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わらしべ聖女様 〜TS転生放逐令嬢の奮闘記〜  作者: 何某さん
ハジマリのChastity belt
12/66

過ぎた時のIntrigue:5


 エレノアは、宿でコーネリアの分お金を追加で支払ってから自室へ戻ると、早速コーネリアから話を聞き始めた。

「それで、あなたの身に一体何があったというの……?」

「はい……あれは、エレノア様が勘当を言い渡されて、お屋敷から出ていってから数日後のことでしたでしょうか……」

 コーネリアは、自身の記憶を呼び起こすように視線を外した。


 ことは、エレノアの中に『彼』の記憶が宿った日までさかのぼる。

 前世の記憶が彼女に宿ったころ、彼女の実家の王都邸では、コーネリアが正室付きの侍女の一人として、扱われるようになっていた。

 厳密には、コーネリアはエレノアの側付き時代からすでに侍女として扱われていた節があった。

 彼女が正式にそう扱われるようになったのは、エレノアが屋敷から出ていってすぐのことだったので、ごくわずかな期間のことでしかなかったが。

 さて、レーペンシュルク夫人の侍女となった彼女は、エレノアの側付きだった頃よりも若干忙しさを感じるものの、彼女の時と同じ動きをすればいい、とはいかなかった。

 なにしろ、茶会や社交界、そしてそれらの合間を縫って、主人の補佐をするための情報収集を行うなど、夫人自身が多忙であったのだから。

 コーネリアに与えられた仕事は、衣装類の管理であったのだが、公爵夫人ともなれば持っている衣装の数もまたその娘であるエレノアの比ではなかったため、やはり多忙を極めた

 何しろ、ドレスの下に着こむものだけでもとても多いのだから。

 無論、ドレスの量も半端ではない。

 シーズンやその時の流行に合わせて、実に様々な着こなしを求められる公爵夫人にとっては、自分でもドレスの管理をするのは難しく、それらはもっぱら侍女たちの仕事になっていた。

 そしてその日に社交界や茶会を開催したり、あるいは参加したりする予定があるならば、それの選別ももちろん侍女の仕事であった。

 だから、コーネリアは衣類の管理、とは言っても、なにも衣類の状態のチェックや洗濯の手配などのみをすればいいというわけではなく、コーネリア自身も貴族夫人が纏うドレスの流行チェックは欠かさずに行わなければならなかった。

 エレノアの時にもそれは身に染みてわかったが、彼女の時以上に気を使う仕事になりそうだなぁと、当人はちょっとだけ憂鬱に思っていたりもしていたらしい。

 そんなコーネリアであったが、改めてその仕事を覚えるために先輩の侍女に付き従ってあれこれを覚えて回っているうちに、さらに数日が経った。

 任されているのは衣類の管理だけだというのに、すでに疲労がたまりつつあったコーネリアは、その日の深夜、用を足すために自らに宛がわれた寝室から、トイレへと向かって移動していた。

 侍女はメイドとは違って主人が使用するトイレの使用が許されていた。コーネリアもそのトイレに向かうべく移動していたのだが――そこで、正室の部屋から妙な光が漏れていることに気づいたのである。

 屋敷の間取り的にトイレに向かうには正室の部屋を通らねばならない。ゆえに、正室のドアが開け放たれていた以上、その異変に気づいたのは必然だっただろう。

 ――それが、明らかに普通の光ではなかったとしても。


「……妙な光…………? それは、どんな?」

「赤い色、でした……。とても赤い、不安を感じさせられるような不気味な光……。強い魔力を感じましたのでなにか儀式的な魔法を使用しているものかと思い、確認のために部屋の中を覗き込んだのですが……」

