王太子のDucal place攻略記:6
シリカは、戦いの影響で荒れ果てた謁見の間の一点を、ただ厳しい目で見据えていた。
その目に映るのは、剣戟や魔法によってところどころが切り刻まれ、摩擦によってすり切れた高級な絨毯と――その上に横たわる、聖女にしてレーペンシュルク公爵令嬢でもあるエレノアを狙っての一連の事件を引き起こした、サキュバス族の暗部のリーダー格。
彼女はすでにこと切れているのか、動く気配は全くない。
シリカは、そのまましばらく彼女の死体を眺めていたが、やがて慌てるようにして、彼女の体に近づいては、必死に何かを確かめようとしている。
「あれ……そんな、…………どうして。これは、一体……」
シリカの眼には、目の前にあるキュバスの死体には、確かにこういう鑑定結果が重なるようにして映し出されていた。
『ハイ・サキュバスの死体』と。
そして、どうやらここでじっと座していたところで、何かが起こる気配もなし。
霧散した魔族の――ハイ・サキュバスの魔力は、そのまま空中に溶け込んでいき、やがて何も感じられなくなってしまう。
そこでようやっと、シリカは思い至った。
ハイ・サキュバスは、レティシアに憑依していたのではなく、純粋に、レティシアに化けていただけなのだ、と。
つまり、レティシアは、別の場所に連れて行かれてしまったか、もしくは――
「シリカ……エレノアの母君は……レティシア様は…………」
「わかりません。……これから、この城の中をくまなく探し回ってみましょう。もしかしたら、どこかに捕らわれているかもしれません」
シリカは、サキュバスの首から鍵束を取り外すと、王太子や、護衛達を伴って謁見の間から退出した。
城内には、まだサキュバス達がうろついていたが、発見次第シリカ達によって葬り去られた。
ただ、そのこと如くがメイドなど使用人に憑依した状態ではなく、生身の状態で徘徊していた。
ハイ・サキュバスとの戦いで疲労困憊の体に鞭打ち、残党を狩りながらシリカ達は城内を再び走り回った。
レティシアの部屋、レーペンシュルク公爵の部屋。
エレノアの部屋、そして彼女の姉レミリアの部屋。
さらに同居しているはずの、エミリアの父方の祖父母の部屋も確かめたが、レミリアの部屋にサキュバスが一体潜んでいただけで、捜し人は一人も見つからなかった。
階を移って三階。客室にも、サキュバス達が数体潜んでいたものの、彼女を倒しても誰かが出てくることはなく、すでにサキュバス達は夢魔法を解いていることがうかがい知れた。
王太子は、このことについてこのように推測を立てた。
「おそらくだが、夢魔法を使用して他者に憑依している間はその能力に制限がかかるのではないだろうか? 魔力を使うのはサキュバスの意識だとしても、肉体的にはそれを使うのは人間。魔族の魔力を使い慣れていない体でいつもやっていることをやろうとするのだから、相応の制約がかかってもおかしくはないはずだ」
「なるほど。一理、ありますな」
王太子の立てたそれに、ルードが一つ頷く。
アンネマリーも同意し、シリカもそれには異論は思いつかなかった。
しいて言えば、それを信じ切るのは危険、あくまでも可能性の一つとするべきだというあたりだろうか。
二階に降りると、そこはもう使用人たちの居住スペースしかない。
いくつかの部屋からはサキュバスの気配が感じられたため、突入。
うち一体を拘束し、彼女から話を聞き出してみることにした。
「…………っ、聖女め……」
「答えなさい。この城の主――レーペンシュルク家の一族はどうしたのですか?」
「正直に答えると思う?」
「……ならば、仕方ないですね。『セイントティア』!」
「きゃあああああああああああああっ!」
シリカの容赦のない、拷問。
神聖魔法によって与えられる苦痛にはさすがに抗えなかったか、治療魔法と組み合わせて何回かそれを繰り返したことで、サキュバスはさほど時間を割かずにシリカ達の知りたかった情報を吐いた。
