動き始めたIntrigue:3
「あぁ、そうだ。レーペンシュルク邸に行く前に、このことをエレノア様に伝えておいた方がいいかもしれませんね」
そのことにシリカが思い至ったのは、王太子と会談をした翌日のこと。
もとよりその日は、エレノアの店にポーション作りの練習をしに行く日でもあったため、ちょうどいいタイミングだった、とこの時シリカは思っていたのだが――。
「失礼します。あ、聖女様、まだおられましたか。商業ギルドからアネット様が見えられています。お会いになりますか?」
「え? アネット様が……? はい、大丈夫、ですけれど……」
アネットがシリカのもとへ訪れるのは、ここ最近ではこれが二度目。
元々エレノア関連でサキュバスに関わることを余儀なくされてしまったアネットとは、その経緯はすでにエレノアの店でくっきりはっきりと話を聞いていたため、一度目にあたる前回の時点ですでに話がスムーズにできる状態にはなっていた。
それでも、エリス失踪の件についてはシリカをして驚かされたのだが――それから間を置かずに、本日、二度目の来訪。
シリカは、何か予感めいたものを感じて、アネットを迎え入れる準備をした。
ややあって、扉がノックされる。誰何を問えば先ほどアネットの来訪を告げた神官が、アネットを案内してきたとのこと。
入室許可を与えると、そのままアネットが室内に入ってきた。
「失礼いたします。いろいろとお忙しい中でお会いいただきまして、まずは厚くお礼申し上げます」
「いえ。……私も、アネット様とはエレノア様のことがありますから、緊密に連携を図りたいと思っていますから、何も問題はありません」
そう言って、シリカはアネットに椅子を譲ると、自身はベッドに腰掛けて彼女に相対する。
そして、案内した神官が、お茶を用意する旨を言い残して部屋を去ると、早速といわんばかりにアネットが用件を切り出した。
「シリカ様。噂を耳にはさんだのですが――この度、レーペンシュルク家に抜き打ちで訪問なさるとか。――エレノア様と、サキュバスに関することですね?」
「はい。一連の出来事を追っていくと、やはり一番怪しいのはエレノア様の周辺、ということになりますから。探らないわけにはいきません」
言いつつも、シリカの表情を見ていたアネットは、そこに何やら確信めいたものがあることを察する。
おそらくは、何かあることはすでに確定している、といわんばかりに。
「商業ギルドの寮に漂う、怪しい気配は依然としておさまることはありません。――そのことについて、何か思い当たることはないでしょうか」
「そのことについてなのだけれど……アネット様。失礼ながら、少し試させていただきたいことがあるのですがいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい……? えぇ、問題ありませんが……」
アネットが怪訝そうにしながらも頷いたのを確認したシリカは、魔力を指先に集中させると、そのままアネットに向けてその指を向けて、
「『デトキシケイト』」
解毒効果のある治療魔法を放った。
「……今のは、解毒の治療魔法ですね。私は、毒を無効にする類のスキルを持っていますので、無縁だと思うのですが…………」
「…………いいえ。今ので、はっきりとわかりました。アネット様は、毒を無効化できていない。しっかりと、毒を体内に取り込んでいました」
「え……?」
まさに、呆然自失。
何かの間違いではないか、と聞き返しそうになるも、シリカの表情は真剣そのもので、疑う余地はまずなかった。
「そんな、嘘でしょう……? だって、私には、『毒殺不可』のスキルがあるんですよ? なのになぜ……?」
「それは、あくまでもそのスキルが『毒殺不可』――つまり、毒によって殺されるのを防ぐ。毒による生命活動の阻害を無効にする。そういう意味だということでしょう。つまり、生命活動を阻害しないような毒には、何ら耐性がない、ということです。……いえ、もしかしたら、スキルの副次的効果で、『毒』そのものに若干の耐性はあるのかもしれませんが――それでも、サキュバスが常時はなっているフェロモンのようなモノはともかく、かの魔族が明確に『毒』として放ったものに関しては、抵抗する術がない、ということになります」
「そんな……」
今まで気づくことすらできていなかった自身の弱点。
冒険者にとっては致命的ともいえる、保有するスキルや与えられた祝福への過信。
アネットは、『毒殺不可』のスキルを、まさに過信していたのだ。
