Forts of succubusを電撃攻略せよ:2
エレノア達は、『拠点指令室』前でいったん足を止めた。
このアジトのほかの場所はすべて探索を終え、あとはこの場所だけである。
ちなみに、エレノアの店に奇襲を仕掛けてきたサキュバスの一部もこのアジトには潜んでいたものの、この時点ですでに戦力外となっていた彼女たちに更なる傷を負わせる気にもなれず。
甘いですね、とアネットにあきれ顔をされながらも、奇襲を仕掛けてきたサキュバス達はそのまま放置することに。
また、神聖魔法によって手痛い手傷を負ったサキュバス達もまた、今となっては戦力外もいいところなので、そのまま放置している。
「この中から、他よりも強いサキュバスの力を感じます……気を付けてくださいね」
「えぇ。わかったわ」
エリスのその言葉を背中で受けながら、エレノアは慎重に扉を開け放った。
この時、どこかの誰かのようにちょっとだけ扉を開けて、その後風魔法で奇襲を――などという事は、エレノアはやらなかった。
それは、エレノアの気持ち云々の問題ではなく――単純に、手前側に開く扉だったからである。
ゆえに、エレノアは奇襲を仕掛けられなかったのである。
「…………エレノア・レーペンシュルク……ここまで攻め込まれるとは思ってもみなかった」
指令室の中にいたのは、やはりサキュバス――だが、他のサキュバスよりも黒い皮膜の部分に艶があり、尻尾が若干長いようにエレノアは感じた。
わかりにくい違いだが――それだけで、感じる威圧感も随分と違うものであった。
「そうかしら? さんざん嫌がらせしてくれた挙句、あれだけ派手な作戦で攻めてこられたら、誰だって黙ってはいられないと思うけど?」
「…………嫌がらせ、か。今の状況だと、嫌味にも聞こえるな」
サキュバスは、目を細めて値踏みをするかのようにエレノアを見つめる。
「私だって死にたくはない。でもあんた達は、一度や二度の失敗で諦めてくれるような輩じゃないでしょう?」
「そうだな……。………今、この世界に聖女は二人いる。我々魔族にとって、たった一人でも驚異的な存在が、二人もだ。……特に、私達サキュバスは魔族の中でも力は弱い方だからな。オーガのように、瘴気を含んだ固い外皮で貴様の体からあふれ出す忌々しい魔力を防ぐ手立てもなければ、腕力があるわけでもない。搦め手が通用する段階でどうにかしないと、いざ攻めてこられた際に敗北はゆるぎないものになるからな」
「…………だから、先手を打って、私を、もしくはシリカを殺そうとしたってこと?」
エレノア自身、ゲーム知識でそういった『シナリオ』が存在していることは確かに知っていた。
しかし、いざ面と向かって言われると、正直理不尽なことこの上ない話であった。
なにせ、エレノアとて好き好んで聖女という祝福を授かったわけではないのだから。
「…………分かり合おうという気はなかったの?」
「一人だけなら、まだその道はあったかもしれない。だが……二人だ。そして聖女という存在は人間たちにとっても、国家戦略級に重要性の高い存在のはずだ」
であれば、聖女が同じ国に収まることは、国際社会が決して許さない。そして聖女を求めるのは国だけではない。
その呼ばれ方からして、教会などもまた、聖女といういかにも神聖な、犯し難い存在は喉から手が出るほど欲しい存在だ。
少なくとも片方は教会が保護することになるだろうし、事実としてそうなった。
そして教会は基本、魔族との共存は許さないことを教義としている。
「教会の聖女なんて言う、私達の天敵と相手をするだけでも大変なのに、その上貴様とまで戦うような余地はないからな。教会の聖女と本格的にやり合う前に、貴様だけでも排除しなければならなかったのだ」
その動機についても、ゲーム知識で、あるいはこれまでにサキュバス達から受けた仕打ちで、すでに嫌というほどに理解していた。
ただ、面と向かって言われると、改めて恐ろしい執念を感じずにはいられなかった。
