首狩りアネットのCounter assassinate:2
――さらにところが変わって、王都の南広場付近。エレノアの購入した物件から少し離れた場所にあるこの広場で、一つの事件が起ころうとしていた。
アネットとエリスは、二人ともエレノアの店に出向する人員のうち、初週のメンバーである。
二人の仲の良さは周囲もよく知っており、休日などはよく二人で出かけたりなどもするくらいだ。
この日の昼も、二人で昼食を取りながら、出向後のスケジュールについて打ち合わせをする予定で段取りを済ませていた。
この日は二人そろって休日であり、私服の状態でエレノアの店に行き、そこで彼女も交えて三人で打ち合わせをしようか、という話も上がっていたのだが――いざ待ち合わせ場所に向かうと、途端に顔から表情が消えていき、すでに到着していたらしいエリスを凝視――いや、睨みつけるように凍てつくような視線で彼女を射抜いた。
それまでの須臾の時間に、それに気づかれないようにするための認識誘導系のスキルも発動済みである。
(……なに、この感じ。見た目はエリスに違いないのに…………いいえ。違う。見た目も、エリスとはちょっと違う。誰?)
アネットは齢24歳で、王都の商業ギルドに勤める受付嬢の中では看板娘といえるほどの人気を誇るアイドル的存在である。しかし、今こそ冒険者を引退しているものの、かつてはトップクラスの冒険者であり、彼女のターゲットはもっぱら盗賊や、王都や地方都市にはびこる暗部ギルドの構成員たちであった。また、彼女はその鮮やかな仕事ぶりから『首狩りアネット』という二つ名で恐れられていたほどの暗殺者であった。
彼女が舞ったその夜は、街のどこかで血しぶきが上がる、という聞かせ話ができるくらい、その名声は今なお高い。
そんな彼女だからこそ、商業ギルドの受付嬢に『鞍替え』した今でも、趣味の一環として周辺人物の情報収集は欠かしたことがなかった。
エレノアのことも、周囲に合わせて自身は何も知らない体をしているものの、すでにどのような出自で、なにがあって今に至るのか、そのすべてを熟知しているほどには、その情報ソースは豊富である。
――そんな彼女の知識と経験、そしてカンが、最大限に警鐘を鳴らしている。それも、その対象は目の前にいる女性だ。
よくよく見てみれば、普段のエリスには似ても似つかない妖艶な目元。そして香りもまた、男受けが過ぎる、ずっと嗅いでいるとくらくらして気をやってしまいそうな――例えるなら娼婦のようなそれを感じ、アネットは即座に自身が持つ暗殺者向けのスキルを発動した。
――気配隠蔽。気配を消すのではなく、周囲に溶け込ませることで違和感なく隠すスキル。
――透明化。自身が透明になり、相手に気づかれにくくなるスキル。
それら二つのスキルを組み合わせて、アネットはエリス似の誰かに油断なく、歩み寄っていく。
そして、間近まで近づいたところでさらにもう一つ。
――審理の瞳。鑑定系スキルの中では、真実の眼に次いで強力なスキルだ。
真実の眼と大きく違うところは、その方向性だ。
審理の眼が鑑定系スキルの中で『短所なし、万能型』なのに対し、審理の瞳は『真偽判定特化型』であるという点だ。通常の鑑定もできなくはないが、それで得られる情報量はそのモノの名前と状態程度と、ほぼ必要最低限に限られてしまう。
真価を発揮するのは、モノや生物、ヒトなどの鑑定に使うのではなく、真偽の判定に使う場合である。
これは○○である、という問いに対して真か否かが返ってくるため、事件の捜査などでは有用なスキルとして真っ先に挙げられるスキルの一つである。
アネットは自分の中で浮かび上がったいくつかの疑問に対して、そのスキルを使っていく。
(彼女はエリスである。これは否。彼女はエリスの関係者である、これも否。ではエリスは近くにいる。否。――もしかして。エリスは無事か……これも、否ですってっ!?)
