Venus smileを求めて:2
戦闘行為に使用する武具や、体を飾るための装身具に魔法的な特殊効果を付与する行程は、マジックポーションを作る際のそれと非常によく似ている。
違うのは、単純に魔法を付与すれば済むだけのマジックポーションとは違い、本当にイメージだけが頼りとなること。他に何も用意しているものがなければ、強い願望力といえばいいのか、とにかく『こういう魔法効果をこの道具に込めたい』という意志の強さが求められる。
しかし、実際には素材を一緒に用意し、それに備わる魔力を用いることで、ある程度の方向性は持たせることができる。このため、触媒になりそうなものを別に用意し、特殊効果を付与する際のガイド代わりにするのが通例となっている。
エレノアが、コーネリアの呪いを解呪した時に一緒に抽出した、呪いの根源たるサキュバス達の魔石を取っておいたのも、理由はこれによるものだ。
ただ漠然とサキュバスに対抗しうる特殊効果をイメージし続けるよりも、その呪いに使用された種族の魔石を媒介にした方がより顕著な魔法効果を得ることができるのである。
そして、材料さえそろってしまえばあとは本当にマジックポーションと一緒である。
特殊効果を付与したい物品を安定した場所に置き、その物品に手をかざす。基本的には髪飾りだが、渡すべきだと判断した相手の中には男性もいるので、その場合はベルトを考えている。
傍らには触媒となる素材も置いておくと、イメージの補完材料になる。今回で言えば、まさに淫魔石がそれだ。その他にも、魔法で作り出した聖水を触媒として用意しているが。
(最初に付与するのは――もちろん、夢魔法への耐性。どの程度の抵抗力があれば入れ替わりや、他の策略を防げるかわからないから、とりあえず現状でできる最大限の耐性でいいよね)
なにしろ、相手は策を講じて戦わずして勝利することに長けた種族。ゆえに、その策に使用される魔法に対し、持ちうる耐性が強すぎる分には別に申し分ない。
むしろ、準備しておいた策が全く効かないとあれば、相手はその焦りから尻尾を掴ませてくれるに違いないだろう。
そうなれば、あとはエレノアや、シリカたちの出番である。
シリカは聖女認定をされてからは、ずっと教会の英才教育を受けてきた身だ。自身の身近なところに魔族がのさばっていると知れば、普通に対処するべく奔走するはずだ。
そしてそれはエレノアも同じである。
エレノアはサキュバス達から狙われている張本人なのである。抵抗手段が揃ったなら、反撃に移さないわけがない。
それにあたって、エレノアはシリカと連絡を密にとる予定でいた。いざ王都に潜むサキュバスを駆逐するときが来れば、彼女と連携を取るために。
すべては、エレノア自身のスローライフのためである。
しばらく、夢魔法耐性を付与してはベースのアクセサリを取り換えて、付与してはアクセサリを取り換えて、を繰り返し、やがて彼女が渡す予定でいる人達――商業ギルドから出向してくる職員や、建物の管理人、兼店の従業員として雇った人達――全員分のアクセサリに付与を終えると、そこでいったん彼女は手を止める。
ただひたすらに作業に取り掛かっていた彼女は気が付かなかったが、時間はすでに夕方に差し掛かっており、夕食時が迫っていた。
「今日は、ここまでかな……」
ずっと作業していたために集中力も切れてしまいエレノアは特殊効果の付与を終えた髪飾りを簡単にまとめて、棚に並べるのであった。
それからさらに数日が立ち、エレノアは渡したい人数分のアクセサリすべてに特殊効果を付与し終えた。
がら空きだった私室の棚を見やれば、その棚はすっかりとアクセサリで埋まってしまっており、これを送ると決めた人に贈るまでしばらくは置くものに困らないだろうな、と彼女はむふぅと鼻息を鳴らす。
「んで、こちらが特定の人あてに作ったアクセサリになります、と」
「ほぅ……見事な出来ですね。パリュールは数セットありますが、誰に送るのか、すでに決めているのですか?」
「うん。一応ね。でも、誰のにも同じ効果を付与したから、発生しうる特殊効果については差はないはずだよ」
「そうですか」
言いながら、コーネリアは首から吊り下げられたペンダントを弄り回す。
エレノアがいの一番で手渡したのはもちろん、一番身近なところにいるコーネリアだった。
彼女が身に着けているエレノア製のアクセサリは、その首飾りのほかにもいくつかある。
頭にかぶっているキャップの下にはもちろんサキュバス対策の髪飾りが着けられており、それにもエレノアによって特殊効果を付与されている。人差し指にはまっているシンプルな指輪もエレノアが昨日、女スミスの下で購入した指輪をベースにして特殊効果を付与したものだ。
それ以外にも数品、エレノアはコーネリアに特殊効果を付与したアクセサリを渡している。
ただし、サキュバスの魔力に手を加えて付与したものは件の首飾りのみであるが。
「……しかし、ここまで多くもらってしまっても大丈夫だったのですか?」
「えぇ。必要なものだからね」
コーネリアは、エレノアから渡されたアクセサリの量に一寸だけ目を瞬かせる。
コーネリアに渡したものは、髪飾りとイヤリング二つ、首飾り、そして腕輪とベルトだった。
それらすべてが揃ったとき、特殊効果付きのそれらは、パリュールとしての真価を発揮するように作られているためである。
「はぁ…………。ちなみに、お嬢様ご自身のものは?」
「私? 私は――こんな感じね」
コーネリアが、自分の分を用意したのはいいが、それではエレノア自身の分はもう用意済みなのかと問いかける。
その問いに、彼女は自分用に取っておいたアクセサリを指さした。
