絶好調なFirst step:3
それからしばらくたつと、シリカが教会に戻らなくてはならない時間となり、シリカはエレノアに一言断ってエレノアの店から去っていった。
エレノアは、シリカを見送ると店の中に戻り、接客の手伝いをしながらポーション作りに励んだ。
そうして一日は過ぎ去り、夜になると売上金の集計となった。
売上金の集金に関しては、今週はエリスがいるので割と楽に作業が進み、雑談を交える程度の余裕もあった。
「この店のメインとなる商材だけでも計算上では9万ルメナ近く売れたことになりますね」
「正確な本数となると煩雑な作業が必要になるのですけどね。一応、売上金を数えるための備品も商業ギルドから失敬――もとい、拝借してきたので実際の現金有り高についてはすぐに計算できるでしょう」
鉄貨や銅貨、銀貨といった材質ごとに3種類の硬貨が用いられているルメナという通貨だが、その種類が多いだけにこうした商店だと一日ごとの集計作業が煩雑になりがちである。
それを少しでも解消しようと開発されたのがコインカウンターと呼ばれる、木で作られた器具だ。
側面から見ると直角三角形のような形をしたその器具は、上面に各硬貨に対応した半円柱状の溝が掘られており、そこにコインを詰めていくことでおおよそ50枚ずつ数え上げることができるようになっているのだ。
その上、各溝の横には五枚ごとにメモリが掘られているため、半端も名枚あるかが分かりやすくなっている。
エレノアのナカノヒトは、それを見た時に前世でも『エン○ルス』という名称で同じようなものを見たことがあるな、と一瞬思った。
しかし、それよりも衝撃的なことをアネットが言ったおかげで、そんな思いなど次の一瞬で一気に吹き飛んでしまったが。
「えっ!? 失敬?! ちょ、アネットさん、これまさか無許可で持ってきたんじゃ…………?」
「私はてっきり上司の許可を得て持ってきているものかと思ったのですが………………。これは、減俸ものよ、アネット。はぁ……」
そうは言うものの、素知らぬ振りでコインを数え始めるアネットを見て、これは聞く耳持たないなとまさに頭痛が痛いと言いたげな顔で頭を振るエリス。
それを正面から眺めてエレノアは、エリスさんマジ苦労人、という言葉が脳裏に浮かんだ。
しかしエレノアにとってもこの煩雑な作業はまさに盲点であり、今回だけはアネットに感謝せざるを得なかった。
なにせ、今日この時まで、エレノアは完全に終業後の集計作業のことをすっかり忘れていたのだから。
「…………明日は、近所の雑貨屋かどっかが開く時間になったらすぐにでもコインカウンターを買いに行く」
「私が行きましょう。エレノアさんはエレノアさんにしかできないことをお願いします」
エレノアがそう言えば、本日従業員として動いた使用人の一人がそれなら私が、と代わりを申し出る。
今日のような動きが明日もあると思うと、ちょっとどうしたものかとも考えていたエレノアとしては、それならと彼に頼むのであった。
「ぜひともそうしてください。これはギルドの所有物ですので、明日にでも私が返しに行って来なくてはなりませんしね。ついでにアネットの問題行動の報告もですが」
「えぇ…………」
アネットは、絶望したような表情でエリスにそれはないでしょうと言い返すも、エリスは聞く耳を持たないのであった。
ちなみに今はもうすでに夜更け――なのだが、商業ギルドからの出向要員については、本人たちの意向次第では、外泊という形で出向先の用意した宿泊場所に泊まることも可能だという。
アネット達は、サキュバス達の問題のこともあり、出向期間が終わるまではエレノアの店に泊まっていくことを希望していた。
「さて、と。それではお嬢様、私は商品の在庫を確認してきます」
「あ、待って。私も行くわ」
席を立ったコーネリアに、エレノアも続く。
アネット達はアネット達で手が足りるらしく、一度視線を向けてみて大丈夫かと聞いてみたものの、むしろ在庫状況を確認することも重要な閉店後の作業だと促された。
店舗の一階部分に降り立ち、明かりを最小限まで落とした通路を進んで倉庫に入る。
コーネリアは売り場にある商品の確認だ。
いくらか蔵出ししたものの、途中で新たに追加した分もあるため、これだけではいくつ売れたかはわかりづらい。
そのあたりは、作業部屋にその履歴が残されているので、そちらと合わせて確認するしかないだろう。
エレノアは、各商品の倉庫内の数量をチェックしてリストアップし、さらにコーネリアから売り場の残りを記載したメモをもらった。そして作業室に入ってポーションの作成履歴をチェックしていく。
