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わらしべ聖女様 〜TS転生放逐令嬢の奮闘記〜  作者: 何某さん
アキナイ、戦い、Reversible
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開店初日のVisitors:1


 それは、エレノアの店が開店日を迎える、その前日のことであった。

 アネットは、商業ギルドの女性職員寮の共同スペースで、お茶を飲んで就寝前のひと時を済ませていた。

 女性職員寮は、職員たちが毎日万全を期して職務に励めるように、福利厚生が隅々まで行き届いており、今アネットが飲んでいるお茶もその福利厚生に含まれるもの。

 具体的には、副交感神経を優位にして、質の良い睡眠をとれるように促す効果のあるハーブティーである。

 普段であれば、冒険者時代のなごりからか、休めるときにはきちんと休む、というスタンスの元、いつもの就寝する時間になればすぐに眠りに就けるはずのアネットであったのだが――今日は、なぜかすぐに眠ることができなかったのだ。

 故にアネットは、精神を落ち着かせる効果のあるハーブティーを飲むことにしたのである。

 だが――気分は落ち着くどころか、ますます研ぎ澄まされていく一方であった。

 ――まるで彼女自身、自覚のない違和感をどこかで抱いており、それを探るかのように。

 冒険者だった頃であれば、それがなんであったかは、あるいは少し考えればすぐにわかったのかもしれない。

 だが――冒険者を引退し、かれこれ七年。その短いとはいいがたい期間のブランクは、彼女の鋭敏な第六感を錆び付かせるには十分なものであった。

「…………エレノア様から頂いたはずのアクセサリのおかげで、どうにか関係者の安全は最低限守られているはず」

 ――なのに、どうしてこうも気になって仕方がないのだろうか。

 サキュバスという相手自体は、これまでにも何回か相手にしてきたことのある相手である。ゆえに、相手がどんな手を使用してこちらを攻めてくるのか。相手の持ちうる手札。それらのことはわかるはずなのに――それなのに、胸に去来した不安を取り除ける答えは一向に見つからない。

「なにか…………なにか、見落としているような気がしてならないのだけれど……」

 彼女は、なにが気になるのかずっと考え続けたが――その日は、考え疲れて眠りに就くまで、ずっとその違和感の正体にたどり着くことはなかった。




 いろいろあったものの、エレノアの店はついにオープン当日を迎えることとなった。

 この日、エレノアはいつもよりもかなり早めに起床してコーネリアとともに身支度と食事を済ませ、開店準備に奔走した。

 ちなみに商品の陳列棚にはすでにある程度商品は並べられている。

 だが、モノによっては常時店部分には置いておけないものもあり、今になって準備しているのはそういったものが中心である。具体的には釣銭用の貨幣や人がいない時には並べて置けない、比較的高価な商品類などだ。

 あとは、最終的なチェックもある。

 例えば、セイントポーションの販売許可証。これは、前々日にシリカが直接持参してきたものだ。

 セイントポーションは売り場にこそ出さない方針ではあるものの、相談に応じて販売したり条件付きで譲渡する可能性がないとも言えないので、保険のためにもらっておいたものである。

 例えば、ミドルヒールスプレーやリカバーヒールポーションといった高級ヒールポーション。

 特にミドルヒールスプレーは、製作者の治療魔法の腕前にもよるが、一吹きでパーティメンバー全員にミドルヒールと同等の効果を発揮するという超優良アイテムであり、アネット達、商業ギルドの職員と綿密に話し合った結果一個当たり10万ルメナと店一番の高値が付いたほどである。

 しかもエレノアが製作したそれは、ゲーム知識と元々のエレノアが培ってきた技量も相まって、追加効果として物理的な衝撃を緩和したり、魔法攻撃を受けた際の威力を緩和したりなどといった結界を張る効果も付与する効果が備わっている。

