エピローグという名のStart line:4
前話の最後の部分において、追加で文章を入れました。
このため、最新話から来たからは一旦前の話へ戻ることをお勧めいたします。
かくして、日にちは経っていき、エレノアが国王と対面する日がやってきた。
その日の前日には、エレノアはレミリアによって公爵家の王都邸に招かれ、当日は公爵家の魔導車によって王宮入りを果たした。
そうして、案内役のメイドを先頭に、レミリア、レミリアの侍女、そしてエレノアとコーネリアといった感じで待合室へと案内される。
待合室には、すでに別に招待されていた者たちが詰めており、貴族の面立ちで現れたエレノアに彼等の視線が集中すると、エレノアは若干恥ずかしくなってレミリアの影に隠れた。
レミリアは、面白いものを見た顔になりながらも、奇異なものを見る視線をエレノアに向ける一同を嗜めて、自身もまたエレノアを伴って開いている椅子に座り込んだ。
レミリアの導きによって椅子に座ったエレノアは、若干息苦しいのを我慢しながら、レミリアとしばしの雑談を楽しんだ。
ちなみに息苦しかったのはドレスの着用に際しコルセットを締めたからである。
元々のエレノアは、もう慣れてしまったためにこういうものだ、と割り切っていたようであったが、ナカノヒトの精神が融合し、またコルセットの無い緩やかな日常を一か月弱とはいえ味わってしまった今のエレノアにとっては、苦痛でしかなかった。
また、レミリアとの話の中で出てきたことであったが、本日の謁見に際しては、エレノアとレミリアのほか、王太子はもちろんとして、彼に随行して協力したシリカと、王都内にてエレノアの護衛を引き受け、流れでサキュバスのアジトの駆逐に尽力したアネットとエリス、カイル、そしてルルネの四人も招かれていた。
その他、例のサキュバスに関して司法取引をするために、エレノア達がとらえたサキュバスも連れてきている。これに関しては、王宮側からは許可を得ている状態だ。
「にしても、よく王宮側も、これの入城を許可しましたね」
「あぁ、そのことね……。なんでも、王宮側にも何らかの事情があったらしいわ。王太子殿下が持ち帰ってきた厄介ごとがどうの、とか手紙には書いてあったし……多分、殿下が捕らえたというサキュバスに関係があるのではないかしら」
「あぁ……そういえば、そのようなことを言っていましたね、殿下は」
ポーション作りに熱中しすぎて、ついそのことがすっぽりと頭から抜け落ちていたエレノアは、今思い出したと言わんばかりに納得顔でそう言った。
おそらくは、こういうことなのだろう。
サキュバス達の手によって変態させられたエリスはともかくとして、敵であったサキュバスの王宮入りに関しては、王宮側の事情もあった。
王太子が確保した、別のサキュバスの存在があったからだ。
王宮側は、何らかの理由により、そのサキュバスを生かす方向で検討をしている。
ゆえに、エレノア達が捕らえたサキュバスに関して、その生存を黙認する代わりに、王太子が捕らえたサキュバスに関しても知らぬ存ぜぬを貫け、と言おうとしているのだろう。
一種の等価交換のようなものなのだろうと、エレノアはあたりをつけた。
もっとも、これはあくまでもエレノアの勝手な想像に過ぎないのだが。
「それで、エレノア様。エレノア様が公爵家に戻った後は、お店はどうなさるおつもりですか?」
「あ~、そのことについてなんだけど、お姉様から許可は頂いたわ。ただ、まぁ……店に護衛を置いておくことになったけど」
「当り前よ。仮にもあなたは私と同じ公爵令嬢で、私が正式に跡を継いだら分家筋になるとはいえ、ほぼ直系に近い立ち位置になることには変わりないのよ?」
むしろ、レミリアが公爵家を継いだ後は、彼女に実子が生まれるまでの間、エレノアにその第一継承権が発生することになる。
前にも触れたことがあったが、エレノアが公爵家に復帰すれば、むやみやたらに表を出歩くことはできなくなるのだ。
なお、エレノアのこの言葉を聞いたレミリアは、