「うーん、思ったよりも麻痺解除効果を付与したエイドヒールポーションの出がよくないね。一方で同じ麻痺解除効果でもミドルヒールポーションの方がよく売れてる…………まぁ、見越したとおりだったけど」
『ツイント』において、王都周辺では、比較的離れた場所ですら麻痺を付与してくる敵は登場しなかった。
『ツイント』において、最初にプレイヤーキャラクターを動かすことができるようになるのは、王都の王立学園の敷地内。そして、その後の自由行動時にモンスターが出現する区域も、王都の周辺であったのだ。
ゲームの序盤も序盤、まだ始まって間もないところでいきなり毒やら麻痺やらを仕掛けてくる敵がいるゲームは、あったとしても少数派だろう。『ツイント』ではもちろん、最序盤でそういった敵が出てくることはなかった。
ただ、王都から少し離れた場所にある森林地帯に行くと、毒蛇系の魔物や弱体化攻撃を放ってくる魔物など、状態異常を付与してくる厄介な敵が出現し始め、いよいよRPGとしても本格化していくことになるが。
それでも――麻痺を付与してくるような敵は、相当奥地に行かないと出てこなかったはずでそこまで行くともはや序盤に訪れるべき場所でもなくなる。
そうなると今度は、エイドヒールでは物足りなくなってしまうのだ。
現実であるこの世界でもやはり、そういった事情が出てきているのだろう。
この辺りで、麻痺系の魔物が出てくるようなエリアはすでにエイドヒールポーションの出番ではない、という事情が。
「まぁ、わかりやすいからいいんだけどね、私にとっては」
普通であれば、そういった市場状況はもう少し時間が経ち、ある程度情報が集まってからでないとわからないようなものだっただけに、彼女としては一つ手間が省けたといってよかった。
とはいえ。在庫状況の確認をしたことで、新しい問題が一つ、浮上してしまったのは彼女にとって少し誤算だったが。
「とはいえ、ん~、こりゃ少しまいったね。ミドルヒールスプレーかぁ~…………」
今のエレノアにとっては、少々コスパ的にいいとは言えないポーションなだけに、ちょっと微妙な顔にならざるを得ない。
件の森林の奥地であれば、エリアミドルヒールが複数回使用できるヒーラーをパーティに組み込める程度の実力がある冒険者達ならいい稼ぎ場所だ。
ゆえに、節約のためか、少しでも効率化を図るためか。ともかくとして、思ったよりもミドルヒールスプレーの売り上げが多かったのは、彼女にとっては痛い誤算であり、同時に盲点だった。
ちなみにエイドヒールが200ルメナ、ミドルヒールが500ルメナに対してリカバーヒールは一気に1万ルメナ、平民の生活費三か月分以上にまで跳ね上がる。
これは、アネット達とも協議を重ねたが、彼女たちに妥協を重ねてもらったうえで、ようやっとそのあたりに落とし込めた形である。
そこまで高くなる理由としては、技術料がほとんどを占めるという。
リカバーヒールやエリアミドルヒールを扱える魔法使いともなれば、それくらいの見返りがなくては見合わないのだとアネットが協議の際に語ったのをエレノアはよく覚えている。
ちなみに、そのさらにワンランク上、エレノアがまだ作ることができないヒールポーションだと、石化や金属化などといった物質化系の呪いを解呪できる『アンチミネラリーヒールポーション』と同格の、七桁以上の売値でなければ販売できないと言われている。この辺りについては、取引に際して10万ルメナミスリル貨が使われると前に触れたこともあっただろう。
閑話休題。
リカバーヒールは1万ルメナ。ミドルヒールスプレーに至っては10万ルメナ。
だが、いずれにせよ今のエレノアにとっては作るのに負担が大きいポーションだ。
本日だけで魔力回復用の飴であるチャージドロップを10個近く消費してしまったことも大きい。作るのにさして労力と費用はかからないし、なんなら飴と言いつつ糖分はないので普通の飴と違って生活習慣病の危険もないことが救いだったが――他のポーションとの塩梅をどうするか。そのあたりが課題と言えた。
幸いにして、エレノアはポーションを他から仕入れてくるのではなく自前で作っているため、このまま続けていけば魔力許容量が増え、いずれリカバーヒールポーションやミドルヒールスプレーも十分な在庫を確保できるようになるだろう。
それまでの我慢だった。
(今日も、少しだけど魔力許容量が増えたみたいだしね)
基本的に、魔力許容量は魔力を使えば使うほど自前でプールできる容量が増えていく。
そういった点では、自前でポーションを大量に作って売りさばく、というのはこの上ない修練方法でもあった。
