月の下のGenocide:1
対策を講じたところで、エレノアは先程からしばらく時間が経つというのに、サキュバスの追加の手勢が全く入ってこないことに気が付き、ふと窓の外を覗いてみた。
「お嬢様、危険です。お下がりを」
「様子がおかしいの。ちょっと窓の外の様子を見てみるわ。『イルミナント』」
制止するコーネリアを振り切って、エレノアは光魔法を放ち、外の様子をうかがった。
三階という高さからのぞき込んで見えたその光景は――予想以上に、悲惨なものであった。
一部のサキュバス達が折り重なるようにして倒れており、それを倒れていないサキュバスが手分けして運んでいる最中は、どこの被災地だと突っ込みたくなるような光景ですらあった。
それを引き起こしたのがエレノアであっただけに、そのショックはかなりの物であった。
「…………うわぁ」
「どうしまし――あ~、なるほど……」
「……これは」
「恨むべき相手とはいえ、こうも一方的な戦いだといっそ哀れですね……」
エレノアが何とも言えない声を上げたことで、何が見えたのかが気になったコーネリア達も、寄り添うようにして窓の外を見下ろす。
そうして見えた光景に、口々に感想をこぼした。
とりあえず、逃がしてもまた次の襲撃のチャンスを与えてしまうだけになるだろう。
そう思ったエレノアは、容赦なく追加で数回『ホーリーウエーブ』を放った。今度は全方位に聖なる魔力の波動を放出するようなイメージで、だ。
イメージに補正され、放たれた魔法は上下前後左右、そのすべての方向に放射状に広がっていき、先ほどの一回目の『ホーリーウエーブ』で対象から漏れてしまったサキュバス達にも容赦なく影響を及ぼした。
「ん~、やっぱり効果範囲を広げると消費する魔力も相応に増えるわね……マナポーションとってこよ」
「今更ながら、エレノア様が敵ではなくてよかったと思いましたよ」
業務中も、消費した分の魔力回復ポーションは逐次補充している上、暇さえあれば追加分を作っているため、拠点であるこの建物内には補給物資が潤沢だ。
それが置いてある場所も倉庫で、貴重品のある金庫もあるので扉は改築時に厳重なものに変えてある。
ちょっとやそっとで破られる心配はない、はずだとエレノアはある程度の信頼を置いていた。
「…………建物内にも、サキュバスは数体入ってきていたようですが、カイルさん達が撃破したみたいですから、一応危険は過ぎ去ったとみていいかもしれません」
「そう……?」
「はい」
それなら、今のうちに次の襲撃に備えて作戦会議をしておくべきだろうか、と考え、ひとまずエレノアはカイル達との合流を図ろうとした。
――が。
「……あれ? ちょっと、待ってください……」
「…………? どうかした、エリス?」
「この感じ……まさか、まだ……?」
エリスが、その蜂蜜色のロングヘア―を揺らしながら窓の外を改めて見つめる。
その瞳は、紅く染まっている。普段の彼女の目は碧眼のはずが、紅く染まっている。それは、目を起点とした魔法を使用する際に、魔力を目に集中させるために生じるこの世界ならではの現象だ。
サキュバスと化したエリスが、目に魔力を集中させてみている、その光景。
エレノアの『真実の眼』にすら映らない、窓の外の光景は――まぎれもなく、先ほどアネットを揺り起こした際と同じもの。
「エレノア様、新しい敵が来ました!」
「えぇっ!? でも、何もいないよ!?」
「もしかしたら、エリス様がサキュバスになったことと関係があるのでは……?」
「え……あ! そうか、夢魔法!」
人間だった頃の彼女と、サキュバスに変えられてしまった彼女。
体の構造以外にも、もちろん違う点はある。
得意とする魔法や、種族固有の魔法が使用できるようになったのも、それらの一つだ。
その中でも、夢魔法は少なくとも現状ではサキュバス固有の魔法であり、エレノア達には理解が及ばないものも可視化することができてもおかしくはない。
「…………これ、もしかしたら、夢の世界の光景なのかも……」
「夢の、世界……?」