それほどまでに、サキュバス達はエレノアを、シリカを――聖女という存在を、絶対的な敵として見ていたという事なのだが、その強すぎる敵意――殺意を向けられたことがなかったエレノアは、若干ながら気おされてしまう。
このアジトの司令官は、しかしながら、と溜息をつきながら一旦言葉を切り、
「策を弄したが故にこうも手痛いしっぺ返しを受けるとはな……。貴族の夫人や令嬢どもと入れ替わって、あるいは男どもに精神毒を盛って心を操ることで貴様を貴族社会の中で孤立させ追放させるところまではうまくいったというのに……。そうも手際よく生活基盤を立て直されてはこちらも計画の練り直しが大変だった。その末にこれでは……まさに、策に溺れたというべきなのだろうな、現状は」
言いながら、このアジトの司令官はどこからともなく武器を取り出した。
「さて――ながらく無駄話に花を咲かせてしまったが……そろそろ、貴様等を仕留めて、制圧されたこのアジトを取り戻させてもらうとしようか」
妖しく揺らめくピンク色の光を纏ったそのショートソードからは、エリスがサキュバスの力を感じ取ったことで、彼女達の工匠により鍛えられた魔剣の類だとエレノアは推測する。
「……一応聞くけど、投降する気は?」
「…………ある、といったところでどのみち私たちに明日はないのだろう?」
「それは……」
ある、とは言えなかった。
現時点で、おそらく貴族令嬢や夫人と入れ替わっているサキュバスはそれなりの数に及んでいることだろう。そして、本物の令嬢や夫人たちの命はすでにないか、あったとしても碌な扱いを受けていないか……。
『ツイント』において、その一端を見ることができるイベントがあったがゆえに、エレノアは入れ替わられた彼女らの暗い現状を幻視して、サキュバスから発せられた言葉に何も答えることができなかった。
――彼女たちは、すでにやりすぎている。おそらくは、今生かしても、近い将来、死を迎えることになるだろう。
そう断定できるほどには、エレノアも元公爵令嬢として、サキュバス達の罪の深さを正しく理解できていた。
「先の奇襲に失敗したことで、『夢魔法』でアジトにいる同胞たちも、夢の世界に逃げるほどの力もないほど痛手を受けた。もう、私には後がないのだ。――背水の陣という奴だ。ただでは私を打ち倒すことはできないと思え!」
アジトの司令官は、最後にそう言い放ち、エレノア達に向かって飛び掛かった。
アジトの司令官が最初に狙ったのは、エレノア――でもなければアネットでもなく、そしてほとんど戦力外といってもいいエリスでもなかった。
「シィッ!」
「ふんっ!」
「あぅ……ッ! たっ……はっ……」
司令官が最初に狙いを定めた人物。
それは、アネットと並んでエレノアをかばうように前に立っていた、コーネリアであった。
コーネリアは、構えていたナイフで危なげなく司令官のショートソードによる攻撃を躱す。
が、しかし――
「はっ! ふっ! …………かふっ!?」
「コーネリア!?」
軽く何度か斬り結んだだけで、あっという間に負かしてしまった。
司令官は、アジト内にいた他のサキュバスの比にはならない軽いフットワークでコーネリアとなんどか切り結ぶと、そのはずみで揺れ動いた、コーネリアの首に嵌められた枷に繋がる鎖をつかみ取り、強引に引き寄せたのである。
「しまっ…………ッ」
そのまま、体勢を崩され、流れるような動作でコーネリアは床にたたきつけられる。
そして、そのまま足の腱を突き貫かれ、コーネリアははや戦力外となってしまう。
窮地に追い込まれたコーネリア、そして彼女を助けようとして駆け寄ろうとするエレノア。
司令官はニヤリとして、都合よく自分に近寄ってくるエレノアを捕らえようと身構える。が、ふと違和感を感じて、周囲を見渡した。
司令官の視界に映り込むのは、エレノア、エリスで二人、そして足蹴にしているコーネリアで三人――一人、足りない。
ハッとして、司令官は真横に飛びのき、そのまま転がるようにして後ろを振り向く。
