王太子のDucal place攻略記:3
――レーペンシュルク公爵本邸。
エレノアルートと共通ルートでは全ルートにわたってストーリーの中盤の前半の山場に。
そしてシリカルートでもあるルートに限っては同じく中盤の前半の山場に、それぞれ訪れることになるダンジョン。
ゲーム中では、最初は問題なく城の中に入り込めた一行であったが、主人公側の奇襲によって姿を現したボス、ハイ・サキュバスの猛攻によって撤退を余儀なくされてしまう。
サキュバス達の猛攻をかいくぐりながら、何とか領都の宿に逃げ込んだ一行は、体勢を立て直してから再度本邸へと乗り込み、ハイ・サキュバスにリベンジマッチを挑む――という流れで進行する。
その攻略難度はゲーム全体を通してみても上から数えたほうが早いくらい高く、直前のダンジョンの公式攻略目標レベルから比較しても、5レベル近く引き離されているほど。そのもっぱらの理由が――ボスである、『ハイ・サキュバス』の存在だ。
ここに至るまでの過程で、まずはどのルートでもレーペンシュルク公爵家の王都邸を攻略することになる。その時、プレイヤーたちは次の敵はサキュバス族であり、必須となる事前準備として眠り、魅了対策が必須であると思い知らされることになる。
しかし――道中はそれまでに入手できた装備品でも問題なく進むことができても、ボス戦であるハイ・サキュバスにはそれらが通用しないのだ。
まず、高い確率で対象を『熟睡』(眠りの上位互換。時間経過で解除されるが、解除しない限り一切の行動ができなくなる。また攻撃されても目覚めることはなく、受けた攻撃がすべてクリティカルになる)状態にする。
付与確率が高い上に後述するいくつかの理由があるため長期戦となる関係上、中途半端な『眠り系耐性上昇』では役に立たず、これに対策を立てるなら、レーペンシュルク領であからさまに販売されている『眠り系統無効』の効果を持つアクセサリを必要とする。
これを用意できなければ、手も足も出せないままたちまち各個撃破させられてしまうのだ。
それだけではない。
こいつの真の恐ろしさは、相手が『眠り系』の状態異常にかかっている際に時たま放ってくる特殊技『淫魔の波動』にある。
このハイ・サキュバスや、後半部に出てくる敵の一部が使用してくる技で、効果は全体攻撃を行い、ダメージを与えた相手が眠り系の状態になっていた場合は装備品の上昇値分、防御力を減少させ、状態異常耐性も装備品の効果値分低下させてしまうというとんでもない技だ(ダメージを与えられなかった相手には追加効果も発生しなくなる)。
ハイ・サキュバス戦ではこのコンボのせいで、最新の眠り対策に更新できないまま挑んだ場合は用意してきた対策がほぼ確実に無効化され、耐性をなくされてしまうがゆえに数ターン毎に確実に味方一人が戦闘不能状態になってしまうという、とてつもない鬼畜仕様になっている。
唯一救いがあるとすれば、やはりその脅威のトリガーが『眠り』系の状態異常に集約されている点だろう。
幸い、エレノアルートから進めていた場合はクラフトシステムが使えるので、それを利用することが攻略法となっている。
いわゆる『錬金術』を用いるもよし、もしくはタイミングよく狩りつくしてくださいと言わんばかりに生息している『イネムリダケ』から素材アイテムとしての『イネムリダケ』を採取してアクセサリの特殊効果を強化するもよし。
そのあたりはプレイヤーの裁量に求められたが――まぁ、『錬金術』をするよりは既存の眠り耐性アクセサリを強化する方が値段的にも時間的にも手っ取り早いので、そちらが採用されるケースが多かったが。
初攻略がシリカルートの早い段階だった場合は――まぁ、素直に諦めて時間をかけるしかない。
しかし、それで対策を積み重ねてもなお、強敵であることに違いはない。
ボスであるがために決して低くはないHP設定、そして防御力と素早さ、カウンター率の高さに加え、サキュバス族共通の特性として全攻撃に備わる吸収率100%のドレイン効果。
ただでさえ長期戦になりやすいのが、その特性のせいで耐久戦にならざるを得ず、事前準備を怠るとジリ貧負けになる可能性もある。シリカルートの前半で訪れた際は特に、MP管理を厳しめにしないとジリ貧負けが確定してしまうほどである。
ともあれ、そういった事情からレーペンシュルク公爵家本邸はとにかく鬼畜難易度として知られるダンジョンで、ボス攻略の際はいかにして味方を眠り状態から守り切れるかが肝要となる。
――さて。そんな難関ダンジョンに潜り込んだシリカ達一向は、まるでゲームの筋書きを辿るかのようにして、ダンジョンのボスが待ち構えているその場所へと到達した。
