絶好調なFirst step:1
その後。簡単なセレモニーの後、いよいよエレノアの店はグランドオープンとなった。
開店まで店の中で準備をしていたため、店の外の様子を見ていなかったエレノアは、開店するなり入ってきた客の多さに度肝を抜かれた。
「…………これは、すごいね……」
「私達が来た頃には、すでに人だかりができていましたからね。騒ぎを聞きつけたのか、衛兵まで駆けつけてくるほどでしたし…………その衛兵も、珍しいマジックポーションの店と聞いて、興味深そうにして集団に加わるほどでしたから」
「それほどまでだったのかぁ…………」
エレノアとしてもマジックポーション、特にヒールポーションということで相応の需要は見込んでいたものの、想定を上回る速さでバカ売れしていったのである。
今日という日を迎えるまで、時間があれば販売する予定のポーションを作りまくっていたが、それで正解だったとエレノアは満足げな顔で商品を買っていく客たちの流れを見守った。
対応にあたるのは、商業ギルドで紹介してもらった建物の管理人(いわゆる使用人である)。当然ながら、建物の管理をしてもらいながらでは大変なので、六日に付き二日間の休日で、『店番・店番・建物管理・建物管理・休み・休み』という形でスケジュールを組むことにしている。
彼女達には、店で売る予定のマジックポーションについて教えている他、『真実の眼』ほどではないが鑑定効果を付与してあるブレスレットを渡してあるため、客から商品について質問をされてもある程度は対応できるだろうとエレノアは思っている。
「…………すごい売れ行きだね……そろそろ、倉庫から追加分もってきておいた方がよさそうね」
「お願いします。あと、客層についてですが、見た限り、冒険者が大多数を占めていますが、中には近くで料理屋や大工、木工、金工などを稼業としている方もいるようですね」
「あ~、まぁそのあたりは怪我と隣り合わせの職業筆頭よね」
「中には、魔法の力によって怪我の心配なく金属や木材を加工する方もいるようですがね」
「へぇ~……」
そういったスキルがあるとは知らなかったエレノアは、アネット、シリカと話をしつつそういうのもあるんだ、といわんばかりに声を上げる。前世の記憶の中にあるゲーム知識にも、そういったことに関しては明るくなかったのだ。
だが、シリカは何を言っているんですか、と冷たい視線をエレノアに向ける。
まるで知っていて当然だろう、といわんばかりの表情である。
「あなたのお知合いにもいるはずですが…………?」
「え…………あ! あの女性のスミスさん!」
「えぇ、そうです。私も、この国に来てからはよく『杖』を整備していただいています」
「へぇ……シリカの杖を、ねぇ…………」
「えぇ」
シリカの杖というのはもちろん、シリカが聖女として魔物などと戦う際に振るう、聖なる力を宿す杖のことである。
ゲームでは整備など必要なかったし、共通ルートでもない限りエレノアとシリカが一緒になることもないため特殊効果の付与による武器の強化などもできなかったのだが――それが現実ともなれば話は別である。
武器も使えば当然消耗する。最悪破損して使えなくなってしまうことだってある。そうならないために、日々の整備は必須だろう。
「そういえば、あの女性スミスさんとは話はしたけど、『視て』はいなかったなぁ……。勝手に鑑定するのも気が引けるし…………」
「…………まぁ、確かに、出会い頭に人のことを勝手に鑑定するのは確かにマナーを逸脱していますが」
一理ある、といわんばかりの表情でシリカは一つ頷く。
それを見てエレノアは、逆にそちらが大丈夫なのかと問い質したくなった。
王立学園では、未来の貴族当主・貴族夫人も多く通っているため、それ相応にマナーも厳しく教育されているはずである。
枢機卿と同等の権限という、ある意味では王家にある程度の権威を示せる立場であるはずのシリカが、そんなので大丈夫か、と疑問を呈さずにはいられなかった。
もっとも。
「ご心配には及びません。学園には、『聖女として、見定めるべきものを見定めているだけですので』と説明しておりますから」
その見定めるべきものがなんであるかは、エレノアも気になるところであるが――まぁ、『真実の眼』は、未来や過去を見ることはできないが、その人の業や罪過を見ることはできるため、おそらくはそれを見ていたんだろうな、と勝手に納得した。
「それにその方便もあながち嘘ではありません。教会所属の聖女として、目の前の相手が良い関係を築くべきか否かを見極めるために、その善悪を見極める必要はありますでしょう?」
「ま、まぁ、確かにそれは否定できないけど……。ちなみに、あなたには私はどう映っていたの?」
「え…………? う~ん…………前のエレノア様は、ほぼゼロに近い――つまり、善でも悪でもない、といった感じでしたね。今はちょっと不思議なことになっていてよくわからないですが」
