第46話
【10月第4週日曜22時前ファイブスターズホーム】
「あれはミサキなりの気遣いだと私は思いますよ。」
頭を空っぽにしてテレビを眺めていた俺に向かって唯一1人だけ帰らずに残っていたヒカリさんが唐突にそう言った。
ハルカさんや30階についての話を終えた後しばらくして解散となったものの、俺が先に帰るのは何か違うような気がして、帰り支度を進めていた他のメンバーを横目に俺はソファーで普段は見ることのないニュース番組をぼんやりと聞き流すように眺めていた。
カケルさんが一番最初に、その後に眠気眼の茜ちゃんをミサキさんが引っ張るようにして連れ帰ったのだが、少し経ってもヒカリさんは何をするでもなく俺の隣のソファーでくつろいでいたのだ。
「あれ、とは?」
「ミサキがカケルの代わりに話をしたことやなるべく雰囲気を悪くしないために会話を続けたことです。」
ハルカさんの話をカケルさんがしてくれた後、話の主導権は基本的にミサキさんだった。
最初はカケルさんがそのまま話をしようとしたのを若干遮るようにして自ら積極的にミサキさんが話を続けていったのだ。
ミサキさんはファイブスターズのムードメーカー的存在でありつつも、時には真面目に、時には気遣うこともできる人だ。
「あのときは・・・。カケルはもちろんですけどカケルと同じくらいミサキも辛そうでしたからね。」
「それは、」
俺にも分かります、と言葉を続けようとして思い止まる。
言葉にしようとしているときに、話を聞いてしかいない俺が簡単に分かりますなどと口にしていい問題ではないと思ってしまったからだ。
カケルさんが最終的に判断したとはいえ、その判断基準はミサキさんの言葉によるものが大きかったはず。
それを思えばミサキさんの性格を考えるとかなり辛い思いをしたに違いなく、今日の途中の様子を見ても完全に乗り越えることができたとは言いづらそうだった。
それでもミサキさんが今日のように無理やりでも明るく振る舞うことができたのは、普通なら関係が複雑になってもおかしくない出来事があった後でもお互いを信頼し合える関係性が気付かれているからなのだろう。
「ハルカさんはどんな人だったんですか?」
「ハルカ、ですか。なんというか、本当に優しくて良い人で、でも時々恥ずかしがり屋で。カケルと少し年が離れていてパーティーの中で一番年下ということもあって私たち全員がハルカのことを妹のように思っていました。陽向さんの一つ上でしょうか。きっと仲良くなれたと思いますよ。」
ヒカリさんが目を瞑りながら微笑みを浮かべるように少し口角を上げてそう話す。
ハルカさんを失わなければ俺がこのファイブスターズに加入することはきっとなかったはずで、ヒカリさんの言葉は俺の心を少し複雑にするものだったが、メンバー皆に愛されていただろうハルカさんと話してみたかったと素直に思った。
「私が帰らずに残ったのは実は陽向さんと話をしたかったからなんです。」
「俺と、ですか?」
「そう。今回のボス戦、一筋縄ではいかない予感がしているんです。ミサキの勘、ではないですけど。」
そう言うヒカリさんの強い瞳が俺に訴えかけてくる。
黒髪のすっきりした美人といった感じのミサキさんだが、普段の落ち着いた印象とは違う迫力のあるものだった。
「頑張って俺にできる仕事を全うします。まだ慣れない部分もあるのでミスしてしまうかもしれませんけど。」
「それは大丈夫です。私たちは陽向さんのことも信頼していますから。私の心配はむしろ私を含めた陽向さん以外のメンバーのこと。4人全員が胸の内につっかえ棒のようなものがかかっているんです。カケルやミサキほどではないですが私だって。」
4人がハルカさんのことを個人差はあれ引きずっているのはもちろん、カケルさんとミサキさん以外にも茜ちゃんはまだ体が戻らず本調子ではないだろうし、ヒカリさんだって慣れない俺や決して安定した状態とは言えない3人をフォローしようとしているのだから負担は以前より大きいものになっているだろう。
