Venus smileを求めて:4
王都のスラムの一角。
そこに、王都に潜入しているサキュバス達の拠点の一つが隠されていた。
この日、王都に散らばっているサキュバス達のリーダー格は、もう何回目かになる定例会議のためにこの場所に集まっていた。
「ふふ、みんな集まったわね。――それでは、本日も定例会議を始めるわよ」
『はい!』
定例会議の会場で彼女たちの前に対面する形で立ったのは、どこかエレノアと似た面影を持つ妙齢の女性。
見るからに高貴な貴婦人のように思える彼女であったが――その場に本日集まるべきサキュバスが揃っていることを確認するや、彼女は一瞬黒い霧のようなものに包まれ、次の瞬間には別の姿に成り代わってしまった。
蠱惑的な肉体美を誇る体を覆うのは、他のサキュバス達同様に少々刺激的な衣装。だがその衣装の艶は他のサキュバスのそれよりも明らかに照り返しが強く、ブーツも太ももあたりまで覆いつくすほどに長いことと、ヒールの高さと細さが相違点となっている。
尾てい骨のあたりから生えているのは、先端が矢じりのようになっている尻尾。
その尻尾も、キケンなニオイを漂わせる液体を帯びており、それもまた他のサキュバスとは一線を画す存在であることをうかがわせていた。
「ふぅ……やっぱり、敵の姿に擬態しているときより、元の体の方が落ち着くわね」
「お疲れ様です、部隊長」
「えぇ。まったく…………厄介なことになってしまったわ」
彼女は、言いながらなんで私はいまだにこんなことをしているのだろうか、とこれまでのことを思い返した。
この国の、エレノアの実家に潜入したのはもう五年以上前になる。
当時は二人目の聖女が確認されて、彼女たちサキュバス族の国も大いに揺れていたために、まだ対聖女用暗部組織などというものも立ち上がっておらず、ゆえに部隊長と呼ばれた彼女もその時はまだルベルト王国のエレノアのすぐ近くに配置された、ただのサキュバス族の間諜でしかなかったのだ。
それが一年もしないうちに国の方針は決まり、聖女が二人などかつてない危機的状況であり、速やかに対処するべきである旨が彼女に通達された。
その後はすさまじい勢いで作戦が決まっていく。
狙うのは早々に教会に保護されてしまったシリカではなく、公爵令嬢ではあるが教会ほど守りが厳重ではないエレノアを狙うことに。その後にシリカにも手を伸ばす予定とのことであったことから、各個撃破を狙う形だ。
その後の作戦は最初の内は連絡用の魔法を介して本国と直接取り合っていたが、今の、対聖女用暗部組織が立ち上がると現場に判断がゆだねられることになった。
そうして、あれこれ工作し続けること数年。
長期的な工作活動が結実し、エレノアはついに貴族令嬢という立場から、一気に平民へと叩き落された。
金銭を自分で持ったことのない上位貴族が、いきなり身一つで平民に身をやつせば、その後は野垂れ死にするのが関の山。最悪は人としての尊厳を奪われ、奴隷としてその生涯を閉じることになる。
彼女も、そのいずれかの路を辿ることになる――はずだったのだ。部隊長と呼ばれた彼女の目論見からすれば。
だが、予想外にエレノアはしぶとく生き残ったばかりか、その聖女としての才覚を再び発揮し始めている。
ひょんなことからそのことに気づき、早々にこのままでは現場判断だけで済ませるはまずいと判断した部隊長は、本国と連絡を取ってその後の指針を示された。
それが、エレノアの周囲をサキュバス達で取り囲むことで彼女の逃げ場をふさぎ、それが完了したところで本国から送られて来る手はずになっている、あるモノを着用してもらう。さらに、別のあるモノを料理に混ぜ込んで服用してもらう。そしてエレノアの体の内側から、サキュバス族謹製の遅効性の呪いをたっぷりとお見舞いする。
人間という種族は良くも悪くも順応性の高い生物である。だからこそ、常日頃から同じような『無害な魔力』を投与され続けていれば、例え呪いであってもいずれは受容してしまうようになる。
眉唾物と思われがちだが、実のところそれは人間たちが過去に幾度となく行ってきた実験で、すでに実証されているのである。皮肉なことに、その人間たちの研究資料が、サキュバス達に人間を脅かす手段を与えることになっていた。
そうして、呪いの魔力を取り込ませていって、体の内側から『眷属化の呪い』をかけて身も心もサキュバスにしてしまおう、というのがその作戦の狙いである。