「はい…………。詳しく話している時間はなさそうなんですけど、そう思うと、今見えている光景、いろいろと説明がつきまして……」
エレノア達は疑問顔であったが、事実、サキュバスのその固有魔法を考えるならば、エリスにしか見えていないらしいその光景は、そういうことになるのだろう。
そして、それはつまり――敵の奇襲に対して、真っ向から向かい合うことができるという事を意味していた。
「エリスさん。敵はどう動いてる?」
「ちょ、ちょっと待ってください……一回目の襲撃の惨劇を見て、相手は一階を制圧することにしたみたいです」
「なるほどね……」
繰り返しになるが、ここはエレノアの店であり、補給物資は山ほどある。それは敵にも同じことがいえ、制圧して攻略拠点とすることができれば安定して戦力を維持することができるようになる。
「カイルさん達が、一階に行っていてくれればいいのだけれど……」
エレノアが行ったそばから、窓の下の方で何やら争うような声が聞こえてきた。
どうやら、地上で戦闘が始まったようである。
「……どうやら、先んじて一階の警備にあたってくれてたみたいね」
「そうみたいですね」
あとは、先ほどの第一波でどれほどのサキュバスが建物内に突入してきたかと、それに対して『ホーリーウエーブ』がどれくらい効果を発揮したかにもよるが――
「正直、ここから『ホーリーウエーブ』を連発していても勝てそうな気はしなくはないけど……」
「戦略としては大ありでしょうね」
とりあえず、私は加勢しに行ってきます、とアネットは部屋の外へ出ていく。
それを見届けたエレノアは、とりあえず箪笥の中に隠し持っておいた魔力回復ポーションを取り出して、ごくごく、と飲み干した。
「ふぅ……。…………そういえば、今思い至った懸念なんだけど、さ」
「はい、何でしょうかエレノア様」
そして、その空き瓶を一段下の引き出しにしまい込むと、ふと気づいたことがあり、エレノアはこの場においてはおそらくもっとも詳しくなっていそうなエリスに、それを聞いてみる。
「サキュバス達が、その、夢の世界? を経由してここにきているってことは、さ。もしかしたら、この建物内にも直接夢の世界から入り込むことだってできるんじゃない?」
「それは……無理じゃないでしょうか、多分」
「なんで?」
「『夢魔法耐性』の特殊効果があるじゃないですか。それで見ることはできても、入ることはできないんだと思います。私も、なんか、夢の世界を覗いているときは体全体を抑え込まれる? そんな感覚にとらわれますし」
「なるほどね……」
役に立たなかったと思っていた『夢魔法』が、思いもよらないところで役に立ったものだと、エレノアは頬をほころばせずにはいられなかった。
「さて……それじゃ、私もやりますかね」
「はい。さっきので、きちんとかけてもらった魔法が効果を発揮してくれていることもわかりましたし、もう私に配慮してもらわなくても大丈夫です」
「まぁ、『レジストセイント』の効果が切れるころになるまではね」
繰り返しになるが、『レジストセイント』は一種のバフであり、一時的なものでしかない。
薬効成分によって何かを治療するような薬剤とは違い、免疫ができるという事は無いものの、その効果が亡くなればまた対策を講じる必要がある。
そういった意味では、攻撃にかかりきりになるわけにもいかなかった。
「コーネリア、時間管理をお願い。時間は――25分くらい。それくらいになったら、エリスさんにもう一度『レジストセイント』をかけなおすから」
「かしこまりました」
そう言うと、コーネリアはエプロンドレスの内側にしまっていたらしいペンダントタイプの懐中時計を取り出し、時間を図り始める。
それをわき目でとらえながら、エレノアは窓から階下を見下ろし――再び、神聖な魔力を練り上げて、『ホーリーウエーブ』を放った。
エレノアの店の前では、閉店時間を境に夜間警備へと移行したカイル達が奮闘していた。
「いやぁ、サキュバス達が群を成してかかってきたからちょっとビビったけど、雑魚いのなんのって」
