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わらしべ聖女様 〜TS転生放逐令嬢の奮闘記〜  作者: 何某さん
ハジマリのChastity belt
1/66

始まりのChastity belt:1


(うぅ、痛い……昨夜は飲みすぎたかな……)

 久々に長期間の連続出勤で、抱えてたしごとに片が付いたからやっと休みが取れて……それで、調子に乗ってたくさん缶ビールを開けすぎたかもしれない。

 そう思いながら、彼女(・・)は朦朧とする意識に渇を入れ、頭を振って上体を起こす。

(ん……なんか、下が固い?)

 そして、体の下から伝わってくる地面(・・)の質感に、彼女(・・)はかすかに首を傾げ、そして昨晩の記憶を手繰り寄せた。

 確かに昨晩はたくさん酒を飲んだ覚えはあるが、それでも寝るときはきちんと布団に入って寝たのを覚えている。

 酩酊状態というわけでもなく、意識ははっきりしていたから確かだ。

 それとも、それは勘違いで、すでに夢見心地だったということなのか。

 どちらにせよ、ここが布団の上ではないという事実だけは明確のようである。

 これは早々に起き上って、軽くストレッチをする必要があるかな、と思い、ふと周囲を見渡した。

 そして一言。

「――――はぁっ!?」

 いや、言葉ではなく叫び声だった。

 改めて、彼女( ・・)は周囲を見渡した。

 いまだに少し頭がずきずきとするが、思考に支障があるわけでもない。だから、ゆっくりじっくりと周囲を見渡して、それからこれは夢ではないのかとついでに頬を思いっきり抓ってみるが――夢ならば消えているはずの目の前の光景は、全然変わることなくそこに存在していた。

 薄汚れた地面は踏み固められた土で、左右にそびえる建物の壁は異常な臭気を放っている。

 このすえた臭い――垢や汗の臭い、そして糞尿の臭い。

 外でこういう匂いがする場所は限られてくる。

(ここは――もしかして、浮浪者のたまり場なの……?)

 三度、周囲を見渡してみる。

 すると、確かにそこには、それらしい人達が幾人か確認できた。

 彼らは、まるで彼女のことを性の対象として見ているような視線を送っている。

 その視線の気持ち悪さに、彼女は身の毛がよだつ様な感覚にとらわれ、自身の胸を抱くようにして、その場から離れようとした。

 ――あれ。なんでそうしたいと思ったのだろうか。

 そう疑問に思うも、まずは何かを考える前に、視線から逃げ出したいという思いのもと、彼女(・・)はいつの間にかはいていたのか、履き慣れていないはずのハイヒールの靴で、その場を後にした。

 浮浪者たちはさすがに表通りまでは追ってこようとは思わなかったのか、そのまま裏路地へと引き返していったようだ。

 彼女(・・)はやれやれ、と一息ついて、それから先ほど気になった、どうして胸を抱きながら逃げたくなったのかということについて考えてみる。

 別に、性的欲求を満たす相手として見られていたことに対しては嫌悪感を抱いていたし、身を護るために体を守ろうとして、とっさに胸を抱いたことに関しては、違和感を覚えるまでもない、至極当り前のことと言えた。

 しかし、だからこそ逆に違和感を覚え、そしてそれ自体にまた疑問を感じてしまう、という、とても妙な感覚にとらわれてしまうことに、浮浪者から逃げているときに気づいたのだ。

 どうやら、自分は何やらとてもおかしなことになっているのではないか、と。

 そこで、先ほどから気になっている、胸のあたりにある柔らかいふくらみに視線を向けてみた。

 するとそこには――

「おおぅ……なんかでかいわね……いや、それほどでも…………なくはないか」

 結構な大きさを持つ、見事な『おっぱい』が二つ。

 決して爆乳というわけではないが、さりとて小さいというわけでもない大きさ。

 逆に、アレ(・・)の感覚が全くしない股間もチェックしてみたいが、さすがにそれは人々の往来が激しいこの場では一目がはばかられる。

 結局、股間のチェックは後でするとして、ひとまず自身が女性となってしまったことだけは確認できた彼女は、これからどうするべきか、と考え始めた。

 その顔は、かなり困窮した表情だ。

「うーん……走ってる間に、いろいろとこっちの彼女(・・)の記憶も戻ってきたのよねぇ」

 これまでは、男の精神がこの体に入り込んできたことで、記憶の統合ができていなかったのか、男の精神が持つ記憶しかわからない状態だったが、時間を置くにつれて、徐々にこの体の持ち主の記憶も戻りつつあり、それに伴い精神もこの体の持ち主のそれに引っ張られつつあった。

