Midnightの奇襲:2
襲撃の始まりは、そろそろ寝ようと寝支度を整え始めたところへ唐突に訪れた。
「お嬢様っ! アレを!」
「魔法陣!? この甘い匂いは、サキュバスっ!」
とうとう襲撃に来たか、と思いながらも、エレノアは外しかけていたアクセサリを再度つけていく。
サキュバスは夜行性であろうことは簡単に予想はついても、やはりアクセサリを四六時中身に着けているわけにはいかず、入浴中や就寝中は全部ないし一部は外さないといけない。
とはいえ、パリュールのうち外していたのは髪飾りのみ。
首飾りを外そうとしたところでサキュバス達の攻撃が始まったので、正体不明の魔法陣の効果は受けずに済んだ。
「よりによってこんな時間帯に……」
一番無防備になっていた状態にこれである。
とてもではないが、おちおち休めたものではない。
これが、少なくともしばらくは続くであろうことを考えると、エレノアはおちおち眠る暇もなさそうだと苛立たしげに窓の外をにらむ。
コーネリアが警戒しながらカーテンを開けば、そこには軽く見ても五体以上のサキュバス、さらに遠目からは弓や銃などで狙いを定めているサキュバスが少なくとも三体以上。
軽く見ただけこれなら、実際にはかなりの数が襲ってきていることがうかがえる。
「搦め手ではかなわないとみて、数の暴力に打って出て来たか……」
エレノアは、素早く神聖な魔力を練り上げる。
そして、放とうとしている魔法に最低限必要な量を練り上げたところで、
――ガシャァン……。
窓を突き破って先鋒と思われる数体のサキュバスが突入してきた。
「く……ッ」
「っ…………!」
割れた窓ガラスの一部が、エレノアやコーネリアの寝間着の布地を裂き、傷を負わせる。
「エレノア・レーペンシュルク、覚悟ッ!」
そうして彼女たちが怯んでいる隙に、サキュバス達は一気に室内を制圧しようとそれぞれが間近な相手に襲い掛かろうとする――が。
「でも、甘いっ!」
窓を破られる直前に、必要な魔力を練り上げていたエレノアの方が、一瞬だけ早かった。
と、即座に現状を打破するための魔法を放った。
「『セイントウエーブ』!」
セイントウエーブ。
神聖魔法の中では、中級魔法の登竜門として扱われる魔法だ。
『ツイント』においては、エレノアがちょうどレーペンシュルク家王都邸に挑むあたりに、そしてシリカがその少し前に習得する魔法であり、ある意味これを境にして、物語的にもヒロイン二人の聖女としての側面が目立ち始める区切りになる。
効果は、敵全体にダメージを与えて行動順を少し遅らせ、さらに神聖属性が弱点の敵には『間隙』の追加効果(発動率70%、基本成功率100%)も与えるというもの。
窓の外にいるサキュバス達は魔族なので、『間隙』――他のゲームで言えばスタンや気絶、1ターン休みなどにあたる――の発動が見込める、現状においては特に有用な魔法だ。
「おぉ……お嬢様、さすがです。サキュバス達がバタバタと落ちていきます」
「遠目に見える狙撃兵たちも倒れたみたいね」
至近距離という事もあって、完全に伸びてしまっているサキュバス達を横目に、エレノアは魔法の成果を軽く精査して、問題なく第一波を制圧できたことを確認する。
しかし、まだ一方向からしか襲撃は確認していない。
別の部屋から入り込んでこられる可能性も否定できず、エレノアはどうするべきかと考えだす。
そこへ、勢いよくドアを開いてエレノア達の部屋に入り込んできたのは、異常を察知してやってきたアネットだった。
その背後には、エレノアの神聖な魔力にあてられたのか、怯えながらも部屋の中を確認しようと試みているエリスの姿もあった。
(そうだ……エリスさんのことすっかり忘れてた…………って、待って! つまり、敵がエリスさんをサキュバスにして送り込んできたのって、そういう意味合いもあるってこと!?)
今朝の一件で、サキュバスとなってしまったエリスを抱え込む羽目になってしまったエレノア達であったが、彼女の呪いを一部解呪するにあたって行使した魔法で、彼女が神聖魔法に対して弱体化してしまったことはすでに確認済みであった。
先ほどの攻撃でエリスが負傷しなかったのは、奇跡に近かった。しいて理由を挙げるならば、まだ威力がそこまで高くない、中級魔法のなかでも一番下に属する魔法だったからだろう。
これがもっと上の魔法だったら、余波だけでエリスには重傷を負わせてしまうだろう。
そのことに思い至ったエレノアは、思わず背筋が寒くなってしまった。
「やられたわね……」
「どういうことですか?」
「何か問題でもありましたか?」
「あ、あの……私が、何か……?」
エリスに近づきながらエレノアがそう言ったことで、おそらくは無意識に、アネットがエリスをかばう立ち位置に移動する。
それをしり目に確認しながら、エレノアは現状がいかにまずい状況かをかいつまんで説明する。
「エリスさんが眷属化の呪いでサキュバスになってしまったことで、神聖な魔力にとても弱くなってしまったということは、今朝の段階ですでに分かっていた。でも……それは言い換えれば、エリスさん自身が、私を思うように動けなくさせるために、敵が打ち込んできた楔ってことになるのよ。もちろん、打開策はいくつかあるけど」
「私が、楔……?」
「そういうことですか……」
「つくづく、小賢しい連中ですね……腹立たしいっ!」
エレノアの言葉に、コーネリアとアネットは戦う術を持つゆえか苦虫をかみつぶしたような顔で理解を示した。
ただ、唯一疑問が解けないと言った表情を浮かべているのが――当人である、エリスであった。