目の前にいる誰かがエリスではないのはすでに分かっているからそれはいいだろう。
エリスの家族構成は、エリス本人と、母親と父親。配偶者はいないため娘はいないし、いたとしても年齢的に彼女そっくりに育つにはまだ十年以上の時間が必要だろう。
母親なら似ていてもおかしくはないが、彼女はエリスの関係者ではないと出たのでその線はない。
であれば、彼女はエリスとは関係ない赤の他人ということになる。
そこでアネットはようやく事件性を疑い始め、エリスの無事を確認しにいった。
結果は否、すなわち無事ではない。何か危険な状態にあるか、もしくは――
(すでに死んでいるか――これは否、か。ううん、スキル使うまでもなく、そんなことは考えたくもない。とりあえずは……目の前の女性は、事情を知っているか。重要なのはそれよね。真。なら、話を聞くしかなさそう…………でもその前に。彼女は危険か。……う~ん、参ったな、これも真か……)
アネットの判断する『危険』と言うのは、彼女が戦いを挑んだとしてかなう相手かどうか、という意味ではなく――放置しておくことでアネット自身や彼女の知人友人に危害が及ぶかどうかという判断水準に基づくものである。
つまるところ、放置していても害しかない相手ということであり、多少手荒に扱わなければ望む結果にもたどり着けない相手ということでもある。
(エリスが何かしらの事件に巻き込まれている可能性があって、目の前の女性が少なくともそれに関わっている。そして彼女を放置すれば危険度大――うん、決まりだね。…………×そう。××して、××して、××を××した末にむごたらしく×してやろう。私の友人に手を出したこと、後悔させてあげるんだから)
周囲には見えない状態で、彼女はうっすらと笑みを浮かべる。
普段の、愛想を振りまくような愛らしい笑いではない――底冷えするような、震えあがるほどに凍てつくような抹殺者の相貌。
――エレノアは、サキュバス達の手が自身に迫ろうとしていることを知ってしまい、警戒心を高めている。
そして、その警戒している相手に今、手を出してはいけなかった相手からの、痛烈なカウンターキルが行われようとしていた。
エレノアがこのことを知るのは、もう少し後のことであった。
さて。そんなことが起こっているは露知らず。
エレノアは、お祈りを終えて教会からの帰路についていた。
しかし、自身の(未開店の)店に帰るだけのはずだったエレノアは、彼女だけの一人歩きではなく傍らにもう一人、法衣を纏った少女を伴っていたが。
少女の名はシリカ・エルトリス。そう、『ツイント』に登場するもう一人のヒロインにしてエレノアと同じく神に聖女として定められた少女その人である。
本日、教会にお祈りをしに行ったエレノアであったが、運悪く(?)そこでシリカとばったり遭遇してしまったのだ。
一応、ミサが終わるまではお互いに不干渉というふうにアイコンタクトで意思統一をしたが、それが終わった後のことについては話す間があるわけでもなし。
必然、気まずい空気のままその場を辞そうとしていたエレノアのもとに、シリカが近づこうとするのもおかしくはない話であった。
「あ……あの、もしかしてあなたは……エレノア様、でいらっしゃいますか…………?」
「あ、はい。そうです、シリカ、様……」
シリカは教会に入っている聖職者だ。一応所属的には総本山なのだが、今はもう片方の聖女であるエレノアに対抗するべく、ルベルト王国王都にある、王立学園に送り込まれている。
このため、住まいも王都内の教会内で生活している状態だ。
だから、教会に来れば必然、いずれはシリカと遭遇することになるのだが――意外と早くその時が来たな、とエレノアは内心ちょっとだけびくっとした。
もともとのエレノアの記憶をたどる限り、最後に彼女と会ったのはエレノアが断罪された時。その場に居合わせた彼女は、とても哀しそうな目でエレノアを見つめていたのをはっきりをエレノアは記憶していた。
その時、シリカがどう思っていたのか――『ツイント』では、その後のシリカ編の全ルートにおいて、彼女なりに和解したかったと語られていたことから、その時のそれは和解がかなわなかったがゆえの後悔からくるものだろう、というのが多くのプレイヤーたちの意見だ。
ただ、ここはゲームではなくゲームと酷似した現実だ。相手がどう思っているかなどわかるはずがない。
エレノアは故に、気まずさを隠せずにいた。
「……その、もしよろしければ、別室でお話をしませんか? 私も……可能であるならば、エレノア様とお話をしたいですし」
「私には、火急の予定はありませんから大丈夫ですが…………」
