エピローグという名のStart line:1
サキュバス達のアジトを立て続けに壊滅させ、幹部らしきサキュバスを捕縛することで凱旋を果たしたエレノアであったが。
店に戻ってきてからも、後処理に追われてしまい、それぞれ休みにつくことはいまだ敵わなかった。
まず、アネットとルルネはエレノアの店に戻ってきたその足で、商業ギルドへと向かうことになった。
サキュバスへと変えられてしまったエリスと、今回の電撃攻略で捕縛したサキュバスをそのまま放置することができず、かといってルルネが拘束魔法を維持したままでいると彼女自身も拘束することになってしまう。
彼女とて、Aランクの冒険者である。彼女の力を借りたいものは、パッセ・ルドルフをはじめ、ごまんといるだろう。
ゆえにアネットとルルネは、サキュバスを連れて商業ギルドへと向かうことにしたのである。
そこで隷属の呪いを刻み、人間に危害を加えることをできなくさせるのだ。
ちなみに仮の主人はアネットという事になるが、その後は数日以内に国王と会う手はずが(本人の手の及ばないところで)整えられているエレノアにゆだねられることになる。
エリスもエリスで、現状のままではとてもではないがギルド職員として働くことはできないため、事情を説明すると同時に、休職願を届けに行く必要があった。
ただ、人ではなくなってしまった彼女をそのまま一人で行かせるわけにはいかない。
彼女一人で商業ギルドに行けば、即座に警備員によって捕縛対象として捕らわれてしまうであろうことは見え透いているし、それ以上に衛兵も巡回しており、市民も多く出歩いている王都の街並みを出歩いて、御用にならないほうがおかしいだろう。
すでに、サキュバスが行ってきた工作は王室にも伝わっている。そしてそれは、王都内において、衛兵や騎士たちの間で『サキュバス』というものに対して、敏感になっているという事を意味しており、白昼堂々サキュバスが外を出歩けば、まず無事ではいられないだろう。
そのため、彼女もアネット達に帯同することになったのである。
「……このハイ・サキュバスたる私が、まさか奴隷になるだなんて……屈辱だわ」
「そりゃね。あんたたちのやってきたことを考えれば、そうなっても仕方ないでしょう。むしろ、現状ではそうなれば儲けもの、ほぼ確実に死罪が確定している状態よ?」
「だったら、私達の拠点で殺してくれればよかったものを……」
「残念だけどそういうわけにもいかないの。……エリスさんのことも考えるとね」
悔し気にその妖艶な顔をゆがめるサキュバスに、改めてその状況をエレノアが語ろうとすれば、彼女は口を噤むばかり。
エレノアは、やれやれと言わんばかりに頭を振るしかなかった。
そうなると残った攻略メンバーはエレノア、コーネリア、そしてカイルの三人。
カイルは、パッセに事の次第を伝えてくるとのことであったので、彼もこれで解散という事に。
これで、店の中心人物であるエレノア達以外は全員が、解散したことになった。
「…………はぁ。みんなが頑張って後処理やってくれるのはうれしいけど……私も現実逃避できる時間が欲しかったわ……」
「お嬢様……そうおっしゃらずに」
ため息をつきながら、エレノアはコーネリアとともに、他の攻略メンバーを見送った玄関口を見やって、そう嘯いた。
そう。エレノアは今、現実逃避したくてたまらないのだ。
なぜなら――売り場の奥、応接室のある方向から見覚えのある男二人が、険しい表情でエレノアに今にも問い詰めんとばかりに迫ってきていたのだから。
エレノアのもとに客人として来ていたのは、昨日レーペンシュルク公爵領に視察しに行っていた王太子その人であった。
傍らには、彼の護衛を務める若い武士の姿もある。
店の売り場に戻ってきて、そのまま流れのように後始末について話し合っていた際、エレノアは視界の端に、二つ設置していた応接室のうち、手前側の部屋の扉が開くのを確認していた。
いったい、中に誰が入っていたのだろうかと思い、みんなと話をしながら様子をうかがってみれば、そこで出てきたのが彼らだったのである。
「……いろいろと、こちらから報告をしたいこともある。それに、先ほどの様子からして、君らにもいろいろあったのはよくうかがい知ることができた。だから、そのことについても聞きたいことは山ほどある。――が、それらのことはさておいて、ひとまず一番重要なことを聞かねばならない。……なんだかわかるか?」
「…………イエ」
その重圧に、思わず一歩後ずさりながらも片言で出た、エレノアの答えはそれだけだった。
逆に言えば、そうなるくらいに、エレノアにナカノヒトが宿ってから初めて相対する王太子は、エレノアに対して重圧を掛けていた。
言い逃れは許さない、といわんばかりの迫力である。
「そうか。なら、わかりやすく単純な言葉で聞いてやろう。…………なぜ、サキュバスと行動を共にしていた? 明らかに捕縛されていた片方はともかくとして、もう片方はそうではなかったように見えたが……?」
「……あぁ、彼女、についてでしたか……」
