お店の準備、Get ready:1
明けて翌日。
エレノアは手元にある魔族の魔力の塊――魔結晶をどう扱うか考えていた。
こういう魔族の魔力塊は、人にとっては直接肌に触れているだけで害を与える危険物である一方、特殊な加工を施せば逆に所有者に特定の魔法にかかりにくくなる恩恵を与えるパワーストーンにもなり得る。
特にこの魔結晶の魔力は精神魔法の扱いに秀でた種族のものである。その方向性はなんであれ、精神を弄られるというのは非常に厄介なものであるから、アクセサリーに加工すれば相応の価値が付くことは間違いないだろう。
惜しむらくは――エレノアには、付加魔法と合成魔法により既存品に特殊効果を追加することはできても、新たにアクセサリーなどを作り出すだけの技術がないというところだろう。
あれこれ悩んだエレノアは、結局今のところは保留することにし、後日ちょうどよさそうなアクセサリーが手に入ってから特殊効果の付加を試みることにした。
「さてと。そろそろ商業ギルドに出かけるかな……」
「左様にございますか。では、出かけ支度をしましょう」
「うん。お願い」
片手で弄んでいた魔結晶を巾着袋に入れてコーネリアから受け取ったバッグにしまい込むと、そのままエレノアは彼女を伴い、昨日に引き続いて本日も商業ギルドへと向かうべく宿から出ようとした。
しかしちょうどタイミング悪く、宿の従業員がエレノアの部屋のドアをノックし、彼女に来客が来ていることを告げてきたため、それはかなわなくなってしまう。
エレノアは一体誰だろうかと思いながら、ひとまずはコーネリアを伴い、来客を出迎えるべくフロントへと向かった。
「お嬢様に来客ですか……。失礼ながらお嬢様も今となっては平民ですし、公爵家令嬢だった頃のつながりはもうないと思っていたのですが……」
「さすがに、放逐されたから日が少し経っているからね。それなりに人とのつながりはできているわ」
「なるほど……」
とはいえ、あくまでもまだ『少し』の範疇を超えていない。
エレノアと交流のある人と言えば、コーネリアを除くとこの宿のオーナー亭主と女将、そして従業員。貞操帯を買い取ってくれた女性スミス。宿のオーナーを介してアンチミネラリーヒールポーションを渡して石化の呪いから救った冒険者カイルと、そのパートナーらしき女性。そして、王都の外に素材収集のために外出した際に出会った、ルドルフ商会会頭のパッセ・ルドルフ。
あとは商業ギルドの職員アネットと、その上司らしき男性程度であった。
「…………なんというか、十分すぎるくらいに人脈を築き上げているような気がするのですが……」
「そうかな。巡り合わせによるところが大きいから、何とも言えないけど……」
「十分すぎますよ。ルドルフ商会と言えば今を時めく大商会ですし、その名声にあやかりたいという人はごまんといます。それに、私にとってはちょっとアレですけど、私の一件でこの国の商業ギルドの、割と上層部にいる人ともつながりができたじゃないですか」
「へぇ。あの人、そんなに上の方の人だったんだ」
「へぇって……」
コーネリアは、エレノアの初めて知ったよう反応を見て、頭に手をやりながら『もうヤダこの人』と言いたげに冷たい視線を送った。
エレノアは何とか弁解しようと試みたが、コーネリアにとっては彼女の箱入り具合は筋金入りであるという認識であったため、これからもこんなのが続くのか、という考えをぬぐうことはついぞかなわなかった。
そんな感じで二人してぎゃあぎゃあと話をしながらフロントに行くと、そこではエレノアを訪ねてやってきた人物が、待合スペースとして設けられていた区画に置かれている椅子に座り込んで、ぷかぷかとパイプをふかしていた。
「あ、パッセさん」
「あぁ、エレノアさん。ご無沙汰しております。先だってはどうもお世話になりました。これからも良いお付き合いをさせていただけますよう、格別のご高配を賜りたく存じます」
「はい。パッセさんもご機嫌よう。――私を訪ねてきたのは、パッセさんだったんですね」
エレノアの声に気づいたパッセが立ち上がる。
彼はとても深いお辞儀――日本のビジネスにおける例では最敬礼に値するほどの角度だ――で、エレノアに挨拶をした。