「まぁな、全員が全員、精鋭ってわけでもないだろうし……なかにはちょっと手ごわいのもいたけど」
「私達の敵じゃないよね~」
それはどちらかと言えば奮闘というよりは、蹂躙と言った方が正しかったが。
カイルとルルネのコンビネーションは、どちらが前衛、後衛、というベターなくくりに収まるものではなかった。
どちらも前衛であり、そして後衛。カイルが魔力を剣に纏わせて斬撃を飛ばせば、それによって牽制されたサキュバス達にゼロ距離から乱撃系の魔法が放たれ、一度の魔法で中級魔法十回分くらいの魔法攻撃を食らわせる。
それはさながら、狩猟向けに開発された拡散魔導銃によって放たれる散弾のごとき一撃。
その重い一発に怯んだサキュバスがいれば、そこに容赦なくカイルが踏み込み、一閃のもと葬り去った。
一撃一撃が牽制であり、そして本命でもある二人のコンビネーション。
どちらが前衛、後衛とも掴めないがために、サキュバスの奇襲隊の中に混じっている精鋭たちも、攻めあぐねていた。
どちらを先に攻めればいいものか考えていれば、その隙に攻撃を受けてしまう。ゆえに彼女たちも、動き回りながら必死に有効打になりそうな攻撃を与えないといけない。
それに、店先での戦闘が戦ってから少し経った頃になると、
「きゃああああああああああああああああああああっ!」
「いやああああああああああああああああああああああ!」
「か、体が、焼けそうに熱い……な、に…………?」
「ま、さか……いまの、は……っ! 全員気をつけろ! 聖女が神聖魔法を使ってきている!」
「そんなっ! また!?」
上階――建物の三階から身を乗り出したエレノアが、サキュバス達に狙いを定めて容赦なく『ホーリーウエーブ』を放ってくる。
三階から一階という事で若干距離があり、魔法の効果も減衰するのかさほど威力はないと言っても、サキュバス達にとっては十分痛手。
そう何度も食らっていてはたまらない攻撃だった。
サキュバス達も、対抗手段として夢の世界に潜んでいる、治療魔法を扱えるサキュバスが逐次範囲治療魔法を発動するが――どう考えても、補給物資があるエレノア達の方が万倍有利であった。
その上、その補給物資を何とか奪おうと、隙を見つけて店の中に突貫しようとしても、
「隙ありっ!」
「今よっ、一人でも入り込んで……きゃっ!」
「残念っ♪ 時空魔法、『ショートランド』。隙なんてあるわけないでしょ~」
離れたはずのルルネやカイルが、一瞬で店の軒先に現れて突入を阻止される。
そんな感じで、どのように隙をついたように感じても、必ず次の瞬間には二人がだてにAランク冒険者として認められているわけではないという、その根拠をまざまざと見せつけられてしまうのだ。
「何ならその上位互換にあたる『ワープウォーク』や『テレポート』も使えるしな」
「ふふん! それに、カイルを『アポート』とか『アスポート』で瞬間移動させることもできるしね!」
「おまっ、魔力の無駄だっての! 俺だって『縮地』は使えんだから自分だけにしとけって」
「はいはい、そういうのは石化ブレスを余裕綽々でよけられてから言おうね」
「ぐぬぬ……」
ナチュラルにカイルの過去の失点らしきものをえぐるルルネ。
その余裕有り余る戦闘姿勢から、サキュバス達は次第に自分たちはただ遊ばれているだけなのではないかという感覚にとらわれる。
そして――ついに、そんなサキュバス達の前に、最強にして最凶の刃が到着する。
夜目の利くサキュバス達にとって、足音を立てないように工夫して歩いてくる彼女は、忍んでいるつもりで全く忍んでなどはいなかった。
それでも、その女性からは目を離せなかった。
目を離したが最後、確実に致命傷をもらってしまうという得体のしれない予感がなぜかぬぐえない。
漆黒の艶のあるストレートヘアを靡かせて、紅い瞳でゆらり、と周囲を見渡すその女性は。
――元Aランク冒険者、首狩りアネット。
誰かが、その姿を認めて、ごくりと息を飲み込んで――
次の瞬間には、別のサキュバスが頭と胴体を別れさせられ、断面から血潮を噴き上げた。




