第47話
【11月第1週日曜ファイブスターズホーム前】
あの激動ともいえる日からちょうど一週間がたった。
一週間がたったということは、いよいよ今日がファイブスターズの本職である第5ダンジョン攻略、つまり地下30階のボスであるジェネラルオーガに挑む日だということだ。
次の日から、つまり月曜日から金曜日までファイブスターズは夕方に集まり、夜から深夜にかけて5人でオーガとひたすら戦い続けて経験を積んだ。
昨日が久々の休日であったが、体に疲れは一切残っておらず、むしろ絶好調といった感じでダンジョンに行きたくてうずうずしていたのだが、リーダーであるカケルさんから休むようにとの厳命があり、家で大人しく一日中まったりしていたのだ。
今の時刻は午前11時。
集合時間は12時であったが、集合時間の一時間ほど前に着いておくというのが俺の中のルーティーンになっていた。
一週間でさらに冷え込んだためにポケットにしまっていた手を外に出し、指紋の認証と顔の認証を済ませ、扉をくぐり中に入る。
集合時間のだいぶ前なので恐らく誰もいないとは思うが、とりあえず挨拶をするというのが俺の決まり事だ。
「おはようございます!」
意外なことに部屋の電気がついている。
俺以外に早く来るとすればヒカリさんかなとも思ったが、返ってきたのは意外な人物の声だった。
「陽向くん、おはようございますの時間は過ぎてるんじゃない?とりあえず、こんにちは。何だか久しぶりに話す気がするわ。」
「セイラさん!確かにちゃんと話すのは久しぶりかもしれないですね。どうしたんですか?」
そう、奥から顔を見せたのはソロ時代の一番の相談相手ともいえる第5ダンジョン受付嬢として働くセイラさんだった。
ファイブスターズのサポートを務めていると聞いたが、この部屋で姿を見たのはカケルさん達と初対面した時以来2回目のことで、軽く言葉を交わすことはあったものの、こうしてちゃんとした場所でというのは確かに久しぶりのことだ。
「この前まであんなに色々話してくれていたのに全然連絡くれないじゃない。お姉さん寂しいわ。」
「い、いや、俺もいろいろバタバタしていて。話したいことはたくさんあったんですけど。」
「フフッ、もちろん冗談よ。単純に私が陽向くんのことが心配で話を聞きたかっただけ。陽向くんなら集合時間より早く、一番乗りで来ると思ったけど予想通りね。」
セイラさんは私服でも受付嬢としての服でもなく、スーツ姿。
仕事中であったが、どうやら他の人に受付を任せてわざわざ抜け出してきてくれたらしい。
こうしてセイラさんにからかわれつつ、気軽に話すことができることを俺は懐かしく感じていた。
「コーヒーを入れておいたわ。陽向くんはいつも通りブラックでいいかしら?」
「セイラさん、イジワル言わないでくださいよ。ミルクも一緒にお願いします。」
「ここでは陽向くん、ブラックを飲んでるんだって?意外と情報は筒抜けなのよ。」
笑いながらセイラさんがコーヒーマシンから、あらかじめ用意されていた白いカップにコーヒーを注ぐ。
一方の俺は渋い顔。
月曜にここでヒカリさんがコーヒーを入れてくれブラックでいいか聞かれた際に、大丈夫ですと答えてしまってから、この部屋でコーヒーを飲む際はブラックを飲み続けていたのだ。
マスターの喫茶店の真横ということもあってこの部屋の中には常にコーヒーのいい香りが漂い続けている。
さすがに毎度忙しいマスターにコーヒーを持ってきてもらうことは出来ないため、せめてものということでお高いコーヒーマシンが設置してあり、いつでもそれを飲むことができるのだ。
「見栄なんか張らなきゃいいのに。」
「見栄じゃないです。反射的に答えてしまっただけで。」
セイラさんの言葉は俺にとって図星だったが、認めてしまうのは何だか悔しくて理由をこじつけ反論する。
セイラさんも分かっているのだろう、特にそれ以上言及することなく、俺のカップにミルクを注いだ後、自分のカップにコーヒーと砂糖を入れ、俺の座る前の席へとやって来た。
そう言うセイラさんもブラックは苦手で、かなり砂糖を入れる派だ。
「緊張してるかと思ったけど良い表情ね。何かいいことでもあったの?」
「そうなんです。実は今日の朝、雪から連絡があって。どうやら短時間ではありますが補給のために一度本部に立ち寄ったようなんです。」
「なるほど雪ちゃんから。それは私も嬉しいわ。」
雪と親友であるセイラさんが詳細を知りたがったために、俺は内容をかいつまんで話す。
特に機密になるようなこともなかったため、気軽な話だ。
「40階の攻略はまだまだ先なんだ。かなり時間をかけて慎重に挑むようね。」
そう。前倒しで攻略を開始した割には攻略のスピードはかなり遅いようで、一週間たった現時点でも攻略済みの階層をしらみつぶしに探索しているとのことだった。
「こんなに慎重に攻略するって話は初めて聞きました。能力者が攻略するときにはよくある話なんですか?」
「珍しくはないかしら。特に警戒している階層の攻略をするならね。中途半端に時間をかけるのが一番いけないこととされているから。」
