絶好調なFirst step:2
そうして蔵出ししたポーションを売り場に並べ終わると、エレノアとシリカは一仕事終えた、といわんばかりに一息ついて再び売り場を見渡す。
冒険者たちが多いことで、トラブルか何か起きるのではないかと思っていたが、揉め事がおきそうになるとすぐさま百戦錬磨の商業ギルド職員が間に割って入り、仲裁役を担ってくれているようなので割とスムーズに捌けていた。
「…………、さすがは、商業ギルドの職員、といったところだね」
「そうですね。私だと、ああはうまくいかないかもしれません」
「まぁ、シリカの場合はむしろトラブルを起こさないように相手の方が気遣うかもしれないけれどね」
「それはどういうことでしょうか?」
教会所属の聖女という立場は、元の世界で言えばスーパースター的な存在である。
そして、シリカの風貌は各地の教会などで肖像画が飾られていることもあり、庶民の間にも広まっている。
そんな人を相手にトラブルを起こしたとなれば、周囲から顰蹙を買うのは目に見えている。ゆえに教会の聖女足るシリカを前にしたほとんどの人は、彼女の不興を買わないように心がけるのだが――当の本人は、その自覚がないのか、心底意味が分からないと言いたげな表情で首を傾げてエレノアに問う。
知らぬは本人ばかりなり。
「あ~、うん、わからないならいいや」
エレノアは説明してもちょっと徒労に終わりそうな気がしたので、今回は適当にはぐらかすことにした。
それから、シリカは再び売り場を見渡して、接客をしている
「しかし、この建物の使用人さん達はともかくとして、アネットさん達は一週間で別の人と入れ替わってしまうのですよね?」
「えぇ、まぁね。彼女たちは、この店の監視って言う別の目的がメインだしね」
「確か、本当にマジックポーションの店としてやっていけるのかどうか、というのを見極めるためだって言ってましたよね」
「正確には、マジックポーションの品質に問題がないかどうか、だけどね」
「はぁ…………エレノア様の作るポーションに、問題などあるとは思えないんですけど…………」
シリカはエレノアの顔をまじまじと見ながら、心底理解できないといった表情でそう呟く。
それに対してエレノアは、そもそも商業ギルドに初訪問した時点では未だ身元もわからないAさんでしかなかったのだから、慎重にならざるを得ないのも仕方がないとギルド側を擁護する。
身元がはっきりした今でも、やはり守らなければならない体裁というのはあるものだし、それは組織にとって重要なことである。
特に、相手が公爵家の者ならともかく、今のエレノアは元がついてしまう状態――つまり、ただの平民でしかないのだから。
しかし、エレノアの話を聞いても、シリカの満足いかなさそうな表情は解消されない。
これはもう仕方がないな、時間が解決するのを待つしかないか、と半ばあきらめの境地に入って、さっさと次にすべきことに取り掛かることにした。
「あ、アネットさん。私、シリカと作業室に行ってきます」
「はい、わかりました。売り場で品薄になったポーションは、倉庫に置いてあるのですよね?」
「えぇ。種類ごとに、分けて置いてあるわ。あ、ただ、リカバーポーションとミドルヒールスプレーだけは作業室の鍵付きの保管箱にしまってあるから、その二種類が品薄になったら私のところにきて」
「わかりました。その二種類は貴重な品ですからね」
「この店に来ればいつでも買えるけどね」
アネットに声を掛け、軽く馴れ合いをしながらエレノアはシリカを連れて作業室へと向かった。
作業室の中は、作業スペースを部屋の真ん中に配置し、その四方を取り囲むようによく使うであろう素材を置いておくための棚と、空き瓶用の棚が一つずつに、出来上がったポーションを仮置きしておくための棚が二つ。
そして、それらを囲うようにして、壁沿いにまた棚がずらりと並べられている。
わかりやすく言えば、作業台を中心に棚が二重の四角形を描いているような形だ。
「…………意外とこじんまりしているんですね」
「一応、錬金術用の甕も置いてあるけど、私は錬金術師じゃないからね」
何かしらの素材同士をかけ合わせて、別のナニカを作り出すのが錬金術師。それに対して、エレノアは――聖女の権能の内に含まれる『調薬術』は、本当に持ち合わせの素材から何が作れるのかが閃きやすくなるだけのスキルでしかない。
