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わらしべ聖女様 〜TS転生放逐令嬢の奮闘記〜  作者: 何某さん
アキナイ、戦い、Reversible
38/66

Business、battle、リバーシブル:2


「その、お久し、振りです……」

「あなたは……エリス、さん…………?」

 玄関扉の先にいたのは、アネットからその足跡が途絶したことを知らされ、ここ数週間の間捜索依頼が出されていた人物――エリスであった。

 サキュバスの手に落ちていたと思われていた人物が、自分の店に現れた。その事実に、エレノアは一瞬呆然とするも、すぐに気を取り直して、警戒心をあらわにした。

 なぜなら、目の前の存在――エリスと思われたその存在は、エレノアの記憶にある彼女の外見とあまりにもかけ離れていたからだ。

 付き合いが長いアネットはもちろん、知り合ってからまだそれほど時間が経っていないエレノアも、彼女の外見はよく覚えていた。

 しかし、目の前にいる彼女は、そんな記憶に頼らなくても済むくらいには、記憶の中の彼女からはかけ離れた姿になり果てているのだ。

 ふと、エレノアはそんな彼女が背中から生やしている翼と、腰の後ろから生やしている尻尾を見て脳裏に閃くものを感じ、とりあえずは中へ、と彼女を店内へと招き入れることにした。

「お嬢様!?」

「エレノア様!?」

 まさか招き入れるとは思ってもみなかったのだろう。

 コーネリアやアネットはエレノアのそんな対応を見て、正気を疑うような視線を送った――が、当のエレノアは気にしたそぶりもなく、コーネリア達に店を任せると、自身はアネットを連れて、空いている客間へとエリスを案内した。


 エリスを伴い廊下を歩くエレノア。

 エリスから見るその歩きに隙は無く、彼女は自分が変わり果ててしまったといっても戦いの素人に違いなく、そんな自分がその背中に襲い掛かったとしても容赦なく組み伏せられてしまうだろうとただ付き従うようについていくだけだった。

 やがて目的の部屋――客間の一室にたどり着くとエレノアに座る寝台を勧められる。

 椅子ではなく、寝台である。

 怪訝に思いながらもエリスはそのまま寝台に座り、エレノアが口を開くのを待つ――が、エレノアは堅く口を閉ざしたまま、言葉を発しようとしない。

 顔色を窺えばエレノアもまた、エリスの言葉を待っているかのようで、双方どのようにして話を始めるか、相手の出方を探り合う時間がしばし続く。

 やがて、耐えかねるようにしてエリスが最初に口を開いた。

「…………なにも、聞かないのですか?」

「なにも、というと?」

「今まで、どこにいて、何をしていたのか、とか……」

「そうだね。まぁ、でもその姿を見れば大体(・・)はわかるわ。――何があったのかは、ね」

「…………っ!」

 エリスがエレノアの言葉を聞き、苛立ちを隠すようにして片腕を掴む。

 その心情を的確に掴んだエレノアは、努めて冷静に、けれどエリスを直視することなく、体の向きをそっぽに向けたまま続けて言葉を発する。

「同情はできないし、しようとも思わない。あなたがこの数週間で何をされてどう感じたのかは、私ではうかがい知ることはできないから」

「…………、」

「私は、私にしかできないことをする。ただ、それだけよ」

 そう言ったところで、エレノアは初めてエリスと相対した。

 そして次の瞬間――エリスは生まれて以降、これまでに感じたことのない嫌悪感と悪寒、そして吐き気を感じ、距離を取ろうとする。が――

「押さえて!」

「……! わかりました!」

 エレノアが何をしようとしているのか瞬時に理解したアネットが即座にエリスへと迫り、彼女をベッドへと押し倒す。

 それだけで、戦いの素人であるエリスはなすすべがなくなった。

 エリスが感じた嫌悪感や悪寒、そして吐き気。それらの原因は、エレノアが腕に集中させた、神聖な魔力だったのだ。

 エレノアがやろうとしていることは単純明快。いつぞやのコーネリアの時と同じように、エリスの下腹部に刻まれた呪いの紋様を浄化する。ただ、それだけが今の目的であり、他のことはすべて二の次でしかなかった。

