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極悪人江戸っ子転生

作者: 由畝 啓

初めてコメディを書きます。根が陽気なのでコメディは書けない人です。コメディってなんだっけ。

頭を空っぽにして、太平洋より広い心で読んでください。

批判的な気持ちはマリアナ海溝に沈めて来てくれると嬉しいです。




あぁ、空が青ぇや。

体が痛ぇはずなのに、なぁんにも感じねぇ。


タマは無事か、それとも死んじまったか。わからねぇが、タマは俺が生まれてはじめて大切にしようと決めた猫だった。俺が初めて首ったけになった女が、死に間際に俺に託した猫だった。


女を買って子供を売って男を殺す、酒を飲んでは喧嘩して火を付ける、丁か半かで賽子振って宵越しの銭は持たねぇ、そんな俺ぁ打ち首獄門か市中引き回しか、三途の川を渡りゃあすぐ閻魔さまに引き渡される生き様だ。

顔のでけぇ傷を見りゃあ誰だって地獄の衛門だと震え上がる、江戸は神田の悪人たぁ俺のこと。


それでももし、次も人に生まれるってぇなら。

――少しはマシな人間に。善行なんて、積んでみてぇなぁ。




*****



神田絵萌(えも)。それがオレの名前。一応、女。正直、女って意識は低い。

物心ついたときには、前の人生を覚えてた。姓はなかった、けれど地獄の衛門と呼ばれていたのは知っている。そんなオレは極悪人だった。閻魔大王の目の前で、素直に悪事を話したら途中で止められた。やった悪事が多すぎて、一つずつ話してたら三十年かかるって言われた。衛門が死んだのは数えで三十、たしかに最初の悪事はジジイの腰を蹴ってぎっくり腰にさせたこと。

いやごめん、わざとだったけど、ちょっとムカついてたんだよな。


でもさ、せっかくなんだから全部言わせろよ。

心を入れ替えて全部の悪事を教えてやろうってんだからさ、てめぇ地獄の衛門の覚悟舐めてんじゃねぇぞこの野郎、と言ったらもう一回人生をくれるってことになった。そこで善人として暮らせ、だとよ。


でもなぁ、善行? ってなにすんだ?

牛に引かれて善光寺詣りでもすりゃあ良いのか?


そう思ったオレは、五歳の誕生日、親にねだった。


「絵萌、あなたプレゼントになにが欲しいかしら?」

「善光寺に行きたい」

「善光寺なんてどこで知ったの」


親は驚いていたけど、善光寺に連れて行ってくれた。よくわからないまま、手を合わせて拝んだ。坊主が立ったり座ったりしてた。銅鑼の音がデカくてびびった。でも善行とやらは分からなかった。拝んでたら極楽浄土? ふざけんねぃ、それで腹が膨れるかぃ。


善光寺詣りで悟りを開くのは諦めた。


だがしかし、これで諦めちゃあ江戸っ子の名がすたる。善行ってものを学ぶために、大岡越前と水戸黄門と暴れん坊将軍を見始めた。ビデオテープに録画してくれてたじっちゃん、ばっちゃん、ありがとう。時々挟まってる笑点、あれ楽しいな。オレ、というか地獄の衛門は鹿野(しかの)武左衛門(ぶざえもん)が贔屓だった。懐かしい。


とにもかくにも、時代劇とやらで善行を学んだオレは、次の誕生日に親にプレゼントをねだった。


「桜吹雪の入れ墨、ほりたい」

「なんで入れ墨!?」

「紋所にしときなさい」


手に入ったのは水戸光圀の紋所が印刷された印籠だった。オレがなりたいのは角さんじゃなくて徳川吉宗だったんだけど。仕方がないので、印籠には風邪薬と絆創膏を入れた。大きくなってオレのハンコを作ったら、ハンコ入れよう。

桜吹雪の入れ墨は諦めるしかなかったが、代わりにオレは剣道と柔道を始めた。馬も乗りたかったけど、近場に乗馬できるところがなかったから取り敢えず諦めた。デカくなったら乗馬も練習しよう。


そして、どうやら今のオレは寺子屋――じゃなくて、小学校とかいう所に行かなきゃならねえらしい。ランドセル、何色が良いかって聞かれた。色ォ? んなもん黒で構わねぇよ。女の子だからピンクゥ? 桜の色じゃねえか、短命ってことじゃねえか縁起の悪い。

結局オレは黒を選んだ。初めて登校した日、女で黒いランドセルを背負ってるのはオレだけだった。


「えもちゃん、女の子なのに黒なの? ピンクの方がかわいいのに、変なのぉ!」


笑ったガキのランドセルはピンクだった。


「あぁ? 桜の色なんざ縁起でもねぇ、パッと咲いてパッと散る色を背負うなんざあ短く太く生きるってつもりかい、笑わせんなぃ」


ガキはオレの言葉の意味は分からなかったようだが、勢いにビビッたのか突然泣いた。ちくしょう、女子供を泣かせるなんざ後味が悪いぜ。親より先に死ぬようなことすんねぃ、って言ったつもりだったんだけどよ。昔から――衛門の時から、オレは言葉が足りねえらしい。


次の日、荷物が少なかったからオレはランドセルをやめて風呂敷を持って学校に行った。担任に呼ばれた。


「風呂敷はさすがに駄目だと、先生は思います」

「なんで駄目なんですか? 風呂敷って日本の文化じゃないですか。それに邪魔にならないしかさばらないし、ランドセルよりも便利ですよ」


担任は渋い顔になった。そして親を呼ばれた。親は困った顔で、「もう少し他の子たちと合わせることを覚えようね、絵萌ちゃん」と言った。どうやら善人ってのは、担任に親が呼ばれたりはしないらしい。善行ってのは難しい。暴れん坊将軍を見るだけじゃあ、善行が何かってのは分からないみてぇだ。


