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そうして、エレノア達はその日はレーペンシュルク家本邸で夜を明かし、翌日中には王都へ戻る準備を開始した。
ちなみに、王都へ行く際には、療養しなければならないはずのレミリアも同行することが決まっている。
これに関しては、レミリアが大丈夫そうなので王都へ戻る旨をエレノアが主張したことに起因する。
療養中のレミリアについていてもいいのだろうが、不当と判断されてはいるものの、一応追放された身なので本邸に寝泊まりすることに抵抗感を覚えたために辞退した次第だ。
これに対し王太子は気にすることはないだろうと言っていたものの、店のこともあるので結局は数日以内には戻らないといけないと主張し、それならば逆に自分がエレノアの店に行く、とレミリアが名乗り出たことがきっかけで、シリカがそれなら王都邸に行けばいいのではと指摘。
それで話は決着し、レミリアも王都邸に行くために、王都へ向かう一行に加わったのである。
そうしてレミリアがベッドの上でなにやらウキウキしながら侍女たちが出かけ支度をしているのを眺めている傍ら、元々今回はものを持ってきていなかったエレノアとコーネリアは準備するも何もないので、代わりにベッドの上から動けないレミリアに変わって、代官の選定を王太子とともに行うことにした。
王太子達も、荷物こそいろいろ持ってきてはいたものの、それらをサキュバス達に奪われ、財布などの貴重品や武器を除き、着替えも含めて喪失してしまったため、準備するものがなかったのである(シリカの着替えだけは、アラクノイドシルクが使用された神聖な衣だったため事なきを得たが)。
代官を探さないといけない理由は言うまでもないだろう。
レミリアがエレノアのいる王都で療養をする間、レーペンシュルク領には執政を行うものがいなくなる。
そうでなくても、レミリアはしばらくの間身動きが取れない状態が続くのだ。
代官を立てるのは必須事項といえた。
エレノア、シリカ、そして王太子の三人が顔を突き合わせて話し合いを行った結果、代官はエレノアの父についていた執事に任せることに決まる。
さっそく呼び出し、内容を伝えれば一つ返事で彼は頷き、王太子を伴って任命に必要な書類の準備に取り掛かった。
その書類を用意するのは本来であれば公爵亡き今、彼女の嫡子であるレミリアの仕事なのだが――まぁ、前述の通りレミリアが動けず、またここでもエレノアが追放された身であるという事実が邪魔をしたため、王太子が代行することになった次第である。
かくして、その日は各自が出立準備に追われて一日が終わり、本日へと至った。
「それではお嬢様。あとは私に任せて、お嬢様はどうぞご養生なさってくださいませ」
「えぇ。爺や、よろしくお願いするわね」
代官を頼んだ執事に見送られながら、一行はレミリアと彼女の側付きの侍女を連れて、数台の魔導車にて王都へと引き上げていった。
車窓の外を流れゆく景色を眺めながら、エレノアは物思いにふけっていた。
考えるのは当然、今後のことである。
ついこの間話し合った通り、このままいけばエレノアは再び公爵令嬢へと返り咲くことになり、堅苦しいことこの上ない日常が舞っていることだろう。
そしてそれはもう、ほぼ確定といってもいい状態である。
サキュバスの工作員という、わかりやすい捕虜を捉えている状態であり、また王都の内部にはサキュバス達が築き上げていたアジトまでも発見し、これを潰滅。
シリカ達の活躍ももちろんあったものの、その功績はとても大きいものになるだろう――というのは、レミリアの言である。
「この功績をもって貴族の家族として返り咲くというのには、身内への贔屓目を差し引いても不釣り会い過ぎるわ。そもそもそれ自体がかなり不当なものと断定できる処罰でしょうし……。報奨金か、さもなければ叙爵か……。なんにせよ、期待できるはずよ」
もしそうなったら、お祝いしないとね。
控えめながらはしゃぐようにそう言うレミリアに、そうは言うがとエレノアは素直に喜べないという心のうちをひけらかす。
貴族令嬢、それも公爵令嬢ともなれば、ルベルト王国の法律上貴族本人としては扱われないものの、その人的な価値はそれに準ずる特権が許されるほどとなる。
当然、犯罪などに巻き込まれて人質などに取られるなどという事がないよう、護衛などはしっかりと厳重に付けられることになるし、そうなれば街中に出歩くときでさえ、気が休まらなくなるだろう。
元々のエレノアと『ナカノヒト』が融合した今のエレノアにとっては、それは少々耐え難い苦行でしかなかった。
「仕方がないわよ……私達に許された特権というものには、得てしてそういう不自由が付き纏うものなのだから」
むしろ私は、エレノアの方がうらやましいわとレミリアはこぼす。
彼女にとってしてみれば、いきなり地下牢に放り込まれ、何日経ったかわからないまま救出されれば肉親はエレノアを除き他界。
