Weak pointを克服せよ:1
どんなに問題が多くても、エレノアの店にポーションを求めてくる人はいる。
エレノアは、サキュバス関連の問題があっても、大きな問題がおきなければ店は引き続き営業をし続ける方針だった。
これに関しては、アネットも協力的であった。
「何もしていないで座して待つよりかは、やっぱり何かをしていた方が精神的にも楽ですしね」
とは彼女の談である。
ちなみにサキュバス対策としてもう一つ、アネットから知らされたのは、サキュバスはほのかに甘い匂いを漂わせている、という情報だ。
アネットはまた、以前エリスと入れ替わったサキュバスを討伐した際に感じた甘い匂い。その時、同時に頭がくらくらとしたが、その原因はサキュバスが漂わせるフェロモンのようなモノ――であると同時に、思考を鈍らせたり狂わせたりする類の毒ではないか、とも推定した。
エレノアはその線も視野に入れて、匂いには気をつけよう、と気に留めておくことにする。
さて、そんなわけで、女性スミスのもとで『毒消しナイフ』という何とも微妙なナイフを購入して従業員に護身用として配布したエレノアは、本日も意気揚々と店を開き、客を招き入れるのであった。
この日の営業も順調で、低級ヒールポーションを中心に多数のポーションが売れていった。
サキュバス達の脅威が近づいているとは思えない平穏な光景を眺めて、エレノアは緊迫していた心が少なからず癒されていくのを実感した。
――と、そこへ。
「エレノアお嬢様。こちら、つい今しがたお嬢様に届いた手紙なのですが――差出人が少々気になりまして」
「なにかしら」
コーネリアが、神妙な顔つきでエレノアに話しかける。
そろそろポーションの補充をするべきかな、と倉庫に足を向けようとしたところへの声掛け。
その表情から、それなりに不味そうな問題化と判断したエレノアは、コーネリアから差し出された手紙を受け取り、中身を見てみる。
エレノアはもともとのエレノアからあらゆる記憶を引き継いでいる。無論その中には知識記憶も含まれているため、問題なくルベルト語を読解することができた。
ややあって、読み終えたエレノアは、なるほどこれはいよいよ厄介なことになって来たな、と溜息をついた。
下手をすればせっかく開いた店がつぶれることにもなりかねない。
せっかく軌道に乗った店がなくなるなんて嫌だなぁ、と思いながらどうしようかと考えていると、
「おや、エレノア様。こんな人目につくところで深刻そうな顔をなさるとは……もしかして、エレノア様が言っていた例の件について、何か進展でもありましたかな?」
再びエレノアに呼び掛ける、今度は男性の声が。
ふ、とうつむきがちだった顔を上げてみてみれば、そこには今回も護衛として雇われたらしいカイルと相方の女性冒険者を従えた、パッセ・ルドルフが心配そうな顔をして、エレノアのことを覗き込んでいた。
――エレノアを取り巻く問題は、サキュバスに関連する問題だけではなくなりつつある。
具体的には、近い将来、エレノアが公爵家から追放されたことについて、その正当性が審議される可能性が濃厚であるという問題だ。
もちろん、ナカノヒトが宿ったことにより、むしろそんなことはもはやどうでもよくなってしまっている状態のエレノアにとっては、どちらかといえば公爵家に戻ることには消極的なのだが――それは王族が許さないだろう。
そして追放された理由が理由であるがゆえに、おそらくほぼ確実に審議はなされ、そしてその正当性はなし――つまりエレノアは貴族社会から追放されるいわれがない、とされる可能性が高い。
もともとのエレノアが追放される理由となった、シリカへの諸々の迷惑行為。確かに国外、それも教会から預かった大切な賓客を貶めるような行為をしたのだから、相応の処罰は下されてしかるべきなのだが――それでも、公爵家からの追放というのはやりすぎであり、シリカや教会に対する謝罪金の支払いと一定期間の謹慎が妥当だろう、というのが王太子とシリカの認識である。
しかもこれは、ルベルト王国の法律にも明記されている内容で、王族と言えど簡単にこれを破ることはできない。
レーペンシュルク家の事情と言われても、レーペンシュルク家は身分が身分だ。行動一つにも責任が付き纏う。それから逸脱するような真似をすれば当然、法にも抵触する。
今回のような、プライベートに踏み込んだ部分も一部分では法の力が及ぶのである。なにしろ、貴族の令息令嬢というのは、貴族として認められた家が代々受け継ぐ責務の一つ――後世までその血を絶やさないという重要な役目を背負わされた身だ。
ゆえに貴族の子供たちは、ルベルト王国では厳密には貴族としては扱われないわりに、貴族の跡取り候補ということで厳重な管理下に置かれているようなものなのだ。
エレノアが貴族社会に戻る可能性は、アネット経由でエレノアが聞いた時点で、すでにとてつもなく高かった。
おそらく、エレノアがそれを拒んだとしても、貴き身分に生まれたのなら、その身には相応の責務が付きまとう、などと説き伏せられ、おそらくは貴族社会へと戻されることになるだろう。
そうなれば――問題として浮かび上がるのは、エレノアが開いてしまった、ポーションショップの存在である。