エレノアが自分用に分けておいたアクセサリ類も、他の人用のものと同じく、いくつかのアクセサリがセットになったパリュールであった。
「それにしても、いい出来です。髪飾りもそこまで華美ではないとはいえ、それでもお嬢様には似合うことでしょう」
「そう? それならよかったわ」
さすがは、貴族向けの新聞が購入できるような方ですね、ともはや例の女スミスのことを妄信し始めているようなことをつぶやくコーネリアを放っておいて、エレノアは出来上がったアクセサリに問題がないかどうかを今一度チェックしていく。
いずれのアクセサリにおいてもかけた効果は種類ごとにほぼ同じである。
髪飾りおよび男性に送るベルトには『夢魔法耐性(大)』。アネットの話から、サキュバスは彼女たち特有の夢魔法を使用していたというから、これは最優先でつけた。
ついでサキュバス達に心を操られないように『精神魔法耐性(大)』。これは首飾りに付与した。これで、サキュバス達が精神魔法を付与しようとしてもできなくなる。
この二つだけは、エレノアに近づいてくる可能性のある、商業ギルドから派遣されてくる予定の人数分を確保した。
そして、エレノアが認識している範囲内で、事態を把握している四人(エレノア含む)に対しては、それに加えて他にも複数種類のアクセサリを用意したのである。
「イヤリングにはそれぞれ『精神魔法耐性(中)』と『夢魔法耐性(中)』。サキュバスの得意芸はそれと髪飾り、首飾りだけでよほどのことがない限り、防ぎきれると思う」
「両方とも、髪飾りや首飾りと効果が重複しますから、『無効』に相当しますね」
「『真実の眼』も確実というわけではなくて、どこに穴があるのかはわからないからね」
幾度となく繰り返しとなるが、その根拠はエレノアの母に成りすましているであろうサキュバスの件があるからである。
ゆえに夢魔法と、加えて精神魔法にもある程度の耐性は必要とエレノアは考えたのである。
幻惑については、『ツイント』にてエレノアとシリカは『真実の眼』があるので、幻惑はかかってもその効果が無効化される仕様になっていた。
肉体の操作、いわゆる『変身』についても、『真実の眼』はそれを見通すことができるので敵のスキルとしてそういったものが出てくることもなし。しいて言えば、シナリオ上の演出として出てくる程度。
それらのことを加味すると、エレノアの母が『真実の眼』をかいくぐることができた理由として最も怪しいのは、現状では夢魔法による入れ替わりであるという説が一番有力なのである。
夢魔法の実態は、ゲーム知識があるエレノアをして不明な状態である。
不明な状態であるが、ニュアンスからしてかなりご都合主義な魔法であることだけは確かだろう。
やりすぎても困るようなことだけはないと言える。
「あとは、腕輪には『呪い耐性(大)』。指輪には『敵対相手威圧(中)』。パリュールのベルトには『魔族特効』が付与されているから、万が一襲われても今度こそ相手に痛手を負わせられるはず」
『敵対相手威圧』は、攻撃時に威圧感を出すことで、相手に攻撃が当たりやすくなるという効果だ。また、『ツイント』では相手の行動をキャンセルさせることがある、という効果もあったが――現実世界であるこの世界においては、その効果があるかどうかは微妙なところだ。少なくとも、個体差は激しいだろう。
「効果としては、まぁこんなところね」
「護身用も兼ねる、というわけですね…………護衛術の腕が錆び付いていなければよいのですが」
「レーペンシュルクの王都邸や実家と違って、訓練場に使えそうな場所がないものね……」
そのあたりは、自分で材料を採集しに街の外に行く際に同行を願えば、彼女の鍛錬にもなるだろうとエレノアは考えている。
もっとも、それを許すかどうかはコーネリアや、アネット達商業ギルドから派遣されてくる職員。そして、今後雇うことになるだろう従業員にもよるだろうが。
「お嬢様はまだそのようなことを…………」
「まぁ、買えば済むような二束三文のモノならそうなんだけれどね。王都邸や実家にいた時に使っていた素材の中には、普通の薬草の群生地に紛れているような、なかなかにレア度の高いものも使うことがあるからね」
暗に、普通の冒険者には見つけられるようなものではないし、かといって指名依頼を出すようなことをすれば値が張る。商業ギルドや薬草を取り扱う店などに頼るのはどのような値段や品質のものをつかまされるか分かったものではないし、論外である。
必然的に、エレノア自身が取りに行くという選択肢に絞られるというわけだ。
「はぁ……そんなものもあったんですねぇ」
「追放されて、不便になったことの一つではあるかな……」
もっとも、それらの薬草のうちいくつかは、王都周辺で見つけることができたので、また頃合いを見計らって必要な部分――葉っぱを採集しに行こうとエレノアは計画している。
「王都の周辺と言えど、危険がないということもないし。コーネリアがついて来てくれるなら、私も一安心できるかな、と」
「まぁ、私自身、お嬢様が館にいた時はお嬢様の最後の盾となるべく、護衛術を叩き込まれていましたからそれなりには戦えますが……」
『ツイント』でも、コーネリアはプレイアブルキャラではなかったものの、チュートリアル用の敵キャラとして扱われていた(しかも手加減をしているという設定で、それでも初見ではうかうかしていられないくらいの強さ)から、戦えるのは嘘ではないのだろう。
その実力のほどはやはり未知数だが。
「仕方がありませんね。事情があるなら、認めざるを得ないでしょう」
「うん、その時はお願いね」
やれやれ、と言わんばかりにコーネリアは困ったような微苦笑を浮かべ、エレノアの手元にあるティーカップにお茶を注ぐのであった。