もともと予定されていたこととはいえ、齢19歳にて早くも公爵家を継ぐことになってしまったのだから。
今後、レミリアにはエレノア以上の護衛が常に付きまとうことになるし、プライベートにおいても様々な制限が付き纏うことになる。
理由もなく外を出歩くなどもってのほかだ。
それらのことを考えれば、まだエレノアの方がマシといえるだろう。
エレノア達は、それからも他愛もない話をしながら、王都への帰路を順調に進んでいった。
王都に到着すると、魔導車はそれぞれの行き先別に、二手に分かれた。
シリカや王太子達が乗った魔導車は、教会を経由して王城へと向かうために。
そしてエレノアとレミリアを乗せた魔導車は、エレノアの店経由でレーペンシュルク公爵家の王都邸へと向かうために。
エレノア達は、王都の大通りの景色を、車窓からただじっと眺めながら、最初の目的地である、エレノアの店へ魔導車が到着するのをじっと待っていた。
とはいえ、エレノアの店があるのは大通り沿い。
それも平民街なので、王都に入ってほどなくして到着してしまう。
レミリアは、エレノアと別れるのがよほど名残惜しいのかなかなか彼女を介抱しようとせず、見かねたエレノアが『よかったら店の上、住居スペースで幾分か休んでいかないか』と提案。
すると、表情を一転させて華やかな笑顔を浮かべて、誘いを受け入れた。
そうして急遽決まった、レーペンシュルク次期当主のお店訪問。
店頭にはアネットを含む数人が立っており、ちらほらと客も入店していることから、従事者達の自己判断でこの日は店を開いていたことがうかがえた。
「アネットさん、お店開いといてくれてたんですね」
「あ、はい……差し出がましい真似をしたとは思いますが、何日もお店を開けておくのも、それはそれでポーションを求めてきてくれるお客さんには悪いですからね」
商業ギルドの職員としても、ヒールポーションの専門店ともいえるこの店はもうなくてはならない存在になりつつあるという評価であり、在庫がある限りは開いておくべきであろうという判断だったらしく。
責任はアネットがすべて持つので、在庫があるかエレノアが戻って来るまでは、営業を再開しようという事に決まったのだとか。
ちなみにどういうわけか店頭にはほかにパッセの姿もあり、彼もまたエレノアの店で唯一のユニフォームといってもいいエプロンをその身にまとい、せっせと接客にいそしんでいた。
いったいどういう風の吹き回しだ、とエレノアは気になったが、とりあえずはレミリアとお茶をするのが先決かと判断し、あとのことは引き続きアネットに任せて上階へと上がっていった。
「……ねぇ、エレノア?」
「なんでしょうか、お姉様?」
「これだけの建物だと、結構お金かかったんじゃない? 正直、大通りに接しているし、立地条件的にもかなりいいし、それに大きいし。……これだけの好条件だと、小さなお屋敷くらいは手が出せるんじゃないかな、って」
「察しがいいですね。お姉様の言う通り、本来の適正価格であれば、それくらいが相応だ……と、この建物を紹介してくれた方は言ってました」
レミリアの前だと、どうしても公爵令嬢然とした立ち振る舞い、言葉遣いが出てしまうエレノア。
たまたま近くにいた使用人が物珍しそうな表情で彼女たちに振り向いたが、こればかりは、元々のエレノアとしての部分が強く出てしまうのか、彼女自身堅苦しさも感じないほどに自然に出てきてしまうもので、致し方がないことであった。
エレノアの答えを聞いたレミリアは、なにやらそうはならない事情でもあったのか、もしくは借金でも抱えてしまっているのではないかと不安がったが、エレノアはその心配はいらないと彼女を安心させながら事情を説明する。
「まず、お金についてですが、それについては心配は無用ですわ。追放されたのち、早い段階であるものを鍛冶屋に売り払い、お金を工面していただきましたので」
「ある、もの……」
「はい。貞操帯ですね」
「てっ…………思い切った、ことをしたのね……」
レミリアは、それならば確かに納得できる、と言いたげに頷いた。使われている素材からして当り前のことではあるが、エレノアが当分の資金のためにと売り払ったそれは、本当にそれだけの価値があったのだ。
まぁ、この土地や建物に関しては、それだけが安心材料ではないのだが。
「この建物が、事故物件だった。というのも、かなり大きかったですね」
「事故物件?」
その、もう一つの理由をエレノアが言えば、彼女はわけがわからないと言わんばかりに首を傾げた。
「ここ、何かいわくつきだったりするのかしら?」
「はい。なんでも、依然ここが宿屋だった際に、集団食中毒で死者が何名も出たとか、何とか……」
「ちょっ……」
それはいくら何でも。
そう思ったところで、レミリアも何かに気づいたかのように、うん? と、思案顔になる。
そして、エレノアが授かった祝福のことを思い出して、
「あぁ、確かに、それならあなたにとっては全然気にする必要がないわよね。なんて言っても、聖女なんだし」
「そういうことです」
