首狩りアネットのCounter assassinate:3
エレノアとシリカは、エレノアの店舗兼新居前で、その佇まいをじっと眺めていた。
元宿屋であったその建物は、庭園など貴族用の建物に必要なものがないだけで、建築物としての規模は伯爵家ないし、裕福な子爵家のそれには迫れるほどの規模を有している。
その様相を前に、シリカはただ茫然とせざるを得ないらしい。
「……私の知っている薬屋さんと違う…………」
「私の知っている薬屋とも違うけどね。まぁ、手ごろな値段の建物だから買っただけなんだけど」
これは本当である。
風呂付という難題を望んだ経緯はあれど、それで提案された建物のほとんどはこれよりも店舗規模がかなり小さかった。
が、事故物件ということもあり、この建物が安さという面ではピカイチだったのだ。逆に言えば、ここが事故物件でなければそもそも店舗規模からして予算には見合わない売値ないし賃料となり、候補から除外されていたことだろう。
「いわゆる事故物件、薄気味悪い印象があっても、もしかしたらということもあるし。やっぱり忠告を飽きるほど聞いても、一回は見てみるべきよねぇ」
「一理あるとは思いますけど……って、もしかして、ここが事故物件だったんですか!?」
「そうですよ? 原因は集団食中毒、って言ってたかな。なんか、それなりの数の霊が寄り固まって結構な怨霊になってたね。というか、半ば魔物化してた」
「…………、それ、あなた出なかったらきっと私案件になってたやつですね。なんというか、ご迷惑をおかけしましたと言いますか……」
「そのあたりの事情はまぁ、わからないけど……まぁ、そのおかげで、ここが一番安上がりで済むからって言うのが、ここを買った一番の理由だったんだ」
「それはそうでしょうね。私と同じく、我らが主に認められし聖女であるあなたなら、半分魔物と化していたとはいえ、たかだか怨霊程度でどうにかなるわけでもないでしょうし」
「えぇ、一振りで浄化できました」
そうでしょうそうでしょう、とシリカはしみじみと頷く。
安いもの欲しさに事故物件に手を出した、というところには突っ込まないことにしたようだ。
「んじゃ、入りましょうか」
「えぇ。――失礼いたします」
「はい、お入りください」
とにもかくにも、玄関先でしゃべっていても仕方がないということで、エレノアたちは中に入り、応接室として使用することにした部屋へと移動した。
一階にある複数人用の個室として使用されていた部屋である。
商品用の陳列棚やカウンターテーブルといった店の必需品と、こうした応接室に必要な机と椅子。そして居住スペースに必要なあれこれだけは、この一週間でなんとか揃え終わったため、こうして客を招いても問題はなかった。
「コーネリア、お茶」
「はい、ただいま」
そばに控えていたコーネリアにお茶を用意してもらうように伝えつつ、エレノアはシリカに椅子をすすめ、自身はその対面に座った。
「しかし、事故物件という割にはずいぶんと綺麗なたたずまいなのですね」
「あぁ……売り物件として出された当初から、商業ギルドの人達が苦心していたらしいよ? 霊そのもののお祓いならともかく、霊障なら教会から人を派遣してもらうくらいでどうにかなったらしいし」
「また、なんという無茶を…………」
「手入れさえしていれば、いい建物であることに違いはないからねえ。ギルドとしても、なんとしても手離したかったんじゃない? 事故物件なだけに」
「身も蓋もない気がしますが……」
可能性としては十分あり得る話だ、とシリカはエレノアの根拠のない予想に同意した。
エレノアとしては別に今となってはどうでもいい話であるが。
「…………お話は変わりますが、エレノア様。――あなたは気づいていますでしょうか。邪悪な魔力の持ち主が、王都内に蔓延りつつあるのを」
「うん、まぁ、そこまではわからなかったけど、予測はしていたよ」
「そう……やはり、ですか…………」
シリカは、言いながら法衣の片方の袖口に、反対側の腕を挿し込んでその中を弄った。
中から取り出したのは、小さな巾着袋。