 違う点を挙げるとすれば、一つ目はコーネリアに掛けられていた呪いよりも、エリスに掛けられているこの呪いの方が、圧倒的に格下(・・)であるという点。

 そしてもう一つは、エレノアの神聖魔法の効力が、コーネリアの時よりも上がっているという点だ。

 だから、エレノアは自身が失敗するとは思ってもいなかった。

「や、やめて……」

「ダメよ。その体……そしてその紋様。そのままにしておくことはできないわ。エレノア様に、浄化してもらって。すべてはそれからよ」

「アネットさんのいう通り。さぁ、いくわよ……」

「いや……いやぁ…………」

 エレノアの腕が纏う白い輝きがいよいよ眩しさを増していく。

 それに並行して、エリスが感じている症状もどんどん激しさを増していく。

 エリスもどうにかしてアネットの手から逃れようとするが、元冒険者、それもAランクという実力者から逃れるには相応の力量か策が必要となる。それがない彼女はどうあがいてもアネットから逃れることはできない。

 そうしているうちに、エレノアは解呪魔法の発動準備も整ったのか、エリスの下腹部にある呪いの紋様に手を重ねて、

「ディスペルカース!」

「ああああああああああああああああっ!」

 その魔力を解き放った。

 耳を貫くような、エリスの壮絶な悲鳴。

 その外見の通り、身も心もサキュバスとなり果ててしまったらしい彼女にとって、神聖魔法の魔力はまさに毒にしかならない。

 それでも、サキュバスの手によって刻まれた呪いをそのままにしておくわけにはいかなかった。

 呪いの効果に、視覚や聴覚の共有が含まれていたからだ。

 このままにしておけば、エレノア達の情報はすべて無効に筒抜け。

 だから、余計な情報が洩れる前に、その可能性は少しでも減らしておきたい、というのがエレノア達の心情だ。

 もちろん、エリスがすでに完全にサキュバス側についているという可能性も考えられなくはない――が、『真実の眼』が示すエリスの業は、以前あった時とほとんど変わっていなかった。

 ゆえにエレノアは、エリスはまだ完全に屈してはいないのだと信じて疑わなかった。

 呪いとの膠着はほぼ一瞬、呪いを施したであろうサキュバスとの力量差はエレノアの圧倒的優勢で、エリスが全身に激痛を感じた次の瞬間には、かけられていた呪いのうち、解呪可能なものはすべて消え去っていた。

「はぁ、はぁ…………っ」

「エリス…………? エレノア様……?」

 アネットは、エリスから離れて彼女の全貌を確認する。が、エリスの格好は相変わらず。

 艶のある扇情的な格好、背中から生えた翼、そして尾てい骨のあたりからは尻尾まで生やした人間離れしたその様相。

 その姿のままの状態で寝台に横たわるエリスを見て、アネットは解呪に失敗したのかとエレノアに視線で問い詰める。

 それに対してエレノアは、小さく頭を振って答える。

「…………解呪できる範囲では、解呪したわ。でも、眷属化の呪いについては――もう、無理だった」

 魔族が扱う、相手を眷属にして自陣に引き込むための呪いには、普通の呪いと大きく違う点が二つあるのをエレノアはゲーム知識により知っていた。

 一つは、眷属化をかけた種族へと変貌していくこと。その速度は、呪いをかけた人の数や力量によって大きく変わってくる。

 そしてもう一つは、完全解呪可能分岐点と、絶対不可逆点という二つの基準点があることだ。

 このうち前者は、完全に解呪できるかどうかの分岐点である。このため、例えこの分岐点を超えたとしても、それ以降は定期的に解呪魔法をかけ続けていれば呪いは進行しなくなる。