「地下牢っ! 地下牢に、一人捉えているわっ! あとは吸い尽くしたり毒を盛ったりして殺したか、本国に送ったわっ!」
「…………っ!」
やはり。
一番聞きたくなかったその答えに、シリカは歯を食いしばって、怒りをこらえながらより詳細な情報を聞き出した
精気を吸いつくし、殺したのはエレノアの父――レーペンシュルク公爵と、先代当主にあたるエレノアの祖父。
毒殺したのは祖母で、そして本国――おそらくはサキュバス達の国だろう――に送ったのはエレノアの母だった。
ということは、消去法で牢に捕らわれているのは姉のレミリアという事になるだろう。
シリカは、そのままそのサキュバスを生け捕りにすることを王太子に提案。
王太子は少し考え、聴取のために最低でも一体はそうしたほうがいいだろうと答えを出し、このサキュバスは捕虜となることが確定した。
「では、地下牢に向かいましょう」
「そうだな……」
捕虜にしたサキュバスへの警戒のため、彼女を先頭に立たせ、その後ろにシリカとアンネマリーが続く形で、一行は地下牢へと足を運んだ。
レーペンシュルク公爵家では現在、犯罪者を捉えても地下牢を使用するようなことはしていない。
衛生的な問題もあるが、収容力という観点からみても地下牢は制約が厳しく、現在は領都内や敷地内に建てられた収容施設を使用しているからだ。
そんなわけで、普段から人が立ち寄らない地下牢は、城で普段生活している者たちの目を憚るものを入れておくにはうってつけの場所だったりする。
「うぅ……何度来ても、ここはカビ臭いわ……」
「事実、いろんなカビが繁殖しているのだろうな。このような場所、間違っても、今は人を収容しておくような場所じゃない。どこかの誰かたちは構わず使用しているみたいだがな」
「…………っ」
アンネマリーが、言いながらサキュバスに神聖な魔力をサキュバスに浴びさせる。
それだけで、神聖な魔力に弱いサキュバスは苦痛に悶えた。
――ちなみにサキュバスは現在、両手を後ろに拘束されており、シリカ達にはより抵抗し辛い状態になっている。
道中に倉庫があることを知っていた王太子が、サキュバスの拘束を提案したのだ。
当然、サキュバスは渋ったものの、シリカとアンネマリーに神聖な魔力を突き付けられれば、黙るほかなかった――
さて。シリカは、そんなアンネマリーを宥めながら、魔法で光源を出し、周囲を照らした。
「…………意外と、簡素なつくりなのですね」
「俺もここに入るのは初めてになるが、確かにな……」
階段を降りてすぐの場所に、看守室。その左右に通路が続いており、その先は闇に閉ざされている。
「答えなさい。レミリア様は、一体どのあたりに監禁しているのですか」
「ひっ、こ、ここからだと、右から行った方が、早いわ……でも、少し、歩く……」
「案内しなさい」
「わ、わかったわ……」
シリカが、神聖な魔力を練り上げながらサキュバスに問いかければ、サキュバスは怯えながらも彼女の要望に応えて歩き出す。
「ひ、一つだけ伝えておかないといけないことがあるわ……」
「なんでしょう」
「彼女は――もう、死に体よ。いつ死んでもおかしくない状態」
死に体と聞いて、シリカは心が穏やかではなくなった。
なにしろ、和睦して再び友人となったエレノアの実姉が、死にかけているというのだ。
義憤でしかないが、それでも怒らずにはいられない。
「どういうことですか……!」
「わっ、私は何もしてないっ! ただ、拘束して牢に繋いだだけでっ! ローゼ様が直属の部下に毒を盛る様に伝えてたのっ、多分そのせいよ!」
「ローゼというのは誰ですか?」
「私達……この国に潜入している組織のトップ。ここの主の配偶者と入れ替わってたはずよ」
そこまで聞いて、シリカは大体のことを理解した。
おそらくだが、レミリアにはサキュバスが扱う魔法の一部、または全部が効き目を及ぼさなかったのだろう。そういう祝福を授かったのか、あるいはそういう服飾雑貨を身に着けていたのか。
