過ぎた時のIntrigue:4
さて、あれこれと(主にエレノアのせいで)脇道に逸れまくってしまったが、本日エレノアがギルドに来訪した主題である開業手続きの続きをするために、アネットは続く書類をエレノアに手渡した。
――と。話を始めようとした、その直前のことであった。
「エレノア様。コーネリアは奴隷ですので、主の許可がなければ私達平民とも、そして同じ奴隷同士であっても、口を開くことはできません。許可にない行動をとろうとすれば、首輪から罰が与えられますので、奴隷に自立行動をさせるためには許可を与える必要があることを忘れないであげてください」
具体的には、そろそろ話をする権利を差し上げてください。
そう促されて、エレノアはハッとしてコーネリアを振り返った。
彼女は、エレノアに少しだけ寂しそうな視線を送っている。
コーネリアを取り戻したことでほっとしてしまい、すっかりそのことについて失念していたエレノアは、若干いたたまれない気持ちで、自由に会話をする許可を与えた。
「コーネリア、自由に他者と話すことを許可します。今後は自分の判断で話しなさい」
「かしこまりました。――ありがとうございます、ご主人様」
「私のことは、エレノアでいいわよ?」
「はい……でしたら、僭越ながら以前のようにお嬢様、と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」
「私はもう貴族ではないのだけれど……あなたが、それでいいのなら構わないわ」
エレノアが何の気なしにそう言った瞬間、コーネリアは再び悲しそうな顔をする。
別にコーネリアが悪いわけではないのに――そう思いながら、エレノアはアネットの話の続きを聞くために、視線を前に戻した。
「大変仲がよろしいのですね。お二人が互いを信頼し合っていることが、今のやり取りだけで十分に伝わってきました」
「まぁ、以前は身分の関係上、私が一方的に命じていた部分もあったから、そうあってくれていたのなら、これ以上喜ばしいことはありませんね」
「えぇ。きっと、そうでしょう。コーネリアの顔を見ればわかりますから」
ふふ、とほほ笑みながら、アネットは改めて手に持った二枚目、三枚目の書類をエレノアに手渡した。
「こちらの用紙は、コーネリアの引き渡し時に確認させていただいた中で、これ以上は頂きすぎと判断したマジックポーションの目録と――それから、絶対にお店に出してはいけない、軽々しく人に出してもいけない『危険な』マジックポーションの目録になります。後者は、エレノア様がお持ち込みにならなかったポーションもありますが、念のため記載させていただいております」
この場で必ずご確認の上、一緒にお持ちください、と差し出され、コーネリアに片方を渡して、分担して流し読む。
読み終わったら、交換して同じように流し読む。
「…………お、お嬢様……世間知らずなところは相変わらずでいらっしゃるのですね」
「相変わらず、ですか……」
「はい……。お嬢様は、ご実家から勘当される前までは生粋の公爵家令嬢でしたから、あまり市場には詳しくなく――いわゆる、箱入りというものだったのです」
「どうりで、ああなったわけですか……」
「この目録を見る限り、お察しいたしますが、そういうことになります……」
エレノアを挟んで、アネットとコーネリアが気まずそうに視線を交わす。
お互い、大変な人と知り合ってしまったものだ、と力強い握手をする光景を幻視して、エレノアもまた気まずそうなになり、彼女は逆にアネットから視線をずらした。
「こほん。禁制品のことについては、先の特別講習でもおそらく説明されたと思うので、もう大丈夫だとは思いますが……大丈夫ですよね?」
「は、はいぃ、それについてはもう、大丈夫です! 絶対に人前には出そうとしませんから!」
「なら結構です。次にいきますね」
(いったい、何があったんですか……)
(しっ! 聞かないで。知らないほうがいいこともあるのよ)
(かしこまりました)
アネットが次の紙を用意する合間を縫ってコーネリアが問いかけてきたが、思い出すのも怖かったために、そうはぐらかしたエレノア。
図らずも、命令口調となってしまったために正式な命令として首輪を通して受理されてしまい、それ以上利くことができなくなったコーネリアはそれで納得するしかなくなったのであった。
「その次は、こちらです」
言いながら、アネットが差し出したのは、一着のメイド服と、平民用の衣類だった。
「コーネリアの所有権の物々交換に際し、彼女の査定価格よりも若干ポーションの査定金額の方が高かったため、残った金額でつけたおまけになります。奴隷用の服では気になるという主人もいますので、念のためにコーネリアの着替え用としてお渡ししますね」
「あ、わざわざありがとうございます。助かります」
その場の勢いでコーネリアを引き取ったはいいものの、彼女の着る服のことまでは考えていなかったエレノアだった。
アネットの言葉を受けて、初めてコーネリアが纏うぼろ布では外には出せないな、と思ったエレノアは、すぐに着替えるように指示を出した。
とてもうれしそうな顔のまま、コーネリアはすぐに部屋の隅に行き、そそくさと着替え始めた。
自分で指示したことではあるが、わざわざコーネリアが着替え終わるのを待ってくれたアネットに、エレノアは頭が上がらない思いだった。
「では、次ですね。こちらは、エレノア様がお店を開くための許可証になります。条件は、先ほど説明させていただいた通りですね。エレノア様がマジックポーションを含む、ポーションをお客様にお売りしても問題ないかどうかを監視させていただくこと。具体的には、ギルド職員を監視要員として出向させていただくことと、その期間中は、仕入れた量――エレノア様の場合ですと、お作りになられた量に応じて一割ほど、最低でもこのサイズのアンプルに半分くらいの量をお納めいただく必要がございます」