薬研や鍋などを用いて薬草などの素材を調合するならともかく、魔法を使って薬剤を作成するなど門外漢なのだ。
ちなみにマジックポーションならエレノアもお手の物だが、そっちとなると今度は錬金術師たちにとって門外漢の分野となってしまうので、それはまた別の話である。
とかく、一応設備として錬金甕を用意しているし、使い方ももともとのエレノアの記憶の中に、学園の授業の一環として学んでいたという記憶があるので使えなくはない。が、おそらくは使うことはほとんどないだろうなとエレノアは見込んでいる。
「まぁ、こじんまりしているような外見だけど、実際のところは宿屋だった頃雑魚寝部屋をリフォームした部屋だからね。それなりの広さはあるよ」
「そうなんですね…………言われてみれば、確かに。棚と棚の間も手押し車が通れるくらいの感覚はありますし、これだけの大きさの棚が設えられているのに作業スペースも少しながら広々と使えるとなれば、元々の部屋の大きさもうかがえるというものですね」
「わかってもらえたなら結構。…………さて、と。時間も無限じゃないし、早速だけどマジックポーションの作成を始めていきますかね」
「あ。いよいよなんですね。ご教授、よろしくお願いします」
「えぇ。こちらこそよろしく」
シリカと硬い握手を交えて、エレノアは最初はどうするかな、と少し考えてから、とりあえず実際に作っているところを『じっくりと』見てもらうことにした。
何事も、最初は実際の光景を見てもらうのが一番だと思ったからだ。
「それじゃあ、最初は私がポーションを少しゆっくり目に作っていくから、それを魔力の流れも併せてじっくりと見てて」
「はい」
エレノアはシリカの返事を聞きながら作業台の脇に留めてあるワゴンを移動させ、二十本ほどの空き瓶をそのワゴンの上に乗せた。
そして、そのまま再びワゴンと一緒に作業台の脇に戻ってくると、空き瓶をすべて作業台の上に移動させる。
「まずは、先ほど倉庫から売り場に移したエイドヒールポーションから作っていくよ」
「はい」
「まずは、ポーションを作るうえで欠かせない、水を用意」
言いながら、エレノアは短く詠唱して水を空き瓶の中に出現させる。
魔法で出現させた水だが、こうした生活用の魔法のほとんどは地下水脈やその辺の空気中から水を召喚するための魔法であり、早い話が普通の生水なのである。
生水なので、その次に浄化する必要もあるが。
これが普通の魔法使いであれば、水を蒸留した水を作らなければいけないのだが、そのあたりはあれだ、聖女特権だ。聖女様なので、不浄の物でもすぐにキレイにしてしまえるのだ。
鑑定すれば『蒸留水』ではなく『精製水』という結果が返ってくるため、品質という意味でも蒸留するよりも良い結果となる。そのためエレノアは、コストカット・時短・クオリティアップの三つが図れる浄化魔法を用いている。
「水に、神聖魔法の浄化魔法ですか?」
「えぇ。こうしないと、中毒とか起こしちゃうから危険なのよ」
「言いたいことはわからないでもないですけど、贅沢過ぎませんか?」
「使えるものは使わないと」
「まぁ、それはそうですけど…………」
そのあたり、教会所属の聖女として、奇跡の安売りをするのはいささか気が引けるという気持ちがあるのだろう。
そのあたりは価値観の違いだし、蒸留水は使ったことがないのでわからないが、品質として悪いものはできないだろう。
ちなみに『ツイント』でも素材に『汚染水』『ドロ水』『泉の水』『蒸留水』『浄化水』という五つの水系の素材が存在していて、そのどれをベースにマジックポーションを作るかによって、成功後の品質にも大きな影響が出る仕様となっていた。
もっとも、低品質の水ほど『浄化水』を作るのにかかるMPコストが倍増していくため、大量生産するには何度も宿に泊まらないといけなくなってしまうが――閑話休題。
「とりあえず、『浄化魔法』を用いないのなら、蒸留水の作り方も教えておいた方がいいかな?」
「いえ。蒸留水くらいなら、学園でも教えてもらっているので大丈夫ですが。……というより、それくらいはエレノア様も学園で教わっているはずでは?」
「あはは、違いないね」
