には高性能なかわりに単価の高いものも多数含まれる。
単価が高いわりに、生活必需品として需要のあるものも、だ。
つまり、同業者が多いとはいえ、新しいものを発明できるだけの発想力を常に発揮できるなら、入り込む余地はいくらかはあるのだ。
「魔道具の充実化が進んで、祝福ありきの生活からは脱しつつはある……けれど、まだそれには程遠い。だから、もっと日常生活の拡充を図る必要もあると思う」
「ですが、同時に真似されやすいものでもありますよ?」
魔法の無かった地球とは違い、この世界では魔法がある。
機械装置を作ったとして、簡単にそれらは真似されかねないのだ。いや、もしかしたら短期間でより高性能な後継機ができてしまう恐れもある。
他者に真似をされやすい魔道具事業を立ち上げるとなれば、常に先駆者となれるほどの体力を持っている必要があった。
「だからいいんじゃない。新しいものを作ればその先駆者になる。そしてそれに刺激されて、市場も活性化して新技術の開発は進められる。そのスパイラルができるのは、悪いことではないでしょう?」
「それはそうですが……」
「まぁ、私も治療魔法以外の魔法はどちらかといえば苦手な方だけれど、これを機にそっち方面も鍛えるのもいいかもしれない、と思ったしね」
(ただ、人材は集めないと、私の店の二の舞になるから、そのあたりは同時進行で推し進めないといけないけど、ね)
言いながら、エレノアはそのあたりだけは気をつけよう、とすでにその方向で推し進める草案を作る算段をつけていく。
本当にそれでいいのか、と悩みながら付き従う侍女をよそに、商業ギルド勢の二人だけが、期待できるような視線をエレノアに送っていた。
そうして、レミリアに新事業の計画書の草案が提出されたのは、それからさらに一週間ほどが過ぎてからのことだった。
エレノアが最初に作ろうと思ったのは、前世でもかなり高性能化していた、コンピュータの開発だった。
コンピュータが出来上がれば、様々な分野において作業が迅速化する。
レーペンシュルク家、ひいては王国の魔道具市場がその先駆者になれば、総合的な国力でも周辺国に対し、一歩リードすることができるだろう。
この世界にも、波及させない理由はないとエレノアは思ったのだ。
「ふ~ん、こちらが出した条件に対して、自動で、的確に、かつ迅速に最適解を返してくれる計算装置、ね…………」
「はい。単純に計算するだけなら、計算尺や東欧から伝わってきた算盤などがありますが……これの開発に成功したなら、現状それらで行っている作業が迅速化するでしょう」
「それだけ……? なら、却下なのだけれど……」
レミリアは、草案の一枚目にある概要欄を読んで、まずは総評した。
計算をするだけの機械なら、すでにありふれているからいらない。迅速化するにしても、直に計算尺や算盤などを応用したような魔道具は出てくるだろう。
ゆえに、これでゴーサインを出すなら、他に付加価値のようなものが必要になる、と。
レミリアは言いながら、資料を捲っていった。
そして、すぐにその評価を翻した。
「ジャンルとしては、……なるほど。魔道具というよりは、オートマタに近い形になるのね……」
「そうですね……そうともいえるかもしれません……自律して、そこから動けるのであれば」
「でも、これはそのようにできていない……その代わり、私達、人間側からの質問に対する最適解を導き出すことに非常に突出している、と……」
エレノアは、レミリアにコンピュータのことを説明する際にどのように表現しようか草案を作る過程で迷ったものの、最終的にそのように表現するようにした。
オートマタ、術式と魔法で生み出された擬似人格によって自立行動するそれは、確かにロボットと言える。
それを自立行動する能力を取っ払う代わりに、事務手続きや統計、様々な計画の立案に特化させる。そのように表現することで、レミリアにもエレノアが何を構想しているのかが、なんとなくではあるが伝わったようだ。
「なかなか面白そうね。今までにありそうでなかった試みだし……。少ない資金だから大切に使いたいのだけれど、そこから出すだけの価値もありそうね。試験的に、一機作ってみましょうか」
レミリアは、うーん、としばらく考えたのち、にこやかに微笑んで、開発の許可をエレノアに出したのであった。




