過ぎた時のIntrigue:6
とにかく、警戒すべき種族に呪いを掛けられた人をそのまま放置しておくわけにもいかない。
呪いの効果としても、その呼称的に放置しておけば精神衛生上よくないであろうことは確かなので、エレノアは早速解呪を試みることにした。
目の前で再び服を捲りあげ、呪いの痣をさらしたコーネリアを前に、エレノアはすー、はー、と深呼吸をして聖魔法を使うために精神を統一し始める。
「お手を煩わせて申し訳ありません……」
「構わないわ。あなたは私にとってとても大切な人だもの。何とかしてあげたくて当然じゃない」
「お嬢様…………」
コーネリアは、感極まったように涙ぐむ。
が、エレノアはそれに気づかない。精神統一をするために目を閉じているためだ。
やがて己の身に清浄な魔力が満ちるのを確認すると目を開き、呪いの術式構造を把握するために再び真実の眼でコーネリアの呪いを調べ上げる。
「その呪い――視覚や聴覚の情報共有効果もあるわね。どちらにしろ、早い段階で対処しておきたいところでもあるしね」
「そう、なのですか…………」
えぇ、とエレノアは短く肯定して、さらに呪いの効果を読み解く。
思ったよりも嗜虐的で、精神的に受けるダメージが高そうな、危険な呪いだ。
しかも強度も非常に絶用で、これをかけた魔族が相応に高位の存在であることがうかがい知れるものであった。
「こんなのかけられて、夜はとてもつらかったでしょうに……」
「はい…………正直言うと、今夜もまた、あれが襲ってくるのかと思うと、憂鬱で仕方がありませんでした……」
それはそうだろう。夜な夜な悪夢に見舞われるとあっては、とても眠れたものではないはずだ。
それでも隈が出ていないのは――首輪による、体調維持機能によるものだ。奇しくも、奴隷に落とされたという事実が、寝不足の影響をほぼ完全に打ち消してしまっていたのである。
「それじゃあなおさら夜になる前に、解呪しないといけないわね。――それじゃ、いくわよ。準備はいいかしら?」
「はい。――よろしく、お願いいたします」
首元から下がる鎖を揺らしながら、コーネリアは深くお辞儀をした。
「えぇ。では――ディスペルカース!」
(神様、この世界を統べる唯一無二の我が主様、どうか我が知己、コーネリアを邪なる戒めから解放してください)
エレノアは、精神統一で清めた自身の魔力をコーネリアに纏わせながら必死に祈りを捧げた。
エレノアの祈りが込められた魔力はほのかな光を放っていたが、やがてその光は強くなっていく。
「うっ……あぐ、ああぁ……」
「あっ、ぃや、なに、これ……」
しかしそれに抗うかのようにコーネリアの下腹部にある紋章が、不気味な赤黒い光を放ち始め、呪いをかけられている本人であるコーネリアと、呪いに干渉しているエレノアの両名にその力を発揮し始めた。
――呪いを解呪する際に発生する、呪い側の抵抗によるフィードバック。それが二人を襲っているものの正体である。
解呪時における呪い側の抵抗のフィードバックは、その呪いの効果によって異なる。
今回、コーネリアに掛けられた魔法はかけ他種属が魔族だったこともあり、それらしい効果がてんこ盛りの効果だったため、抵抗のフィードバックも相応に強いものとなった。
(うぅ………どうしよう、どうしよう。思ったよりもフィードバックがきつい。これ、本当に解呪できるのかな?)