 これらは、市場で仕入れたり、冒険者ギルドで依頼を出したりするなどして集めた野草類から抽出した魔力も併用したがためのもの。

 公爵家令嬢として、潤沢な資金が約束された環境でいろいろ研究できたからこそ元々のエレノアが培えた技量であり、それをもとにゲーム知識と合わせて、今用意できる最適な組み合わせで製作できた逸品である。

 ゆえに高額商品でありながら一番の注目商品であり、店舗内でも一番目立つスペースに乗っている。

 そして次点のリカバーヒールポーションは、ミドルヒールポーションやエイドヒールポーションのすぐそばの売り場で、これもまた目立つようにして展開をしている。

 ミドルヒールスプレーを挟んで反対側には、エイドヒールスプレー。

 さらにそのスプレー系の横に毒やしびれ、物質化などに対応したマジックポーションを配置している。

 一方で、ミドルヒールポーションやエイドヒールポーションの隣は、マジックポーションでは対処できない、疾病などに対する医薬品などを配置している。

 こちらは聖女としての権能としてもともとのエレノアが授かっていた調薬術スキルによって、どのような薬草を用いればどのような薬剤が作れるのかが分かるようになっており、エレノアはそこにゲーム『ツイント』におけるアイテムクラフト時のメニューに通じる何かを見出していた。

 そしてメイン商品であるポーション類とは少し離れた位置に、キャンプ用品として使用可能な魔道具類を配置した。こちらは冒険者たちが立ち寄った際についで買いをしてもらうためのものだ。一応、日用雑貨としても使えないことはないが。


 さて、それらの商品や釣銭用貨幣のチェックを終えたエレノアは、もうちょっと時間はありそうかなと思い、コーネリアに紅茶を頼んで待ち人が来るのをカウンターの内側に立って待つことにした。

「お待たせしました、お嬢様」

「ありがとう。……ふぅ、なんだか緊張して、バタバタしちゃったから落ち着くわ」

「そうですね…………私も、いささか緊張しております」

 コーネリアは、エレノアの横に立って、売り場を見渡す。

「お嬢様は自信のほどはいかがなのでしょうか」

「自信って、売れるかどうかってこと?」

「はい。……いえ、私自身、こうしたポーション類というのは確かに、いくら供給があっても足りない商材だというのはわかっているのですが…………やはり、お嬢様はお嬢様ですから……」

「…………それは、()とはいえ、貴族令嬢という立場にあったからってこと?」

「はい」

 確かに、そういった意味ではコーネリアの心配ももっともだろう。

 しかしもともとのエレノアも、妃教育の一環として、また公爵令嬢の基礎教養として、政略にまつわるあれこれは一通り学ばされている。そこには領地運営や、事業の立ち上げや運営といった知識も含まれる。

 ゆえに、元々のエレノアにも実は平民に堕ちても生活していく術は残されていたのだ。

 そしてそれは、エレノアの中に前世の記憶が宿り、精神が変容したことでエレノア自身にも受け継がれている。

 今のエレノアでも店を経営していくことができるだけの素養はあるということだ。

「まぁ、勝算は十分あると思う。コーネリアが言ったように、選んだ商材は、需要の方が供給をはるかに上回るものだからね」

 ヒールポーションは、回復魔法を使える人達に言わせれば、『作るくらいなら実際の回復魔法を直接かけたほうが手っ取り早い』とまで言われているものだ。

 ゆえにこそ、治療魔法を使用できない人からすれば手軽に治療魔法と同等の効果が飲む/かけるだけでもたらされるこれらは、買い占めできるものならしてしまいたい品々である。

 なにしろ、マジックポーションには使用期限がない。箪笥の肥やしにしていても存在価値はなくならない。冒険者はもちろん、そうではない一般人にとっても、もしもの時のための保険として十二分に需要が見込めるものであった。