だが――早くも、その計画も頓挫しようとしている。
エレノアが縋りついた組織が商業ギルドであると早期に見破った、まではよかったのだが――その商業ギルドに潜り込んだはずのサキュバスが、数日前に謎の失踪を遂げたのだ。
その前日にはもう片方の聖女が、国の中枢に息をひそめていた別のサキュバスを発見してしまうし、かと思えば今度は別のサキュバスが、入れ替わり対象の商業ギルド職員と接触を図ろうとした直後から消息を絶った。
どうしてこうもことがうまく進まないのか、と部隊長は嘆かずにはいられなかった。
とりあえず、まずはそれらの――おそらくは訃報となるだろうその報せを皆に伝えなければならないだろう、と部隊長は嘆息しながら言葉を紡いだ。
「まず、みんなに報せなければならないことがあるわ」
「なんでしょうか。確か、数日前から商業ギルド職員担当のリリアとロゼ、それから高官担当の一人が音信不通となっていましたよね。そのことについてですか?」
「えぇ。……おそらくだけど、彼女たちは、もう……帰らないわ」
「えぇっ!?」
そこで彼女は手に持っていた袋から、三本の触手のようなものを取り出した。
いや――先端が矢じりのようなものになっているそれは、どう見てもサキュバスの尻尾だった。
そしてそれだけではない。
部隊長が次に取り出したのは、商業ギルドの職員である、アネットとエリス。その両名と入れ替わる予定だったサキュバス。その二人分の頭だった。
「ひっ!?」
「ご丁寧に、手紙まで添えてあったわ。――これ以上、商業ギルドや、エレノア・レーペンシュルク本人、およびその周辺人物に関わるようであれば容赦はしない。Annette the Neck Hunter――とね」
「……首狩り、アネット…………!?」
その名前を、サキュバス達はまだよくは知らなかった。
ただ、王都や地方の都市などでまことしやかにささやかれている聞かせ話程度くらいの認識しかなかったのだ。
だから、それが実在し、どうやら商業ギルドと深いかかわりがあるようだと知って、その外堀の深さを思い知った。
「残念ながら、相手の力量、出自、その他諸々、現在の肩書き以外はほとんど不明よ。それも、おそらく名前からして二人を襲撃した相手の中心人物は入れ替わり対象の一人である、アネットである可能性が高い。そして、彼女には私達の、夢魔法による擬態すら効果を成さないほどの実力がある」
「…………」
「しかも、対象人物は商業ギルドの職員の中でも、ターゲットと一番近い立ち位置にいるから、すでに私達の作戦の一部、もしくは全部がターゲットに悟られているといっても過言ではない」
「………………、」
サキュバス達は、言葉にできずにいる。
どうせ商業ギルドの職員だ、戦闘能力はそれほど高くないはずだし、戦闘向けのスキルを持っていたとしても実戦経験はそれほどないはずだからたやすく捕獲出来て、すんなりと入れ替わることができるだろう。
そうたかをくくっていたはずが――ふたを開けてみれば、とんでもないダークホースが紛れ込んでいたのだ。
動揺しないはずがなかった。
「あ…………今、この場にいない、私の部下から連絡が届きました。――部隊長の言う通り、私達への対抗手段として、夢魔法と精神魔法の無効化作用があるアクセサリが配布されたようです」
「そう…………ん? ちょっとまって。今、精神魔法、といわなかったかしら?」
「え? はい。確かに言いました……あ! よく考えたら、夢魔法は確かに障害足り得ますが、精神魔法はどちらかといえば…………」
「えぇ。無意味、に近いわね。決して、使わないわけでもないし、私達の得意分野ではあるけれど……普段は、戦闘中にしか使わないものね」
どうやら、相手はこちらにとってとてもありがたい勘違いをしてくれているようだ、と部隊長は唇をぺろりと舐めてから、各班長達に指示を出した。
「作戦は、続行よ。読み間違えたまま万全を期したつもりでいる聖女の背中に、私達の蕩けるように熱い刃を、思いっきり突き立てて差し上げましょう」
『マム、イエス、マム!』
――こうして、サキュバス達は自らの立てた作戦をさほど修正することもせず、ほぼ現行の作戦を推し進めていくこととなった。
・アンチミネラリーヒールポーションストレージバッグ>慈愛の宝玉
・コーネリアの身柄>淫魔石(+アクセサリ)>各種アクセサリー>護衛用のナイフ




