首狩りアネットのCounter assassinate:1
売り物件の見学を行ってから一週間の時が経った。
この一週間の間、エレノアは建物の購入手続きを行ったり、各種マジックポーションの作成に使う材料を集めに行ったり、作ったマジックポーションをギルドに卸して開店時の資金を少しでも増やそうと画策したりとあれこれ動き回っていた。
ギルドに行った際には、並行して大きめの建物を維持管理するためにに必要な人材を紹介してもらったり、開店までのスケジュールの調整をギルド側が派遣する監視員と擦り合わせたりもしたため、長らく居座り続けていた宿も部屋を引き払い、現在は購入した店舗兼住居の一室に居を移している。
ちなみにコーネリアとアネットがなにやらあれこれ話しているのをエレノアは知っているが、その内容までは聞いていない。聞いてもはぐらかされるのである。
絶対命令権を行使してコーネリアから無理やり聞くこともできなくはないが、エレノアとしてはそれをするのは気が引けるので、やろうとは思っていなかった。
「なんか、上の方で毎日改装業者さんが忙しそうに作業しているけど、それとなんか関係あるのかしらね」
何の作業かは商業ギルド側から伏せられているらしく聞かせてもらえなかったし、作業が始まってからはその工程を見守る名目で現場に立ち入ろうとしても『危ないから』の一言で立ち入らせてもらえない。
現状、打つ手なしのエレノアは、仕方なしに今日も売り物に出す予定の品物を作り続けていた。
しかし、現状ではそれしかやることがないからといっても、ずっとそればかりやっていては集中力も直に途切れてしまう。
「ん、うぅん…………」
マジックポーションを作るために必要な魔力が底をつきかけたところで、彼女は作業の手を止めて伸びをして、肩の凝りを解すように首や肩を回して柔軟運動をし始めた。
(ふぅ。今日の分も終わったし……。在庫もこれだけあればしばらくは大丈夫、なのかな)
本日作った分に加え、前日までの数日間に拵えた分。
店に通常出すポーションは、一人用のヒールポーション系ではエイドヒール~ミドルヒール。複数人用のヒールスプレー系ではエイドヒールスプレー。そして各種バフやデバフ用のポーションやスプレー。
いずれも水以外にも果実や野草の葉っぱや花などを素材に、それらが内包する魔力を抽出しているため、単純に水にエレノアの回復魔法などを封じたポーションよりも効果が高めとなっている。
『ツイント』にあったクラフト機能とほぼ同じことをした形だ。
実物を銜えたのではなく魔力だけを抽出しただけなので、試用期限は純粋にミネラルウォーターと同等。それも、品質保持の魔法も加えているので、長期間の保存が可能な逸品となっている。
最後に出来上がったエイドヒールスプレーの出来栄えを確認しながら、エレノアは椅子の背もたれに体を預け、ふと窓から空を覗き上げた。
「ん~、さて、と。そろそろお腹も減ってきたし、ごはん食べに行こう。…………今日は、その後でお祈りもしに行こうかな……」
そして、それなりにいい時間になっていることに気づき、椅子から立ち上がって出かけ支度を整えた。
帽子掛けに吊り下げられているポーチを手に取り、中身を確認していく。
とはいえ、ポーチに入れて持っていくものは衝動買いをしたくなった時のための軍資金をいくらかと、ハンカチ代わりの布切れ。それくらいである。
あとは用途の関係からポーチに入れるのに向かない護身用の短剣とそれ用のベルト。そして、商業ギルドで発行してもらった身分証である。
今更ながら、エレノアにはその身分証が欠かせない。
もともとのエレノアが、王太子に近づくシリカに嫉妬心を抱かなければあるいは貴族の家族向けのそれが使えたはずなのだが、勘当された今はそれに頼ることなどできるはずもなく。
結果としてどこぞのギルドなどで身分証を発行して身分を保証してもらわなければ、浮浪者と同じ扱いとなってしまうのが実情なのである。
学園では護身術も学ばされるため、エレノアも戦えないことはなくはないが――『ツイント』での戦闘能力の低スペックさからして、推して知るべし、と言ったところだ。
「じゃあ、コーネリア。アネットとの約束の時間まで少し間があるし、私はお祈りしに行ってくるね。誰か来たら応対をお願い」
「かしこまりました」
コーネリアに忘れ物チェックをされながら、エレノアは本来のエレノアでは決してやろうとはしなかったであろうお祈りをしに、教会へと向かうのであった。
街へと繰り出したエレノア。
そんな彼女を、建物の上から姿を隠しながら見つめる人物が数人いる。
そのほとんどは、眠たそうな目をこすり、あくびをこらえながら監視にあたっている。
ただ――そうした連中は、ことごとく蝙蝠のような翼と先端が矢じりのようになっている尻尾を生やしており、見た目からして人間ではないとわかる格好をしていたが。
全員が煽情的な装いをしているのも、また特徴だろう。
魔法を使ってまで徹底して姿を隠しながらエレノアを監視するように眺める彼女たちは――聖女の片割れであるエレノアを付け狙う、サキュバス族の隠密部隊だ。
