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わらしべ聖女様 〜TS転生放逐令嬢の奮闘記〜  作者: 何某さん
ハジマリのChastity belt
6/66

Battlefieldでの出会い:1


 その異常に気づいたのは、日が傾き始めたのでそろそろ王都に戻ろうかな、とエレノアが移動していた時のことである。

 向かう先から、なにやら剣戟の音が聞こえてきたので足を止めて、視覚を強化してじぃっと街道の先を見通してみれば――なんと、そこには野盗に囲まれ、多勢に無勢を絵にかいたような光景が見て取れるではないか。

 襲われている方は、身なりは旅慣れた体躯の良い男性であることから、貴族というよりは商人といった方がいいのかもしれない。

 護衛として冒険者を雇ってはいたようだが――言い方はあれだが、それほど質が良くないようである。

(うわぁ……なんか、近づきたくないなぁ……)

 とはいえ、エレノア自身、王都に向かうならばその戦闘区域を通り過ぎなければならないため、無視はできない。

 やれやれ、と思いながら、彼女は冒険者たちの助けになる魔法を記憶の中から検索し、その準備を始める。

 そして、戦闘区域に近づき、野盗たちが気づいてエレノアの方を振り向いたところで、彼女は事前に練り上げていた魔力を解き放ち、素早く魔法を発動させた。

「安らぎの甘き息吹よ、心荒ぶる彼らを鎮めるそよ風となれ。顕現せよ、ここにその風をいざ導かん――スリープアロマ」

「んなっ、眠りの、魔法、だと…………くかー」

 聖女たるエレノア自身の魔力のごり押しで、強引に効果を高めたその魔法の効果は、エレノアに気づいて標的を変更した野盗たちをことごとく眠らせることに成功した。

 それを見ていた野党の仲間たちも、仲間を無力化された怒りから標的をエレノアに変更。

 その半数近くが、彼女に向かって駆け出し始めた。

(って、数多くない!?)

 自分に向かってくるのはせいぜい数人程度だろう。だから、対象数を想定して冷静に対処していれば、自分が今使えるであろう魔法だけでも問題ない。

 そうたかを括っていただけに、自身に駆け寄ってくる野盗たちの人数の多さに慌てて彼女は、魔力を練ることなく放出し、神聖属性の魔法を発動させた。

「『フィールドバリア』!」

「くそぅ、結界か。おい、まずはこいつを砕くぞ。戦い慣れていない小娘の魔法だ、そう強くはないはずだ」

「へへっ、待ってろよお嬢ちゃん。すぐにこいつを破って、そのきれいな服をひん剥いてやるからな」

「くっ……」

(このままじゃやばい。こういう時は――そうだ!)

 やはり、無謀だったか。そう思い、後悔しかけるも、神聖魔法の使い手として練度が低く、詠唱もなしに放った魔法では、碌に攻撃を防ぐこともできずに砕かれてしまうだろう。

 それを覆す方法を、エレノアは――知っている。

 本来のエレノアなら、あるいは今のこの状況を覆すことなど、到底不可能だっただろう。

 だがしかし――ここにいるエレノアは、ただの元公爵令嬢な追放聖女様などではない。

 精神的には前世の記憶を持ち、その前世の記憶の中には、この世界を舞台とするシナリオRPGの知識もある。

 そして――『前世の彼』は、実はその『ツイント』を隅々までやりこんでいた廃プレイヤーなのだ。

 つまり、この絶望的な状況をもどうにかしてしまえるのである。

 エレノアは、発動済みのフィールドバリアに供給している魔力に、追加で魔力を送り込み、さらに敵に囲まれてしまっているこの絶望的な状況を覆す、とっておきの詠唱を始めた。


 ルドリアス商会の会長、パッセ・ルドリアスは目まぐるしく移り変わる戦いの行方を、固唾をのんで見守っていた。

 彼は、隣町に商品の仕入れをしに行った帰りだった。

 商会の会長と言えど、本店の店長も兼任しているので、普通に商品の仕入れなどに赴くことがあれば、商談などをしに行くことだってある。

 今回も、仕入れはついでで、どちらかといえば商談がメインだったりした。

 そのための護衛は、いつも通りに冒険者ギルド所属の冒険者に依頼しようと思っていたのだが――そこで問題が生じてしまった。

 いつもなら別の冒険者パーティに護衛を頼んでいたのだが、今回その冒険者達は、ある依頼を受けた際に、コカットルの奇襲にあった影響で、今回は護衛を頼むことができなかった。だから、代わりに別の人材を紹介してもらうことになった。