あまりのフィードバックの強さに、コーネリアが後方に――ベッドの上に倒れる。
想定していたよりも意外と強めの呪いかけられていると知って、エレノアは少々たじろいだ。
しかしコーネリアを放置しておくわけにもいかない。なにしろ陰険な呪いの効果に加えて、こちらの行動を逐次術者に報せる監視効果まで付いているのだ。
ここで呪いを解くか、少なくとも監視効果だけでも取り除かなければマズいということだけは確かである。
エレノアはさらに深呼吸を重ね、神聖魔法に回す魔力を追加で練り上げてはそれをコーネリアへと送っていく。
やがて、呪いの抵抗に押されてほとんど呪いの魔力と同じ色に染まってしまっていたエレノアの魔力は、再びその魔力を押し返して、徐々に白色へと染め上げていき――そしてついに再びコーネリアの全身を白い魔力が包み込んだ。
解呪魔法が呪いの中枢に到達し、本格的な解呪が始まったのだ。
徐々に呪いからのフィードバックが弱まっていく。
エレノアの神聖魔法の魔力も、その輝きを刻一刻と強さを増していく。そして――一際強く輝いた瞬間、ぱぁっ、と弾け飛んで無数の粒子となって消えていった。
あとに残ったのは、荒い息を上げてベッドに横たわるコーネリアの下腹部に鎮座する、赤褐色の宝玉が一つ。
エレノアは、直前に感じた手ごたえから、それが解呪魔法によって魔石という形でコーネリアの体からはじき出された呪いの魔力であると、直感でそう悟った。
「はぁ、はぁ……はあ~、なんとか、成功したぁ~……」
「ありがとう、ございました……」
息を切らしながら、コーネリアの下腹部からそれを取り上げ、まじまじと眺めながらそう呟けば、コーネリアもまた起き上がって、息を整えながらエレノアにとりあえずまずは、といった感じで礼を言うのであった。
エレノアは手の中の宝玉を眺めていたが、ふとコーネリアの下腹部に視線を移す。
手ごたえからして、まだ少し呪いを残してしまったような感じもしたので、真実の眼で呪いがどうなったのかを三度確認するためである。
(呪いは…………『淫魔の毒気』に変わっているわね……。やっぱり、全てを解くことはできなかったか……)
呪いの効果はだいぶ薄まり、神聖魔法の『ディスペルカース』によってあらかたの効果は取り除かれていた。
エレノアが最も危険視していた監視効果もそれらには含まれ、魔族に精気を捧げる存在であれ、とするための最低限の術式が名残り程度に残ったのみた。
完全ではなかったものの、最悪の事態――解呪失敗には至らずに済んで内心ほっとしていたエレノアだった。
が、コーネリアはエレノア自身が説明でもしない限り、それを知る由もないことにハッと気づき、短時間ながら放置気味になっていた彼女を見やった。
案の定、コーネリアは期待と不安が綯い交ぜになったような顔をしてエレノアを見つめていた。
やるだけやっておいて結果を伝えずに放置していたことに申し訳ない気持ちを抱きながら、コーネリアに、状況の説明をしようとエレノアは口を開いた。
「あらかた、解呪は成功したわ。手ごたえもあったし、この石が何よりも証拠。なんだけ、ど…………きゃっ!?」
「本当、ですか……! ありがとうございます、おかげで助かりました!」
が、しかし。
手の中の宝玉を見せながらとりあえずの成功を伝えたところで、感極まったようにぱぁっと顔を明るくしたコーネリアに詰め寄られ、思わずのけ反ってしまう。
これで夜も辛くなくなりそうです、本当に助かりましたと泣き叫びながらぎゅっとエレノアの体を抱きしめるコーネリアに包まれ、エレノアは椅子からずり落ちないようにわたわたと手を振り回すのであった。
それからエレノアは、残ってしまった呪いについてコーネリアに説明する。
呪いの効果は『精神弱体(大)』が『精神弱体(中)』になってしぶとく残った以外はほとんど消滅した。残った効果もそれくらいならエレノアがそれ用のポーションを調剤すればどうにかなるし、そもそも魔力がある程度回復してから再度解呪に踏み切れば、今度こそ完全に解呪できるくらいには落とし込めている。
エレノアとしては、監視されなくなっただけでも大成功と言える結果だし、それに加えて『悪夢誘発(大)』が完全に消えたなら、コーネリアも安心して眠ることができるだろう。
満足しない理由がなかった。
問題は、その魔力の回復にかかる時間だが。
「今夜は、ちょっと我慢してもらわないとだめかもしれないわね…………」
「そう、ですか……」
まだ呪いの効果は残っているとはいえ、それでもメンタル面で打たれ弱くなるという一つの効果しか持たない、単調な呪いになり下がったことには、コーネリア自身もほっとしているようであった。
おそらく、それなら一晩くらいであれば一人でもどうにかなると思ったのだろう。
エレノアはコーネリアを鑑定して、『精神的外傷(弱)』とあることに一抹の不安を覚えたが、本人が大丈夫そうにしているならその時になってから改めて考えればいいか、と考えることを放棄した。
それから、エレノアはその手で握っている宝玉に目を落とした。
彼女がテーブルの上にその宝玉を置けば、コーネリアもしげしげとそれを眺める。その表情は警戒心からかどことなくこわばっているように見える。