エレノアは、なんてバッドなタイミングなんだ、と己の運の悪さを嘆かずにはいられなかった。
もし、もう少しでもタイミングがずれていたなら、王太子も警戒せずに済んだだろうに。
もしかしたら、彼はエレノアが魅了されているのかもしれない、と考えているのだろう。
「まず、誤解しないでいただきたいのですが、彼女は純粋なサキュバスではありませんよ? それどころか、どちらかといえば被害者として扱うべきでしょう」
「ほう……詳しく事情を聴く必要がありそうだな。……まぁ、敵ではない、とだけ知れれば今はよかったがな」
「…………そうなのですか?」
「……あぁ。そうなんだ。普通ならそうはいかないところだが……こちらも、抱える事情が事情でな。正直、すぐにでも君を連れて、とんぼ返りしないといけない状況になっていて……」
そこで王太子は、とりあえず時間がないから、という事でエレノアの腕をつかみ、さらに武士にはコーネリアを連れてくるように命じて店外へと跳び出した。
そしてそのまま、店の敷地内、馬車や魔導車用に設けてある駐車場に止めてある魔導車にエレノア達を乗せると、王太子達は自分たちも運転席と助手席に乗り込んだ。
「これ……公爵家所有の車ですよね。レーペンシュルク公爵家の紋章も入っていますし。王太子がわざわざこれを借りて私の店に来たという事は、それほどの事態が発生したという事ですか……」
「聞くのが怖いですね」
コーネリアが短い間で得られた情報をもとに考察をすれば、休みを求める体に神聖魔法で喝を入れつつ、エレノアが率直な感想を述べた。
王太子は、コーネリアの考察に一つ頷いて、ある意味では緊急であることに違いはない、と肯定した。
含みのある物言いに、エレノアは怪訝そうな顔をしながらも、とりあえずはその先を促した。
「結論から言おう。ああ、何の話かといえば、君の家族についての話だ」
「家族の……」
エレノアはそこまで聞くとハッとして姿勢を正し、真剣な面持ちで王太子の話に耳を傾け始めた。
それは、今のエレノアを構築する、彼女に宿った『ナカノヒト』と元々のエレノアのうち、後者の方の部分が反応したことによるもの。
元々のエレノアと『ナカノヒト』は、『ナカノヒト』が入り込んで早々に、足して二で割ったような形で完全に融合してしまったものの、それでも元々のエレノアの部分が彼女の中から消えたわけではない。
ゆえに、家族の話、と聞いて緊張しないはずがなかった。
「まず、君の父君……レーペンシュルク公爵についてだが、彼はすでに手遅れだった。少なくとも、敵を尋問して得た情報によれば、すでに亡き者になっているらしい」
「…………っ、そう、ですか……」
目に見えて、エレノアは気落ちする。
元々のエレノアの記憶を辿れば、直近の父親の記憶は、エレノアにきつく当たるようなモノしかなかった――が、そうではない、優しい父親であったことも事実だったのだ。
彼女にとってはかけがえのない人物であることに、違いはなかった。
その彼が死んだと知り、エレノアの心の中に翳が生じる。
王太子は続けて、母親はサキュバス達に連れ去られ、少なくとも彼女の手駒にされてしまっている可能性が高いと語った。
これも、彼がサキュバスから聞いた話であったが、少なくとも王都のタウンハウスにも、そして公爵家本邸にもエレノアの母親らしきものはおらず、エレノアはさらに肩を落とす。
エレノアを気遣い、彼女の肩に手を回すコーネリア。エレノアは、その手に逆らうことなく、彼女に体を預けた。
さすがに、性急すぎたかと王太子も彼女を視線で気遣いながらも、そこで言葉をいったん切って、ふっと微笑んだ。
「早期を落とすな、とは言えないだろうな。かけがえのない家族を、二人も一気に失ってしまったのだから」
「…………、」
王太子の言葉に、エレノアははにかみながらも、ありがとうございます、と座礼をする。
少なくとも、ゲーム知識で予知していたことではあったから、覚悟自体はしていたのだ。
元々のエレノアの近況からして、この世界の史実がシリカルートを進んでいることは間違いなかった。
そしてシリカルートでは、三ルート揃ってレーペンシュルク家は分家筋が継ぐことになる――つまり、本家の血筋は途絶えてしまう。
ゲーム知識でそのことを確信していたエレノアは、いつその訃報が届いてもいいように、心構え自体はしていたのだ。
ただ、実際にその時が来ると、元々のエレノアの部分が思いのほか反応してしまい、予想していた以上に精神的なショックが大きく、彼女自身それに動揺してしまうというような事態に見舞われたが。
「だが、悲しんでばかりもいられないな。君にはあと一人、家族がいるだろう?」
「……レミリア、お姉様。に、ついてですね……」
エレノアは、この分だとゲームのシナリオ通り、エレノアの姉であり、次期当主でもある長女レミリアも、死んでしまったのだろうな、と陰鬱な気持ちになる。
わずかながらに涙ぐんだ声で、エレノアがそう確認を取れば、王太子はそうだ、と頷きながら最後の一人、レミリアについての話を始めた。