「本当なら、王都邸か、本邸に戻ってもらいたいくらいなのに……この前あなたの話を聞いて、周辺住民や冒険者たちのことを考えたらさすがにそれはまずいと判断せざるを得なかった。だから、仕方なく了承したことなんだからね?」
などと諭すようにエレノアに語り掛けていたが――何かをこらえるようにぴくぴくと表情筋が動いていることから、本来はエレノアの願望を全部かなえたくて仕方ないのだろう。
実力的にも観察力が優れている面子が揃っていることもあり、傍から見ればいろいろと台無しであった(ちなみにその中にアネット、カイル、ルルネはもちろん含まれる)。
そんな感じで和気藹々と雑談に講じていると、やがて一人のメイドがエレノア達のいる待合室に入ってきて、謁見の準備が整った旨を通達してきた。
エレノア達は、彼女の案内のもと、謁見の間へと移動を開始。
その立ち居では、レミリアやエレノアはさすが公爵家関係者、といえるような堂に入った歩き方を見せる一方で、アネットやカイル、ルルネ、そしてエリスに関しては見るからに緊張しているとわかるようなぎこちなさが垣間見え、両者の間――特に彼女達と親しく接していたエレノアとの間にある生まれの差が、ここへきて顕著に表れていた。
アネット達は同時に、そんなエレノアの姿を見て、普段の姿からは想像できなかったものの、やはりご令嬢だったんだなぁ、などと感嘆していたが。
そうして、一行は謁見の間へと到着。そこで、同じく謁見を行う王太子および聖女シリカと合流し、総勢九名による国王との謁見は開始された。
エレノア達は、入室を促されると静々と玉座の前まで移動し、最も深い礼を行った。
「苦しゅうない。面を上げよ」
「は……」
エレノア達は、その声に従って顔を上げる。
一同の視線がすべて自身に向いたのを確認すると、国王はまた一つ頷き、まずじゃエレノアの名を呼び、彼女の功績を称え始めた。
「エレノア。其の方は、過日問題視されるほどの立ち振る舞いをもって、周囲の王族や貴族、およびその子息に多大な迷惑をかけた。まずは、その件に関して、今の其方の考えを申すがよい」
「は……。我がことながら、私欲にまみれ、嫉妬に飲まれ、貴族の一族に属する者として誠に愚かしい行いをしていた、と思うております」
「うむ。そうだな。其方の行いは、自らのみならず、レーペンシュルクの名を汚す行いであった。ゆえにこそ、まずは其方は罰せられてしかるべき罪過があった。そう……罪過が、な」
そこで、国王は一旦言葉を切って、宰相へと顔を向けた。
「宰相よ。エレノアが犯した罪について、其方はどう考えていたか?」
「はは。エレノア嬢の罪は、教会が擁する聖女シリカ嬢を虐げ、苛んだことにあります。悪く言えば、これは外交問題にも発展する恐れはありますが……」
宰相はシリカの方を一瞬だけ見てから、
「被害に遭ったシリカ嬢からは、自身の行いにも問題があり、エレノア嬢という婚約者がいる王太子殿下に不必要に近づいたことは事実であり、彼女にすべての責任を取らせるわけにはいかない、と訴えられております。教会の総本山である聖王国からも、若さゆえの当事者同士の痴情のもつれであり、公的に罰するに及ばず、と処罰に関して否定的な意見を寄せられておりますな」
「で、あったな。聞いての通りだ、エレノア。其の方の犯した罪は、聖女シリカ嬢と、聖王国からの訴えもあり、痴情のもつれとして公的には扱われることになった。ゆえに、其の方がレーペンシュルク家から受けた追放刑は、余りにも過激な判断と我々は見ており、その方が望むのであればレーペンシュルク家に其方の復縁を働きかけようと思うのだが……どうであろうか」
「私に、決めさせていただけるのでしょうか……?」
「うむ。厳密には、これは確認だな。すでにレーペンシュルク家に働きかけることは確定事項になっている。いつまでも聖女の片割れがフリーの状態では、国際的に見ても少々問題があるのでな。問題がなくなった以上、其方には早めにレーペンシュルク家に戻ってもらいたいのだ」
「そう、ですか……。陛下が仰るのであれば、私に否はありません。ありがたく、ご助力賜ります」