セイラさんの話を要約してみる。
初見で攻略するときの方法は二つ、約1日や2日、短期間でボス部屋に挑み攻略するというものと、2週間以上長期にわたって少しずつ慣らしてからボス部屋に挑むというものがあるらしい。
前者の短期間での攻略は効率を重視したもの、後者の長期間での攻略は安全を重視したものだ。
「でも雪はまたすぐに下層に戻るって言ってました。ダンジョンにこもることに意味はあるんですか?」
「う~ん、私も聞いた話だけど下層になればなるほど周辺の魔力が濃くなって特に能力者はそれに体が慣れるまでに時間がかかるらしいの。最初のうちは違和感を感じなくても、しばらく滞在していると違和感を感じて全力が出せなくなる。これが中途半端な滞在攻略がおすすめできない理由ね。」
「なるほど、そんなことが。」
あくまでも聞いた話だけどね、とセイラさんが続ける。
確かにここ数日30階に向けて少しずつ進んできたわけだが、日に日に周辺の空気に対する違和感と自分の動きが良い意味でも悪い意味でも変わってきている、とは思っていたのだ。
てっきり原因は自分にあると思っていたが、セイラさんの話からするとダンジョン自体によるものであるとすれば納得はいく。
能力者として全力を出すためには体が魔力に完全に慣れ、そしてこもって魔物と戦うことで経験を積み、戦闘勘が十分なうちにボスに挑める長期間がベストだが、時間もお金もかかるだろうし、かなりの忍耐力も必要になりそうだ。
とにかく雪たちは急がずに長期間での攻略を選択したということであり、日程に疑問を持っていた俺としては、これが一つ安心できる材料になったことは間違いない。
「陽向くんの調子はどう?報告書をたまに読んでいるから何となくの様子は知っているけど。」
「俺の方は割と順調です。今日のボス戦も緊張していないと言ったらうそになりますが、楽しみの方が大きいですから。」
セイラさんに言った言葉は一つも嘘偽りなく、ソロのころの閉塞感や加入したての頃の不安はほとんど感じず、毎日の大変な攻略を自分でも驚くほど楽しめていた。
「それは良かったわ。まぁ最初に陽向くんの明るい声を聞いた時点で分かってたけどさ。」
セイラさんは第5ダンジョンにソロで通っている間、毎日のように時間を取って俺の愚痴を聞いてくれていた。
ソロで攻略を続け、嫌な思い出もある第5ダンジョンを今でも一番好きでいられるのは間違いなくセイラさんのおかげで、ある意味恩人といってもいい人だ。
「セイラさん、いつもありがとうございます。」
「唐突に何なのよ。でも、陽向くん立派になったと思うわ。頑張って。無事に帰ってくれば私はそれでいいから。」
「分かってます。」
正面に座るセイラさんとじーっと見つめ合う。
これ以上言葉はなくともセイラさんが俺の心配をする気持ちは痛いほどに感じることができた。
あの地下8階での事件で入院した時に特に俺のことを心配してくれたのは、他でもないセイラさんだったのだ。
俺はセイラさんを少しでも安心させようと無言で強く頷く。
今日俺はこれから、メンバーを一人失った29階を通り、前回カケルさんの怪我で撤退した30階のボス部屋へと挑むのだ。
その約1時間後。部屋の中には時間通り集まったファイブスターズのメンバー。
今回は攻略に参加しないマスターの姿もある。
あの後すぐにセイラさんは第5ダンジョンでの業務へと戻ったのだが、行ってしまった後に時間から考えてお昼の休憩を俺のために割いてくれただろうことに気付き、更に心の中で感謝した。
「さぁ、まずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬ。しっかりと栄養を取ってから向かってくれ。」
マスターが大きな声で鼓舞するようにそう言いながら、アルミホイルに包まれた例の特製ソースの掛かったサンドイッチを全員に渡していく。
事前にお昼は抜いておくようにと言われており、少し期待しているところもあったが、期待通り昼としては最適のマスターのサンドイッチともあって俺を含めた5人のテンションは高まる。
「やっぱりミツハルさんのサンドイッチは最高だよ!」
カケルさんが満面の笑みでそう言い、食べながらであったためミサキさんがそれを注意して笑いが起こる。
(食べ終わったら出発するのか。)
事前の打ち合わせでボス部屋の一番の難敵ともいえるボス、ジェネラルオーガは俺が中心となって戦うことになっている。
(・・・『全てを守る壁』か。)
今野さんに名付けられた俺の能力の名前。
あまりにも壮大すぎる名付けに苦しむことも悩むこともあった。
でも今は違う。
(俺が全員を守ってみせる。)
笑顔で笑い合うこの瞬間を愛おしく思う自分がいる。
今では自然と皆を守りたいという気持ちが強く、強く存在していた。
もちろん自分の力にうぬぼれているわけではない。
だが今では自分の今ある能力のことを信頼しているのだ。
いよいよボス戦に向けた攻略がスタートする。




