王太子のDucal place攻略記:5
ほどなくして、シリカ達は冒険者向けの服飾雑貨店で『眠り系統無効』の特殊効果を有するペンダントを入手。
さっそく身に着けて、レーペンシュルク公爵家本邸へと戻っていった。
領都についたのが昼過ぎ。それからいろいろあって、時刻はこの時点ですでに夕方。
もう間もなく、サキュバス達が本領を発揮する時間帯になり、シリカ達の心には焦りも生じ始めていた。
なにしろ、サキュバスは夜行性で、夜目も効く。自分たちは当然、夜目など利かないので明かりがなければ一方的に攻撃を受けるだけだし、魔法などで視界を確保しても限度がある。
だから、王太子達は城内の廊下を駆け足で進んでいった。
「それで、シリカ。先ほどのサキュバスは、執務室からは移動しているのか?」
「さぁ……そこまでは。私も、先ほどは脱出を最優先にしていたので……ただ、魔力の位置からすると四階の、中央からちょっと北あたりでしょうか……」
「謁見室のあるあたりだな……なんという典型的な……」
馬鹿と煙は高いところに上ると言うが――と、王太子は呆れた表情で感想を言った。
その、直後。
「――っ!? 待って、止まってください!」
「なんだ、シリカ!」
「敵の気配です。――サキュバスが、城内を巡回しているようです」
「なんですって!?」
シリカの言葉に、アンネマリーが驚愕を隠しきれていない表情で聞き返す。
城内を、魔族が闊歩している。
それは、とてもまずい状態を指していた。
「……王都邸と同じように、当の昔にここは敵の手に落ちていた、ということだな。くっ……」
「エレノア様も、私と同じく『真実の眼』を持っていたはずですから……おそらく、相当敵の隠蔽能力が高いということでしょう」
「…………レーペンシュルク公爵の関係者が、無事でいてくれればいいのだがな……」
レーペンシュルク公爵には、娘しかいない。
エレノアは次女であり、長女にあたる人物が次期当主としての立ち位置を担っている。
そう、担っている、はずなのだが――ゲームでは、サキュバス問題の絡みで本編中に故人となってしまうため、あくまでもその存在が語られるのみで、実際に登場することはなかった。
その死因は、衰弱死。
シリカルートの場合は、シナリオの後半で訪れる場合は屍の状態で発見され、前半で訪れる場合は生きてはいたものの、激しく衰弱しており、可能な限りの手段を尽くして治療を試みたのだが、一歩及ばずやはり死亡。
エレノアルート、共通ルートの場合も、シリカルート前半で訪れた場合とほぼ同様の結末を辿ることになる。
もっとも、現実がどうなるかはいまだ誰にもわからないことではあるが――。
「……いるとすれば、どこでしょうか……」
「さて……怪しいとすれば地下牢だろうが…………まぁ、今は目の前の敵に集中するべきだな」
王太子の言葉に、シリカは本来のレーペンシュルク一家の行方を気にする。
王太子はとりあえずの予測を立ててみるものの、敵が接近中であることを思い出すと話を中断。
シリカに、まずはその敵を躱すなり倒すなりしてからにしようと諭した。
やがて一行は、隠れる場所も付近にはなかったため、巡回中のサキュバスと一戦交えることに。
危な気なく倒すことはできたものの、シリカは、王都のタウンハウスにいたサキュバスよりも一回り強く感じた。
「……まぁ、王都から離れているということは、それだけ教会の――シリカの目からも離れているということ。おそらくだが、好き放題やって、精気でも啜っていたのだろう……ゾッとしない話だけどな」
「…………何人の人が、それで命を落としたのでしょうね」
サキュバスは、察しのいい諸兄諸姉はお分かりだろうが、つまりはそういう種族である。
エナジードレインをされたものがどうなるかなど――想像に難くない話だろう。
早い話が――生命力を吸いつくされれば、その人は死んでしまう。
その魔力の性質も相まって、非常に危険な魔族と言えた。
このままこの領に蔓延らせていれば、そのうちこのレーペンシュルク公爵領では男女比がかつてないほどに偏ってしまうだろう。
