動き始めたIntrigue:4
その日、エレノアが就寝支度を整えていると。
「お嬢様、お客様がお見えになっています」
「客? こんな時間に?」
まだ夜更けとは言い難い、寝るにはちょっと早い時間帯。しかし、閉店時間からすれば間が開いているような時間帯でもある。
とはいえ、エレノアの店は扱うモノがモノである。緊急で何らかのポーションが欲しいという急病人や冒険者が駆け込んでくることも考えられるため、こうした事態も予想はしていたが――コーネリアの顔を見るに、それではない可能性が予想され、エレノアは怪訝に思いながら誰何を問うた。
するとコーネリアは、来客者はアネットだと答えた。
「アネットが……? いったい何の用なのかしら。なにか、お店の経営に関して問題でもあったかな?」
「いえ。そういう感じではないかと……どちらかといえば、不安を感じているご様子でしたから」
だとすればサキュバス関連で何か動きがあったのか。
そう思ったエレノアは、取り急ぎ玄関口へ向かい、アネットを迎え入れた。
「エレノア様、夜遅く来てしまって申し訳ありません。その、可能であれば、今日からまたしばらく、ここで寝泊まりさせてほしいのです。――できれば、店員としても働かせてもらえればと」
「…………? え、えぇ、部屋なら余っているし、アネットさんであれば別に問題はないのだけれど……。お店の手伝いをしてもらうことについても、申し分ないし」
でも、何でいきなり。
ギルドの職員寮があるのではなかっただろうか、と疑問に思いつつも、とりあえず玄関先での会話は落ち着かないし、誰かに聞かれては困るような内容であればそれはそれで大問題である。
エレノアはアネットを中に招き入れ、とりあえず空いている客間に案内してコーネリアにお茶を頼んでから、詳しい話を聞くことにした。
アネットの話を一通り聞いたエレノアは、自分が犯した失態に思わず頭を抱えてしまう。
なにしろ、自身が見当違いの対策をたてたおかげで、サキュバスの立てた策謀の被害がすでに少なくとも一人、出てしまったのだから。
「どうしよう…………。もしかしたら、行方が分からなくなってしまったエリスさんは、すでにサキュバスの手にかかってしまったんじゃ……」
「エレノア様、落ち着いてください。サキュバス族に関しては、そもそも固定観念のせいで誰もが見誤ってしまうと思います。エリスのことについては、まぁ、思うところがないわけではないですが、まだ望みがないわけでもありませんから。今は過ぎてしまったことについて考えるよりも、これからどうするべきかを考えないと」
「そ、それは、そうだけど……」
アネットが言うように、対策が間違っていた以上、新しく対策をする必要があるのは確かな話だ。
エレノアは、努めて冷静になろうと深呼吸を繰り返して、アネットのいうようにこれからのことについて考え始める。
根本的な対策をしないといけないのは絶対だろう。
この場合、根本的な対策というのがどこまでなのかを考える必要があるが――サキュバス族の本拠地にいる、サキュバス達の女王を討つというのはさすがに考えが飛躍している感がぬぐえない。
だが、エレノアは少なくとも自分の周りから、サキュバス族を一度一掃するくらいのことはしないといけないだろう、とは思っている。
もっとも、その自分の周りにいるサキュバスが、どこに潜伏しているのかさえもわからない状況なので、とりあえず水際対策としてサキュバスからの間接的攻撃を防ぐためのアクセサリを作ったりもしたのだが――。
「この前と同じようにするにしても、肝心の材料がないんだよね……」
「材料、ですか……」
「そう。材料」
毒を無効にするようなアクセサリとなると、もはや付与魔法使いに可能な範疇からはほぼ外れるようなものになる。
一応、ギリギリ付与魔法でも特殊効果として武具や装備品に付与できないわけでもないのだが――そうなると、より高度な錬金術の産物を必要とすることになる。
通常であれば、錬金甕を使って錬成を行うのが一般的な作り方なのだ。
ちなみに、その特殊効果の付与の仕方なのだが、付与魔法によって『毒無効』を付与しようというのなら、それ相応の品を用意する必要があった。まず、多種多量の解毒草と魔法の『デトキシケイト』。さらに消費するわけではないが、『慈愛の宝玉』の力も借りる必要がある。
そしてそれ以外に必要なものとして、蟲毒の甕というものも必要になってくる。
名前の意味する通り、様々な毒草や毒虫を詰め込んだ甕であり、それ自体がもともとは錬金甕である、というのも特徴の一つである。つまり、蟲毒の甕は錬金術による産物であるということだ。
一般的に、詰め込んだ毒草や毒虫の種類が多種であればあるほど上質なものとなる――が、当然作るのに使用した錬金甕は錬金甕として使用することはできなくなるため、好き好んでこれを作ろうという錬金術師自体が稀とまでいわれる品である――というのが、ゲーム『ツイント』での設定だ。