 しかし後者の時期を超えると、解呪魔法をかけても進行は止まらない。不可逆という言葉が示す通り、元にはもう戻れないのである。

 エリスに掛けられていた眷属化の呪いは、すでにその絶対不可逆点を過ぎ去っていた。

 それどころか、もう間もなく呪いは完成する――つまり、エリスは完全なサキュバスとして覚醒することになる、と『真実の眼』は告げていた。

 そのことをアネットに伝えると、アネットはそんな、と非情な現実に打ちひしがれた。

 サキュバスの活力の源は言うまでもない。

 だからこそ、アネットはエリスの未来を思うと、どうしようもない現実に悔しさを隠せずにはいられなかった。

 まさか、エリスが姿を消してからわずかしかたたない期間で、こうも変わってしまうなんて、変えられてしまうなんて、と。

「気に、しないで……、アネット」

「エリス……?」

 何か手はないのか、

 アネットのそんな考えを察したのか、エリスは荒い息を整えながら体をひねって彼女に正面から向き合う。

「あの日……あなたは、私のことを気遣って、残業後の護衛を申し出てくれた。でも、それを断ったのは私だから……。これは、ある意味、自業自得なのかもしれないわ……」

「エリス…………」

 エリスの言葉を聞き、アネットは辛そうに顔をゆがめる。

 その時のことを思い出したのだろう。

 しかしエリスは直後にこうも続けた。

「それに、ね。今になれば、あの時は……断って、正解だったって、思うの。じゃなければ……多分、アネット。あなたも、あいつらに捕まってたと思うから……」

「そんな……っ」

 そんなことない、と言おうとして、しかしアネットは即座に口を噤む。

 シリカとの話で、自分が祝福を受けた際に得たスキルを間違って認識していたことを思い出したからだ。

 今でこそ正しく認識していたが、当時はそうではなかった。だから、エリスの言っているそれにも一理あったのだ

「あいつらに捕まったのが、私だけだったから、まだ、それほど戦力にはなってなかったんでしょうけど、ね……。でも、アネット。あなたは、違うでしょう?」

「………………っ」

 アネットには、それを否定することはできなかった。

 確かに、アネットがサキュバスの手に落ちれば、相手は強力な戦力を手に入れることになっていただろう。

 その暗殺者としての実力は、エレノアがいかに守りを固めようとも意味がなくなる。

 そのことが分かったからこそ、アネットはこれ以上エリスに掛ける言葉が見つからなくなってしまった。

 あるいは、もしエレノアが公爵家から追放されていなければ、その限りではないのかもしれないが――現実問題として、エレノアのナカノヒトがエレノアに宿った時には、すでに公爵家から追放されていたのだ。

 守りを固めるにしてもその限界は知れている。そして、アネットの実力をもってすれば、その限界まで守りを固めても容易にすり抜けて、エレノアを暗殺してしまうだろう。

 もっとも、そのあたりの問題はエレノアにしかわからないものであったが。

 それから、エリスはエレノアに顔を向けて、ありがとうございます、と短く礼を言った。

「一番解けてほしかった呪いは、結局解けなかったけど……うすうす、そうなるんだろうな、とは思っていましたから、そこはあまり気にはしてません。ただ……あいつらの監視をなくしてくれたことは、本当にありがとうございます」

 これで、幾分気が楽になった、とエリスは安らかな表情を浮かべたのを見て、エレノアはひとまず、あとは様子見かな、と思いながらうん、と頷いた。


 それからエリスは、なぜ自分がここへ来たのかをポツリ、ポツリと語り始めた。

 彼女が言うには、やはりサキュバスは、エリスを使ってエレノア達の店に『毒』を撒き、混乱に陥れた後で目下の目的を達しようとしていたらしい。

 その目的がなんであるかはエリスは聞かされていなかったものの、その準備段階である『毒』の散布については確かに思い当たる節はあった。

 この店舗兼住宅の中を歩いている間、エレノアもアネットもエリスから猛烈な甘い匂いが撒き散らされていることに気づいていたし、その間エリスが悔しそうに唇をかんでいたから、何かあるのだろうな、とも思っていたのだ。