エレノアがアネット達の元に戻ると、アネット達も作業を一通り終えていたようで、コーネリアがいつの間にか用意したらしいお茶を飲みながら、思い思いの話をしていた。
コーネリアはというと、エレノアとアネット達の食事の準備を手伝いに、厨房へと赴いているらしい。
「お帰りなさいませ、エレノア様。商品の在庫状況はいかがでしたか」
「うん、思ったより、高額系のポーションも出ていたあたり、ちょっと誤算だったなぁって」
「そうでしたか……」
「用意できるものならしたいのだけれど、今の私だとそっちに労力を割くと、どうしてもメインとなるエイドヒールとミドルヒールが、ね…………」
言外に言いたいことが伝わったのか、商業ギルド組は難しそうな顔で悩みどころですね、と言いながらもエレノアの言葉を否定することはなかった。
品薄の商品を購入制限することは、よくあることである。
エレノアも、リカバーヒールポーションやミドルヒールスプレーなど、余り数を用意できていない商品については元から団体一組につき一つまでと制限をかけていた。
とはいえ、自前で作っているエレノアにとっては、他所から仕入れているわけでもないし、作業室もすぐそこにあるのですぐに用意できるといえばできるものでもある。ゆえに、交渉次第では複数個用意したりもしたが(無論、その時は応接室を使ったが)。
「まぁ、何にせよ。そうした高額系の商品を差し引いても、初日で8万というのは、需要が高すぎて供給が追い付いていない商材ということを差し引いても十分すぎるほどだとは思いますけれどね。それに加えて…………はぁ。仕入れ費用がほとんどかからないなんて、商人としてはそんなのありですかって突っ込みたくなるほどなんですが」
言い換えればそれは、人件費などの販売管理費を除けば、売上金がほぼそのまま利益として得られるということである。
材料が必要な雑貨系の自作魔道具や寝袋などの雑貨など、こまごまとした商品の原価はあるモノの、メイン商材であるポーションは薬瓶程度しか原価はかからない。
その薬瓶も、卸値でギルドから卸してもらっているので、1瓶当たり50ルメナとそれほど高くはない。
結果として、ヒールポーションの中では最安値のデトキシケイトポーション(要は解毒魔法のポーションである。この世界では同時に、麻痺解除魔法も兼ねる)でも50ルメナの利益が出る計算になる。
「普通なら、ポーションそのものの安くはない売上原価に加える形で販管費が入るので、利益としては全体の数パーセントから多くても一割弱あればいい方なのですが」
「うちは直売だからねぇ」
エレノアのもとについて働いている人たちには、従業員兼使用人という割とハードな職務を課していることもあって、そこそこ実入りのいい給金を約束しているのだが――それを日割り計算に手差し引いても、まだ2割以上の利益が残る状態だ。
ひとえに、マジックポーションを自前で作って直販するような珍しい行動に走っているわけではないことがうかがえる。
「元冒険者という立場から言わせてもらっても、これほどまでにノーリスクで、ハイリターンな魔法使いは見たこともありませんね。彼ら彼女らなら、確かにこれよりもはるかに稼げると思いますけど、実入りの多さに比例して、リスクと医療費がかかる職種でもありますからね、冒険者は」
それでもなぜ、エレノアのように生産者直販のポーションショップを開こうという気にならないのかといえば――やはり、ポーションを作ることに労力を費やすなら、実際に使った方が効率的、という考えの人が多いからに他ならない。
しばらくは、隙間産業的な感じになりそうだな、とエレノアは思いながら、本日の総締めに入った。
「とりあえず、そんなわけで予想以上に高額系のポーションが好評だったので、明日からはそちらにも労力を割くことになると思います。必然、作業時間は少し増えると思うので、その間の店のことは、また皆さん方にお願いすることになると思いますが――どうか、よろしくお願いします」
『はい。お任せください』
この場に居合わせた全員が一様に頷いたのを見ながら、エレノアは明日は明日でどれくらいの客足が見込まれるんだろうな、と早くも明日のことを考え始めるのであった。
ここで突然ですが、次回の予告をちょっとだけ。
次回の話で、作中世界の世界観にまつわる描写(主に技術的な部分と時代的な設定)が出てきます。
出てきますが――先に少しだけネタバレしてしまいますと、この作品の世界観は『中世』ではありません。
重要なのでもう一度。作中世界は『中世』的な世界ではありません。産業の面でいえばもっと文明が進んでいます。
『中世』をイメージしていた皆様には申し訳ありませんが、あらかじめご了承いただけると幸いです。