「リカバーヒールポーションは、場合によってはローン…………分割払いにも応じるつもりでいるしね」

「ふむ…………すぐに欲しくてもその代金を即金では払えない、という人向けということですか……。それだけ、広く販売したいということですね」

「えぇ。相談によっては、体で返してもらうのも可能にしようかな、と」

「――お嬢様。言いたいことは理解しましたが、さすがに言い方というものがありますよ」

「あはは……」

 誤解されがちな言い回しをして、コーネリアから冷たいジト目を向けられたエレノアは、苦笑しながらしかし実際にどれだけ客が見込めるかを考えてみる。

 とりあえず、宣伝をかけたのは冒険者ギルドだけではない。近隣に住んでいたり店を構えていたりする住民にも幅広く声をかけているのだから、それなりには期待できるだろう。

 おそらくだが、今日から数日間の間は、その宣伝効果が見込めるだろうとエレノアは考えている。

「――さて。そろそろ来る頃、かな……」

「そうですね。――開店、三十分ほど前。そろそろ皆様が来られる時間のはずです」

 コーネリアが、エレノアが買い与えた懐中時計の魔道具を見て、そう答える。

 そして、まるで図ったかのように――

 ぎぃ…………。

「皆様、おはようござ、い……ま…………あら。私が、一番乗りだったのですね。それでは…………本日よりご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますね」

 ――エレノアの店で働くことになった従業員(・・・)の一人が、玄関扉を開けて、早速入店してきた。

 玄関扉を開けて、中に入ってきた人物。

 それは、純白の法衣を纏い、頭から二の腕ほどまであるベールをかぶったエレノアと同年代の少女。

 エレノアと同じく聖女として神に選ばれた、シリカ・エルトリスだった。

 かねてよりエレノアのもとで製薬技術を学びたいと言っていた彼女であったが、さすがに教会所属の聖女であり、その権限も枢機卿と同等という立場では自由に動ける時間もそう多くなかったらしく。

 そのための時間を作る環境を整えるだけで、一昨日まで時間を費やしてしまったという。

 セイントポーションの販売許可証を持ってきたときのシリカの妙に疲れた表情が、エレノアにとってはとくに印象的であった。

「あ、シリカ。おはよう。今日からよろしくね」

「はい。私こそ、なんだかんだでこちらの都合が立たず、マジックポーションの製作を教えていただくのが今日からになってしまって……申し訳ありません」

「いいのよ。私と違って、シリカは教会所属の聖女っていう社会的立場もあるんだから。あ、ポーションの作り方については心配いらないわ。一応、私も商品補充のために何度かは作業室に籠らないといけなさそうだし。――基本的な作り方、くらいならわかるわよね、さすがに…………」

「……………………………………………………………………………………………………(汗)」

 あ、これ教会からは何も指導が入っていないパターンだ、とエレノアは彼女の教育方針を一部――抜本的に修正することを迫られ、ため息をつくしかなかった。

 しばらくの間は新規開店ブーストによるラッシュで接客対応に追われそうではあるが、エレノアにはオーナーとしてやらねばならない全体の統括業務以外にも、ポーションの作成という大事な仕事がある。

 それを考えれば、当初の約束通り、仕事の合間――というより、仕事をしながらシリカにポーション作成のノウハウを教えることも、十二分に可能といえた――のだが。思ったよりも大変なことになりそうだ、とエレノアは顔も知らない人物に心の中で恨み言を囁いた。

 それから、とりあえず最初は簡単にエイドヒールを水に込めることから始めさせてみるかな、とエレノアはシリカへの指導方針を考え始める。

 ――と、そうこうしているうちに今度は商業ギルドの職員組が到着をした。

「おはようございます」

「いよいよ開店の日となりましたね」

「おや、シリカ様もすでにご到着でしたか。エレノア様、本日よりよろしくお願いいたします」

「えぇ、今日から一週間、よろしく」

 商業ギルドの職員たちは、今はエレノアの店の監視要員である。不正はないか、とか仕入れ先――エレノアの場合は製作したポーションの品質――に問題はないか、などを観察するために出向してきたのであり、従業員として働くのはあくまでもおまけである。

 だが、そんな限られた期間の中でも、エレノアにとっては一緒に店を切り盛りしてくれることには変わりない。ゆえに彼女は、感謝の意を込めて、手を差し出すのであった。


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