今代の聖女が二人も現れたとの報を受け、サキュバス達の国から密命を受けて日夜エレノアを暗殺、ないしサキュバス達の陣営に引き込むべく様々な策を講じている、いわば対聖女用暗部組織の構成員たちである。
「――こちら、第三ポイント。対象者は王都内のミクリア通りを東側へと進んでいる。」
『了解。ミクリア通りとなると……行先は商業ギルドか? それとも忌々しいリンダール教の教会か?』
「わかりません」
『そうか』
通信用の魔道具を使い、仲間と連絡を取り合うとあるサキュバスは、視線の先にいるエレノアを、舌なめずりをしながらどう追い詰めようかと思案する。
エレノアは、少し前まで貴族社会で生きていた。貴族令嬢として、そして次期王妃引いては王妃として生き続けるのであれば、教会ほどではないとはいえ、それでも彼女を保護するために十分な労力を割くことができる。そういう環境の下で、エレノアは生きていた。
逆に言えば、大貴族としての生き方、暮らし方しか知らないエレノアは、誰かに頼る生き方しか知らないともいえた。
だから彼女たちサキュバスはエレノアの周りの人達の心を操り、エレノアを貴族社会から追放し、野垂れ死にさせることで自らの手を汚さずに聖女暗殺という大任を果たそうと画策したのだが――当のエレノアは、どこで平民として生きるための生活術を身に着けていたのか、気が付いたらたくましく極限状態から再起し、瞬く間に生活基盤を築き始めていたのだ。
これに焦った彼女達。しかし同時に、これまでとは違い、平民落ちしたことで今度はいくらでも手を出せる状況に追い込めたともいえる。
ならば、第一の策は失敗に終わったが、第二第三と、幾重にも策をめぐらせ、彼女を策謀の檻の中に閉じ込めることで最終的にどう転んでもサキュバス達の望む結果に落とし込めるようにするだけだ。
そして、策を謀り、戦わずして欲しいものを得るのはサキュバス達にとっては十八番である。
ただ、すぐにそれを実行に移せるというわけでもなく――彼女たちの上司が言うには、本国から新たな最終目標が通達されたらしいが、それを成就させるための策はいまだ立っていない。
とりあえず、今はどんな作戦になってもいいように、エレノアというターゲットの周辺を、サキュバス族で包囲するために動いている段階である。
『こちらは、昨晩ついにリリアがターゲットと接触。――入れ替わりに成功したわ』
「本当ですか。えっと、誰と入れ替わる予定だったんでしたっけ、リリアは」
『えぇと、確か商業ギルドの財務担当の……そう、名前はエリス、と言ったわね』
「あぁ……ふふ、財務担当。知らずの内に、店の財布を敵に握られているなんて、可哀そうに、ね」
『ただ、油断は禁物よ。聖女が持つ、『真実の眼』は本人の意思がなければ発動はしないとはいえ、発動中についうっかり『視界の中に入ってしまった』なら、効果対象に入ってしまうからね』
「そうなれば当然、私達が入れ替わっていることに気づかれてしまう、と……命がけであることには変わりありませんね」
『そうね……本当に憎たらしいわ。いっそのこと、両目をくりぬいてやりたい』
それができれば苦労はしない、と仲間と連絡を取っている彼女は苦笑する。
『あなたにも、商業ギルドの人と入れ替わってもらう予定よ。他人事ではないから、笑ってはいられないわよ?』
「そうなんだろうとは思っていましたけど、やっぱりですか……」
サキュバス族のお家芸は精神魔法をはじめとする各種支援系の魔法と、サキュバス族の秘術だ。
それらを駆使した任務の中でも、潜入任務は何の気負いもなく挑むことができるため、気楽な任務の一つであった。
ただ、それはあくまでも普通の人相手であれば、の話であるが。
今回の潜入先は商業ギルド、ひいては彼女たちサキュバスがターゲットとする、聖女の片割れ、エレノアの店兼住居である。
普通の潜入任務で使っている、幻覚や認識阻害と言った魔法は役に立たないとみており、彼女たちは秘術である『夢魔法』を使って、入れ替わる対象者と『肉体ごと』入れ替わってしまおうとしている。
リリアという名のサキュバスと入れ替わったエリスも、今頃は虜囚の身となっているころだろう。その状態も、少なくとも人間の常識に当てはめればとても『普通』の状態とは言えないだろう。
『とりあえず、あなたにはアネットという女性と入れ替わってもらう予定よ。明日からはターゲットの聖女の監視からは外れて、入れ替わり対象との入れ替わりを図りなさい』
「わかったわ」
急な任務変更だったが、前々から自分にもその任務があてられるんじゃないか、と覚悟していた彼女にとってしてみれば別に思うところはない。
聖女の近くに潜入するという大任であれ、少々普通の手段が使えないというだけであり、若干手間がかかるだけでサキュバスにとって気楽な任務という範疇から外れていない。それが、潜入任務に対する彼女の認識だ。
むしろ、こうして昼まで駆り出される監視任務の方が、負担になるくらいである。
サキュバスは夜行性なのだ。本来であれば今はすやすやと眠っているはずの時間だ。
「さて、と。それじゃ、残り少ない監視任務も引き続き頑張りますか」
ん~、とのんきに伸びをしながら、彼女は遠目に見えるエレノアの監視を続けるのであった。




