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古き良きかな、遠距離恋愛

作者: 一百野正明

 今日は久し振りに彼と会う。

 会う時はいつも久し振りのせいか毎回緊張してしまう。

 でも緊張は最初だけで、その後は違う意味でドキドキしてるけど、幸福感に包まれた時間が続く。


 今日は久し振りに彼と会う。

 あまり最近の流行りの服とかは持っていないけど、組み合わせを考えてみたり、古い服をお直ししてみたり、精一杯のおしゃれをする。


 今日は久し振りに彼と会う。

 待ち合わせ時間よりも速く早く到着できるように準備する。今日という日は有限だから。


 今日は久し振りに彼と会う。

 本当に久し振りに会う。


 待ち合わせ場所の早朝の成田空港に向かう。

 空港に着くと、ちょうど反対側から彼が歩いてくるのが見えた。



 「ひー君久し振り!元気だった?」



 手を降りながら声をかける。

 私のドキドキは緊張と、ひー君に会えた嬉しさで一瞬でピークに達する。

 ひー君は返事の代わりに、その場で右回りに一回転し、両手を広げておどけたポーズをした。身体は変わりなく健康と言いたいのだろう。

 ひー君の胸に飛び込み、ひー君の匂いを肺の中いっぱいに吸い込んで、今まで会えなかった分と次会うまでのエネルギーを充電。

 お互いの近況報告をしながら、搭乗手続きをし出発ロビーへ。

 


 「飛行機の中で退屈しないように色々持ってきたよ」



 これからオーストリアのウィーンに約12時間かけて向かう。

 飛行機に乗り込み、会えない間に会ったら話そうと思っていた話を、聞いて欲しいと思っていた話を、私はひー君にひたすら話し続ける。

 ひー君の話しもたくさん聞いた。会えない間に何をして何を思っていたのか聞いた。

 周りからしたら下らない話しかもしれないけど、私達はおおいに盛り上がり、喋り続け、一度も会話が途切れる事もなくウィーンに到着した。

 飛行機で暇になったときのために、ゲームや動画や音楽をタブレットにたくさんダウンロードしてきたけど使わないままだった。

 まぁー、問題無しだ。


 12時間かけて到着したウィーンは時差が7時間。

 今日はまだ今日だ。

 街には出ず空港内のレストランで食事を取る。

 2つのメニューの内、どちらにするか決められないでいると、ひー君が片方を注文してくれたので、私はもう片方を注文した。



 「お料理楽しみだね!」



 料理が運ばれてきてお互い感想を言い合いながら食事を楽しむ。

 私は料理をシェアして食べるつもりで、ひー君もそのつもりで注文してくれたと思っていたけど、見るとひー君は全て食べ終えてしまっていた。

 あまりの美味しさに気がついたら全て食べてしまったそうだ。

 可愛いから許そうとも思ったが、私はあえて怒り、ひー君には罰として今日は寝ないで私の相手をするように、と言った。

 ひー君が承知してくれたので結果オーライ。人間万事塞翁が馬だ。


 食事後はまた飛行機に乗る。

 アメリカのシアトルまで約13時間。


 シアトルまでの飛行機ではさすがに会話も途切れるかもと思ったが、私達は一睡もせずに話し続けた。近づく別れを忘れたように、忘れるように私は話し続けた。

 ひー君も同じ気持ちかな?とか考えていたが、それだけは顔にも話題にも出さなかった。


 あっという間にシアトル到着。

 13時間かけて到着したシアトルとウィーンの時差は9時間。

 今日はまだ今日だ。


 ギリギリだけど今日だ。

 でも、これ以上は西へ進めない。

 これ以上は先伸ばし出来ない。


 空港を出て、何となく足が向く方に歩きながら、会話しながら、今日の終わりが近づくのを感じ始める。



 「もうすぐ今日が終わるね、、、」



 顔にも話題にも出さなかった事を、顔にも話題にも出してしまった。

 一度出すと止まらない。涙も止まらない。時間も残り少ないのに、こんな時間の使い方はしたくないのに、涙が止まらなかった。


 その間、ひー君はずっと慰めてくれた。

 ハグしてくれた。

 優しく微笑み続けてくれた。

 なかなか会えなくてゴメン、と謝っていたけど、それはひー君が悪い事では無いので、また泣けてきてしまった。


 かなり時間がかかったが、やっと落ち着く事ができた。

 涙を拭ってひー君の顔を見ると、今日初めて見る真面目な顔をしていた。


 その顔を見て、別れの時間が来たことを私は悟った。

 覚悟を決めて、涙がぶり返さないように気合いを入れて、無理やり笑顔を作って、静かに彼の言葉を待つ。



 「オリちゃん、また来年、必ず会いにいくから」



 日付が変わり明日になっていた。

 7月7日が終わってしまった。

 今日はもう明日だ。

 頑張って先伸ばしした今日は終わってしまった。


 彼は何度も振り返りながらゆっくり居なくなった。

 空に消えるかのように、ゆっくり見えなくなっていった。


 私はまばたきもせず、居なくなっていく彼を、来年会うまでのパワーを見つめながら充電でもするかのように、ずっとずっと、小さく見えなくなっていく彼を、ずっとずっと見続けていた。



 翌日、日本に向けて帰国。

 日本も、当たり前だけど、7月7日ではなくなっていた。


 自宅マンションに着いたのは深夜だった。

 ボタンを押し到着したエレベーターに乗る。

 そこそこの高さのあるマンションのエレベーター。

 彼の所に昇っていけたらいいのに、と思いながらエレベーターは昇っていく。

 空に昇るようにエレベーターは昇っていく。



 「ひー君、また来年ね」



 彼への独り言が口からこぼれた。



2021年7月7日:投稿

全ての人に善き出会いがありますように。

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