それをみたエレノアも、これには相応の対応をもって返さないといけないなと思い、公爵令嬢――いや、元王太子妃にふさわしい流麗なカーテシーを行った。――言葉遣いまでとはいかないが。
ちなみにエレノアの所作に関しては、元々のエレノアの『手続き記憶』があったために、パッセのそれにふさわしい礼儀をもって返そうとして、反射的にしてしまったことであった。
「本日は、私に何か御用があるみたいですね。詳しい話は私の部屋で致しましょう。コーネリア、行くわよ」
「はい。仰せのままに。――食堂に行って、お茶を注文したいのですが、ご許可をいただけますか?」
「えぇっと……それなら、お願いできるかしら」
「ありがとうございます。では、行ってまいります」
コーネリアの申し出に一瞬戸惑ったエレノアであったが、元メイドであったことから、パッセとその従者に出すお茶を頼みに行ったのだろうという考えに行きつき、彼女に一任することにした。
そうしてエレノア一旦コーネリアと別れ、自身はパッセとその同伴者を伴って宿の自室へと戻るのであった。
部屋に戻ると、パッセに椅子をすすめ、自身もその対面に座る形で椅子に座る。
本当であればパッセが連れてきていた同伴者にも椅子をすすめたのだが、彼女はかたくなにこれを断ったためにエレノアが座ることになったのである。
「しかし、驚きました。まさか、奴隷をご購入なさっていたとは……」
「えぇ……彼女は、元々私の側仕えだったものでして、どうしても助けたいと思いまして……」
「側仕え…………ですか。まぁ、高貴なる身ともなれば、そういったものもつきましょうから、納得はできますな」
パッセは初対面の際、エレノアのことを聖職者として勘違いしていた。それを長時間かけて誤解であると説いたことを改めて思い出すと、遠い目になってしまうのは――それほど、パッセの思い込みが激しかったことの証左だろう。
とりあえず、パッセと付き添いの女性に席を勧め、女性が着席を辞退したので仕方なくエレノアが椅子に座る。
そうこうしているうちに、コーネリアがお茶を持って戻ってきた。
「ただいま戻りました。――こちら、お茶になります。どうぞ」
「おぉ、これはありがとうございます」
「私にもいただけるのですか。ありがとうございます」
各々にお茶を配るコーネリア。
それで口を湿らしてから、改めてパッセの用件に関して話が移っていった。
パッセは今回、エレノアに命を救われ、さらに高価なストレージバッグまでもらってしまったことに対する代価として、貴重な魔石を持ってきたようであった。
「わざわざ貴重なものをありがとうございます。パッセさんが、それがふさわしいと思ったものなのであれば、私はそれを受け取らせていただきます。ちょうど、これが欲しくなるような事業を立ち上げようとしていたところでもありますので」
「ほぅ……少しばかり、興味が出てきましたよ……」
エレノアがその魔石を見た感想を率直に述べると、パッセは商人としての性が出たのか、少し身を乗り出してエレノアの話をうかがった。
パッセから手渡されたのは、『盗難防止』『強奪カウンター(雷撃魔法)』の処置が施された巾着袋に入った、いくつかの宝玉であった。
ダイヤモンドのようにも見えるそれはしかし、光が遮断された巾着の中ではほのかに白く発光していることがうかがえる。
それぞれ真実の眼で確認してみると、詳細はサイズの大小はあれどどれも同じで、『慈愛の宝玉』という鑑定結果が返ってきた。
それは、今のエレノアにとっても喉から手が出るほどに手に入れたいものであった。
というのも、その石は、装備しているとHPとMPが行動直前に自動で回復するようになるという、素晴らしい効果を持っているからである。
それだけではない。『慈愛の宝玉』の名前が示す通り、この宝石は味方のために起こす行動に対しブースト効果があるのだ。
具体的には、治療魔法や各種付加魔法(味方へのバフや敵へのデバフ)の効果や成功確率が飛躍的に上昇し、エレノアに関しては装備するだけでクラフトを行った際の品質が高品質以上の判定になるというバランスブレイカーの効果がある(ちなみに判定は粗悪品、不良品、普通、高品質、最高品質の5段階からミニゲームの結果次第で決まる)。
