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第44話

「話が長くなったね。いや、むしろここからが本題なんだけどさ。」


 少し時間をおいて、普段のキリッとした表情に戻ったカケルさんが話を再開する。

 雰囲気がいつも通りに戻ったわけではないが、カケルさんを含めて気持ちを切り替えたのか、ピリピリした雰囲気ではなくなっていた。

 一番のシリアスな話題が終わったことに気付いた俺は、誰にも気づかれないようにそっと軽く息を吐いた。


「予定通り1カ月の休養後、僕たち4人にミツハルさんを加えたパーティーで地下29階から攻略を再開した。その中でまずはメンバーの総意として新しく能力者を迎え入れることなく、自分たちだけでやれるだけやってみようということを決めた。」

「意外なことに最初に言い出したのはヒカリだったの。もちろんカケルが言ったようにその時点ではメンバーの総意だったんだけどね。」

「だけど他の4人はある程度立ち直ったように見えたのに対して僕の内心は複雑でまだまだ妹のことを引きずってしまっていることに僕も気付いていた。」

「・・・それは仕方ないことよ、カケル。」


 そうだ。

 ミサキさんの言う通り、目の前で突然妹を失ってしまったら心の整理に時間がかかるのは当たり前のこと。

 休養中でも最初の方は休むことができなかっただろうし、カケルさんならダンジョン協会にも働きかけたりして動き続けたはずだ。


「皆は気を遣ってくれて再開後は以前よりもゆっくりと攻略を進めた。なるべく急な接敵をしないように念入りに索敵し、連携を再確立するためにも色々なパターンを試し、1週間以上かけて目的の地下30階のボス部屋まで辿り着いた。」


 くまなく探索するわけではない初見の攻略で2つの階層に1週間以上かけるというのはかなり珍しい。

 パーティーの回復役を務めていたハルカさんの穴を埋めるために色々模索した結果なのだろうが、ボスに挑む前にカケルさんの気持ちを少しでも戻すことも目的だったのかもしれない。


 ともかくパーティーとしての戦闘スタイル自体も大きく変えざるを得なかっただろうし、それぞれも自身で回復用のポーションを使わないといけなくなって大きく苦戦しただろう。

 俺も一度ヒールに特化したスキル構成の攻略者とパーティーを組んだことがあるが、自分で回復のことを気にせず戦えるというのは戦闘の楽さにかなりの違いがある。

 一度パーティーを組んだだけで次の攻略の際にしんどく感じたのだから、居るのが当然だった回復役がいなくなったファイブスターズの苦労は計り知れない。


「そのときは一度戻って準備が整い次第すぐに地下30階のボスを攻略することにした。ポーションを補充して、装備を少し更新して、僕も普段通り振る舞えるように努力していた。だけど実際のところ心の中ではようやくボスに挑める、というよりも何事もなくボス部屋まで辿り着いてしまった、という気持ちの方が大きかった。何と説明すればいいのかは分からないけど、戦闘の時の自分自身に明らかな違和感を感じていたんだ。」

「そう。カケルの言う通り。もちろん私たちもカケルの様子がおかしいことは気付いていたわ。動きは一見以前と同じように見えたけど時々オーガの攻撃に一瞬遅れて反応することがあったから。」

「でも私たちは茜やミサキ、ミツハルさんとも相談してカケルから言い出さない限りは気付かないふりをすることに決めました。これは私たちでカバーできる範囲だ、と。」


 そして予定通り地下30階のボス部屋に挑むことになったのだという。

 もちろん初見ということもあってポーション類も十分すぎるほど携帯し、慎重に慎重を重ねて色々なパターンを想定した作戦を練って万が一の時に撤退する方法まで話し合ったらしい。

 結果的にはこの話し合いが功を奏したのだが。


「地下30階のボス部屋の構成はハイオーガ3体とボスのジェネラルオーク1体のみの計4体。これはあらかじめ想定していたものとほとんど同じで途中まで作戦通り順調に進んだ。」

「当然上位種だけだったから1体1体はとても強かったけど私たちにとってはむしろ好材料だったの。回復役がいないパーティーは不意打ちに弱いけど敵の数が少なければ正面から正々堂々戦える。まず最初にヒカリが上手くハイオーガ1体を誘きだして茜の魔法を至近距離から打ち込むことで序盤に1体減らすことに成功することができたわ。」


 雪、マスターと地下11階でトラップに引っ掛かり下層に飛ばされたときに見たボスは恐らくハイオーガだろう。

 雪はあっという間に氷魔法で倒していたが、感じた威圧感は遠く離れていたところでも半端なかった。


 それよりさらに上位の存在となるジェネラルオーガ。

 雪の魔法とハイオーガの強さを比較した時に雪の魔法の方が優れていたのは明らかで、それを思うとハイオーガ、ひいてはジェネラルオーガ相手でも壁は通用することに自信を持ってはいるが、それでも今までの戦いよりは時間がかかりそうで、スタミナの問題が発生してくるのではないかと危惧している。