神に通ずる神聖な魔力を宿す、半身が蜘蛛のヒューマノイド種、アラクノイド。彼女たちの紡いだ糸はアラクノイドシルクと呼ばれ、それを用いて織られた布は邪悪な魔力――魔族の魔力を通さない性質を持つようになる。
平民に落ちたエレノアも、商業ギルドで各種手続きをするついでに、高いお金を払って取り寄せており、コーネリアにかかっていた呪いの根源をその巾着袋に放り込んで封じ込めている。
シリカが巾着袋から取り出したそれは――やはりというべきか、魔族の魔力が凝固してできた、魔結晶。それも、エレノアの記憶にも新しい種族のものであった。
「サキュバス――」
「はい。間違いなく、かの種族のものです。…………エレノア、様……?」
エレノアは、シリカが取り出したそれを少しの間凝視していたが、やがて彼女も自らが持つ、ほぼ同じ魔晶石を取り出してシリカに掲示した。
「それは…………やはり、エレノア様の元にもサキュバス族の手の者が……」
「えぇ。……コーネリアの首に着けられていたもの、見えたでしょう? あれにも関係があることなんだけど…………」
「コーネリア様の、首……あぁ、そういえばたしか、に…………っ、待ってください!」
シリカは、聖女というだけあって教会で英才教育を施されている。
ゆえに彼女は身分こそ平民という扱いであるものの、ルベルト王国の王立学園内では、トップスリーに常在できるほどの成績を有している。
ちなみにエレノアも在学中はトップスリーに入ったり抜けたりと、とても優秀な成績を誇っていたのだが――今のエレノアがそれを有効活用できるかどうかは、また別の話である。
「そもそも、レーペンシュルク公爵家に雇われているはずのコーネリアが、なぜ奴隷などに……エレノア様追放のあおりを受けてだとしても、不自然すぎる気がします。まさか、とは思いますが……」
「えぇ、おおよそその予想であっているかと」
エレノアは、(元々のエレノアが)公爵家を去ってから起きたこと、主にコーネリアの身に何が起こったのかをシリカに詳しく語った。
途中コーネリアも交えての話も追えると、シリカははぁ~、と長い溜息をついて困ったような笑みを浮かべた。
「これは……思った以上に、この国の深部まで食い込んでいるようですね……」
「えぇ。…………あの、断罪の時も。あれは確かに私の自業自得だったけれど、それで公爵家追放、というのもちょっと行き過ぎな気が、今さらになってしてきているしね」
とはいえ、実際のところエレノア自身はコーネリアのこともあって、間違いなくエレノアの母はサキュバス族、それも高位のサキュバス族に成り代わっているだろうと確信を持っているが。
そしてそれは、コーネリアのことがなかったとしても、成り代わっている相手が絞り込めないだけで、サキュバス族が潜伏していることは確かだろう、とも。
――というのも。実は、エレノアの実家および王都邸は、『ツイント』においてはルートによって時期は異なるとはいえ、ダンジョンという扱いになるからだ。
街の中にある攻略目標、というのもいかがなものかとは思うが、今日び街中にそう言った場所が存在する等ゲームではありふれた設計なので、エレノアにとってはそのあたりはどうでもいい話である。
重要なのは、エレノアの実家および王都邸がダンジョン扱いである、という一点。
ゲームにおいてダンジョンとは、総じてボスが最深部にいる傾向が多い。
エレノアの実家と王都邸もまさにその傾向に当てはまっており、内部の一室にて高位のサキュバスが主人公勢の到着を待ち構えている。
ゲームでは、魔族の陰謀の気配を察知した主人公勢が、その気配の出どころを探っているうちにその捜査線上にエレノアの王都邸が浮かび上がる。そして、そこを調べたのち、今度はエレノアの実家であるレーペンシュルク領が怪しいという話になり、そこへ向かう、という流れとなる。
その中で、魔族の陰謀に関する情報はいくらか出てくるものの、残念ながらエレノアの関係者のうち『誰』が入れ替わっていたのかは話に上がらないのだ()。
事件前後の段階でエレノアを除いて全員が行方不明となり、最終的にはエレノアが家督を継ぐことになってしまうからである(シリカルートではエレノアも行方不明になるので、レーペンシュルク家は分家筋の一人が跡を継ぐことになる)。