 しかし、ここでタイミングが悪かったのか、腕利きの冒険者たちは雇った冒険者はちょうど出払ってしまっていて、動けるのは最近護衛依頼を受けられるようになった数パーティしかいなかったのだ。

 理由を聞くと、近くの山脈の洞窟でグラウンドドラゴンが発見され、その討伐に駆り出されているのだと説明される。

 王都の冒険者たちは優秀だ。しかし、グラウンドドラゴンなどという危険生物を相手にするならば、準備をし過ぎても無駄はない。

 ゆえに、パッセが赴いた時には腕利きがいなかったのである。

 だが――腕利きがいないからと言って、取りやめるわけにはいかない。時間は有限なのだ。

 腕利きがいないのなら仕方ない、と言わんばかりに、その時点での最高の人材を紹介してもらい、王都を出立。

 そして、仕入れ先で商品を仕入れた、までは順調だったものの、その帰り道で野盗たちの襲撃に運悪くあってしまい――その野盗たちの統率が、思いのほかとれているために、雇った冒険者たちは多勢に無勢という始末。

 これは、もはやここで命を括るしかないのか――そう思っていた矢先に、第三者の介入である。

 突然、野盗の一部が埒外の方向へ走っていったかと思えば、操り人形の糸が切れたかのように脱力し、そのまま気持ちよさそうに眠り始めたのを見て、あぁ、この第三者は味方なんだ、と安心した。

 仲間の一部を倒された野盗たちは当然のごとく憤慨し――その半数近くを、駆け付けてくれた女性の方へと走ってゆく。

「あ――」

 拙い。

 そう思わずにはいられなかった。なにせ、一瞬のうちに野党の一部を眠らせたとはいっても、それは奇襲がうまくいったからに過ぎない。

 真っ向から対峙すれば、見た目からして戦闘慣れしていないどこぞのお嬢様といった風体の少女なのだから、どれだけ守りを固めたところで、捕まってしまうのは時間の問題だ。

 唯一の望みは、雇った冒険者達だろう。

 自分たちに向かってくる冒険者たちが半減したおかげで、戦況は盛り返しつつあった。

 このままこちら側を継続して攻撃してくる野盗たちを倒すことに成功すれば、彼女を救うこともできるかもしれない。

 どうか、それまで耐えていてほしい――その一心で、パッセは神に祈りを捧げながら、展開した結界を死守している少女を見守っていたのだ。

 当然、彼女のことなど知らない。だから、隠し玉を持っているとも思ってもみなかったし、決死の覚悟を決めたような表情をしたことから、果敢にこの戦場に乗り込んだはいいものの、それは勇気ではなく蛮勇だった、と死を覚悟し始めているのかもしれない、と彼なりの解釈をしている。

 だから――彼女の事情など知る由もないがゆえに、彼女が、とても神聖な魔力を解き放ち始め、さらに普通の魔法とは異なる、非常に長い詠唱を始めたのを見て、パッセは盛大に勘違いをしてしまう。

