迷惑なGood-by presents:3
本邸食堂での食事を終えたエレノアたちは、その後片付けたテーブルを続けて利用する形で、会議へと移っていった。
最初に手を上げたのは、商業ギルドからエレノアの元へ出向してきているエリスだった。
「発現させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あなたは、エリスさん、だったわね。いいわよ、何でも聞いてちょうだい」
「ありがとうございます。では、早速ですが、問題となっている件について、詳細な情報を知りたく存じます。ついては、お聞かせ願えませんか?」
「えぇ、それが筋というものですものね。待って、資料を用意させるから」
レミリアは、側付きの侍女に一つ命じると、みんなにしばらく待つように申し伝える。
やがて執事や別の侍女の手によって詳細な資料がテーブルの上に用意され、各自が回し読みをしながら公爵家の現状をさっと再確認する。
「借金は領内の工房などに対する掛け金が3000万ルメナ。それから、王国に対する借金が4000万ルメナ。商業ギルドに対する借金が3000万。合計で、1億ルメナ、ですか……」
公爵家が背負っているそれらの負債のうち、喫緊の課題となっているのは工房に対するツケである3000万ルメナと、商業ギルドに対する3000万ルメナ。
片方は放っておけば工房の方が立ち行かなくなるから可能であれば期日中に支払わなければならないし、商業ギルドの方は信用問題に発展するので何が何でも支払わないといけない。
「今すぐに動かせるお金は、大体2000万くらい。それから、金目の物を売ればさらに3000万にはなると思うの。ただ……」
「どうしても、1000万ルメナ足りない、というわけですね。いえ、王国へ返済する分も含めればさらに5000万ルメナ必要となりますが……」
「えぇ。ただ、王宮の方にはすでに事情を話して、お支払いを待ってもらえることになっているの。交渉の結果、さすがに借金を作ったのが私たち自身じゃなくて、サキュバスの奸計によるものだから、ということで王宮への借金は払える時に払えばそれでいいことになったわ」
「なるほど。つまり、返さないといけないことに変わりはないものの、期日としてはこちらは後回しで問題ない、と……なるほど…………」
エレノアは、一つ頷いて、自分の店の財務、ひいては自分の個人資産の管理も任せてしまっているエリスにスイっと視線を送る。
彼女は頷くと、傍らに控えさせていたハイ・サキュバスに資料を出させ、
「エレノア様の個人資産は……現在、5130万ルメナほどとなっていますから、エレノア様がその借金を肩代わりすれば、問題なくそのすべてをお支払いできるでしょう」
少なくとも、期限が差し迫っている二つについては片付くだろう、とエリスはとりあえずの見通しを立てる。
が、そこでいったん言葉を区切って、ですがと続けた。
「エレノア様がお支払いした場合でも、王国の法律、並びに憲法においては、公爵家の借金がなくなったことにはならない、という点には注意が必要となります」
「え? ど、どういうこと!?」
「あ…………引っかかってたのはそれかぁ……」
エレノアの個人資産がそれだけあればなんとかなる。そう喜色を浮かべていたレミリアだったが、エリスが続けた言葉を聞いてひどく狼狽する。
その一方で、エレノアはようやっと引っかかっていたものを明確に思い出すことができて、すっきりした表情になった。
が、直後彼女もしかめっ面になってこれはまずいね、と呟いたが。
「エレノアも……いったい、どういうことなの?」
「お姉様。それは、私が今持っている個人資産は、私が平民堕ちしてた期間に得たものだから、公爵家でどうこうすることは難しいっていう事なんです」
思い出したその法律を、エレノアは記憶をなぞる様にして、レミリアに説明した。
この法律は、ルベルト王国に存在するモノの中でも形骸化がかなり進んでいて、貴族の中にはそれと気づかずにこの法を犯しているケースも少なくない。
レミリアも、おそらくはそうだったのだろう。
ゆえに彼女にとって、エレノアがこれから説明することは盲点でしかなかった。
「エレノアの物はエレノアの物……それは、そうだけど……でも、あなたは同時に、公爵家の関係者なのよ?」
「えぇ、そうです。レーペンシュルクの名を持つ私は、確かに一族に連なるもの。だから、公爵家が危機に瀕した時には、これを救う責務も生じます」
当然だ。
一族の存亡の危機なのだから、血を受け継ぐものとして一緒にその危機に立ち向かわなければ、裏切り者の烙印を押されることになるだろう。
しかし、それにも例外はある。
そして、巡り合わせが悪いことに、エレノアはその『例外』にピタリと当てはまってしまっているのである。
「貴族の家がなくなりかねないほどの債務を背負った場合。その家は近い分家から順に、その分家が保有する資産を徴収することができます」
「そ、そうよね。だから、エレノアを呼んだんだから……」
「はい。しかし、ここで一つ、特殊条件が生じます」
「特殊条件?」
「はい。特殊条件とは、これの基準を満たす場合に、徴収対象が徴収対象として認められなくなるケースのことを指します。例えば、王国が特別な理由のもと、保護している場合などがあげられます」
「エレノア、は……?」