かるい冗句を交えて、エレノアは浄化した水にエイドヒールの魔法を込めていく。
その様子を、シリカは一挙一動を見逃さないように瞬きもせずに見つめている。
「私は、もうこれくらいなら鼻歌を口ずさみながら片手間でできるようにはなっているけど、最初の内はエイドヒールポーションを作るだけでも相当の集中力を必要とするはずよ」
「………………そのようですね」
エレノアは、ポーションを作る傍らで、シリカの魔力の流れも横目で観察していた。
エレノアの指示の通り、彼女は水に魔法を封入する際の、魔力の流れ方や、魔法がどのように処理されるのかを見極めているらしい。
そうしてエレノアがいつもの数倍の時間をかけてエイドヒールポーションを完成させると、どうだったとシリカに聞く。
今ので、何か掴めたものはあったか、という問いかけだ。
「……………………、なんと言いましょうか…………学園の実技演習の時に、味方に支援魔法をかけるのと似ている気がしました」
「そうね。考え方としては、それと一緒。ただ、その相手が人ではなく水である、ということと、定着させるのが支援魔法ではなく回復魔法だということ、この二つが大きく違う点だけどね」
「そうですね。でも、あの感覚は、やり方はすでに身についてますので、割とすぐにコツはつかめそうでした」
「へぇ、言うね」
確かに、聖女として、戦いに特化させられているシリカにとってしてみれば、前線での直接的支援はお手の物だろう。そして支援魔法の腕前は確かに、ポーション作りにも反映されるのだが――支援魔法を生物相手に掛けるのとは違い、緻密な魔力操作が必要となってくるのを彼女は知らない。
ゆえに――。
そういうことなら試しに一つやってみるか、とエレノアがすでに用意しておいた精製水を手に、シリカに提案してみれば、シリカは一つ返事手それに応じ、初めてのポーション作りに挑戦。
だが、結果は言わずもがなと言うべきか、大雑把なやり方は掴めても、魔力の練り方や流し込み方、定着のさせ方を全く知らないシリカは、結果として水に対して回復魔法を何度もかけるという意味のない行為を繰り返してしまうだけに終わるのであった。
「はぁ、はぁ…………魔力不足で、頭がくらくらします…………。たかがエイドヒール程度でこんなになるなんて屈辱です……」
「ね。似ていても、生物と無生物とじゃ、全然勝手が違うでしょう?」
「ふぁい…………納得しました。まさか、増強魔法とも弱化魔法とも魔力の扱い方が違うだなんて……」
とりあえず、エレノアは部屋の中にある棚から魔力回復用に用意しておいたマナチャージポーションを取り出し、シリカに与える。
特別マジックポーションに使えそうな魔力を含んでいるわけでもない、その辺に生えているハーブから魔力回復成分、または魔力そのものを抽出して作ったそれは、値は張るものの普通の雑貨屋でも売っているもので、例外的に商業ギルドに届け出なくても販売できるものであった(魔力の回復量が多いものなら話は別だが)。
エレノアの店では、もっぱらマジックポーション作りで魔力が切れた際にエレノアが飲むために取っておいてあるもので、販売用にはまだ置いていない。が、エレノアとしては要望があれば作る予定ではいる。
「とりあえず、しばらくの間は魔法をものに定着させるところからはじめましょう」
「わかりました…………先は思ったより長そうですね」
「そりゃね。シリカが教会で魔族との戦いを見据えた教育を施されていたのに対して、私はどちらかといえば後方支援が中心だったからね」
エレノアは元とはいえ、王太子妃――未来の王妃だったのだ。王妃に戦場に立たせるわけがないという理屈である。
それでも、授かった聖女としての権能を眠らせるにはもったいないということで、後方支援――つまりは、ポーションや魔道具の作成などを中心にカリキュラムが組まれていったのだ。
見据える先が違うのだから当然、カリキュラムの組まれ方も違う。それゆえの、二人の差なのだ。
「さて、と。それじゃ、魔力が回復するまでは、私の作業を見ていてくれるかな」
「はい。拝見させていただきますね」
なんにせよ、その差は努力次第で埋めることができる差でしかない。ゆえにエレノアは、失敗して魔力切れになってしまったことで悔やんでいるシリカを慰めて、ポーション作りを再開した。