 彼女は――巡礼を行っている、高位の聖職者だったのだ、と。


「『神典詠唱。戦と戒律の章。第六節――』」


 少女の、そのふっくらとした桜色の唇から、鈴の音のようなよく通る声が発せられる。

 とても清浄な声だ。聞いていて心が穏やかになる。

 それは、神話の一節だった。

 この世界に伝わる、神話の一節。

 戦に明け暮れて、疲弊した大地に、慈愛の女神は降り立った。

 彼女はなぜ、争うのかと、なぜいがみ合うのかと、哀しみをその顔にたたえて人々に問うた。

 そして、無意味な戦いはやめるようにと、足りない物を補い合えば戦わずに済むではないかと人々に幾度となく呼びかけた。

 しかし、それは聞き入れられることはなく――愛想をつかした慈愛の女神は、それでも人々に罰を与えることはできず。

 代わりに、人々を一人ずつ、自らの力で包み込み、戦をしても意味をなさないようにしてしまった。

 いくら相手を傷つけようとしても、打ち倒そうとしても、神の前ではすべてが等しく無力。

 神の怒りに触れたのだ、とそこへきてようやく気付いた人々は、戦う道具を鋳つぶして、畑を耕す耕具へと作り替えた。

 それ以降、神々が姿を現さなくなったその時まで、人々の間から戦いという言葉は消え去ったという。


 教会の神典にも載っているその内容を、少女は――エレノアは、魔法の詠唱として暗唱した。

 神聖なその言葉の数々には魔力が込められており――それは、神話の再現をするべく、瞬く間に周囲を満たしていった。

 エレノアはもちろん、野盗に襲われていた商人とその護衛。そして、襲撃を行っていた野盗までもが、その硬いバリアーの中に捕らわれた。

「へっ、馬鹿が。俺達にまでバリアーを張って、どうするんだ」

「まて、お前たち。何かがおかしいぞ、これ」

 野盗たちは最初、エレノアが何をしたのか理解できず、彼女のことを馬鹿にしたような言葉を浴びせていたが――仲間の一部が、ナニカがおかしいと気づき始めると、波紋を広げるようにして全員がそれに気づき始める。

「神典詠唱――慈悲の女神の祟り。正当な理由なくして、争いを行ってはならない。教会の神典にも載っている、子供にもわかる当たり前の常識です。――あなた達が行っているのは、それ以上にくだらないものですが」

 それでも、いや。だからこそ。

 この場を治めるのに、これ以上ない魔法だろう。

 ――神典詠唱。

 それは、世界に息づく神話を伝える神典、聖典、経典などの内容の一部を読み上げることで、読み上げた個所の神話を再現するというもの。

 今回で言えば、戦闘行為の効果の無効化。つまり、戦闘そのものをできなくさせてしまうものである。

 自身の魔力を呼び水にして、周囲の魔力を同調させることで周囲にいる人々に無差別でバリアーを張り、ありとあらゆる損傷行為を無効にする、究極の鎮圧(・・)魔法である。

 ゲーム内では、聖女専用の魔法として登場し、シリカが使用した場合は敵味方の区別なく全員が受けるダメージを、シリカが3回行動するまでの間0にするというもの。

 当然、シリカもその間別の行動をとることができるので、戦況を立て直したい時などには特に有用な魔法だ。

 ちなみに、これもゲーム内での話だが、当然エレノアも聖女なので使用できるが、効果時間はエレノアがに次の行動順が回ってくるまでの間と、とても弱体化してしまってしている。なぜなら――エレノアは、信仰心が足りないからだ!

 やはり、聖女には聖女らしい振舞い方というものが必要ということである。


 さて。

 こうして、戦闘行為をしても意味をなさなくなったこの場は、エレノアが野党たちに突撃して、別の神典詠唱で野盗全員を眠らせたことで、手打ちとなった。

 商人側から見れば、突然現れた救世主のようなものでもあり――また神典詠唱を二つも行ったせいで、完全に高位の聖職者と勘違いされてしまったが。

「いやぁ、見事なお手前でした。先ほどの神聖な魔法とその効き目。あなたは、さぞや位の高い聖職者なのでしょうな」

「え? あ、いえ。違いますけど……」

 エレノア的には、進行方向で戦闘が行われており、このままでは巻き込まれかねないから仕方なく先手を打っただけであり――先ほどの神典詠唱も、見通しが甘く、予想外に野盗たちを引き寄せてしまったための、いわば自業自得的なものであったのだが。

 どうやらとてつもない勘違いをされているらしい、と即座に気づいた。

「いいえ。隠されずとも結構ですとも。斯様な格好で旅を成されているのです。極秘で巡礼を行われているのでしょう。各地の教会で問題となる行動が行われていないかどうか、そうした抜き打ちチェックがあると風のうわさで聞いたことがありますからな」

「いえ、ですから――」

 その後。エレノアは、自身の出自や、なにがあって平民の格好をしているのか。そして、何を目的として、この辺りで何をしていたかなど、様々なことを長々と説明した。

 戦闘そのものよりも、その事後処理で疲れを感じたエレノアだった。



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