「俺もなるべく自分のことだけではなく全体を見渡せるようにしておきます。」
「ありがとうございます。正直私たちの判断力は以前ほどの鋭さがないと感じているんです。メンバーが変わったことで行けるタイミングや行けないタイミングが変化しています。陽向さんも立派なメンバーの一人なんですからどんどん意見を言ってほしい。私たちには異なる視点が必要な時期だと思いますから。」
ヒカリさんの言うことは何となく理解できるような気がした。
俺自身は本格的な攻略の経験はなく、基本的には前情報ありきで十分に対策したうえで魔物に挑んできた。
だが俺にも自分なりの感覚や勘は存在しているし、それを信頼した上でここまで来ている。
一方でカケルさん、ミサキさん、ヒカリさん、茜ちゃんの4人。
俺が加わったことでバランスを見極め切れていないだろうし、直近の攻略で撤退を選択し失敗を経験している。
何かが起こった時、もしくはパーティーが不利な状況になった時、ヒカリさんの言うように少し違った角度から見ることのできる俺も意見を言ってみる必要があるかもしれないと俺は思っていた。
「さぁ、夜も更けてますしそろそろ帰りましょうか。」
ヒカリさんが今度は表情を柔らかくして自分の荷物を肩にかけ、俺にも帰るようにと促す。
どうやら先に帰るつもりはなく、俺の帰り支度が整うのを待っているようであった。
全員が帰った後に準備をするつもりで荷物を整えていなかった俺は慌てて自分の荷物をまとめ始める。
もともと口数の多い方でないヒカリさんということもあってこの間会話はなかったが、沈黙による気まずさは一切感じていなかった。
(ヒカリさんの印象はだいぶ変わったなぁ。)
もちろん悪い意味ではなく良い意味で、である。
茜ちゃんの面倒を主にミサキさんが見ていることやヒカリさんが複数人でいるときは積極的に自分から会話をしないのもあって、てっきりミサキさんがパーティーのお姉さん的存在だと思っていた。
しかし普段の細かな行動や今のように他のメンバーのことを思いわざわざ残って俺に話をしたことを考えると、ヒカリさんの印象こそが頼れるお姉さんといった感じだ。
「お待たせしました。」
「大丈夫ですよ。とはいっても陽向さんは徒歩で帰るんですよね?私は地下鉄で帰るので最寄りの駅まで、ということになりますが。」
俺も荷物を肩にかけ、二人そろって部屋を出る。
ヒカリさんが第5ダンジョンの近くに住まないのは第5ダンジョンはどうしても仕事場という意識が強く、休日に第5ダンジョン以外のダンジョン攻略を楽しむために付近にダンジョンの多い別のエリアに住んでいるとのことだった。
「いずれ俺もそんなことを思う日が来るんでしょうか。」
ヒカリさんの話を聞く限り、俺と同じようにヒカリさんもダンジョン攻略を趣味とするほど好きで、攻略も楽しみながらやっている感じであった。
俺に至ってはそもそも第5ダンジョンが一番のお気に入りのダンジョンで、そこを攻略する組織に加入することも喜びの一つであったが・・・。
「もちろん性格の問題もあると思いますよ。私は仕事とプライベートをはっきりさせたかったのかもしれません。どちらもダンジョン攻略が多いですけどね。」
小さく笑いながらヒカリさんがそう言った。
ヒカリさんの言うことも十分に理解できた俺は今後のことを考えた。
良い仲間にも恵まれ、大学卒業後の進路は決まったようなものだ。
もともとダンジョン攻略が趣味だったし、天職とも呼べるものだろう。
「あれは?」
そんなことを考えながらヒカリさんの後をついて表の通りまででると、道を隔てた反対側の第5ダンジョン入り口付近で見慣れたプラカードを抱え、勧誘のためのパンフレットを持った数人が小学校低学年くらいの女の子に声をかけているのが見えた。
「ダンジョン真理教ですよね?」