「どんな毒だったのでしょう?」
「わかりません。わかりませんが――少なくとも、アネット様の――ひいては、商業ギルドの寮に住んでいる職員の方々の思考や認識を誘導するような類のものではないか、と思います」
仕掛けたのがサキュバスであれば、まずその方向で攻めるだろう、とシリカは推測する。
一言に毒といっても、様々な毒があるのだ
思考をぼやけさせて、正常な判断をできなくさせるような毒だって自然界にはある。
サキュバスが、再びエレノア包囲網を構築しようとしているのであれば、まず現状でもっとも身近な組織――商業ギルドを掌握しようと考えるのが妥当だろう。
そう考えると、アネットがエレノアの店の監視機関を終えて戻った場所――商業ギルドの職員寮は、この上ない格好の餌食だった。
そのことをアネットに伝えると、アネットはそんなことをサキュバスはするのか、という問いをシリカにしてきた。
シリカは、昨日王城で王太子からもらった資料をアネットに見せながら、実はそれこそがサキュバスの常とう手段であり、サキュバス=淫魔、そしてイコール精神を操って人々を快楽攻めにする種族である、という認識に誤解があったことを説明する。
確かにサキュバスはそういう側面が強いが、そこに至るまでの過程としてはそれは不適切である。
獲物を捕らえるために、サキュバスが使う手段。精神魔法による直接の精神干渉ではなく、おそらくは毒魔法による思考レベルの低下と、それに併せて人々への無意識下への命令の刷り込み。
そうして、サキュバスに抵抗できないように強い暗示をかけてからが、いよいよ本番なのだろう、とシリカはそう推測している。
「とにかく、今商業ギルドの寮に戻るのは危険かと存じます。教会――もしくは、エレノア様の許に身を寄せるのが一番でしょう」
「わかりました。――それでは、エレノア様のお店に、再びお世話になることにいたします。――この度は、どうもありがとうございました。おかげで、助かりました」
「いえ。まだ、何も終わってなどいません。――何も」
安心するのはまだ早いと言いながら、シリカはふとエレノアのことを思い浮かべる。
おそらく、今回の騒動が住んだら、エレノアは公爵家に戻されることになるだろう。
処罰に不当性が認められれば、可能な限りそれが取り消されるのがこの王国の絶対の法なのだ。そして、シリカはもちろん、聖女としてそのことを聞き及んでいた。
「アネット様。一つ、この場で言っておかねばならないことがございます」
「なんでしょう」
「もし、この一件が片付いた折には――場合によっては、エレノア様は店を畳むか、もしくは経営を続けられたとしても、直接店に携わることはほぼ不可能になるでしょう。あらかじめ、そのことについてお含みおきください」
「どういうことでしょうか」
「エレノア様が、公爵家を追放された一件。王国の法律に照らし合わせるなら、例え国王陛下が命じたことであったとしても、不当性が十二分に認められることだからです」
(元々の、もしくはゲーム『ツイント』の)エレノアが犯した罪。それはもちろん、聖女シリカを虐げ、その名誉を傷つけたことにある。
しかしながら、状況を冷静に考えるならば、王太子に言い寄ろうとするシリカをけん制していただけであり、次期王妃としての立場も考えるなら、黙ってみているわけにもいかなかったのもまた事実。
情状酌量の余地も十分あり、シリカも不快にこそ感じていたものの、自身にも非がないわけではない、と認めていた部分もあったため、良くても謹慎で済ませるのが妥当だった、というのがシリカ――そして、婚約者であった、王太子の見識だ。
しかし実際にはエレノアは学園内で糾弾され、それだけではなく父親からは貴族社会からの追放も言い渡された。
そして、公爵家にはサキュバスの気配がある――そしてここ最近判明したことだが、王城内にもサキュバスの影がちらついている。
はっきり言って、(元々の)エレノアに与えられた罰は、仕組まれたものであると考えることしかできなかった。
「もし、エレノア様のご実家で、サキュバスを捉えることができたのなら。あるいは、エレノア様は公爵家に戻れる――いえ、戻されることも考えられるのです」
「そう、なんですね。……それは、少しだけ残念です。私としては、もう少し、彼女が切り盛りするお店を見ていたいですから」
「まだ、確定したというわけではありませんけどね」
それでも、可能性としては十分にあり得る話なので、ご理解のほどよろしくお願いいたします――と、シリカは重ねて、アネットに頭を下げる。