理解を示したらしいレミリアをみて、それならよかったと思いながら、エレノアは自分が使用している部屋へ彼女を招き入れた。
――とはいえ、レミリアの現在の身分は、次期レーペンシュルク公爵。
エレノア達の父親が亡くなってしまっている以上、そして本人が生きていた以上、その立場は現時点においてはゆるぎないものとなっている。
時間がまだそれほど立っていないためか、分家筋からもまだ何も言われてきてはいないが、レミリアの爵位継承はほぼ確定しているだろう。
そんなわけで、彼女の身の安全を守るという意味合いからも、この場に長く留め置くわけにはいかない。
彼女は、帰るべき場所に還らなければならないのだ。
レミリアは、なおも名残惜しそうにしながらも、公爵家本邸から付いてきた使用人たちに付き添われて、エレノアの店を後にしていった。
「……さて。それじゃ、アネットさんにあのサキュバスがその後どうなったかを聞かないとね」
アジトで捕らえた司令官のサキュバスについては、エレノアの店に帰投してからは完全にアネットに任せきりになっていた。
だから、彼女から詳しく話を聞かなければ、何もわからない状態なのである。
ちなみに、その捕らえたサキュバスのことについて、エレノアも王太子に詳しくそのいきさつを説明したのは言うまでもない。
エレノアの話を聞いた王太子の、『そういう事なら仕方がない。父上に働きかけてみよう』と了承してくれた際の渋い顔は、不安を掻き立てさせられるものがあったが、この国でサキュバス達が行ってきたであろう所業を考えると、その中心人物の一人であろう件のサキュバスの身柄を引き受けたい、と願ってもエレノアの声だけでは聞き入れてもらえない可能性が高い。
王太子には、なんとしても国王を説き伏せてもらいたい、と切に願うエレノアであった。
エレノアは、そんなことをつらつらと考えながら、一階の売り場スペースにいるであろうアネットのもとへ行き、彼女に件のサキュバスとエリスがどうなったかを聞いてみた。
「彼女なら、すでにギルドに隷属の呪いを付与し、サキュバス固有の魔法や毒魔法の使用を原則禁じたうえで、ひとまずこの店の二階、居住スペースにて隔離しています」
「エリスさんは?」
「彼女も、今は人前には出せない状態ですからね。とりあえず、夜行性になってしまったこともあって、今は勝手ながら私が先日まで滞在させていただいた部屋を、再度お借りした上で、休ませてます」
「そう……」
「あと、例のサキュバスにはエリスに対して、人化の魔法を使えるように命令してあります」
「あぁ、それは確かに重要だね」
さすがにサキュバスのままで人前に姿を現すことはできないだろう。
アネットはそれから、申し訳なさそうな表情になって、エレノアに一言謝罪を入れた。
「事後報告になってしまいましたが、勝手に部屋を二部屋も借りてしまいましたこと、申し訳ありませんでした」
「ううん、そのことに関しては心配しないで。アネットさんに関しては、信頼しているから」
「そういっていただけると幸いです」
信用よりも信頼の方がより嬉しいですからね。
エレノアが気にしていないと告げれば、アネットは顔をほころばせて喜色満面の笑みを浮かべた。
とりあえず、サキュバスのことは国王に謁見するまではアネットに任せておけば問題はなさそうだと判断して、エレノアは次に店のことについて確認を勧めた。
予想通りというか、在庫状況がかなりまずいことになっており、このままだと明日は生産ペースを限界まで上げないといけなくなっていた。
とはいえ、アネットに問題があるわけでもなし。
開店から約半月。それだけの期間で、エレノアの店は冒険者にとって話題の店となってきており、この波を逃さないわけには行けなかった。
だから、昨日の休業は実はエレノア達にとっては痛い出来事でもあった。
このため、エレノアはこの直後から猛烈な速度で各種ポーションを作り上げて、在庫状況の回復に努めた。
翌日以降も、接客に関しては従業員たちに任せて、エレノアはポーションをひたすらに作り続け、一週間くらいには元々あった量くらいにまでは取り戻すことができた。
もちろん、ポーション作りにかかりきりになっていたなら、それよりも速いペースでポーションを作ることもできたのだが――王都内でのサキュバスとの戦いのこともあり、予定よりもずいぶん早い段階で国王と謁見しなくてはならない状態になってしまったため、急遽ドレスなどの新調をしなければならなくなってしまったのだ。
レミリアにそのことに関して問い合わせた結果、エレノアのドレスはすっかり片付けられてしまっており、本邸に問い合わせても似たような状態になってしまっていたという。
つまり、新調する以外に方法はなく、そのために時間を割いたためにポーション作りが若干遅れてしまったのである。
まぁ、エレノアにとってはどちらも大切なことに違いはないのだが――本人的には公爵家の身内に戻るなど、どちらかといえば(責務から逃げたいという意味で)消極的なので、とても面倒くさそうにしていたが。