「そのようですね。なぜこんな時間に女の子が1人なのかも不思議ですが、あの状況は見逃せませんね。第5ダンジョンの前で困っている人がいたら助けるというのも私たちの役目です。それにダンジョン真理教関係ときたらなおさら。陽向さん、行きましょう。」
俺たちは急いでちょうど信号が青になったばかりの横断歩道を渡って現場へと向かう。
良い噂ばかりではないダンジョン真理教に関わりたくないのか、ダンジョンから出てきた通りすがりの人も見て見ぬふりをしている。
早足で一歩先を行ったヒカリさんが少し離れた場所からいつもより大き目の声で彼らに話しかける。
「こんな時間にこんな場所で何をしているんですか?」
「うん?あなたたちには関係ないでしょう?おっと、能力者ですか。」
女の子を囲むようにして立っていたのは男一人、女二人の計三人。
三人とも歳は若く、30に満たないのではないだろうか。
真ん中に立った男の当初の威圧的な声は、声をかけてきたのが能力者だと気付いた瞬間にトーンダウンした。
能力者を信奉することもあるダンジョン真理教のメンバーなら第5ダンジョンの攻略パーティーに所属するヒカリさんの顔はしっかりと覚えているのだろう。
一方のその3人に囲まれた女の子は遠くから見た通り、まだ10歳に満たないような身長で怯えた表情をしていたが、ヒカリさんを見て少し安心した表情を見せていた。
「仕方がない、ここは引き下がりましょう。お嬢さん、君の潜在的な力は素晴らしいものだ。気になったら是非声をかけてきなさい。」
真ん中の男がそう声をかけると、再びこちらを振り返ることなくダンジョンの方へと向かって歩き、建物へと吸い込まれていった。
あっさりと引き下がった3人に俺も女の子も驚くが、ヒカリさんに驚いた様子はなく、別に珍しいことではないのだということを思わせた。
「大丈夫ですか?」
ヒカリさんが女の子と目線を同じにするようにかがみ、優しい声音で語りかける。
「うん、お姉さんありがとう。」
涙を溜めながら震えた声で女の子が答える。
遅い時間に一人で大人3人に囲まれ、かなり怖い思いをしたことだろう。
ヒカリさんがゆっくりと事情を聞くと、両親ともに急に帰りが遅くなるとの連絡をもらい、それを知らずにダンジョン攻略に出掛けた高校生のお姉さんを待ちきれず、家から飛び出して一人ここまで来たとのことだった。
「ごめんなさい・・・。」
話を一通り聞いた後にヒカリさんが諭すように注意すると、しょんぼりとして顔を下に向けながらそう言った。
ヒカリさんは女の子の頭を数度優しくなで、今度はにこっと笑う。
「お姉さんとお兄さんは能力者なの?」
「そうだよ。俺もこのお姉さんもこの第5ダンジョンの攻略をしているんだ。」
「いいなぁ。早く大きくなってダンジョンに行きたい。お姉ちゃんも楽しそうだから。」
ヒカリさんの笑顔に安心したのか今度は表情をころっと変えて、嬉しそうに聞いてきた女の子に俺はそう答えた。
そもそも能力者であることは別に隠すことではないし、先ほどの会話で気付かれていることだ。
「そうだ!あたしがダンジョンに行けるようになったら一緒にダンジョンに行こう!」
「あぁ。きっとついて行くさ。」
この子がダンジョンに行けるようになるのは5年以上先のことだ。
きっとその時には今話したことは忘れているだろうが、それでも女の子の言ってくれたことは何となく嬉しいものだった。
「ヒカリさん、この後どうしますか?」
「私に任せてください。ダンジョン外の事務所に一度連れて行きます。このようなことも初めてではないですから安心してください。」
「なるほど。よろしくお願いします。」
俺は一人で大丈夫ですからというヒカリさんに後の対応を任せ、二人がダンジョンの建物に入っていくのを見届けてから、今度こそ帰路に就く。
(長い一日だったなぁ。)
しみじみとそう思った。
(ダンジョン真理教、か。)
これからもきっと関わりがある、そんな予感がした。




