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おまえを殺して私は生きる

作者: 桜花


私の婚約者が妹を見る視線に熱が篭っていることは知っていた。それでも、これは両家の親同士が決めた家のための政略結婚。

そんなものに恋だ愛だとそんなものは必要ない。その筈だったのに。



庭で花を眺めながら妹をエスコートする婚約者。繋がれた2人の手へと視線をやりながらただぼーっと眺めるだけの私。

2人は並んで話しながら歩いていく。私が見ていることには気づきもしない。

目頭が熱くなっていることに気づけば私はぐっと力を入れた。

そのまま私は部屋へと戻る。

ガチャリと扉が閉じられれば瞬きと共に滴がぽたぽたと落ちていく。

所詮は政略結婚だと思っていたのに、どうやら私は婚約者のことが好きだったらしい。

気づいた途端に失恋とはなんとも馬鹿馬鹿しい。

ドレスの袖で目元をごしごしと擦れば一回大きく深呼吸をする。

「あぁ私の馬鹿馬鹿しい失恋」

それでも初めての恋だった。

妹と歩く姿に胸が苦しくて締め付けられるようで。

私の淡い初恋を奪った人。


「……ええ、本当に。私にこんな思いをさせるだなんて」





「どう殺してやろうかしら」


あら、失礼。どう懲らしめてやろうかしら。



元来私は行動は早いタイプの人間だ。思い立ったら即行動。ひとまず最終目標をここに掲げておこう。


「殺す」


以上だ。

いや、もうここまできたら取り繕うのも無駄というもの。最終的にどうしたいかといえば「殺したい」これしか浮かばない。

と、いうわけでここに最終目標を掲げておく。

次に最終目標に至るまでの行程を考えなければいけない。

考えなければいけないのだが…

せっかく今なら庭にいるのだからもう行動に移して仕舞えばいいのでは??

失敗したらした時だ。ひとまずレッツトライ。


と、まぁ庭まで来たけれど。庭に至るまでに私は考えた。これは婚約者を怒らせたらいいのでは??

些細な女性のミスにあり得ないほど激昂する姿。これはもう完璧ではないか。

私は庭の隅へとてけてけと駆けていけばホースを手に持った。ぐるぐると蛇口を回し全開にしたところでホースの口をぎゅっと持って出てこないようにする。

またまた私は2人のいるほうへとてけてけと駆けて行った。

ここで言っておきたいのだが、私は優秀な人間だ。

誰がなんと言おうと優秀である。

学問に関しての知識は向かう所敵なしだ。

だから、まぁ全ては計画通りである。


駆けて行った私はホースの長さのことなんて全く気にしていなかった。

結果として長さが足りなかった。

走っている最中にホースの長さが足りずくんっと後ろへ引っ張られた私は盛大にその場で転けた。その上転んだ拍子にホースを手放してしまった。

ホースを持っていたから手をつくことができず顔面を強打し、転んだことによりホースを手放してしまった私は盛大にホースの水を浴びた。

それも情け容赦無用とばかりに蛇口を全開にしたものだから水の勢いが強すぎてもはや大惨事。情け容赦無用とばかりに私に水が降り注ぐ。

いや、降り注ぐなんて生優しいものではない。私の気分からしたらもはや滝行だった。すごい水圧でそいつは私を襲ってくる。水って怖い。


ホースから勢いよく水の出る音に気づいた婚約者と妹の手によって私は助けられた。

妹がホースの水を止めてくれ、婚約者から心配そうに差し出された手を私はぺちんと振り払う。

痛いし恥ずかしいし恥ずかしいし痛い私は過去最速ではないかというスピードを叩き出しながら部屋へと篭りベッドへダイブすれば枕に向かって「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」と叫んだ。

