迷惑なGood-by presents:1
Good-by presents:置き土産
倒したはずのサキュバスの隠密部隊がレーペンシュルク公爵家に対して残していった、はた迷惑な置き土産が大爆発。果たしてエレノア達はこの危機を乗り切れるのか――!?
エレノアの店には現在、エレノアの側付き侍女に復帰したコーネリアと、もう三人の側付き。そして、住み込みで従業員として働いている店員と、商業ギルドからの出向者がそれぞれ数名。
さらに、エレノアたっての希望で、アネットとエリスが商業ギルドから出向してきている。
アネットとエリスの二人に関しては、現在商業ギルドから派遣されてきている職員たちとは別枠扱いである。
というのも、他の職員たちはエレノアの店で扱っているポーションに不具合がないかどうかの監査を行うために派遣されてきている、いわば監視員のような存在であり、あと一か月ちょっとほどはそういった人たちが週替わりで派遣されてくる状態にある。
別にこれはエレノアの店に問題があるわけではなく、ポーション類、特にマジックポーションを扱う店であれば起業時に必ず受けなければならない措置故である。
アネットも、そういった意味では初週の監視担当だったのだが、その後のあれこれで結局、店員の一人として馴染んでしまった感が出てしまったので、そのまま店員として出向してきてもらった次第だ。
あとは、商業ギルドとの橋渡しが監視員役とは別に欲しかった、というのもある。
それに関しては、数週間のうちに人化の術を習得できたエリスも可能といえば可能なのだが――彼女は、元々受付嬢ではなく事務員だったため、店の財務管理にあたってもらっている状態である。
「ん~、売り上げ的には、この数週間で右肩上がってるね……」
「まぁ、そうなるのも当然でしょう。これだけの数のヒールポーションを取り揃えている店など、専門店でもそうはないでしょうからね」
「開店当日に届きそうな売り上げが、早くも恒常化しつつある……」
「それだけ需要に対して供給が足りてなかったことの証左でしょう。仕方ない話といえばそれまでですが」
エレノアの側付き侍女の一人、コーネリアでない別の侍女がエレノアの言葉に対してそう言葉を返す。
最初に言葉を返した侍女は名をカレンといい、その次に口を開いたのはフィアットという。
マジックポーション作りで生計を成り立たせるくらいなら、自分がそれを必要とする現場に行って、直接その魔法を使って解決する。
そういった風潮から、マジックポーションの作り手自体が、そもそも少ないこの世界。
マジックポーションの専門店ともなれば、店舗規模もそれなりにこじんまりとしたものになりやすい傾向にあるという。
そこへきて、エレノアの店は宿屋と見まがうばかりの、従業員寮なども備えた巨大な店舗である(最も、店舗に使用している建物自体、元宿屋だったので当たり前なのだが)。
よって、ライバル店がもとより少なく、またいたとしても店舗規模や直販店ということで商品の在庫や品質的にも信頼性が高いという事から、エレノアの店が話題を呼ぶのは至極当然のことだった。
需要に対する供給が足りなさすぎる商材だ。
「エレノア様。こちら、本日現在でのこのお店の財務状況です。そろそろ、ギルドへの月次決算報告をする日ですから、提出をする前にご確認をお願いします」
「ん、了解」
部屋に入ってきたエリスから渡された諸々の書類を、エレノアはざっと流し見る。
(はぁ……これだけの利益、その半分近くがほぼすべて私のものになるなんて……夢みたい)
無論、公爵家にいるならば常にそれに比類する、いやそれ以上の規模の金銭を湯水のごとく使用できたりするのだが――あくまでもそれは、公爵家の金である。
ただ、元々のエレノアとしても、そしてある日宿ったナカノヒト的にも、納税分を除いても一日で五十万以上もの純利益を得るというのは初めての体験だ。
ゆえに、何をどうすればいいのかわからない状態でもあった。
「とりあえず、本日の売上金に関しても、明日ギルドに預けに行ってきます。その時に、一緒に月次決算報告も済ませるわ」
「では、そのように準備をしておきます」
さすがに、それだけの大金を、店に置いておくなどもってのほか。
エレノアは、開店して早々に、ギルドの銀行部門に売上金の一部を定期的に預けるようにしていた。
「しかし……おかげさまで、資金力だけなら封建貴族の伯爵家並に匹敵するほどですね。いかがいたしましょうか」
「さぁ……?」
「さぁ?」
残る最後の侍女、ミルファが首を傾げる。
「新しいドレスとか、パリュールや単品のアクセサリ……エレノア様も、公爵家の関係者であれば、必要になってくるはずです。それらに、当てればよろしいのではないでしょうか」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
そっち方面で使っても、やはり数日中には使用した分は回収できてしまう。
無論、純利益という形で、だ。
エレノア自身が、付与魔法を扱える、というのもその一つの要因になっていた。
貴族が、特に上位貴族やその関係者である女性が着用する装飾品には、総じて特殊効果のあるものが好まれやすい。