 一方で防御手段に欠けていたその時のファイブスターズはジェネラルオーガやハイオーガのの攻撃をなるべく避け続け、隙を見つけては少しずつ残った3体の体力を削っていくという作戦を取ったようだ。

 ようするに戦力を分散させ同時に3体と戦うことを選択したのだ。


 この作戦自体は初見や強敵のボスと戦う際の一般的なものであり、戦法の選択としては当然のものである。


 だがこれまでのボス戦と違ったのは、攻撃が一度かすっただけでも能力者であれ致命的な一撃になり得ること。

 例え攻撃をくらっても回復が間に合えばすべてはリセットできる。しかし最悪の場合、例えば腕に怪我を負って回復ポーションが取り出せないとき、一気に状況は悪化することになってしまう。


 そして実際にそれは起きたのだ。


「僕はハイオーガを一人で担当していた。ジェネラルオーガではなくハイオーガだ。もしかするとそこに油断があったのかもしれない。ハイオーガへの傷が目に見えて増えてきたとき、呆気なく何気ない一撃を避け損ねた。それもかなり深い一撃を右腕に。痛みで僕もパニックになってしまっていたのかもしれない。本来なら少し距離を取ってから落ち着いて左手でポーションを取り出して回復すればいい。だけどそこでその距離を取る判断が遅れてしまったんだ。その一瞬の判断ができなかったことで回復をし損ねた僕は一気に窮地に陥った。右腕の怪我を抱えたまま何とかハイオーガの攻撃を避け続けたけど時間はあまり持ちそうになかったよ。」

「カケルのそんな様子に一番最初に気付いたのは茜。後方で支援していた茜は魔法でハイオーガを攻撃してなんとか隙を稼ごうとしたけど、危険すぎて間合いを見つけることができなかったらしいの。」

「ハイオーガとの間でカケルお兄ちゃんが動きまわってて。ハイオーガだけに当てられる自信がなくて。」


 茜ちゃんが申し訳ない表情で付け加える。

 確かにカケルさんの判断の遅れはあったかもしれないが、カケルさんだって茜ちゃんだって誰も悪くない。

 それまで回復をメンバーに任せていたのなら咄嗟の時に行動できないのは考えられることだし、必死になって避けようとするカケルさんの動きを読んで遠くから魔法で支援するというのも到底無理な話だ。


 つまりそれは不幸な出来事だった。

 そしてその不幸はさらに連鎖したのだという。


「茜の声で気付いた私たちは事前に決めていた通り、もう1体のハイオーガを担当していた私が上空から支援して助け出すことにしたわ。カケルのもとに何とか間に合って後方まで下げることができたんだけど想定外だったのは部屋の主であるジェネラルオーガの攻撃。ここまで全く見せてこなかった魔法攻撃を私とカケルのところに放ってきたの。」

「僕は深い傷を負ったまま動き回ったことでかなりの血を失っていて、すぐに回復ポーションを使って傷はふさがったものの万全な動きができなくなっていた。ジェネラルオーガも馬鹿じゃないから、そこを狙われたんだ。」


 ジェネラルオーガの魔法。

 確かにオーガの話でもハイオーガの話でも魔法の話題はここまで一切出てきていなかった。前のオークが魔法を使っていなかったこともあって、カケルさんたちもオーガも同様に魔法は使わないと思っていたに違いない。


 更に言えばジェネラルオーガのタイミングも見事だった。

 もし何も起こらずキングオークの咆哮のようなタイミングで魔法を使ってきたならば、カケルさんたちも対応できたはず。


「ヒカリと一緒にジェネラルオーガの相手をしていたミツハルさんが私が担当していたハイオーガの抑えに回ったことで、ジェネラルオーガと戦っていたのは実質ヒカリだけだった。状況は悪くなるばかりでカケルが戦闘に復帰するまでにヒカリもミツハルさんも持ちそうになかったの。」

「それで撤退を選択したんですね。」


 ポーションによって傷を治すことのできるダンジョン内で一番優先すべきことは、とにかく命に尽きる。

 戦闘を継続しても5人の力量を思えばひっくり返すことができても不思議ではないが、一人でも失ってしまう可能性が出てきたのであれば撤退するのは当然のこと。


「そうだ。でも誰かが負傷したときの撤退についてもシミュレートしていたから撤退自体はスムーズだった。ただそのお陰で茜は今の姿になってしまったんだけどね。」


(なるほど・・・。そこに繋がるわけか。)


 茜ちゃんと初めて会った時に、ミサキさんから最近ある魔法を使って若返ってしまったと聞いていたが撤退時にやむなく代償の大きいその魔法を使ったということなのだろう。

 ファイブスターズについて不思議に思っていたことが次々に明かされていき、俺は知ることが正しかったのか、正直何とも言えない気分になっていた。




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