「…………そこで、あなたが奴隷になってしまう何かが起きたのね?」

「はい……」

 コーネリアは、エレノアの問いかけに頷くとおもむろに椅子から立ち上がって、ギルドで着替えさせてもらった平民用の服の裾をめくりあげた。

「ちょ、いきなり、なに、を…………っ!?」

 突然の奇行に、エレノアは慌ててそれを止めようとするも、行動を成す前に『それ』が目に入ってしまう。

 水滴のような図形を鎖でがんじがらめにしているような、青黒い刺青のような紋章が。

 渦を巻くようなその図形は、どちらかと言えば水滴というより魂をモチーフにしているような感じだ。それがエレノアに嫌な予感を掻き立てさせる。

 何よりも――真実の眼から伝わってくるまがまがしい紋章の正体が、エレノアにこの上ない焦燥感を与えた。

「そんな、それ――こんなの、一体どこでつけられたのよ…………! それは明らかに凶悪な『呪縛』じゃない!」

 真実の眼に映し出された、呪い――それは、『搾取の呪縛』と呼ばれるもの。大別すれば『呪い』の上位にあたる『呪縛』であり、この上には呪い系最上位の状態異常『呪詛』が存在する。

 サキュバス族が使用する女性限定の呪いの一種であり、対象を擬似的な『サキュバス』に仕立ててしまうというとても恐ろしい呪縛である。

「なんてこと…………。あなたまさか――サキュバスに会ったの……?」

「……はい。仰せの通りです。私はサキュバスと遭遇してこの呪いをかけられたのです…………」

 エレノアは、自分に近しい人物がそんな呪いをかけられていると知り、過剰なまでに警戒心をあらわにして、そして怯えるように己の肩を掻き抱くのであった。


 ――彼女がなぜこうもその紋章に対して警戒感をあらわにしているのか。

 それは、前世の記憶の中にある、ゲーム『ツイン・セイント』の知識に起因する。

 『ツイント』はマルチエンディング制を採用した恋愛要素のあるRPGであり、そしてこの世界は『ツイント』にそっくりの世界である。少なくとも今のエレノアにとっては、魔法に関する法則性やエレノアがこれまでに辿ってきた運命(ルート)、そのどちらをとっても、『ツイント』の世界そのものと言って差支えがない世界であった。


 さて、その『ツイント』についてであるが、このゲームはマルチエンディング制を採用しているシナリオにふさわしく(?)、各ルートによって登場するモンスターやボスにそれぞれ異なる特色がある。

 例えば、エレノアルートでは一定の距離感を保ちながらも、シリカとは何とかうまく友達付き合いを続けることができるので、彼女が敵サイドに回ることはない。

 そのためエレノアルートではシリカたち教会との絡み合いがメインとなり、こちらのルートで明かされる情報のテーマは作中世界のモンスター情勢となっている。

 モンスター、魔族許すまじと言っている教会と、シリカを介して仲直りするこのルートらしいテーマと言えよう。

 一方のシリカルートは、なぜ聖女が二人存在してしまっているのか、その謎を解き明かしていくルートとなっており、ゆえに仲たがいしてしまったエレノアとの『和睦』がテーマとなっているのである(ちなみにどちらのルートでも『隷属エンド』や『潰滅エンド』などといった似た立ち位置にあたるエンディングがある)。

 シリカルートにおいてエレノアはすべてのルートにおいて、乙女ゲームよろしく断罪されて貴族社会から放逐される運命をたどる。

 そうなった場合エレノアはどのルートでも最低1回、多い時では5回敵キャラクターとして実際に戦うことになる。

 そして――三つあるシリカルートのうち二つにおいてエレノアはサキュバスに戦いを挑むか囚われており、片方のルートでは主人公たちと再び相対した後祖国に保護される。もう片方のルートでは命からがら何とか逃げるもサキュバス達に要警戒対象とみなされており、一度だけ主人公たちと相対した際にその事実を知らされるがその後しばらくは消息不明、という運命をたどる。

 なぜ二つものルートでサキュバスが絡んでくるのかといえば、それは『隷属エンド』と呼ばれる、エレノアルートのフィナーレを飾るエンディングによるところが大きい。

 ルート的には上記二つのルートのうちの、片方のルートのエンディングとなる。

 『隷属エンド』ではサキュバス達の努力が結実し、警戒すべき対象であった聖女の片割れであるエレノアを、眷属化したうえでサキュバス陣営に取り込むことに成功してしまうのである。