そうすることにより、急な襲撃にも備えることができるからだ。
しかし、である。
エレノアは聖女である。それも、どちらかといえば傷病の治療や物資の補給などを主とする後方支援型。
市販で売っている、すでに特殊効果が付与されているものを使用するよりも、エレノアが素材から仕入れて自分で付与してしまった方が、安上がりかつ強力な特殊効果を付与できてしまえるのだ。
「あ、そうだ。新しいてい――」
「却下! そんなものはいらないわ!」
「……とてもそうは思えないのですけれど……」
カレンが提案しようとしていたものを、最初の二文字で先読みしたエレノアは、言葉にかぶせる形で強引に拒絶。
さすがに、そればかりはエレノアとしてもごめんこうむりたいものであった。
すっかり庶民派となってしまっている彼女にとって、貴族らしい締め付けのあるものはもううんざりなのだ。
「……まぁ、余ったお金は取っておくに越したことはないわよ。いつ、どんな時にお金が必要になるか、わかったものじゃないんだから」
「……重みがありますね。やはり、例の件で……?」
「むしろ、それがなかったらこんなこと言わないわよ……」
しみじみ、といった顔でそういうエレノアに、侍女たちは何とも言えない表情になり、かしこまりました、と言ってからそれ以上の言及はしてこなくなった。
ただ。
それがフラグとなったのかどうかははなはだ疑問なところであるが、その数日後に届いた一通の手紙が、エレノア達に大きな衝撃をもたらすことになった。
その手紙の差出人は、他ならないエレノアの実姉であり、つい先日公爵家の当主の座を正式に継承した、レミリア・レーペンシュルクであった。
「…………お姉様から、か……。なにかしら…………」
「速達便で来ましたから、よほどの緊急とみて間違いないでしょう。なにか、よからぬ予感がいたしますが……」
「そうね……」
速達など、ナカノヒトの出身地ですら目にかかる機会は少なく、公爵令嬢という立場嬢、わりとその手の手紙をもらいそうなエレノアも意外とそういった手紙を受け取った回数は少なかった。
「とにかく、開けないことには何も始まらないし、まずは開いて中身を確認しましょう」
そう言って、エレノアは侍女の一人にペーパーナイフを要求。
受け取って、その手紙の封蝋をはがし、中身を取り出した。
「えっと…………ふんふん……え゛!?」
「お、お嬢様?」
「どうかなさいましたか? いったい、どのようなことが書かれていたのです?」
「やはり、レミリア様に何か異変が……?」
「……とりあえず、お姉様自身には、問題ないわ。……お嬢様ご自身には、ね……」
エレノアの答えに、要領を得ないと言いたげな侍女たち。
しかしながら、エレノアはそれには答えず、代わりにコーネリアにアネットとエリスを部屋に呼んでくるように申し伝えた。
しばらくしてやってきたアネットとエリス。
エリスは本日は公休日としていたはずだが、それを利用してサキュバスとしてのあれこれを学んでいたのか、ハイ・サキュバスも伴っていた。
「忙しいところごめんなさい。ちょっと、あなた達の力も借りたほうがよさそうな用事ができてしまったの」
「私達の、ですか……もしかして、サキュバス関連で何か動きが……?」
力を、のフレーズに反応したのか、アネットが率直にそんなようなことを聞いてくる。
アネットの実力を知っていれば、確かにそれをあてに彼女たちを呼びつけたとも考えられなくもないのだが――今回はばかりは、エレノアとしてはそういった力を望んでいるわけではない。
少なくとも、現段階で求めるのは別の力である。
「とりあえず、これを読んでほしいの。お姉様から届いた手紙なのだけどね」
言いながら、エレノアは一旦その手紙を封筒にしまってから、アネットに手渡した。
アネット達と、ついでに連れてこられたハイ・サキュバスは、受け取った封筒をしげしげと眺めてから、
「…………思い当たる節は、まぁ、一件だけだけれどあるわね……」
「でしょうね。あんたは知ってなければ逆におかしいわよね……この件に関する元凶ともいえるんだし」
「……とりあえず、こいつらのせいでまた厄介ごとが舞い込んできた、という事に変わりはないようですね。殴っておきましょうか?」
「話が進まないから後にしてくれると助かるわ」
「わかりました」
エレノアの言葉に、アネットは渋々ながらも握ったこぶしを下げて、ひとまずエレノアの話を先に聞くことにしたようだ。
それで、早くその厄介ごとというのが何なのかを確かめましょう、とエリスは先んじてその手紙をアネットの手から奪い取り、率先してその中身をさっと黙読。
そして、深~いため息の後、
「またとんでもない額の借金を背負い込む羽目になりましたね、レーペンシュルク家は……」
エレノア様が私達の力を借りたい、と言ってきたのもわかる気がしますと呆れた顔でハイ・サキュバスを眺めながらぼやいたのであった。
そう。
エレノア達のもとに新たに舞い込んできた厄介ごと――それは、サキュバス達が好き勝手に公爵家の金銭を自分たちの国のために運用した結果、見事に負担させられた巨額の負債だったのである。
――エレノアの新たな戦いは、こうして関係者全員がため息をついたところで、始まりを迎えたのであった。