開店から半月余り。それだけの短時間で、すでに周辺住民のみならず、冒険者をはじめとした幅広い人達がエレノアの店を利用しており、簡単に畳んでしまうと国とレーペンシュルク家が誹謗中傷を受けることは明白であった。
それに、この店が――エレノア達が抱えている問題だって少し特殊だ。
なにしろ、店の主力商品であるヒールポーションは、他所から仕入れているわけではなく、自給自足の直販だ。それも、製作に携わっているのはオーナーであるエレノアがメインであり、たまにシリカが付与魔法の練習のために手伝いに入る程度である。
エレノアが公爵家に戻る。
それはすなわち、直販店の中核を担う、製造者の喪失を意味していた。
エレノアは、エレノアの店は開店早々に対処が困難な問題に直面してしまったのである。
アネットからシリカとの話の内容を聞かされた時点では、まだ気に留めておく程度であったエレノアだったが、その翌日にはこうして王城から手紙が届いた。これはおそらくだが、アネットがシリカと会ったときにはもうすでに王太子もシリカも対応に動いた後のことだったということのだろう。
サキュバス関連の問題もそうだが、やってくるすべての問題が難易度高すぎじゃないか、とエレノアは内心でぼやかずにはいられなかった。
とはいえ、この件に関する話については、ゲーム知識ありきで、すでに決まってしまったことだからと突き進んでしまった結果でもあるのだが――当初エレノア自身が置かれていた状況を踏まえれば、何かしらの『稼ぎ』は必要だったために彼女を責めるわけにもいかず、ゆえに今テーブルを囲んでいる人々――エレノア、アネット、コーネリア他数名は、今後この店をどうするかを考えることのみに徹するのであった。
「――と、いうわけでエレノアお嬢様のお店はこのままでは継続することも困難であり、しかしながらお客様方の来店状況やその期待も加味すると簡単に閉じることもできません。かといって、モノがモノであるがゆえに、エレノアお嬢様が他所で作って、ここで運んでくるのも防犯上なるべくならしたくはない。そこで、どうするべきか、ということをこれから話し合おうと思うのですが…………」
ちなみにエレノア達以外のメンバーは、まずエレノアが最初に世話になった女性スミス。彼女は実家関連でちょっと相談したいことがあるから、と話を持ち掛けたところ、二つ返事で呼びかけに応じてくれた。
そしてエレノアが手紙を読んでいるところへ店にやってきた、大商会のオーナーであるパッセ・ルドルフとその秘書の女性。さらにパッセの護衛を引き受けることが多いという、カイルとその相方の女性冒険者。流れで彼らにも相談することにしたのである。
「まぁ、あたしも一応爵位をもらっているし、稼業の魔法鍛冶工房を切り盛りしながら亡くなった旦那とヒィヒィ言いながら貴族関連の法律は学んだから、多少は話は分かるけど……」
「まさか、エレノア様が抱える問題がそこまで踏み入ったモノだったとは……私は役立てるかどうかわからないところです」
「いやいやパッセさん、店の進退を決めるならパッセさんの領分でもあるでしょう!? むしろ俺達としちゃ、俺達がこの中で一番関係なくね、って話なんだが」
「うーん、まぁ、それは多分私のせい、かもしれないかなぁ。エレノアさん、こいつと私が呼ばれたのって、そうなんでしょ? いわゆる、私目当てってやつ」
「あ、はは……言い方はあれだけど、ワンチャン狙えないかな、と思っているのは確かだね」
口々に自身が役に立てるかどうかを語る参加者たち。ちなみにコーネリアは元より、アネットの場合も貴族の令息令嬢が実家の資金調達のために事業展開をする話はよくあることなので、商業ギルドからのアドバイザーとして積極的に話を聞くスタンスだ、と本人は語っていた。
他方、平民から成りあがってきた女性スミスは不安そうにしながらも話には加わる意思を示したものの、パッセとカイルについては女性スミス以上に役立てるかどうかが不安そうであった。
もっとも、女性冒険者はもともと自身が扱える魔法が、エレノアの店でも従事者として起用できうるものであるために、もしかしたらという予想は立てていたらしいが。
「おやおや、これは大出世ですね。一気に公爵令嬢お抱えになれる大チャンスじゃないですか」
「それ嫌味!? パッセさん性質わるぅ。私がいなくなったら、普段のパッセさんの護衛は誰が受けるのさ!」
「まぁ、言ってしまっては何ですが、そうなったときには新しく探せばいいだけですからね」
「うわぁ、言っちゃったよこの人!」
などなど、基本的によく考えることをせず、直感で動くことが多いらしい女性冒険者は、不安などまるで感じさせないような軽い口調でパッセと軽口を言い合う。
その様子を見て、周りの人達も適度に自身の緊張感がほぐれていくのを感じた。
こうなりたくはない、と思いつつもこれは一種の才能か、などと呆れた目で見られていることに、当の女性冒険者は気づかなかったが。
「仕方ないさ。俺達は雇われ人だからな。雇い主の移行には従うしかないだろう」
「まぁ、お二人は優秀な冒険者なので、できれば今後も護衛として雇える時には雇いたいのが本音ですがね」
「ほんと?! パッセさん大好き!」
「いや手のひら返すの速すぎだろ」
本当に感情のままに動くといった感じの女性冒険者と、彼女に突っ込みを入れるカイルをみて、エレノアはまぁ、この人に頼むのはもう最終手段だろうなぁ、などと思い始めるのであった。