アネットは、それなら仕方ありませんね、とそうなったときにはエレノアへの相応のサポートを約束するのであった。
アネットを送り出したシリカは、ついでにレーペンシュルク家への抜き打ち訪問の件についてエレノアに伝言を頼むと、その後は翌日以降の、レーペンシュルク家抜き打ち訪問の準備を済ませ、英気を養うためにその日はいつもより早めに寝どこに入った。
「――エレノア様。もうしばらく、ご辛抱ください。きっと、あなたが置かれた窮状は、私が打破して差し上げますから」
それは、シリカにとっては贖罪でもあった。
不快な気持ちにさせられたとはいえ、それでも自身が王太子と不用意に親密な関係を築いてしまったことで、結果としてエレノアは公爵家から追放され、貴族社会からも追放されてしまったのだから。
それに――その一件でサキュバス、魔族が絡むというのであれば、それは教会所属の聖女としても決して捨て置くことができない、手を抜くこともできない最優先事項である。
(サキュバス――あなた達がどのような策をめぐらせているのかはわからないけれど――ここからは、こちらが打って出る番です。覚悟しておきなさい)
心の中で、今立ち向かうべき敵へ向けて宣戦布告をしながら、シリカの意識は徐々に深い眠りへと、落ちていった。
そうして、その翌日にはあらかじめ王太子と打ち合わせていた通りに、レーペンシュルク家への抜き打ち訪問は行われることとなった。
ちなみに、王太子の父親でもある国王には、王太子から話が通されており、すでに許可も得ている。
『ツイント』で言うところの、エレノアルートととあるシリカルート攻略時の最初の山場ともいえるダンジョンレーペンシュルク王都邸と、それらのルート前半の山場であり、場合によってはラストダンジョンにもなる場所――レーペンシュルク城。
まずは前座である、レーペンシュルク王都邸へ向けて、二人とその護衛、合計四人を乗せた魔導車が走っていく。
――しかし。王太子は、そしてシリカは知らない。この山場が意味する本当の節目を。
史実を知るエレノアでさえ、この山場の本当の意味は知る由もない。なぜなら――『ツイント』ではファンブックなど関連商品でさえ、未だにその裏が語られたことがなかったからだ。
『ツイント』で語られるのは、この事件の直前かそれよりさらに少し前にエレノアと遭遇する(ゲームでは、条件次第では対エレノア戦もある)イベントがあることくらいで、その後のエレノアに関する状況は、彼女がサキュバスと化した状態で登場する、物語の中盤の後半あたりまで出てこない。
ただ、ゲームのシナリオとの相違点があるとすれば、それはエレノアとシリカの和睦が成ったことと、エレノアが平民に堕ちても生活基盤を築き上げることができている点だ。
このことがどう動くのか――それは、結果以外はまさに神のみぞ知る状態であった。
――王都の某所。
おおよそ王都の繁栄から取り残される形でスラムと化した、旧時代的な光景が随所に残るこの区画の一角にあるサキュバス達の拠点。
その拠点内で、とある二人のサキュバスが、雑談に講じていた。
彼女たちは、ご機嫌だった。なぜなら――つい先日、実働部隊が手痛い反撃を受け、取り逃がしてしまった捕虜を、再び捕まえることができたから。
そして、再び波に乗ったサキュバスたちは、そのまま次のリベンジに今まさに乗り出そうとしていた。
二人の話題は、そのことに関するものであった。
「聞いた? 次のターゲット、リリアを殺ったっていう商業ギルドの職員らしいわよ?」
「え? あの、首狩りアネットとかいうふざけた女? きゃはは、それマジ? 本気になった実働部隊が負けるなんて思えないし、これはリリアの仇も取れたも同然ね」
「そうね。彼女達、私達と違って、本気になったら本当にヤバいし」
「えぇ。これは、あれね。終わったわね、今回の相手は」
「でしょうね。きっと、数日後には少しでも楽になろうと媚を売ってくるに違いないわ」
二人は、そのままその場での作業を終えて、次の作業場へと移動していった。
――そして。二人が作業をしていた場所――牢獄の鉄格子越しに、自身の世話をするサキュバス達の会話を聞いたエリスは、
「そんな……アネットが、次のターゲットなんて……」
次の標的にされたらしい、自身の同僚にして親友の安否を思い、どうか無事でいて……とただ祈るばかりであった。
エレノアが知らないところで、世界の強制力が、彼女に迫ろうとしていた。