どうやら、つい先ほどまで自身を魔族の手先に貶めていた呪いそのものであると、悟ったのかもしれない。
「あ、むやみに触らないでね。あなたの体に残った呪いの残滓と同調すれば、単調なものに落とし込めていたとしても非常に厄介なことになりかねないから」
解呪魔法により、宝玉が呪いだった頃の術式はすべて崩壊しているだろう。それでも、それが魔族の魔力であり、同類の呪いにとって強力な強化材料であることに違いはない。何が原因でこの宝玉の魔力がコーネリアの呪いに流入するかわからない以上、彼女には極力触れさせないようにするべきだろう。
「お嬢様は大丈夫なのですか?」
コーネリアは、エレノアの言葉を聞いてぎょっとしてテーブルから離れていった。
そして同時に、エレノアのみの心配もし始める。
が、エレノアとしては無用の心配だったりする。なにせ、彼女は神に選ばれし聖女なのである。祈祷こそ捧げていないものの神聖な存在であることに相違ない彼女は、呪いに対して誰よりも強い耐性をもつ。
それは、聖女としての魔力が、体に流れ込んだ呪いを片っ端から中和していってしまうからである。
「私、これでも聖女様だからね。ちょっとやそっとの呪いじゃ、触れただけでも解呪してしまえるくらいには耐性があるわよ? 明確に人体に不調をもたらすレベルになるとさすがにそうはいかないけど、それでも私自身が呪いにかからないくらいには、ね」
そのため、解呪魔法によりはじき出された宝玉を直接手で触れた程度なら、魔族の魔力による浸蝕を防ぐくらい余裕なのである。
――砕いて服用する等、あえて自ら受け容れるような危険を冒さなければの話ではあるが。
「…………でも、心配ですし、何かの間違いで宿の従業員がその魔石に触れてしまうとも限りませんから、それは巾着袋などを用意してそれにしまっておくべきだと私は思います」
「そうね。それがよさそうね。……念のため、用意した巾着袋にも呪いを遮断するためにシャットアウト・カースの魔法をかけておいた方がいいかもしれないわね」
「また私が聞いたこともない神聖魔法を…………。先ほどの解呪魔法と言い、いったいいつの間に……」
どうやら、元々のエレノアはディスペルカースも使用したことはなかったらしい。
エレノアに前世の記憶がよみがえったことで、おおよそ『ツイント』に登場した魔法であればほぼすべてを網羅している、とは間違ってもいえない。
これからどうやって誤魔化していこうか、としばし頭を悩ませ続けるエレノアであった。
――そしてこの晩。エレノアの魔力回復が間に合ったことで、完全にコーネリアの呪いを解呪することに成功。それにより生じた安心感からなのか、コーネリアはベッドに入るとあっという間に熟睡してしまったという。
Interlude
同じころ。
王都の某所で、一人の女性がなにやらひそひそと誰かと話をしているかのような独り言を、呟いていた。
――はい。先日の目撃者は、厳重に呪いをかけたうえで奴隷に落とし、我々の支配下に置くはずを整えていたはずなのですが――はい、そうだと思われます。監視を続けていたところ、どうも聖女の片割れに保護されたようです。結果として、我々の存在も感づかれることになってしまいました」
いや。誰かと話しているような、ではない。実際に、誰かと話しているらしい。
もっとも、何かの魔法を使って遠隔地にいる相手と話しているのか、肝心の話し相手はその場にはいない。
女性と謎の相手との話は続く。
――申し訳ありませんでした。そのまま屋敷に置いたままにしていては、いずれ内部から露見する可能性があると判断し、今回のような手に踏み切ったのですが、完全に裏目に出てしまいました。
――はい、私も予想外でした。まさか、あんな世間知らずの箱入り娘が、たくましく下町で生き残っていたとは。
――えぇ。私も当初立てていた予測の通り、聖女の片割れは貴族社会を追い出されて数日以内に野垂れ死にするものと思っていたのですが、予想外に庶民の生活に溶け込んでおりまして。
――はい。奴隷に落としたメイドを通して話を聞いていたところ、どうやら生活基盤も盤石になりつつあるようです。
――情報の裏取りはまだですが、さる大商会の会頭とも知己になっているとか…………。野垂れ死にするのを待つのは得策ではないため、別の手段をもって抹殺、もしくは我々の手の内に引き込む方向にシフトしなければならないかと。
――え? 大丈夫なのですか? はい、はい――わかりました。では、その方向で進めていきます。
――はい。成功しました折には、必ず……を……させて見せましょう。ふふ、ご心配なく。嫌疑をかけられていたとしても、しょせんは未覚醒の聖女ですから。素直に出家しなかった代償を、支払うことになるでしょうね……。
最後に一言二言、女性は謎の相手から指示を受けると、謎の相手との交信を絶った。
淑やかな歩みで天蓋付きのベッドに座り、その顔に浮かべたのは――嘲笑。
脳内に思い浮かべた相手を嘲り、どう料理してやろうかと女性は妖しく嗤う。
――過去に講じた策謀は失敗に終わり、しかし新たな策謀が張り巡らされる。
エレノアの危惧していた事態へ向けて、世界の運命がうねりを上げて動き出し始めた。
・アンチミネラリーヒールポーションストレージバッグ>慈愛の宝玉
・数々のポーション>コーネリアの身柄>魔結晶