学年が上がった。だんだんと男子対女子、みたいな構図がいろんなところで見えるようになった。

スカートめくりをする男子と、キレる女子。クラス一の悪ガキ――といっても、地獄の衛門からすりゃあ可愛いもんだ――が、オレのスカートをめくった。

ほら、江戸でもおっかねぇババアどもが、酔った男に胸やら尻やら触られたつって、洗濯板持って追い駆け回してたんだよ。今はそれがスカートめくりってのに変わっただけ。だから、オレはババアどもを見習って悪ガキの腕を掴んで関節を反対側に曲げた。


「うわあああああ!」

「おととい来やがれ、すっとこどっこい!」


叫んで泣いた。どうやら綺麗に骨が折れたらしい。綺麗に折れたらすぐにくっつくから大丈夫だって。そう思ってたら、また、親が担任に呼ばれた。親が泣きながらオレに何故骨を折ったのかって聞いたから、悪ガキが悪いことしたからだって答えた。


「それでも折ったら駄目! やりすぎよ、絵萌! それは過剰防衛っていうの!」


過剰防衛。初めて聞いた言葉だ。江戸では巾着切りにあった時、半殺しの目に合わせてたけどな。骨を折るのもやりすぎだという。どうやら反撃するにも加減が必要らしい。善人への道はつくづく、長く険しい。


学年が上がれば、いじめっ子といじめられっ子が出て来た。だいたい、あいつらは学校の裏手にひょろいガキを呼びつけて、集団でなにかしている。おいおい何してやがんだよ、そう思いながらある日こっそり後を付けてみた。暴れん坊将軍やら水戸黄門やら見ても善人への道は険しいが、未だにオレのバイブルだ。大岡裁きってのを一回してみたいと思ってるんだが、なかなか良いタイミングが見つからない。暴れん坊将軍の「この桜吹雪が」ってやつ、あれも一回やってみたいんだよな。桜吹雪の入れ墨は親の反対にあったから、今でもオレの背中は生まれた時のまんまだ。


「おい、お前ちょっと勉強できるからって調子に乗ってんなよ!」

「親、医者なんだろ? おれ、ゲーム欲しいんだよな。ソフトの金、よこせよ」


これって、かつあげってやつじゃねえか? 地獄の衛門がよくやってたやつだ。まあ、衛門が狙った獲物は弱っちいやつだけじゃなかったけどな。大店(おおだな)の若旦那とか番頭とかで、女遊びが激しかったり丁半博打で負けが込んだやつには良くお礼参りに行っていた。叩けば埃みてぇに金が出るんだ、これが。丁半博打では賭場と組んで分け前もらったりな。さすがにそれが善行じゃねえってことは分かるから、今世ではしない。そもそも、現代日本にそんな賭場なんて――表向きは存在しないし。

とまあ、そんなこんなで目の前でガキどもがやってることは犯罪ってわけだ。立派な恐喝罪。学校に入った途端になぜか恐喝罪がイジメって言葉に変わるのがオレには不思議だが、まあ良い。ここは見事、善人として行動できる場面だろう。判官贔屓てのぁオレは気に入らないが、それが犯罪となれば話は別だ。犯罪ってのはつまり、悪行――善行の真逆のことだからな。


「おいお前ら、何やってやがんだ」

「あ?」

「げ、神田!」


おいおいおい、オレより年上の男のくせして何でオレ見てイヤそうな顔しやがる。


「おいお前ら、怯むなよ! この女、一人だぜ」

「あ、ああ、そうだな!」

「こいつを黙らせたら、他に見た奴もいないんだ」


多勢に無勢ってやつかあ? ふざけんなよてめぇらこの野郎。


「てやんでぇ、べらぼうめぇ! 誰も見ちゃいねえと思っても、てめぇらの悪事はお天道様が見てやがらあ」

「あ? 何言ってるんだこいつ?」


顔をしかめたガキどもが、一斉にオレに殴りかかって来る。別に怖くはねえ。匕首すら持ってねえ、素手のガキどもが怖いわけあるかってんだ、すっこんでろぃ。地獄の衛門を舐めんじゃねえぞ。

棒を持って戦えばまた過剰防衛って怒られそうだから、取り敢えず襟首と腕を掴んで一本背負いをし、足払いをしては投げ、腰車で投げ落とし、ついでに巴投げもしてみた。全員、目を回してた。

脅されてたやつは、いつの間にか居なくなってた――と思ったら、担任を連れてやってきた。


「神田! 何をやってるんだ!」


またオレが怒鳴られた。解せない。過剰防衛じゃないはずなのに。善行を積んで善人になるはずが、どうにもこうにも儘ならない。

親も呼ばれてしこたま怒られて反省文を書かされたが、慣れたもんだ。いくらでも書いてやらあ、朝飯前だぜ、こんなもん。


一週間後、登校したらひょろいガキと女どもに囲まれた。どうやらオレが投げまくった悪ガキどもが、だいぶ大人しくなったらしい。


「ありがとう、神田さんのこと怖いと思ってたけど――でも、正義感の強い人なんだね」


一体何があったんだぁ? ずっとビビられてると思ってたけど、礼を言われる覚えはない。だが、オレの目標は善行を積んで善人になることで、正義感が強いというのはその一歩であるはずだ。

だからオレは、にやりと笑って答えた。


「あたぼうよ」






鹿野武左衛門…江戸落語の落語家。最終的には流刑。

印籠…江戸時代は薬を入れたりしてた。そもそもは印を入れる箱だった。

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