視線でレミリアから問われたエレノアは、首を横に振った。
王太子から婚約破棄をされた以上、エレノアは国の保護下にはないと言えるだろう。
「じゃあ、」
「いえ。あくまでも、それは一例です。他にも基準を満たすケースがあるんです」
その中でも、エレノアが今回指摘したのは、何らかの事由により、独立にあたって運用した資金が、貴族の本家からの拠出金として認められないと判断された場合である。
単純に言えば、公爵家からの拠出金を元手にしたものではないと判断されたケースだった。
言い換えれば、レーペンシュルク家が分家から――今回で言えばエレノアから徴収できるのは、あくまでもレーペンシュルク家が出資した結果得たものに限られる、という事になる。
「今回の場合、私は不当な理由であれ、レーペンシュルク家から追放されていた期間がありました。そしてそれは、追放時に持ち出しを許されたものについても、公爵家はその所有権を放棄し、追放した人に移譲すると宣言したのと同義となります」
「え……それって…………?」
「はい。あれの売却代金についても、所有権は公爵家本家ではなくあくまで私個人にあります」
死人に口なし、とはよく言ったもので、たとえサキュバスに操られていた可能性があったとしても、エレノアを不当に追放したという事実は覆らない。
そして、レミリアはエレノアの不当な追放に関するその後の後始末として、王国からの打診をそのまま受け入れた形になる。
王国からの打診――それは追放の撤回ではなく、復縁である。つまり、一度は追放した、という事実は覆っていない。
エレノアが追放されたという事実がなくなっていない以上、エレノアの資金源となったものについても、その保有権を手放すという宣言は撤回されていないものとなるため、実際にはまだエレノアの店、ひいてはそれによって得た今現在のエレノアの個人資産は、そのまま国によって認められた、正当なエレノアの個人資産なのである。
そして、王国からの打診を正式に受け入れた以上、復縁から追放撤回への切り替えは極めて困難といえる。
さらに、事の成り行きを見守っていたアネットがここで口を開く。
「お金のやり取りに関しては、両者ともに商業ギルドの銀行部門に預けてあることが確認されており、このことからどのように動いても、当然ギルドが絡むことになります。不自然な動きと思われれば当然調査の刃が向けられますし、その場合は誤魔化しが一切利きません。つまり――」
「どうあっても、エレノア様がお金を工面するのであれば、エレノア様からの徴収という形ではなく、借金という形になってしまうのです」
「そんな…………」
もともと、この法律は貴族の本家から分家に対する風当たりや、貴族そのものから平民への横暴を防ぐためにかつて施工されたものであった。
その当時の貴族たちは、それまで許されていた特権が振るえなくなると王国側に反発したりもしたが――その罰の厳しさから、やがて反発の声は収まっていき――そして、残る反乱の萌芽も、全て丹念に摘み取られ、今ではほぼ完全に名ばかりの法律となってしまっている現状があった。
しかし、決して犯していいというものではなく、その場合に課せられる罰も当時のそれがそのまま残されている。
つまり、当主はその身分をはく奪の上、それまでの功績など、領地もしくは国への貢献度合いをもとに奴隷か平民に堕とされる。
レミリアの場合は――公爵家を継いで、まだ一か月経つか経たないか、くらいしか経っていないのだ。功績も何もない。
もし、今回問題に上がった法律を犯せば、それが発覚した際には確実に奴隷墜ちが待っている。
エレノアとしては、それを認めるわけにはいかない。
だから、このことを思い出した今、そうやすやすと供出するわけにはいかなくなってしまった。
「…………でも、それじゃあ、どうすれば……」
「他の分家筋に頼る、というのは……」
「すでに頼んでみたけど、どの家も無理だって……身に覚えのない支出が発覚して、それどころじゃないみたい。多分、サキュバス達がそっちでもお金を使い込んだんだと思う」
「そう、ですか……」
それでも、他に頼れる人はいないらしく、残っているのはエレノアただ一人だけという状況には違いなかった。
結局、最終的にはエレノアが必要額を無利子無期限で貸し出すという方向で話はまとまり、翌日にギルドを介してエレノアの個人資産は、そのまま公爵家へと移されることになった。
これで、一応事なきを得ることはできただろう。
ただ、同時にエレノアも金銭を供出しました、はい終わり、では済まなくなってしまい、王都のポーションショップはいつ再開できるかわからなくなってしまったが。
なぜなら、公爵家が抱える総負債額は依然、変わらないままなのだから。
そのままにしておくわけにはさすがにいかない。
当主の妹として、手伝えることは手伝わないといけないだろう。
エレノアは、王都の自分の店のことを思い浮かべて、再開までの道のりは、前途多難だなぁ、とぼやかずにはいられなかった。
そしてその日の夜。夕食もエレノアの今現在の日常からすれば豪勢な食事を終えて、就寝直前になった時に、はたと気づく。
「――あ。そういえば、パッセさんに人を紹介してもらうっていう話が合ったのすっかり忘れてた。時間があるときにでも確認しに行かないと……」
――案外、ポーションショップの再開は、早く達成できるかもしれなかった。