後からやってきたメイドによって私はぽいっとベッドから放り出されるとベッドシーツたちは剥がされ持っていかれた。そして私はお風呂へ叩き込まれた。

「ふぇぇお水怖い」



さて、一回の失敗で諦めるような私ではない。

怒らせることは惜しくも失敗してしまったが呆れさせることには成功したと思う。そう思えばなんだか少し惜しかった気もするしもう一歩だと思う。

さて、ここで私は考えた。確かに前回怒らせることは叶わなかったけれど呆れさせることはできたのだ。

ならば向かうはそっちの方面ではないのか、と。

婚約者の些細な失敗に呆れ周りへとそれを吹聴する最低な婚約者。この方向で決まりだ。

ただ問題があるとすればこの優秀な私を呆れるような人間に仕立て上げなければいけないこと。

だが私はやっぱり優秀なのでそんなことはちょちょいのちょいだ。要するに普段やらないようなミスを連発すればいいのだろう。

そう考えればなんとも心は晴れ晴れしい。私は勢いよく窓を開け放った。

最初に言っておきたいのだけれども。これはわざとではなかった本当に。

ただ窓を開けただけだったのに偶然にも窓際へと置いていた花瓶が私の手へとあたり窓の外へと落下していった。そして偶然にも落下していった場所に婚約者と妹がいたのだ。

落ちていく花瓶を見送りながら下の2人を視界にいれる。

私には咄嗟に声を上げることしかできなかった。


「‼︎避けてっ」


ガチャンッ


眼下には地面へと落下した花瓶に驚愕と呆然という言葉が似合う表情でこっちを見上げる2人がいた。


何度でも言う。本当の本当にわざとではなかった。2人を殺したいだなんて微塵も考えていなかった。

私が、殺したかったのは。


駆けつけた侍女に妹を預ける婚約者の姿が映る。たぶんこっちに来るんだろう。当たり前だ。彼の目に私は大切な人を殺そうとした悪女に映っていることだろう。

あぁでも、結果としてよかったのかもしれない。過程は思っていたものと全く違っても結果は望んでいたものになったのだ。


私は殺したかった。

殺したかったのだ。

婚約者を好きだというこの自分の気持ちを。


彼に失望したかった。

彼に失望されたかった。

愛していないくせに私に優しい彼を嫌いになりたかった。

愛していないくせに私に優しい彼に嫌われたかった。


結果として私の望みは叶うのだ。


バタバタという足音が近づく。

彼がこんなに音をたてることなどこれまで1度としてなかった。相当怒っているに違いない。

ギリギリと痛む胸を押さえてツンと上を向く。全てが終わるまで絶対泣いてなんてやらない。

震える唇を噛んでどれだけ冷たい視線を浴びたって不適に笑ってみせるのだ。


バンッ


勢いよく扉が開いた。

覚悟して振り向いた扉の先には慌てたような婚約者様の姿。


「怪我はないっ⁈」


フリーズ。

いったいこの人は何を言っているのだろう。怪我の心配をするべきは私ではなく貴方と妹だ。


慌てたように部屋へと入ってきた婚約者様は私を上から下へとくまなくチェックすれば今度は私の周りをくるくると回っていく。

何が起きてるのかわからない私はただ婚約者様の行動を目で追うしかない。


「お姉さまお怪我はっ⁈」


次には駆け込みながら妹が部屋へとやってきた。

いや、だから怪我の心配をすべきなのは私ではない。

私の心配をしている貴方たち2人だ。


「窓を自分で開けるだなんてそんな無茶はやめてくれ」

私の手をつかみながら本気で頼んでくる婚約者様。

「この間ホースに襲われたばかりではありませんか」

私にしがみつきながら涙目で見上げてくる妹。


何がどうしてこんなことに。


決して窓を自分で開けるのは無茶なことではないと思うのだけど。

確かにホースに襲われはしたけどそれはたまたま起こった事故だわ。


「わ、私だってやればできる人間なのよ」


尻すぼみになっていく私の言葉に2人の瞳は見開かれた。


「カーペットに滑って階段から落ちそうになったのは誰だい」

「薔薇の花を素手で掴んで血だらけになったのは誰ですか」

「枕にうつ伏せに寝て呼吸困難に陥ったのは」

「椅子で寝てそのまま床へと倒れていったのは」

「髪飾りをカラスに奪われて泣いていたのは」

「子犬に追われて盛大に転けたのは」


「「誰だい(ですか)」」


私はきっと真っ赤になっていることでしょう。

随分と昔のことまで持ち出してこんなふうに私を辱めるなんて、何かの嫌がらせなの、嫌がらせは私の仕事のはずよ。


「ふ、2人揃ってなによ〜そんなに私を虐めて楽しいの

、もう、もう〜ばか、ばかばか」


離しなさいと言っても2人は全く離してはくれずさらに私を掴む手に力をいれる。

もう、何なのよ、何なのよ。


「なんなのよ〜2人とも私のことが邪魔なのでしょう。もう放っておいてよ」


思わず自分の口から溢れた言葉にひんひんと泣けば2人はお互いに顔を見合わせた。

何なのよ、仲良しなのかしら。仲良しなのよね知ってるわよ。


「2人が好きあっていて私が邪魔なのなら婚約破棄したらいいじゃない。祝福してあげるわよ。みっともなくて意地悪で負け犬な私のことなんて放っておいて」


好きだから辛いの。だから、こんな私の気持ちはやく消えてよ。

婚約者様のことを愛しているし、妹のことだって大好きよ。だから、だから。


「「誰と誰が好きあっているのですか??」」


2人口を揃えて告げる疑問に私は貴方たち2人よと叫んでしまった。

今までのことも全部全部叫んで吐露して流れる涙が止まらないせいで間に嗚咽が混ざる。


「婚約者様のことをとてもとても愛しているけれど妹のことだってとってもとっても大好きよ!!!だから、2人が望むのなら婚約破棄だって受け入れるしちゃんと祝福するもの!!私ばっかり除け者にしないで話してくれたっていいじゃない!!私そんなに嫌な女のつもりなかったわ!!!!」


叫んで叫んで、最後に溢れた言葉。


「だから、私の愛してるの気持ちは殺してしまおうと思ったのだもの」


滴がはらはらとなんてそんな綺麗に泣けない私の両眼からは訳がわからないくらい涙が溢れて止まらなくなっている。

気づけば婚約者様に抱きしめられていた。


「そんなことを言わないで。私は君のことを本当に愛しているんだよ。私を愛してると言ったその気持ちを殺すなんてやめてくれ。君の妹と愛して合ってるなんて君の勘違いだ。本当に君のことを愛してるんだよ。私には君だけなんだ」


涙に濡れる顔を持ち上げられて私の唇が婚約者様の唇と重なった。


一瞬だけ触れたそれが離れる。


「愛しています」


私の口から溢れた言葉に答えるようにもう一度唇が重なった。


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