「そうか。それはなによりだな」
エレノアは、彼女が考えていた以上に自身が危うい立ち位置に立っていると知らされ、さすがにこれ以上はわがままを言ってはいられないな、と素直にレーペンシュルク家に戻る意思を表明した。
それから、話は転じて、今度は一連の事件に関連する事件として、コーネリアの奴隷落ちにまつわる話へと移る。
国王は、コーネリアがエレノア達の母に化けたサキュバスの手によって、不当に奴隷に落とされた件について、そもそもその処罰を与えたのがエレノアの母ではなくそれに化けたサキュバスだったこともあり、コーネリアの罪は厳密には詰みとは扱えないと言及。
エレノアが望むのであれば、犯罪奴隷という身分にある彼女は首輪を取り外し、奴隷落ちを無かったことにしよう、とエレノアにその是非を問うたのだ。
これに対し、エレノアは諸手を上げたい気分で是と答え、コーネリアの解放を求めた。
国王は、室内に待機していた衛兵にコーネリアの召喚命令を下し、連れられてきた彼女をその場で奴隷という身分から解放し、さらに元々の身分へと復帰させた。
コーネリアは、最初こそいきなり呼ばれたかと思ったら奴隷から解放されて、わけがわからない――と言いたげな顔をしていたが、簡単にその経緯を説明されるとやはり、エレノアと同じように顔をほころばせる。
「ありがとうございます。これでまた、正式にお嬢様の側付きとしてお役に立てますね」
「えぇ。ありがとう、コーネリア。……陛下、これほどまでのお気遣い、誠にありがたき幸せにございます」
「気にするな。これに関しては、其方の店のポーションに我々も世話になっている、という感謝の意も含んでいるからな」
「左様にございますか……」
「うむ。だから、気にすることはない」
「ありがとうございます」
緩んだ顔を再び引き締めて、エレノアが再度礼を述べれば、国王はこれにもまた、正当な褒賞としての意味もあると伝え、恐縮するエレノアに楽にするよう求めた。
それから、話は再び転じる。
国王は、では次に、と室内に三名いるサキュバスに視線を送ってから、
「其方らが求めていた、サキュバスの処遇の件について話をするとしようか」
とエレノア達にとっての本命ともいえる話へと移っていった。
「私としても驚いている。スラム街にも十分目を向けていたつもりであったが……まさか、そこでサキュバス達のアジトが摘発されるとはな」
「それに関しては、」
国王の話に割って入ったのは、軍部の総司令を務める軍務卿。
彼は、王太子が捕らえてきたサキュバスを尋問に賭けた結果を淡々と述べて、その内容が文献と照らし合わせて辻褄が合っていることから、信ぴょう性としてはそれなりに高いとこの場にいる全員に説明していった。
「以上のことから、サキュバス達の夢魔法は、計略に用いれば我々が考えている以上に厄介な反面、彼女らを引き入れることができれば、有用性はかなり高いと言えましょうな」
「なるほどな……」
ちらり、と国王はアネットの隣にいる、王都内でエレノア達が捕らえたサキュバスを見やってから、確かにそれは一理あるな、と頷いた。
「念のため、複数種類の隷属の呪いでがんじがらめに拘束してある故、王太子が捕らえてきたサキュバスについては軍務卿に任せよう。一方で、エレノア嬢や彼女の仲間たちが捕らえてきたサキュバスについては……そうだな、王都内のサキュバス達のアジトを駆逐したエレノア嬢らの働きに対する褒美として、好きなようにするがよい。私がそれを許可しよう」
「ありがたき幸せにございます」
「だが、問題は極力起こさぬように。よろしく頼むぞ」
「は。肝に銘じます」
エレノアのはっきりとした返答を聞いて、国王は満足げにうむうむ、と頷いた。
そうして、意外にもあっさりと話が進み、短い時間で多くのことが解決していった。
どうやら、王宮側でもある程度焦点を絞り、それに対するアンサーを決めたうえでこの場を設けたようであった。
――サキュバスの腱に話がついたところで話すべき話題もあらかた話し尽くしただろ。そろそろ謁見も終わりか。