だが、状況はひっ迫している。
いまいち状況を把握できていないエリスのことを、今は構っていられなかった。
「それで、どうするおつもりですか?」
「まさか、エリスを見捨てるなどという事はしませんよね……?」
エリスを一瞬だけ見据えて、覚悟を決めた様子で聞いてくるコーネリアと、そしてこの場の決定権を持つエレノアを警戒しながら詰問してくるアネット。
エレノアは、アネットと、そしてアネットのいった言葉で余計に怯えてしまったエリスを安心させるように、努めて優しい声色で、大丈夫、とアネットのいったその可能性を否定した。
「ちょっと、今はこの場しのぎの策しか使えないのだけれど……」
「対抗策、あるんですね?」
縋りつくような眼差しを向けてくるアネットに強く頷いて、エレノアはまだ対抗策は残っていると三人にその内容を説明した。
エレノアの言う対抗策は、いくつかパターンが存在した。
まず、最も恒常的なものが、今回の襲撃に備えて特殊効果付きのアクセサリを用意したように、エリス用の特殊効果付きアクセサリを新調すること。
神聖魔法耐性の特殊効果も、人間社会ではあまりポピュラーではないものの、実際には存在している。
神聖魔法による攻撃魔法や妨害魔法などは、人をはじめとする、いくつかの種族には基本的には通用しない。
しかしそれは、あくまでも魔法を放った者が、放った相手に対して害意などを抱いていない場合に限られる。
つまり、聖女であるエレノアであっても、神聖魔法を扱うモノから敵意を向けられれば、きちんと神聖魔法は硬貨を発揮してしまうのである――まぁ、実際にはそれでも聖女ゆえに神聖魔法は呪い耐性と同じくらいの耐性の高さを持っているので、事実上無効化してしまうのだが。
そんなわけで、実際には神聖魔法はきちんと人にも効果を及ぼすのである。
ちなみにゲームでは、エレノアルートの一部で僧兵などが雑魚敵として登場するエリアもあり、またシリカルートのラスボスであるナイトメアサキュバスも敵ユニットとしての名称はナイトメアサキュバスだが、キャラクターとしてはエレノアに間違いないのでガンガン神聖魔法を使用してくる。
神聖魔法耐性は、終盤になるにつれて必要性が増してくるのである。
ただ、エリスほど極端に神聖魔法に弱くなってしまうと、並大抵の効果では役に立たなくなってしまう。
しかしそれは今すぐ用意することは不可能と言っていいだろう。
ゆえにエレノアは、この場限りの対策として、もう一つの手段を使うことにした。
「レジストセイント?」
「そう。簡単に言うと、神聖魔法を遮断する魔力の膜を張る感じね。難点は、神聖魔法全般に対応するから、例えば昼間使用した解呪魔法とかの有利に働く魔法も遮断してしまうこと」
「つまり、呪いとかを受けても、効き目があるうちは解呪できなくなるという事?」
「えぇ。そうね……」
ただ、それは今回の戦いに限定するならばそれほど気にするほどのリスクでもない。
有効時間もせいぜい数十分程度なので、万が一効果が切れる前に呪いなどを受けたとしても、ケアは十分に可能だ。
そしてそれを差し引いても、神聖魔法の余波によるエリスへの実害がなくなるというのはとても大きいものであった。
「なるほど……それなら、早く使っちゃいましょう。いつ、サキュバスが再び入って来るとも限りませんから」
エレノアの説明を聞いて、エリスが答えるよりも先にアネットがそう言う。
アネットにとって、エリスは同僚で、親友である。彼女の身の安全を守るためなら、何でもする、という気概をエレノアは感じていた。
「そうね。じゃ、エリスさん。そこに立って」
「はい」
「『レジストセイント』」
エレノアが魔法を使用したことで、エリスは薄く青白い膜のようなものに一瞬おおわれる。
エリスは、一瞬『ん……ッ』と顔をしかめたが、ほどなくしてゆっくりと息を吐いて、
「これで……大丈夫になったんでしょうか」
と聞いた。
エレノアは軽く頷くと、それを証明するかのように、再び先ほどはなった神聖魔法の攻撃魔法を窓の外へ向けて放った。
そうして間隔を少し開けて放たれた二発の『セイントウエーブ』によって、サキュバスに少なくない被害を負う羽目になってしまった。
一発目は、とっさの反応であったためにエレノアの前方に位置していたサキュバスの、ほぼ全員に。
そして、二発目はエレノアのイメージ補正も相まって、全方位に向けて隈なく、その効果を発揮した。
攻撃魔法の指向性をもって放たれたそれは、サキュバス達の体を容赦なく傷つけた。
捻挫だけで済んだものはまだ無傷に近い。
大抵の者は、エナメルのような皮膚に包まれた部分に火傷のようなものを負い、撤退せざるを得なくなった。
それでもまだ軽傷に近かった。
重傷のものだと、飛行中の体位がまずかったために背中から地面にたたきつけられてしまい、尻尾や翼が折れてしまうものまでいた。
どちらも、折れ方がまずければ最悪治療不能になってしまうほどデリケートな場所だ。
その数、おおよそ全体の五割。
全体の五割が、そういった重傷を負わされてしまったのである。
これが軍事行動であれば、戦闘を開始して早々に全滅してしまったという事になる。
まぁ、これがゲームのシナリオ通り、スラムで必死に食いつないでいたのなら、サキュバスにとっては楽勝だったのかもしれないが――今回は、状況も、そして魔法を受けたタイミングも悪かった。
奇襲をかけたつもりが、初っ端から甚大な被害を被ってしまったサキュバス達は、早急にアジトに戻る必要が生じてしまった。