 そのルートでは最終的にサキュバスの支配下から逃れんとするエレノアの強い意志が、反発しあう聖女の力とサキュバスの力&サキュバスの呪いを統合してしまう。

 しかしサキュバスの支配下から逃れようとしても、精神的にはすでにサキュバスのそれに染まり切ってしまっており、統合された力はサキュバス達から与えられた力をさらに高めるような結果になる。

 その結果、エレノアはエレノアルートのラスボスとも称される『ナイトメアサキュバス』へと突然変異してしまうのだ。

 前世の記憶がよみがえった今のエレノアとしては、その結末だけは何としても避けたいなと思っている。

 しかし、エレノアの記憶とコーネリアの話をまとめると現状は最悪といえた。

 『ツイント』そっくりのこの世界においても、おおよそ『ツイント』とまったく同じ運命をこれまでに辿っていることは、エレノアが断罪され、平民堕ちしていることからして窺い知れることではあるが――。

 ここから先もゲームのイベントと同じことが起こると仮定して、現状『どのルートと同じを辿っているのか』を考えたとき、現状から推察してもっとも合致するのはエレノアにとって最も過酷なルート、すなわちシリカルートなのだから。


 さて、エレノアたちの視点に話を戻そう。

 彼女たちは、エレノアが真実の眼で調べた謎の紋章について思考をめぐらせていた。

 『搾取の呪縛』。それが、コーネリアに付けられた謎の紋章の正体だ。

 呪いとして作用するのは夜間だけらしく、コーネリア自身を真実の眼で見てもその存在が分からなかったのもそれによるものであるらしかった。

 真実の眼は、ゲーム中ではプレイヤーに敵のステータスや各アイテムの情報を提供する、システム面でのアシスト機能という意味合いが強かった。

 現実のこの世界でも、それに準拠しているのか、こういった呪いであっても、人を見た時にそれが発覚するのはあくまでも呪いとして、実際にその人が『発症』している場合のみとなっているようだ。

 だから、コーネリアと再会した時も、エレノアは全くこのことに気づかなかったのである。

 ただ、一度その根源を認識してしまえば、次以降はかけられている本人を視ただけでわかるようになったが。

「本当にサキュバスの呪いなのよね…………? いくらなんでも今回ばかりは……さすがに、私のスキルをも疑ってしまうわ」

「間違い、ありません。これはサキュバスの呪いに違いありません…………っ! あのお屋敷にはサキュバスが潜んでいたのです!」

「そんな…………それに、まさか、お母様が……?」

 サキュバス。

 その存在は、エレノアに強い警戒心を与え、怯えさせるには十分すぎるものであった。

 なにせ、現在エレノア自身が置かれている状況からして、世界はすでにシリカを中心とした物語を紡ぎつつある。

 『ツイント』で起こったことがこの現実でも実際に起こり得ていることはエレノアの記憶を辿っていけば明確であり、このままいけば高い確率でエレノアはサキュバスと遭遇することになるだろう。

 サキュバスと遭遇――つまり、聖女としてのエレノアを警戒し、早期に取り込むかその身を滅ぼそうとしてエレノアをつけねらうその種族。

 『ツイント』では、呪いに強いはずのエレノアにさえ狡猾な手口で見事に眷属化の呪縛をかけてサキュバスへ転身させた挙句、『ナイトメアサキュバス』という化け物を作り出してしまった恐ろしい種族でもある。

 つまるところ今のエレノアにとっては、サキュバスという存在そのものが彼女自身の『バッドエンド』に直結する存在なのである。

 それがゲーム『ツイント』で言うところの、序盤から中盤の前半部分に差し掛かるころという、非常に早い段階ですでに気配を現し始めていると知って、怯えないはずがなかった。

「まさか、サキュバスが私の実家に潜んでいただなんて……それもお母様に化けていたなんて…………」

 おそらくだが、もともとのエレノアに気づかれないうちにすり替わっていたのだろう。サキュバスとのハーフではないことは、エレノア自身を真実の眼で証明済みである。

「もしかして、あの断罪の場もサキュバス達の策によるものなのでは」

「可能性は否定できそうにないわね…………証拠が足りないから肯定もできないけれど」

 断罪の場に居合わせたコーネリアがその可能性を指摘する。エレノアは、可能性としては高そうだと頷いたが断定はしなかった。

 実際のところ、それにまつわる情報はゲーム由来の者であれば確かにある。が、それをコーネリアに話すわけにはいかず、元々のエレノアの記憶を頼りに誤魔化すしかないためである。