それに加えてもともとのエレノアの記憶によれば、そもそもルベルト王国では蟲毒の甕は禁制品としても扱われるため、おおよそまず普通のルートには出回らないであろうことがうかがえる品物だ。
材料が手に入るとは言えない現状下で、エレノアに毒を無効にできるものなど作れようはずもなかった。
「私は錬金術師ではないので、毒を無効にするような効果を付与するとなれば、普通の手段では入手できない物を使うことになるの。――公爵家にいた時なら、無理を通せば黒よりのグレーゾーンだけど取り寄せることも不可能ではなかったと思う……けど」
「黒よりの、グレーゾーン、ですか…………いったい、どんなシロモノなんですか、それは」
「文献で読んだ話が正しければ、蟲毒の甕、というらしいのだけれど」
それらしいカバーストーリーを交えながら、エレノアはアネットに自分だけではいかに作るのが難しいのかを説き伏せる。
必要な材料を聞いたアネットは、当然のように顔を真っ青にしてそれは……、と口をもごもごさせてその先を言い淀む。
さすがにモノがモノだからだろう。
誰だって、開封したとたん、周囲に根絶不能な病毒をまき散らす禁制品を取り扱おうなどとは思わないはずだ。真っ当な人であれば。
「一応、耐性系の特殊効果を付与する際の材料の傾向を考えれば、納得できる材料ではあるの。弱い毒に対する耐性効果は解毒作用のある野草と、一般的に暗殺にも用いられるような毒草を一種類、少量。呪いに対する耐性効果は呪いを使ってくるような魔物から獲れる素材の一部と、聖水。そんな感じで、反発し合うものが求められるから……」
「あらゆる毒を無効にするなら、同じくあらゆる毒の情報が詰まった品物が必要になる、というわけですね」
「そういうこと、だね」
アネットはそれを聞いて、悩まし気な顔になりながら、なにやら考え事をし始める。
それは、彼女なりに代替案を考えようとしていたらしく。
しかし彼女が出した答えは、エレノアにナカノヒトが宿る前の、元々のエレノアがすでに実証済みの物であった。
「解毒作用のある薬草や、解毒魔法を付与する、というのは……?」
「可能性自体は否定できないけど――多分、その可能性を掴むには時間が圧倒的に足りないよ」
すでに、事態は一刻の猶予も許されないような状態なのだ。
一つの判断ミスが、より多くの犠牲を生み出すことになりかねない。安易な時間と素材の浪費は、避けたいところであった。
そうして、アネットがシリカのもとから直行でエレノアのもとへ訪れたことにより、サキュバス達との水面下での戦いは、膠着状態へともつれ込むことになった。
サキュバス達がエリスを再度捕獲したのは、彼女に人質としての価値がある可能性が高かったからだ。
サキュバス達は、最初にエリスと入れ替わっていたサキュバスがアネットに殺された時の状況を知らない。居合わせたわけでもなければ遠見の魔法が使えるわけでもないからだ。完全にノーマークだったがゆえに、油断してやられてしまった、という次第である。
とはいえ、それでも最低限の情報はそこから得ることができたのは確かである。
アネットは、もしかしたらいざというときは大切な友人などが人質に取られても、容赦なくその命を切り捨てることができる冷徹な性格なのではないか、という懸念を生じさせるには、その情報は十分すぎるものであった。
が、しかし。それでもアネットとて人の子である。情というものは何であれ存在するし、何よりも商業ギルドに潜り込ませたサキュバスはエリスに入れ替わっていたサキュバスだけではない。
他の職員と入れ替わっているサキュバスの工作によって、『毒魔法』は体を害する類のものでなければ有効であることが確認できてしまったのだ。
であれば、あとは話は単純だった。
もともとの作戦に、ただ人手間銜えるだけで済むのだから。すなわち、アネットに毒を盛って判断力を極限まで鈍らせて、その上で再度『夢魔法』による入れ替わりを実行すればよいのだ。
――そう。サキュバス達の立てた作戦は、当初の予定通り、直に次の段階へと行く、はずだったのだ。
それが蓋を開ければ、どうしたことか。
アネットは商業ギルドの職員寮に帰るえることはなく、それどころか監視員からの情報によれば最終目標であるエレノアのもとへ逃げ込み、そこから離れる様子がなくなってしまったとのことではないか。
慎重に事を進めたいめたいサキュバス達にとって、『真実の眼』を持つエレノアの目の前に現段階で現れるのは何としても避けたい事態だった。
さりとて街中で『毒魔法』を放ってアネットに干渉するのも何かと危険が付きまとう。
うかつに手を出しづらくなったサキュバス達は、悩んだ挙句、ひとまずは様子を見よう、という結論に至った。
そんな彼女たちに忍び寄る、王太子ともう一人の聖女、シリカ。
エレノア達への攻撃に集中するあまり、そちらへの対処をおろそかにしていた彼女たちは――王太子達が自分たちに迫りつつあるのに、まだ気づいていなかった。