エレノアルートでは彼女の持ち味を最大限に生かす意味合いでも、あって損はしないアイテムの一つである。
それだけに、ここ数日の間でいくつかリカバーヒールポーションを作ってみたものの、品質があまりよろしくなかった(粗悪品か不良品のみしかできなかった)という理由から、この宝石があればなぁ、とちょうどよく考えていたところだったのである。
まさに、降ってわいたような話だったのだ。
「私は聖女として祝福を得ました。そして、聖女として祝福を与えられたものには、複数の技能の才が与えられます。聖女として、神に侍る者としてふさわしい光魔法と神聖魔法。そして戦いに出る兵達を手厚くサポートするための治療魔法や付加魔法、そして合成術。そして病や疾病などに対抗するために調薬術、などなど、その範囲はかなりの広範囲にわたります」
実際のところ、エレノア自身はそれらのうち治療魔法と付加魔法、合成術、そして調薬術のみを得意分野としており、それほど信仰心がないことから神聖魔法は神典詠唱を使わなければろくに効果を発揮せず、光魔法も今のところは使い道に悩む分類である。
「私は、その中で調薬術や付加魔法、治療魔法などを用いて薬屋を営もうと考えています」
「なるほど。確かに、その話が事実であればとんでもないアドバンテージが得られることでしょう」
「ちなみに事実ですのでパッセ様の言うアドバンテージは確実のものとなるでしょう」
「そうですか……可能なら、私もそこに一枚かませてもらいたいものですが……」
「パッセさんのところの商会に卸す分にはちょっと心許ないかもしれないですね。今のところ、マジックポーションを作れるのは私一人ですから」
「それは残念です…………」
エレノアが一日に生産できる量にも限度はある。
マジックポーションはその性質上、一日当たりの生産量はエレノアの魔力量に依存しているし、そうでなくても精密作業になるので精神的な気疲れと言うのも関わってくる。
対して、パッセの商会は大商会である。一部の店舗に限定するとしても、それにプラスして自店で販売するための量も併せて用意できるかと問われると、かなり疑問が残るところであった。
「まぁ、マジックポーションを作れるくらいなら、実際にその魔法を使うような仕事をした方が稼げますからね……」
「正論ですね。才のない我々としては、少々不満の残る話ではありますけど」
治療魔法が使える人は冒険者についていってパーティを組んだり、個人で病院を開いたりなどすればそれでことが足りる。
各種属性魔法もまた然り。こちらは、冒険者ではなく魔道具屋を開いて、生活必需品を売り出すという手もなくはないが――一度限りしか効果のない消耗品を、率先して作ろうという人が少ないのは同じである。
「しかし、それを知っていてなお、エレノア様はマジックポーションで生計を立てようと?」
「はい。……それが、私が最も得意とすることですから。売るのはマジックポーションだけじゃなく、普通のポーションも扱う予定ですからね」
「なるほど……調薬術にも恵まれているのでしたね」
パッセは、そこまで聞くとありがたそうな表情で、薬屋が繁盛することを祈っています、と頭を下げる。
エレノアはそれに対して疑問を感じたが、深くは考えずにそれを受け入れるのであった。
「では、こちらの魔石はお受け取りいただけるということで?」
「えぇ。これがあるとないとでは、やはり作れる量が違いますから。……これがあれば、多分、ちょっとくらいならパッセさんの方にも降ろせるんじゃないかな、って思います」
「ほ、本当ですか!?」
「は、はい……多分、ですけど……。あと、本当にちょっとだけですよ? まとまった量となると、週に一回くらいになりそうですし」
「それでも問題ないですよ。それなら、こちらとしてもこれを用意した甲斐があったというものですからね!」
パッセはそういうと、残ったお茶を飲み干してから『それでは失礼いたしました……』と辞したのであった。
・アンチミネラリーヒールポーションストレージバッグ>慈愛の宝玉
・数々のポーション>コーネリアの身柄>魔晶石
誤字報告をいただきまして、ありがとうございます。
引き続き、本作品をよろしくお願いいたします。