「本当ですか!? では、私の部屋に案内いたしますね。……あ、あと、言葉遣いは崩しても大丈夫ですよ。ここは学園やお屋敷、お城など、礼節を厳しく求められるような場所じゃないですし」
「あ……なら、お言葉に甘えさせてもらうわね?」
「はい。…………そのような話し方の方が、やはりエレノア様、という感じがしていいですね」
ふふ、と聖女にふさわしい月の光のように美しい笑みを浮かべながら、シリカはエレノアを連れて、教会の中を移動、慎ましやかな内装の一室へ彼女をいざなった。
そこでエレノアは、断罪され、貴族社会から追放された後の経緯をシリカに話した。途中シリカから質問が入ったり、彼女が涙ぐんだりしたものの、話が終わるまで真摯に彼女はエレノアの話に聞き入っていた。
「……はぁ。エレノア様も、ずいぶんとご成長されてしまったのですね……。私も負けてはいられませんね」
「はぁ……成長、ねぇ…………?」
いまいち、ピンとこなかったエレノアはそこで首を傾げざるを得なかった。
その後、エレノアはシリカの胸のつかえにもなっていた和解も無事に果たし、シリカがエレノアが持つに至ったという店舗兼住居を見たい、と言い出したことから今度は話の場をエレノアの新居へと移すことになった。
もっとも、和解といってもエレノアにとっては前世の記憶のおかげで、人格がすっかり変容しまっているために、和解もなにも本日が初対面と言ってもいいようなものだったのだが――シリカにとってはそんな事情など知る由もない。
ゆえにシリカは、念願がかなったことで本日の邂逅はまさに天恵だったと満面の笑みで神に感謝をしていた。
「それにしても、私もエレノア様のことは気にかけていまして……私なりに集められる情報を集めてはいたつもりなのですが、なかなかエレノア様らしき人の情報は入ってこなくて。まさか、お店を出されるなんて知りませんでした。その……予想もつかなかったくらいで……」
「あはは……まぁ、それは普通そうでしょうね。でも、貴族令嬢が店を持つなんて珍しいことでもないと思うけどね。貴族だって、自分の店を持つことくらいはあるし。嗜みの一つだとは思うけれど――でも、確かに平民堕ちして初めて自分の店を持つ、というケースは私も聞いたことはないね……」
「はぁ…………」
エレノアの説明が理解できないのか、ちょっと眉間にしわを寄せる少女。
わからなかったか、と思い、しかし彼女からすれば確かにそうなのかもしれないな、とエレノアは理解してもらうのを早々に諦めた。
こればかりは身分の差だから仕方がないことだ、という考えからである。
もっとも、彼女が商いを始めようとした理由はもっと単純な理由からであるのだが。
「私の場合はほら、着の身着のままで放り出されてしったからね。生きるためには先立つものが必要でしょう?」
「……それで店を開こうというのもちょっと突拍子がないとは思いますけど……」
「それは確かに。たまたま、商材に使えそうなスキルがあって、さらに高く売れるものがあったというのもあったからね。それが後押しになったというか……」
「高く売れるもの、ですか……」
「そ。高く売れるものです」
腰回りを叩きながらエレノアがそう答えるものだから、少女はそのあたりを凝視してなんであるかを少し考え始めたようだ。
やがて答えに行きついたのか、顔を真っ赤にして『お、思い切ったことをしましたね……』と呟いたが。
「貴族じゃなくなったんだし、別につけておく必要だってないでしょう。動きづらいし」
「そういう問題ではないと思います」
「言わんとすることはわかるけど。必要性もあまり感じなっちゃったし。裏を返せば、自由恋愛が認められるようになったんだから、そりゃあっても邪魔なだけでしょ?」
とか言いつつ、前世の記憶の影響があるのでまだしばらくは恋愛とは程遠い生活になりそうなエレノアである。
「はぁ…………なんか、本当に変わりましたね、エレノア様。放し方も、妙に私達よりに馴染んでいる気がしますし」
「ま、それは変わるでしょ。変わらないほうがおかしいと思うよ、普通は。平民に堕とされて、自分の力だけで生きないといけなくなったんだから、ふてぶてしくなるでしょう」
「ふてぶてしい、という程度を超えていると思います」
そこまで行くと、もはや図太いとしか言いようがなくなる、と暗にそういう少女に、言ったなぁ、とヘッドロックをかけるエレノア。
無論、本気ではない。
しかししばらくはそのまま、ぎゃあぎゃあと淑女や元淑女にあるまじき立ち振る舞いではしゃぎながら店舗まで歩き続ける二人だった。