男女比が崩れた土地がどうなるかなど――考えたくもない、とシリカは嫌な想像を頭から追いやった。
シリカ達はその後も城内を疾駆し、公爵本邸を乗っ取っているサキュバス達のリーダー格のもとへと向かっていく。
どうやらシリカ達が城外へ脱出した後、限られた時間を使って城内の扉という扉に鍵をかけて回ったらしい。
結果、思ったよりも回り道をさせられてしまい、結局たどり着くまでに一時間以上もの時間をかけてしまった。
無論、その間城内を巡回している手下のサキュバスとも先頭になったため、シリカ達はさすがに疲れを隠せない状態になっていた。
「……はぁ、さすがに、疲れたな……」
「えぇ、そうですね……ふぅ。ですが、レティシア様に化けていたサキュバスの気配は、この扉の向こうから確かに感じられます。あと、一息です」
「そうですね。……聖女様、気を引き締めてかかりましょう」
「ははっ、心配はいらないでしょう。先ほどは不意を突かれましたが、奴の強みに対する策を講じてきたのですから」
催眠攻撃に万全の対策を整えてきた今、もう先ほどのように眠らされてしまう心配はない。
精神魔法や夢魔法についても、もともとシリカがエレノアからアクセサリの余りをもらってきてくれていたため、王太子達が独自に用意できたものと併せて昼間の段階ですでに身に着けていた。
理論上ではそれで完封できるので、不安はほぼない。
先ほどは、シリカ達も相手の力量を見誤ったために敗退してしまったが、今度はそうはならないだろう、という自身に満ち溢れていた。
「では……開けます。ご準備を」
「ああ!」
「準備万端です!」
「先ほどのお礼を、おまけ付きで返してやりましょう」
シリカの号令の下、全員が武器を手に持ち、相手から不意打ちを受けてもいいように身構える。
扉を開ける役割を担った関係上、全員の中で唯一、シリカだけは隙だらけだが――それを守る様に、脇をアンネマリーと、そして反対側を王太子が固める。
二人にはさまれた状態で、シリカはそっと鍵を開けてノブを回し、わずかに扉を開いてから――魔法を、放つ。
「『エアストライク』! 『セイントティア』!」
質量を持った、空気の砲弾。
それにより、わずかに開かれていた扉は、一気に押し開かれた。
さらに、敵の不意打ちによる先制を防ぐために、重ねてシリカは魔法を放つ。
二重に放たれた魔法――扉の先で待ち構えていたらしいサキュバスは、最初のエアストライクで虚を突かれたらしく、顔に驚愕の表情を張り付けた状態で固まった。
その刹那、セイントティアの効果により生成された聖水は――それが直撃する直前で我に返ったサキュバスが身を翻して加齢に躱し、直撃だけは免れたようだ。
「くっ、またしても不意打ち……あんた、聖女にしては妙に礼儀作法から外れたことばかりしてない?」
「魔族に対する礼儀は持ち合わせてはおりませんので、お生憎様です!」
「この……っ、あんたなんか、こうよ!」
サキュバスは、両手に魔力の弾を出現させると、それをシリカに向けて放った。
時間差で放たれた追尾性のそれを、シリカは初弾は交わすことに成功したが二発目は直撃をもらってしまう。
サキュバス。その種族の特性を最大限に生かした、眠りの上級精神魔法。
しかし、シリカが身に着けているのはアラクノイドシルクで織られた特殊な法衣とベールだ。それに加えて、催眠攻撃対策も、領都内の工房で購入した首飾りで対策済み。
サキュバスの攻撃など、今さら恐れるには及ばない。
「きゃっ! やってくれましたね、お返しです!」
「なっ、ねむ、らない……っ!?」
受けた魔法など、まるで意に介さないように無詠唱で神聖魔法の魔法弾をサキュバスに返した。
「く……っ、しまった…………っ!」
サキュバスは、魔法弾のラッシュを避けきることができず、腕やわき腹、足などにそれらが当たる。
だが、彼女が焦ったのはそれによるものではなかった。
「もらったぁ!」
「きゃあっ!」
隙をうかがい、シリカの魔法弾を避けながら横合いから切りかかったのは――王太子と、反対側からはルードの二人。
彼らは、今日という日のために王都のとある魔道具工房で購入した、『毒消しナイフ』でサキュバスに切り込む!