「不思議なこと……?」
「なんと説明すればいいのか…………そうですね。まるでエレノア様に、別の誰かが重なっているような、といえばわかりますか?」
ギクリ、とはしなかった自分を、エレノアは褒めてやりたい気分であった。
なにしろ、正鵠を射たような答えだったのだから。
「…………そのご様子だと、何か心当たりがおありのようですね。ですが、その事情が悪い方ではなくいい方に作用しているようですので、私からはこれ以上踏み込むようなことは致しませんよ。ご安心ください」
しかし、シリカにはエレノアが一瞬だけ見せた表情の変化だけで『何か』はあったのだと読み取ってしまったらしい。ただ、同時に不用意に踏み込んではいけない領域であるとも理解したようだが。
シリカは、緊張感が高まってしまったエレノアの心を解きほぐすように、肩から上を覆い尽くす白いベールの向こう側で柔和に微笑むと、柔らかい声色でこれ以上は踏み込まないと宣誓した。
「あ、ありがとう……一応、お礼は言わせてもらうわ」
「いえ。必要以上に踏み込むのは教会所属の身として、好ましいことでもありませんから」
さすがは教会の聖女として、英才教育を受けて来ただけのことはあるなぁ、とエレノアはそのシリカの微笑みに感心しながら、開店早々少なくなってしまった商品を補充するために、倉庫へと向かうのであった。
ちなみに、倉庫へはシリカも同道した。
開店前のちょっとしたセレモニーで話し合い、その方向で取り決めたのである。
シリカに接客も任せれば、それはそれで店は繁盛することになるだろう。
が、それではシリカがエレノアの店に来た目的は果たせなくなるし、一度そうしてしまえばシリカ目的の客が激増して引くに引けなくなってしまうことが目に見えていたからである。
「…………この感じだと、早々に追加分を作る必要がありそうだし、補充したら早速作業室に行きましょうか」
「あ、早速教えていただけるのですね。ありがとうございます」
「もともとそういう話だったからね。――っと、確かなくなりかけていたのはエイドヒールとミドルヒールと…………」
「あ、あとデトキシケイトヒールポーションもなくなりかけていましたね。あとは解毒作用があるエイドヒールも確か……あれって、どう作ったんですか?」
ざっと売り場を見た範囲内で補充の必要アリと判断していた商品が入った木箱を棚から出して、運搬用に購入していた手押し車に乗せる二人。
二人とも支援魔法で身体能力を強化できるため、怪我の心配はいらなかった。
倉庫からポーションを搬出する傍らで、気になっていたらしいことをエレノアに聞くシリカ。
エレノアは本当に教会から後方支援関連は何も教えてもらっていないんだな、とちょっとだけ教会のことが心配になりかけた。
とりあえず、追加効果付きのポーションが気になるのもわからないでもないが、その話はそれをするべき場所でするべきだと後回しにすることに。
「あぁ、あれね。あれは後で作業室に言ったら教えるわ。シリカには、座学も必要だと判断したし」
「…………お手柔らかにお願いします」
「私、スパルタって好きじゃないから大丈夫」
「すぱるた?」
「どんどん重圧かけて詰め込み式で教えていく方針、みたいな感じかな」
「それはできればやめてほしいです」
「私だって頼まれてもやらない」
自分にやられて嫌なことは極力避けるのが今のエレノアのスタンスである。
「さて。こんなものでいいでしょう。それじゃ、持っていきましょう」
「はい。…………それにしても、よくこんなに作りましたね」
「時間だけはたっぷりあったから」
退室間際にふと振り返ったシリカが、思わずといった形でそうこぼす。
それに対するエレノアの返答は、いたって淡々としたものだった。
リカバリーヒールポーションやミドルヒールスプレーなど、今のエレノアにとって若干難度の高いものでなければ魔力が続く限り、少ない時間で数を整えられるからだ。
そのあたりはやはり、二人の出自の違いと、それに起因する教育方針の違いだろう。
エレノアの場合、逆に荒事についてはルベルト王国の貴族令嬢が最低限身を守れる程度にしか戦えないため、魔族滅するべしを前提に鍛え上げられてきたシリカには遠く及ばない。そういった意味では、エレノアもシリカに教わる部分があるのもまた事実である。
「それでも。…………私には、できないことですから」
「……これからでも、『できない』ではなく『できなかった』にはできるから、あまり気にしなくてもいいと思うよ」
「………………えぇ。その通り、ですね」
若干陰りが出ていた表情が元に戻ったのを見て、エレノアはシリカにも気にしていたところはやはりあったんだな、とシリカに対する理解を深めたのであった。