とかく、そこで計画に支障をきたしたサキュバス達は、当初こそ様子を見ながら泳がせていたものの、邪魔になったか、あるいは計画がある程度進んだ段階でこれ以上泳がせておくのは危険と判断したのか。
レミリアを、幽閉することにしたのだ。
おそらく、彼女たちが用意した筋書きはこういうことだろう。
エレノアが追放されて姿を消したことで、エレノアと仲睦まじかったレミリアはショックを受けた。そして彼女の後を追うように、姿を消した――というような。
よくできた話だと思いながら、とにかくそういうことなら一刻の余談も許されないだろうと、シリカは前を行くサキュバスの拘束されている腕をつかみ、前に押し出した。
「なるほど……わかりました。急いだほうがいいですね」
「なっ、ちょ、押さないで、転んじゃうって」
「ならば足を動かしなさい! 皆様も、急ぎましょう。手遅れになる前に!」
「ああ、もちろんだとも」
それまでは様子を見ながら日常の歩行速度程度の速さで歩いていたシリカ達であったが、それ以降は小走りで地下牢の通路を突き進んでいった。
地下牢は、サキュバスが言うにはどうやら回廊のようになっているらしく、レミリアは降りてきた階段とはほぼ反対側にある独房の一室に繋ぎ止めてあるという。
そしてその鍵は、シリカがハイ・サキュバスの死体から回収した鍵束の中にあるという。
(回収しておいてよかった……)
今からもう一度四階に行って、それから戻ってくるのではそれなりの時間を要する。
特段理由はなく、ただ回収しておこうと思っての行動であっただけに、感じられる安堵感もかなりの物であった。
転ばないように足もとに気をつけながら、可能な限り早く。
サキュバスの案内のもと、彼女が自らレミリアをつないだという、その独房へと到達すると、シリカはその中を魔法の光で照らしだした。
中には、腕を手枷で拘束され、さらに足枷で壁に繋がれた女性が、確かに一人。
無造作に床に転がされた状態で、入っていた。
「レミリア様っ!?」
「シリカッ、早く鍵を!」
動揺し、鉄格子を手で握りり呼びかけるシリカ。
そんな彼女を落ち着かせ、王太子は即刻の開錠を促した。
何回か鍵を合わせ、何本目かの鍵で鉄格子が開錠される。
王太子は、その音を聞き取ると、即座に鉄格子を開け放った。
「レミリアっ! 大丈夫かレミリアっ!」
「……………………ぁ、……だ……れ…………?」
光のない、地下牢。
そこに長い間閉じ込められていたレミリアと思われる女性は、王太子の声に反応し、薄っすらと目を開けると、シリカが維持している光の方へと視線を送った。
「私だ、王太子だ。わかるか?」
「…………ぁ、……ぅ、ぉぅ……た、い……し…………? ……ぉぅ、たぃし……でん、か…………?」
王太子が再度呼びかけると、そこでようやっと、レミリアは王太子につたないながらもはっきりとした応答をした。
それをみて、王太子は未だ助かる見込みはあるかもしれない、とシリカに視線を送る。
「ああ、そうだ。待っててくれ、今すぐ助けるからな! ――シリカ、頼む。お前だけが頼りだ!」
「わかりました。……お初にお目にかかります、レミリア様。エレノア様と親しくさせていただいている、シリカと申します。お待ちください、今すぐ治療いたします」
「…………ぇれ、のぁ……? とも、だち……そぅ…………」
シリカは進み出ると、そのままかがみこみ、治療魔法を使うために魔力を練り始めた。
――とはいえ。
実際のところ、場内での度重なるサキュバスとの戦闘、そしてハイ・サキュバスとの戦闘と、その後のあれこれによって、シリカの魔力はすでに限界を迎えようとしていた。
周囲にはとても言えなかったが、レミリアが助かるかどうかは、神のみぞ知る、と言ったところであった。
次回からは、再びエレノアサイドの話に戻ります