 そして、その記憶が、彼女を困らせる原因にもなっていた。

 というのも――

「この体の持ち主はいわゆる悪役令嬢で、婚約者を寝取られた挙句ほぼ体一つで放逐されました、て? はぁ……、どんな悪役令嬢モノのラノベなの、それ…………」

 言っても仕方がないことだが、言わないとやってられない。

「しかも、こいつ(・・・)の名前、聞いたことがあると持ってたら私がやってたゲームの登場人物じゃない……」

 しかも、そのゲームも、ジャンルはどちらかといえば――。

「まったく、どうすればいいのよこんなの」

 そんな感情のままの言葉を漏らしつつ、本当に困ったことになった、と彼女は頭を抱えた。




 ――『ツイン・セイント』というRPGがある。

 このゲームは、シナリオ性を重視したRPGで、恋愛要素ありのマルチエンディングシステムを採用している。

 要は、RPGにADV要素をぶっこんだ作品というわけである。

 とはいえ、比重的にはRPG要素の方が圧倒的に大きいが。

 彼女――エレノア・レーペンシュルクは、その『ツイン・セイント』(通称『ツイント』)に登場するメインヒロインの内の一人であり、七つあるルートのうちのいくつかで、主軸を担うキャラクターでもある。

 それと同時に、彼女を味方に引き入れている状態では入れないルートにおいては、敵キャラクターとしても登場する。


 ゲーム内でのエレノアは、この国でも一、二を争う権勢を持つ、レーペンシュルク公爵家の令嬢として生を受けた。

 そして、十歳になった時。エレノアの運命を決定する事件が起きる。

 この世界では、十歳になると神達から祝福が与えられる。

 この祝福は、与えられたものに対し、いくつかのスキルと呼ばれる特殊な技能と、何かしらの『適職』を与えるもので、人々はその大半が、これを将来就くべき職業をきめる一つの指針としている。

 祝福は十歳になれば教会や神殿といった施設に行かなくても与えられる。しかし、鑑定系のスキルでも与えられない限り自分でそれを見極めることは不可能なため、基本的には式典などを開いて大規模な集団鑑定を行うのが基本となっている。

 エレノアも住んでいるこの国――ルベルト王国においては、国により定められた国教の教会で『祝福の義』という儀式がそれにあたり、エレノアもまたこの儀式には参加した。

 エレノアが授かった職は『聖女』――百年に一度、たった一人にしか現れず、また現れたとしてもその時代につき一人だけ。重複して存在することは決してありえない、とも言われる、非常に希少な適職だった。

 それが、目の前にいる少女に与えられた。

 その事実に、参加していた少年少女はもちろん、その保護者や教会関係者たちは騒然とした。

 なにせ、世界で二人と存在できないとまで言われる、伝説級の適職なのだ。

 そこにいるだけであらゆる恩恵にあやかることができるし、聖女というその名からして教会の象徴的存在としてもふさわしい存在足り得る職業である。

 ゆえに教会は、彼女の所属に関して、教会側で引き取り、以降は教会内部で聖女にふさわしい教育をしたい、と周囲に発信した。

 これが庶子であれば、あるいはだれも反対の声は挙げなかっただろう。


 問題となったのは、エレノアがルベルト王国内でも屈指の権勢を有する、レーペンシュルク公爵家の令嬢だったこと、また将来はこの国の王妃として、王国の女たちのトップとして君臨することが定められていたこと。その二点だった。

 正式に出家して、教会所属の聖女としてその立場を確立させてしまえば、王族との婚姻はもちろん、諸侯へすら輿入れはできなくなる。

 なぜなら、教会の教義において、聖女には純潔性が求められるからである。

 もちろん実際のところそれが失われたからと言って、力が失われるという根拠などあるわけもない。その教義は、教会が聖女を手放すまいとして定義した、エゴイズムなのだから。

 閑話休題、そういうわけで、国としても聖女の血筋は欲しく、教会側の発した言葉は聞き入れられることはなかった。

 教会は、公爵家に赴いては事の重大性を説いたり、周辺各国に呼び掛けて賛同を得ようとしたりし、場合によっては後ろめたい手段を用いてでも、エレノアを確保しようと画策したが――ついぞ、それがかなうことはなかった。

 エレノアが12歳の誕生日を経て、デビュタントを迎えた際に、王太子との婚約を広く発表。その際に、慣例に基づき、婚約の口づけを躱したからであった。

 教会の教義によれば、その純潔性はちょっとした口づけにすらも及ぶため、これで潔癖症の教会側は、エレノアを迎え入れようとするのをあきらめたのだ。


 そんなこんなで順風満帆な貴族令嬢生活を満喫していたエレノアであったが、祝福を受けてから数年後、二人目の聖女が彼女の前に姿を現したことで、彼女の平穏な生活は唐突に終わりを迎えることになる。

 十分に王国の統治が行き届かない、貧民たちの住まうスラム街。

 その一角で、一人の少女が聖女としての産声を密かにあげていたことが発覚したのだ。

 『ツイン・セイント』のタイトルが意味する、もう一人の聖女。すなわち、二人目の聖女。それが、彼女―――シリカ・エルトリスである。


 シリカは、東洋人の血を引き、とある男爵の妾の子供として、認知されずにその日までひっそりと生き続けてきた。

 スラム街の住民ゆえに迫害されがちで、祝福の義にも参列できなかったシリカは、ある日その日の糧を求めて表通りに偶然にも迷い込む(・・・・)