二人の攻撃に合わせて魔法弾が止んだのに気づいたサキュバスは、とっさの判断で後方に跳ぶことで回避しようとしたが――シリカの猛烈な魔法弾の嵐に気を取られていたサキュバスは、いつの間にかシリカの周りに誰もいなくなっていることにも気づかない。
「逃がしは――しないっ!」
背後からの強襲。
教会の総本山で祝福を受けた、神聖な魔力を帯びたミスリル製の剣。
魔族特効の特殊効果を持ったそのバスタードソードを、アンネマリーは使い慣れたように両手で振りかぶり――
「舐め、ないでっ!」
「あぐっ!」
「ちっ、アンネマリー殿、大丈夫か!」
それが当たる前にサキュバスは尻尾を鞭のようにしならせ、動きやすさを重視していたために胸当てしか身に着けていなかったその上半身に、その先端の鏃を突き刺した。
その魔力の乗った一撃の威力はまさに致命的。
尻尾の動きに合わせ、まるでえぐられるように傷は大きく広がる。
傷から止め留めもなくあふれ出す血を見て、シリカは慌ててアンネマリーに駆け寄った。
「はぁ、はぁ……私達サキュバス族が扱う武術の奥義――テールダガー。直撃して、ただで済むとは思わないことね……」
「アンネ、大丈夫アンネ!? 今すぐに治しますから、待っていてください!」
「させると思う!?」
次の標的として、治療に神聖魔法による攻撃、支援魔法と多彩な行動を取ることができて厄介なシリカを狙いに定めるサキュバス。
それをさせまいと、王太子とルードはシリカを守る様に立ちふさがり、シリカとアンネマリーから引き離すようにがむしゃらに攻撃していく。
それは、単純に短剣を振り回しているだけではなく、互いに動きを合わせ、絶妙なコンビネーションでサキュバスを惑わせるほどであった。
それをしり目に、シリカも深手を負ったアンネマリーの治療にあたる。
「ぁ…………ぅ……」
「大丈夫ですか、アンネ! すぐに治療しますから、もう少しだけ待っていてください! リカバーヒール!」
治療魔法に関してはエレノアに遠く及ばないとはいえ、それでも超一流であることに違いはない。シリカの治療魔法はものの数秒で、大けがを負ったアンネマリーの体を完治させた。
「はっ、はぁ……はぁ……シリカ、様……」
「はぁ……はぁ……大丈夫でしたか、アンネ」
「はい…………ふぅ、ありがとう、ございました。聖女様」
アンネマリーは、シリカに礼を言うと、そのままバスタードソードを拾い、再びサキュバスへと立ち向かっていく。
その後ろ姿を見守りながら、シリカもまた、前線でサキュバスに果敢に攻撃を仕掛け続ける王太子達の邪魔にならないよう、彼らの害にはならずサキュバスにのみダメージを与えられる『セイントティア』で、援護射撃を始めた。
「なんて、いう……連携…………っ! 隙が、全然ない……」
サキュバスは先程の比にはならない三人の連携攻撃とシリカの魔法による援護により、先ほどアンネマリーに放ったような痛烈なカウンター攻撃を仕掛ける余力が次第になくなっていった。
それもそのはず、先ほどや、昼間の王太子に対する攻撃を見て、尻尾が一番まずいと気づいた三人が、隙あらば尻尾に一撃を与えようとしているのだから。
かといって、ショートソードや体術では三人の連携を突き崩すことは困難。どうしても、尻尾によるあと一手が欲しくなってしまう。
三人のいずれかに隙が見いだせても、シリカの放つ『セイントティア』がそれをカバーするかのようにサキュバスの体をかすめ、攻勢に転じるのをことさらに封じていた。
そうして、サキュバスとの一進一退の激しい攻防戦は長期戦へともつれ込み、そして最終的に勝利をつかんだのは――シリカ達の方であった。
アンネマリーが死にかけるという事態には一度陥ったものの、それがきっかけとなって始まった猛攻撃にサキュバスの方が先にスタミナ切れとなってしまい、一行はどうにかしてサキュバスを押し切ることに成功したのである。