――まさか、ゲームで語られていた事件の裏事情がこんな感じだったとは、これはこれでかなり衝撃的だったけどね。
と、まさにひとりごちをせずにはいられない事情であった。
「ええ。だからこそ私は、エレノア様のことが気がかりだったのですが……」
シリカの声に、エレノアは思いに耽りかけていた意識をシリカの話に戻した。
「残念ながら、ことは起こってしまったわね。あそこまで強引な追放は、私も予想外だったわ」
そして、それらしい言葉を返して、エレノアの精神が別人のものと混じって変容してしまった事実をとっさに隠す。
シリカは、そのエレノアの言葉に、素直に悲しそうな顔をして受け応えたことから、どうやらエレノアの誘導はうまくいったようであった。
話が一区切りつくと、シリカは続けて別の話題をエレノアに持ち出した。
「そういえば、エレノア様は薬屋を開かれるのですよね?」
「えぇ、そうですけど……」
「では、一つどうでしょう。そのお店で、セイントポーションもお売りするというのは」
「えっ!?」
まさかの申し出であった。
商業ギルドでコーネリアと衝撃の邂逅をしてしまい、彼女を引き取るために対価として差し出そうとしたポーションの一部にそれが紛れさせてしまった、という一件は、まだ記憶に新しい。
エレノアは、その一件で商業ギルドから厳重注意を受けてしまっている。
逆をいえば、その一件があったからこそ、いい意味でも商業ギルドから目をつけられている、ともいえるのだが――エレノアにとって、その一見は苦いものでしかなく、ゆえに彼女にとってはちょっと触れてほしくはない話題の一つであった。
ただ、それとは別に、エレノアはシリカがそんなことを申し出てきたことに驚いた。
教会は、セイントポーションの販売権を独占し、専売特許としている。
その教会に入っているはずのシリカが、そんなことを言ってしまってもいいのだろうか――と、エレノアはシリカにその是非を問うた。
「教会は、セイントポーションを一般で販売することを禁じているのではなかった?」
「えぇ……普通はそうなのですけど、大司教以上の人の許しがあれば、特別に許可がされます。私は教会にも聖女として認定されていますからね。位は枢機卿と同等のものとして扱われてます」
ゆえに、シリカの許可があれば問題なくセイントポーションも取り扱いできるのだという。
ただ、扱う際は許可証を客に見える位置に掲示しておく必要もあるらしいが。
以前宿の亭主を経由して冒険者に渡したことがあったが、あれは対価こそ受け取ったが対外的にはあくまでも『譲渡』という言い訳が立つため、問題にはならない。
ただし、今後エレノアが薬屋の店主としてこれを何かと等価交換しようものなら、教会の禁則に触れる可能性が高くなってくる。
エレノアは、国の後ろ盾がなくなった今、下手に教会と事を荒立てるのは得策ではないと考えており、ゆえにそうなる可能性を少しでも潰せるならもらっておいた方が得策かと結論に至った。
「うーん……なら、一応もらっておこうかな。もしかしたら、個別での相談で売り渡す必要性が出てくるかもしれないし」
「わかりました。では、教会に戻ったら、許可証をしたためておきますね。近日中にお持ちいたします」
「ありがとう」
「いえ。……こちらこそ、私にかかる施術の負担を、少しでも減らしてくれるのであれば大助かりですから」
最後に、思い切ってぶっちゃけ話を投下するシリカ。
エレノアはその話に、教会所属の聖女も、それはそれでいろいろと大変そうだなぁ、と遠い目でシリカを見つめるのであった。
「私もエレノア様と同じようにマジックポーションを作れるようになれば、少しは楽になれるのでしょうか……」
「さぁ……? 知りたいなら、手ほどきするけど?」
「あの…………お願い、できますか?」
「えぇ。時間があるときはいつでもいいわよ? まぁ、お店開いた後はちょっとわかんないけど」
「では、お願いします」
シリカの切実そうな眼をみては、エレノアも断ることなどできるはずもなかった。