 そして、もともとのエレノアの記憶によるならば、エレノアが王太子に断罪された場において、サキュバスの策謀の気配は全くなかったからだ。

 もっとも、コーネリアに掛けられている呪いの例もある様に、エレノアの『真実の眼』といえど絶対ということはあり得ない。現に、エレノアの母に化けていたサキュバスに、元々のエレノアは気づくことができなかったのだから。

 しかも、エレノアが貴族社会から追放される数日前に、エレノアは母親と対面までしていたのだ。

 相手はよほど巧妙にエレノアの母と入れ替わったに違いない。

「しかし……なぜ、お嬢様の御父上の正室に化けていたのでしょう。魔族という存在である以上、貴族――それも公爵家に潜んでいるとわかれば命の危険すらあるはずです」

「きっと、どうにでもなると思っていたのでしょう。事実、あなたに目撃されてもどうにかなったし」

「なるほど……」

 エレノアは、サキュバスが得意とする戦術・戦略から、別にばれたところで全く問題はないのだとあたりをつけた。

 実際問題、サキュバスは魔族の中では女性型ということもあるが、それ以上にその特性からして単純な力の強弱では下の中、といったところであるが、同時に敵に回すと危険な種族の一つとして知られているのもまたサキュバスなのだ。

 力押しでは確かに恐るるに足らない(上位種であればこの限りではなくなるが)ものの、真に恐れるべきはサキュバスが女性型の『淫魔』であるということだ。その種族系統共通の特性が厄介であり、危険性を高める要因でもある。

 この世界のサキュバスを敵に回した際の厄介なところは多々あるモノの、今回はその内の一つである、サキュバス族十八番の精神干渉系の魔法が槍玉に挙げられるだろう。

 相手の精神を揺さぶり、精気を啜るサキュバス族にとって、相手――特に異性を意のままに操るなどたやすいことである。

 それからエレノアは、動機もおそらくは自身にある、とコーネリアに語った。彼女が今一番知りたいのはおそらくそこだろう、とあたりをつけたからだ。

「動機という意味では、おそらくもっとも考えられるのは私ね」

「お嬢様、ですか? サキュバスが狙っているのが……?」

「えぇ」

 仮にもエレノアは神から認められた聖女である。教会が認めるか認めないかなど関係なく、聖女としての権能を持っている以上、エレノアは聖女には違いないのである。

 であれば、魔族にとっては自らを打ち滅ぼしかねない存在である彼女を放っておかないわけがなかった。

 とくにサキュバス族は敵として認めた相手に対しては、必ず間者を放ち、対象者を孤立させ、呪いをかけて状況を整えてから相対するという狡猾なやり口を用いる。呪いに対してとても強い耐性を有する聖女は、サキュバスにとって天敵以外の何物でもないだろう。

 だから、その存在が露見した時点で、早々にその芽を摘み取ってしまおうと画策しているわけである。

 そのことを話すと、コーネリアは青ざめた顔になってそれは大変だと騒ぎ立てようとしたので、エレノアは慌てて騒ぎ立てるなと命令を下した。

「見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした、お嬢様」

「いえ。誰でも、親しい人が付け狙われていると知って動揺しないわけがないもの……それよりも」

 重要なのは、これから先の身の振り方だろう。

 まさか、保護した人間がサキュバスの手に掛けられていたとは思いもしなかった。

 自分の周りは、実はもう危険地帯で埋め尽くされているのかもしれないとすら思ってしまうくらいには、エレノアは精神的に打ちのめされていた。

 なにしろ、サキュバスである。その呪いが一番効力を発揮するのは、相手が眠っているときなのだ。

 いくら聖女でも、集団で寝込みを襲われてしまえば耐性を突破されて呪いにかかってしまってもおかしくはなさそうである。

 しばらくの間は戦々恐々としながらの夜になりそうだ、と憂鬱な気分にならざるを得なかった。



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