まだ正体を隠したままの彼女は、つい先ほど話を終えたばかりの王太子達が再び面会したいと言っている旨の連絡を聞き、これを快諾。
余裕があるかどうか、というわけではなく、単純にまだ戦いにはならないだろうと思ってのことであったが。無論、戦いにもつれ込んだとしても、彼女は負けるつもりで戦う気はないし、例え負けたとしても保険は取っておいてある。
だから、気負う必要などどこにもなかった――
執務室へと赴いたシリカたちは、許可が出るのを待ってから入室し、普段であればレーペンシュルク公爵がその手腕を振るっているであろうその部屋の内装を見渡しながら公爵夫人と二度目の相対をした。
「あら、殿下。先ほどお話は終わったとばかり思っていましたが、まだご用件がおありですか?」
「あぁ。さっそく領内を回っておこうと思ってな。あらかじめ断りを入れておこうと思った次第だ」
「そうでしたか。それはご丁寧に……。では、一応念書を書いておいた方がいいですわね……」
その方が殿下たちも効率よく回れるでしょうし……。
レティシアはそう言いながら何も書かれていない紙を手に取り、必要事項を書き留めるために視線をそれに集中させた。
それを好機と見たか、事前に打ち合わせたとおりにシリカも動き出す。
彼女は部屋に入ってくる前に密かに練り上げていたらしい神聖な魔力を解き放ち、速やかに神聖魔法を発動させた。
「『セイントティア』」
その一連の動作は洗練されており、レティシアがハッとして顔を上げた瞬間には、すでに魔法により生成された聖水が頭のすぐ上まで迫っていた。
彼女が避ける間もなく――その聖水は直撃。
レティシアの全身は、ずぶぬれになってしまった。
「きゃあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ」
その直後。
レティシアは、壮絶な悲鳴を上げてピンク色の妖しい霧に包まれる。
その尋常ではない様子から、シリカの放った攻撃が確実に効いたことを一同は察知し、何が起こってもいいように身構える。
そうして、シリカたちが警戒する中でレティシアを覆っていた霧は次第に薄れていき――中から、蝙蝠ような翼と長い尻尾を生やした、妖艶な女性型の魔族が姿を現した。
「くっ、はぁ……はぁ……、よくもやって、くれたわね……この、憎き聖女が……」
女性型の魔族――サキュバスは、痛みをこらえるかのように顔をゆがめながらそう言うと、どこからともなくショートソードを取り出して、シリカたちに対抗するように彼女もそれを構えた。
「まずは様子を見ながら……などと考えていたけれど、こうなったらもうそんなことどうでもいい。…………容赦なく、行かせてもらうわ。五体満足でここから出られるとは思わないことね?」
「……殿下。来ます。――お気をつけて」
「そちらこそ」
双方が相手の出方を探り合ったのは、須臾の時間。
その次の瞬間には、サキュバスはシリカの懐に入り込み、容赦なくその何も持っていないほうの手を突き出した。
「さあ、まずはそのお手並みを拝見させてもらいましょうか。――眠りなさい、睡魔の導きにその身をゆだねて!」
「なっ……きゃあっ!」
「聖女様ッ!?」
「他人の心配をしている場合かしら!?」
「あぅっ!」
勝負がついたのは、わずかに一瞬の間。
その一瞬の間で、シリカと聖騎士、その二人が脱落してしまう。
目にもとまらぬ速さで二人に襲い掛かったサキュバスは、催眠対策をしていたにもかかわらず容易にその守りを突破し、二人を夢の世界へと連れ去ってしまったのである。
「くっ……強い…………」
「ふふ……。いい気味。相手の力量もわからないまま、奇襲なんて無粋な真似をするからこうなるのよ。……ねぇ、王太子サマ? あなたもつくづくそう思わないかしら?」
王太子の神経を逆なでするような言葉を言って、彼に精神戦も仕掛けようとするサキュバス。
そんなサキュバスに食って掛かろうとした王太子の意識をそらすべく、王太子の護衛を担う武士ルードは話に割り込む形で王太子に語りかけた。
「殿下。何とかしてお二人を起こさなければ……」
「あぁ、そうだな……頼む。俺が何とか引き付けるから」
「御意」
頷いた武士ルードをしり目に、王太子は改めてサキュバスと相対する。
初撃で早速二人も戦力外に追いやられてしまった王太子は、明らかに格上と見て取れる敵を見て、果たして自分だけでどうにかなるのか、と不安を感じて二の足を踏んでしまう。
「ふふっ、どうしたのかしら? そちらが来ないのなら……もう一回、こちらから行かせてもらうわよ!」
「……っ、させるかっ!」
踏み込めずにいる自身を必死に鼓舞し、シリカたちを起こそうと駆け寄る武士に襲い掛からんとするサキュバスに――王太子は、果敢に迫る。