「ただ、エレノア様がすでにサキュバス達の本当の策略への対策を練っていたことについては、うれしい誤算でしたけどね」

「そのあたりなんだけど、一ついい?」

「はい。私で答えられることであれば、お答えします」

「敵は――サキュバス達は、そのことをどこまで気づいているのかわかる?」

「えっと……エレノア様が、どこまで対策を立てているのか、についてですか?」

「えぇ。サキュバス達はどの程度までこちらの状況を知っているのかなって思ってね」

「それなら……」

 エリスは、少し考えてから、あまり出回っていない可能性はあるが、呪いを一部だけでも解呪して見せたことで、ある程度は出回ってしまったのではないかと答えた。

「あいつらは、私にこう言っていました。これはあくまでも威力偵察のようなもので、失敗前提の作戦だと。本命は、別に用意されている、と」

「うーん、確かに、納得できる答えね……」

「エリスが撒いた毒で私達が術中に落ちればそれでよし。落ちなくても、本命の作戦に必要な情報は手に入る。敵ながら、うまいこと私の友人を使ってくれましたね……」

 アネットは、まったくもって苛立たしい、と言わんばかりにそう吐き捨てた。

 それから、エリスは今回彼女に与えられていた役目について、その続きを語った。

 実際のところ、彼女自身はただここへ来るだけでよいと言われたという。

 サキュバス達の狙いはあくまでも威力偵察。それも、自分たちの犠牲を払う心配を排除したうえでの、捨て駒を使用しての偵察だ。

 そのために、エリスはサキュバス達に毒魔法の中継点として送り込まれることになったのだ、と語った。

「毒魔法の……」

「中継点……?」

 まったくもって予想していなかったエリスからの情報。

 そもそも、彼女を利用しようとしていたのだろうな、とは考えていたが、それが毒魔法の中継点とはこれいかに……? と、エレノアとアネットはお互いに顔を見合い、首を傾げる。エリスは自分で毒魔法を使っていたのではないのか、と疑問符を浮かべずにはいられなかった。

 エリスは、それをどこか納得するような顔をしながら、私もそんなことが可能なのかと思いましたが、と前置きをして、

「魔族では、別に珍しくはないことのようです。眷属にした生物に、別途隷属の類の呪いを刻むんです。そうすることで、眷属にした生物は、遠隔地にいる主人の意のままに、送り込まれてくる魔力を用いて魔法を発動するしかなくなる……という、理屈らしいです」

 実際問題、エリスは主人として登録されていたサキュバス達の命令に逆らうことができず、店に入って以降、エレノアに解呪魔法を受けるまでの間は常に思考を鈍らせるための毒魔法を発動し続けていたのだと語った。

 廊下を歩いている際にエレノア達が感じた匂いは、確かにエリスが行なっていた攻撃だったのだが、これが本当であれば、エリスもまた、ただの中継点として扱われただけで、自分の意志でエレノア達を攻撃していたわけではなかったのだ。

 ただ、どちらにせよサキュバス達が、毒魔法を用いて戦いを制しようとしていたことに違いはない。

 エレノア達が女性スミスから毒消しナイフをケースで譲り受けたのが、一昨日のことであったから、本当に間一髪だったということである。


 とりあえず、エリスから聞きたい情報は、一通り聞き終わったということで、エレノアは後はゆっくり休んで、心だけでも休めてくださいと一言残してから、客間から退室しようとした。

 そこで、エリスから待ったの声がかかり、エレノアは扉の方へ振り向きかけた体を、再びエリスの方へと向けなおした。

「そういえば、エレノア様達はサキュバスの今回の作戦――いわゆる、毒魔法に対して、どんな対策を立てたんです?」

「あぁ……まぁ、策って言うほどのことでもないし、どちらかといえば棚から牡丹餅って言った方がいいのかもしれないんだけれどね」

 エレノアは、女性スミスのもとに相談をしに行った際、ちょうどよく毒消しナイフという武器を譲渡(といいつつ実際には売り渡されたのだが)されたことをエリスに語った。

「はぁ……変なものを作る人もいるんですね……」

「まったくね。でも、そのおかげであなたをこうしてこの場で奪還できたのだから、本当に助けられたけれどね」

 ベッドにもたれかかり、エリスにそう返しながら微笑みかけるアネット。

 その顔は、本当に安堵した、と言わんばかりに和らいでいた。

 これまで気丈にふるまっていた彼女であったが、やはりエリスのことは非常に気がかりだったことがうかがえる。

 エレノアは、二人の邪魔をしないように、静かにその場を離れた。



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