そこには、直前まで司令官が経っていた場所のすぐ後ろで、空振りに終わったナイフを構えなおしているアネットの姿が。
「ちっ……仕留め損ないましたか…………」
「厄介な――ッ」
「『セイントティア』!」
「あああああああっ!」
そして、体勢を立て直そうとしている隙に、エレノアはコーネリアに駆け寄り、断ち切られた足にポーションを振りかけて治療した。
エレノア謹製のポーションによりまるで傷など追っていなかったかのように勢いよく立ち上がったコーネリアは、そのまま視線の先で繰り広げられる、アネットと司令官の攻防を眺めた。
奴隷用の首輪というハンデこそ利用されたものの、コーネリアとほぼ互角の剣戟を繰り広げた司令官だったが――やはり、(元)Aランク冒険者相手には苦戦を強いられてしまうらしい。
防戦一方――どころか、見る見るうちにかすり傷を負わされていき、一分もしないうちに上半身のいたるところから血を垂れ流す様相になってしまった。
そして何より――アネットは、本気を出してなどいなかった。
まるで相手を弄ぶかのように、相手の攻撃を誘導し、いなし、攻撃すれば急所にナイフを突き立てられるタイミングを作り出しているにも関わらず、彼女は甚振るように直撃を避けている。
それは司令官側でも感じ取っていた。
気づけば激しい攻防の中でいつの間にか部屋の中央付近に移動しており、エレノア達は戦闘の邪魔にならないように部屋の入口まで移動していた。
「くっ、きさ、まっ、どういうっ、ことだっ!」
「…………、」
「私を、弄んで、そんなにっ、楽しいかっ!」
「えぇ、それはとても……」
エリスがエナメルのような皮膜に覆われた手のひらを額に当てて、頭を振るのをエレノアとコーネリアは見逃さなかった。
その表情に呆れのほかに、悲しそうなものも含まれていることにも。
彼女がそんな面持ちでそのような動作をしたという事は、アネットは本気で怒っているという事なのだろう。
「私は、あなた達を許しません。エリスに――私の友達に、あんなひどいことをしたあなたたちを、絶対に赦さない!」
「…………、」
アネットの言葉を受けて、司令官はちら、とエリスに視線を送った。
エリスはビクッ、と震えるも、気丈にその視線を受け止め、そして少し考えるように間を開けてから、小さくフルフル、と首を横に振る。
エレノアには、エリスのそれは、『怒ってくれるのはうれしいけど、感情に飲まれている今のアネットは見ていたくない』といっているように思えた。
アネットは、エリスのその反応を見て、
「……エリスは、ああして私を止めようとしていますが……それでも、あなた達を許すことはできそうにありません。あなたが投降しないというのなら――私が、あなたを殺します」
「――――ッ!!」
ぞわり、と背筋を何かが走るような悍ましい感覚に一同は襲われる。
その発信源は――もしかしなくても、アネットだ。
一連のやり取りで、エリスの反応でアネットの怒りは収まるどころか、油を注がれたかのようにヴォルテージが上がってしまったらしい。
「エリスを、……エリスの人生を狂わせた罰です。――――死んで、彼女に詫びなさい」
静かに、その怒りを込めて紡がれた言葉。それが司令官の耳に届くか、否か。
そのタイミングで、アネットは勢いよく足を踏み込み――そして、その直後には、司令官の目の前に瞬間移動したかのように詰め寄った。
彼女のしなやかな腕に持たれた凶刃は吸い込まれるように司令官の首を捉え、そしてその横を飛び跳ねるように移動するアネットに合わせ――一閃。
返り血を浴びる前に、アネットは司令官の背後の、離れた位置まで移動していた。
すべての動作がまるで流れる水のような動きで、気づけば司令官――だったサキュバスの体はばたり、と床に崩れ落ちた。
「…………、」
「アネット、さん……?」
サキュバスの死体を見下ろすアネットの表情を見たエレノアは――初めて、彼女が大鎌を携えた死神であるかのような印象を受けた。