一同がそう思い、場の雰囲気が緩みかけたところで、
「最後に、そこの……エリス、といったか?」
「は、はい……」
国王は不意にただ話に聞き入っているばかりであったエリスへと話を振った。
急に話しかけられたエリスは、極度の緊張状態に陥りながらも、声を震わせてなんとか返事を返すことに成功した。
「今回は災難だったな」
「は、はい……お気遣いいただき、ありがとうございます…………」
「ああ。とりあえず、今は心を休めることに専念するがよい。あとは、そうだな。そこなサキュバスに、サキュバスとして生きる上で注意せねばならないことは聞いておくべきであろうな。……いうまでもないことだが、これまでと同じ生活を送りたいのであれば、元の姿を取り戻すための術を探すことも怠らぬように。民に混乱を招くようなことはさすがに容認できぬからな」
「はい……肝に銘じます……」
最後に釘を刺したのはともかくとして、おおよそは彼女の現状を慮っての国王の言葉。
それを受けて、この場にいる一同は全員が、国王が彼女を擁護することを容認したのだと判断したことを、エレノアはなんとなくだが雰囲気で察した。
これで、サキュバスにされてしまったエリスも、身の安全はある程度は保証されただろう。
国王から釘を刺された通り、これまでと同じ生活を送るのであれば人家の魔法は習得しなければならない。
だが、彼女の生活上の安寧は、これで保障されたとも言えた。
なぜなら、ギルドは国との結びつきが強いからだ。
国王がそう言ったのであれば、それは関係するギルドにも伝えられることがある。
商業ギルドにエリスが復帰したとして、彼女の立場がそれ以降悪くなったとすれば、王宮が動くことになるのだ。
ゆえに、エリスは国という後ろ盾をこの場で得たと言える。
こうして、いろいろなことがあらかじめ決まっていたらしい謁見は、あっさりと終わりを迎えた。
一同は、一旦来た時と同じ待合室へと案内されたのち、そこで解散し、それぞれ来た時と同じ方法で、それぞれの帰る先へと向かって帰っていく。
レミリアは一旦王都邸へと戻ることに。
ただ、一週間程度の療養の末、完全とまではいかないものの復調した彼女には、領都にある本邸で後継ぎにまつわるあれこれが待っている。
ゆえに、数日以内にはエレノアを一人王都に置いて、領都へと引き上げることになるだろう。
アネット達は、エリスを除いてそれぞれの元の日常へと回帰していった。
彼女たちは、元々平民であり、今回のようなイレギュラーでもない限り、基本的にやることは決まり切っているのでこれは当然だろう。
そして――エレノアは。
彼女も、レミリアと一緒に一旦は王都邸に戻ったのだが――彼女は、その後すぐに彼女の店へと帰ってしまった。
ただし、厳密には彼女とコーネリアのみではなく、新しくエレノアに付けられた、別の侍女とメイド、そして護衛数名が一緒である。
また、服装に関してもそれまでの平民が着用するような服ではなく、上位貴族が着るような、普段着用のドレスを着せられることになった。
エレノアは不服そうにしていたが――侍女たちからたしなめられては仕方がない。
侍女たちにも、立場はあるのだ。
こうして、エレノアは一応自分の店を守り抜くことに成功はした。
それまで建物の維持管理にも従事していた者たちは、その後は一部を除き、純粋に店の従業員として従事することになったが――引き続き、エレノアの元で働けると聞いて、諸手を上げて喜んだという。
――かくして、エレノアを狙って張り巡らされたサキュバス達の陰謀は、エレノア自身の手によって打ち砕かれ、一連の事件は終息へと至った。
だが、エレノア達へと降りかかる試練は、まだ終わったわけではない。
サキュバス達の陰謀に決着がついてから数週間後。
スピード勝負ではあったものの、正式にレーペンシュルク家の当主の座を継いだレミリアから届いた一通の手紙が、エレノア達に新たな苦難の訪れを報せた。
――助けて、このままじゃ公爵家がなくなっちゃう、と。
手紙には、要約するまでもなく、そのようなことが書かれていたのである。