「監視が付くのですか……? お嬢様、差し出がましいとは存じますが本当によろしいのでしょうか」
監視、という言葉には、やはりコーネリアもどこか思うところがあるらしい。
ものは考えようだ、とそれをエレノアはやんわりとたしなめる。
「コーネリア、こう考るの。ギルド職員が、問題ないかどうか、その都度自分たちの目で確かめてくれると言っているのよ? 商いごとに関しては絶対的中立を図るべきギルドが、これ以上ないアドバイザーをよこしてくれると言っているの。それも、無償でね」
「はぁ……。まぁ、そう考えるならば、確かに受け入れても問題はないのかもしれませんが……」
「私はむしろ、来てもらわないと困るのだけれどね。なにしろ、箱入り娘なものですから」
今回の一件でつくづくそう思った。
心底そう言いたげな表情で、ため息をつきながらそう言い切るエレノアを見て、コーネリアはそれでようやっと納得した。
主は、主なりに自分というものを理解しつつあるのだな、と。
「たくましい考えですね。他の加盟者様に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいです……ぶつぶつ」
その一方でエレノアたちと相対しているアネットは、エレノアの言葉を受けて思うところがあったのか、口をとがらせてなにやら自分の世界に入り始めてしまった。
どことなく黒い靄のようなものに包まれたのはエレノアたちの錯覚だろうか。
とにかく、どうやらギルドが抱える内情と言うのも、それとなく厄介らしいことを悟ったエレノアであった。
行政の苦労はやはり、どこでも絶えないもののようだ、とおまいう的な心境であったことは、推して知るに難くない話である。
それから、最後に最初の監視要員の選別が終わった旨の連絡が入るまでは開店は控えてほしいと申し出があり、エレノアとしてもまだ店舗を用意してないのでもうちょっと開店までかかるためにこれは一つ返事で了承した。
「では、開業手続きと、あとコーネリアの所有権移譲に関わる手続きは以上で終了となります。本日は、長い時間のお付き合い、どうもありがとうございました。エレノア様のお店が隆盛いたしますよう、最後にお祈り申し上げます」
「いえ。こちらこそ、本日は大変ご迷惑をおかけしました。また、店舗のことや、私のところに来る監視要員の人たちのこととかで来るかとは思いますが、その時もまたよろしくお願いします」
「はい。エレノア様の次のご来訪を、心よりお待ちしております」
そう言って、アネットは深くお辞儀をした。
「では、行きましょう、コーネリア」
「はい。……お嬢様、私は奴隷ですので、お嬢様や主人代理の方と拠点の外を歩くときは鎖を持っていただく必要があります。私自身ではこのように手渡しすることもかないませんので、お嬢様自らの手でお取りください。お願いします」
そのまま部屋から去ろうとするエレノアに、コーネリアが待ったをかける。
奴隷に落ちてしまったコーネリアはあくまでも『もの』扱いのため、勝手にその場を動くことはできないのだ。
さらに、首輪や鎖は奴隷が自ら物理的に破壊することを防ぐために、奴隷自身では間接的にでも触れないようになっている。具体的には、そうしようとしてもすり抜けてしまうようになっている。
そのことを行動で示したところで、ようやっとエレノアは理解にいたり、申し訳なさそうにコーネリアのいるところへ戻っていった。
「あぁ、そうだったわね……。ごめんなさい、コーネリア」
「いえ…………再び、お嬢様にお仕えできて、本当に良かったです……」
「私もよ……。でも、宿に帰ったら、なにがあったか教えてほしいわ。なんで、あなたがこんな目に遭ってしまったのか、私が実家を追い出されてから何があったのか、知っておきたい」
「はい……お嬢様の今の滞在先に到着しましたら、お話いたします」
よろしく頼むわ、と短く命じて、エレノアはコーネリアの首輪に繋がる鎖を引きながら、自身が宿泊している宿屋へと戻っていった。
エレノアが帰路についているころ。
商業ギルド内部では、彼女が開こうとしている店の監視要員で、最初は誰を派遣すべきかを話し合っていた。
話し合いの音頭を取っているのは、エレノアに特別講習を行った男性職員である。
「彼女は、商業ギルド史上きっての問題児ではあるが、同時に何としても引き入れておかねばならない人材だ。彼女が商業で生計を成り立たせることに苦痛を感じさせないように、気を使いながらの監視になる。だれか希望する者はいないか?」
男性職員の声に、まず手を上げたのはアネットだった。
男性職員的にも、彼女は本日初来訪であったエレノアを担当した人物である。
初めて訪れたギルドで遭遇した、一人目の職員。その立ち位置は、エレノアにとってもある意味重要なポジションであることに違いはない。
エレノアにとって、商業ギルドの職員とはこういうもの、という第一印象を与えた張本人でもあるのだ。おそらく、エレノアの信用を得ている唯一の人物といってもいいだろう。
一週目の監視要員としては、これ以上ない人材である。
すると、彼女と仲の良い職員も数名手を上げた。
男性職員は、彼女達にも視線を送り、その顔を確かめた。
――一人は数字関係で強かったな。なら価格決定や価格交渉などの監視にはうってつけか。
――あっちの女性は鑑定眼を持っていたな。エレノア嬢は自分でも鑑定ができると言っていたが、こちらでも鑑定できる人を送っておいて損はないだろう。
――あとはアネット。エレノア嬢の信用を、この場で唯一得ている人物。……ふむ、この面子で問題はなさそうだな。
男性職員は、そんな感じで素早く思考を重ねると、自らが出した結論をその場で示した。
男性職員の選定したメンバーを聞いて、異論をはさむ者はいなかった。
こうして、エレノアが商業ギルドが訪れたその日のうちに、彼女の店の最初の監視要員が、選定されたのであった。