「かかったわね、甘いわ!」
にやり、と妖しく嗤うサキュバス。彼女は踏み込んだ足を止め、王太子の剣をショートソードで受け止め――弾き返す。
王太子はたまらず体をのけぞらせ、倒れ込まないようにたたらを踏んで持ちこたえようとする。
「ぐああぁっ!」
そこへ、鏃のような尻尾の先端部分による容赦のないカウンターが襲い掛かった。
毒を分泌する尻尾による一撃。
王太子はその先端から睡眠毒を注がれたらしく、彼もまた固く目を閉ざしてその場に倒れ込んでしまう。
「殿下!?」
「あはは、滑稽ね。そのまま夢の世界で大人しくしていなさい」
残されたのは、ルードただ一人。
王太子がサキュバスに切りかかっている間に、何とかシリカに『アウェイクヒールポーション』をかけることに成功したが、マジックポーションと言えど効き目が表れるまでに数秒のタイムラグが発生する。
その間に、王太子は撃破されてしまったのである。
「……残りは後、あなた一人だけ。さぁ、どう料理してあげようかしら……」
「…………くっ、」
「あぁ、むやみに、抵抗はしないほうがいいわよ? …………別に、してもしなくても私自身は構わないのだけれど……」
そこで、サキュバスは一旦言葉を切ると、引き摺っていた王太子にショートソードを突き付けて、その先端にショッキングピンクの魔力弾を出現させる。
「この人、あなた達にとってとても大事な人なんでしょう? 抵抗するというのなら……私も、出るとこ出ないといけなくなってしまうわよ?」
「…………っ」
ルードは、サキュバスの言葉を受けて躊躇してしまう。
サキュバスは、王太子を眠らせた時点で勝敗が決したことを瞬時に把握し、唯一残った護衛に選択を迫っているのである。
すなわち、
――命を見逃す代わりにサキュバスの言い分を飲むか、王太子の命と引き換えにサキュバスとの戦いを継続するか。
それは、彼にとっては選択の余地などない問いかけでもあり、ゆえに彼はその手に持つ剣から手を離そうとして――
「…………っ!?」
横合いから放たれた神聖魔法の気配を感じ取ったサキュバスが慌てて身を引いたことで、ハッとして握りなおした。
ルードが主を守るためにその答えを敵に示そうとしたその直前、眠りから覚めたシリカが周囲を見渡し、瞬時に状況を把握してサキュバスをけん制したのだ。
慌てたサキュバスは回避に専念するあまり、王太子からも手を離してしまう。
それを見逃す護衛ではなかった。
「王太子殿下っ、目を覚ましてください!」
呼びかけながら、彼は腰に下げているマジックバッグから二個目の『アウェイクヒールポーション』を取り出し、王太子に振りかける。
その傍ら、シリカはサキュバスに攻撃の隙を与えないよう、魔力に糸目もつけずに激しく彼女をけん制する。
「ちっ、あともう少しだったというのに…………っ!」
「私がいることをお忘れなく。……さぁ、仕切り直しと行きましょうか!」
平行して、シリカもまた『アウェイクヒールポーション』を聖騎士に振りかけ、彼女の意識を取り戻さんと動く。
そうして、シリカの放つ魔法をサキュバスが避ける、という状況が十数秒続いたところで王太子と聖騎士の二人も意識を取り戻す。
「殿下!」
「あぁ、よかった。君も無事だったか!」
「えぇ! しかしどうしましょう。我々が用意してきた対策では、どうやら役不足だったようです」
サキュバスが使用してくると見込んでいた攻撃手段への対策は確かに整えていた。
しかし、それは確かに耐性を高める効果こそあっても、無効化するものではなかったから、完ぺきとはいえなかったのだ。
このまま闘っていても、相手のあの瞬発力と身のこなし。それに加えて、催眠攻撃という厄介なおまけまでついていては、いずれ負けてしまうだろう。
いや、『ヒールポーション』の存在にも気づかれた以上、次からは眠らせた相手に対してそれを使用させようなどもしないはずだ。
状況は――眠らされたシリカ、聖騎士、そして王太子が復帰したとはいえ――振出しに戻ったとはとても言えない状況だ。
「一旦、ここを離脱しよう。シリカ! 撤退する、牽制しながら君も離れてくれ!」
「悔しいですが、そうするしかなさそうですね……わかりました。ここは一旦引きましょう」
王太子の呼びかけにシリカはわずかに頷いてそう返事を返し、目くらましに一発、光魔法をぶつけてから退室した。
――こうして、シリカ達はレーペンシュルク公爵家本邸に巣くうサキュバス達のリーダー格をあぶりだすことに成功したものの、相手の力量を読み誤り敗走。
奇しくも、ゲーム『ツイント』と同じ道筋を辿ることになったのである。