 しかし、スラム街で育ちながらも奇跡的に清廉な心の持ち主だった彼女は、大通りの露店で盗みを働くなど考えられるはずもなく、当てもないまま歩き続けた結果、栄養失調で倒れてしまう。

 ところが、たまたまそれが教会の前だったために、教会関係者の目に留まり慌てて保護されことになった。

 そしてその身なりからしておそらくはスラム街の人間であるだろうと推測され、併設された孤児院にとりあえずは預けられることに。

 さらに、スラム街の生まれということで、もしかしたら祝福の義には参列していなかった可能性がある、との考えに及び、急遽略式ながら祝福の義を執り行うことになった。

 結果、シリカが聖女として選ばれたことが判明し、ここに二人目の聖女の存在が発覚した、という次第である。

 シリカは聖女でありながらスラム街で世間を知らないままに食いつないできた少女である。

 ゆえに、教会はこれを手厚く保護し、同時に取り込むことができなかったエレノアに変わり、この少女を立てることにした。

 エレノアを取り込めなかったことで、教会内部は派閥争いがおきるほどに揺れており、体裁を立て直すのにはそれが手っ取り早い手法だったのだ。

 シリカの存在が発表されたときは、それは世間を騒がせたものだった。

 次期王妃兼聖女として、国を守るべく日々精進を続けるエレノアと、教会の権威の象徴として立場を確立すべく邁進を続けるシリカ。エレノアの一件から教会と王国の間では冷戦状態ともなっている。

 この二人を中心とした物語は、そうしたアンバランスな状態から開幕を迎えるのだ。

 とはいえ、序盤の雰囲気はそれほど重苦しいものでもないし、王国と教会の関係性もちょっとしたスパイス程度にしか取り上げられない。

 物語のメインとなるのは、あくまでも主人公と二人のヒロインの関係性と、各ルートごとで迫りくる敵との戦いなのである。

 そのルート分岐も、物語の序盤で大きくエレノアメインのルートと、シリカメインのルートで分けられるため、非常にわかりやすいものになっている。

 具体的には、学園の第二学年に進級した直後、休暇中にエレノアの実家に王太子が訪問しているシーンからゲームは始まり、何回かの戦闘を含めて始業式兼入学式のイベントが発生。その後しばらくの間に取った行動によって、エレノアルートかシリカルートかが確定するのである。


 さて。長々と土台となる部分の説明となってしまったが、この辺りで話を現実へと戻そう。

 エレノアと、エレノアの体に憑依してしまった彼の話である。

 彼がエレノアの記憶から読み取った限りでは、今の段階ですでに、もう一人の聖女であるシリカをメインとするルートがある程度まで進行した状態であるといえる。

 シリカルートでは、シナリオルート上に三つあるエンディングのいずれにおいても、エレノアは実家から放逐されてしまうのである。

 理由は、簡単に言えば婚約者である王太子をシリカに寝取られそうになったからである。

 詳細は話が長くなるので省くが、それで王太子を取られたくないがためにあれこれ画策した結果、懇意にしてくれた王侯貴族たちの怒りを買ってしまい、放逐されてしまったのである。

 着の身着のままで放逐されたエレノアは、行く当てもないまま、王都をさまよい始めた――それが、数日前の出来事として、記憶されていた。

 着の身着のままといっても、パーティー会場に着ていったドレスのまま、というわけではない。王都邸に戻り、ある程度身軽(・・)な服に着替えたうえでの追放だったのだ。

 だから、持っているのは動きやすい、コルセット着用なしでも、そして一人でも着用することができる簡素なドレスと、最低限の(・・・・)身を守る術(・・・・・)として渡されたとある装身具が一つ。

 それだけであった。

「あ~、もう!本当に、もうっ! これ、どうしろっていうのよ……お金もないじゃない……」

 逆に言えば、それ以外は何も持っていない。

 食べ物もなければ水嚢も持っていない。そして、金銭すらも持っていない。

 正真正銘の一文無しである。

 ――きゅううぅぅぅ~…………。

 数日間何も食べておらず、動くための体力も神聖魔法で保たせていたらしいが、それもすでに限界が近い。

 早くなんとかしないと――。

 歩きながら、あれこれと考えていたエレノアは、とある店の前を通りかかったところで偶然その店の看板を目にする。

 そこで、彼女は本来の彼女(・・)ならば決して到達しなかっただろう、ある考えが閃いた。


 ――元貴族令嬢という立場。

 ――放逐される直前に与えられた最低限の(・・・・)身を守る術(・・・・・)。その正体。

 ――そして、目の前にあるその店は……スミス。つまり鍛冶屋。


 ここに、彼女の恥を忍んだ戦いが、始まろうとしていた。


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