表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

猫になった俺、彼女の幸せを見届ける。

掲載日:2020/03/08

(あれ?)


 目の前の光景に言葉を失う。

 1人の男が倒れていて、周りに大勢の人が集まり何か言っている。


「しっかりしろ!」


「救急車を!」


(え?)


 男の姿を見ようと近づくが目線が低い。

 いやそれだけじゃなない、何故俺は四本足で歩いているんだ?


「何だこの猫?」


「離れろ!」


「ニャ!」(なにするんだ!)


 男に振り払われ全身に衝撃が走るが、それどころでは無い。

 今、自分の叫んだ声に呆然とする。


 な、なんだよ「ニャ!」って?

 それより俺を軽く振り払うって、俺は180センチの75kgだぞ?


 混乱する頭で自分の手を見た。


(......毛むくじゃらの手?)


 どうなってんだ?

 俺は(うずくま)りながら自分の両手を、体を見る。

 それは毛むくじゃらの手と体。

 この手に見覚えがある。


(猫?)


 一体どうなったんだ?

 さっきまでの記憶を整理する。


(確か俺は悠莉の誕生日プレゼントを買いに来て、お目当てのプレゼントを買って...)


 そうだ、俺は跳ねられたんだ。

 赤信号で突っ込んで来た車に、前を歩く女の子を突き飛ばして代わりに俺が。


(って事は.....)


 救急車が到着してストレッチゃーに乗せられる男を見た俺は愕然とする。


(俺じゃんか....)


 力無く横たわる1人の男。

 血は流れていないが顔色に血の気は無く、救急隊員に蘇生措置をされながら救急車に乗せられる。

 それは紛れもない俺、加藤勇平だった。


(マジかよ...)


 生まれ変わりとか転移って結香のラノベで読んだ事あるけど...なんで猫?


 救急車がサイレンを鳴らし走り去るのを唖然と見送った。


 とにかくここを離れよう。

 何処に行く?家に帰るか?

 俺が跳ねられたんだ、今頃家はパニックだぞ?

 しかし行く所も無いので俺は慣れない四足歩行で現場を後にした。


 電車なら家まで15分程の距離なのに途方もなく遠い。

 腹は減るし、車や人にぶつかりそうになるしで散々な目に会いながら、2日掛けて漸く自宅の近所までたどり着いた。

 水だけは公園で飲めたが食う物が無い、フラフラだ。


(.........)


 自宅の近くにある施設、そこに書かれていた文字に絶句する。


[加藤勇平告別式]


(やっぱ俺死んだのか)


 覚悟はしていたが。改めて見ると何と言って言いのか...複雑だ。


「起きてよ勇平!!」


「嫌、勇平!!」


 建物の奥から聞き覚えのある声が...


(悠莉、結香...)


 建物の窓から中を覗くと学生服を着た2人の女性が棺桶に顔を近づけ絶叫しているのが見えた。

 俺の彼女、島田悠莉、悠莉の親友で俺の幼馴染、川上結香の姿だった。


 どうやら告別式の最中らしい。

 学校の知り合いの姿も見える。

 親父、お袋、兄貴、弟、みんな泣いて...


(.....キツいな)


 その場を離れる俺だった。


(どうすっかな)


 家で家族に飼われる?

 駄目だ、お袋と弟は酷い猫アレルギーだ。

 猫を抱くどころか近づくだけで涙とくしゃみが止まらなくなっていた光景を思い出す。

 気付けば空腹の体を引き摺り来た道を戻っていた。


(...また死ぬのか?)


 行く宛なんか無い、結局事故の現場に戻った俺はガードレールに置かれた花束に体を預け踞っていた。


 事故から4日、その間何も食べていない。

 雨こそ降らなかったが、朝晩の冷え込みと空腹で迫り来る死を感じていた。


(ん?)


 1人の人影が見えて来た。

 手には花束と俺が大好きだったお菓子を持っている。

 顔を確認した心に熱い物を感じた。


(...悠莉)


 それは俺の彼女、悠莉の姿。

 慌てて花束の陰に身を隠し、悠莉を見る。

 悠莉は古い花を交換し、そして涙を流した。


「勇平どうして死んじゃったの?

 一人じゃ寂しいよ...勇平会いたいよ」


 涙を流す悠莉に言葉を失う。

 何と言っていいか分からない、それ以前に猫だ、喋れない。


「猫ちゃん?」


 悠莉は花束の陰に隠れていた俺に気付いた。


「まだ子猫じゃない。君すごく震えてる、大丈夫?」


 悠莉は優しく俺に手を伸ばして来た。


(大丈夫じゃねーよ、でもまあいっか最後に悠莉を見れたんだ)


 薄れゆく意識の中悠莉の顔をじっと見ていた。


「ニャー」


『悠莉』と言ったつもりだが口から出るのは猫の鳴き声、まあ当たり前か。


「君も一人か、私と一緒だね」


 悠莉はまた泣き出した。

 いたたまれない、この場を去ろうとするが体はもう力が入らない。


「大丈夫だよ」


 悠莉は俺の体を優しく抱え上げ胸に抱いた。


(悠莉、俺汚いぞ?

 ノミがいるかもしれないし)


 そんな心配を他所に悠莉は優しく頭を撫でてくれる。


「ちょっと待ってね」


 少し歩き公園のベンチに座った悠莉は鞄から大きなスポーツタオルを取り出した。

 もちろん見覚えがある、お揃いで買ったんだから。


「暖かい?」


「ニャ」(ありがとう!)


 悠莉の匂いが染み付いたタオルに包まれ幸せな気持ちで返事をする。


「ふふ、良かった」


 笑顔の悠莉を見ながら眠りに落ちた。


「ただいま」


「お帰り悠莉...って猫?」


 聞いた事のある声に目覚めた俺の目に飛び込んで来たのは、


「ニャ〰」(おばさん)


 それは悠莉のお母さん。


「どうしたの、その猫?」


「...勇平の花を交換してたら居たの」


「そう」


 うわ、おばさんまで泣いてる。認めてくれていたんだ。

 ご免なさい、おじさん以上に苦手でした。


「でも悠莉、家にはビスケットが居るでしょ?

 相性大丈夫かしら?」


 そうだ、忘れてた!

 悠莉の家犬飼ってるんだ、

 名前がビスケット、犬種は確かコーギーだったな。


「大丈夫だよ、ビスケットは大人しい子だから」


 悠莉、あいつは大人しい()じゃねえぞ。

 お前の肩に手を乗せようとしただけで目茶苦茶吠えられたのを忘れたか?

 あ、吠えられたのは俺だけか。


「あらビスケット」


 名前を呼ばれてビスケットは玄関にやって来た。

 悠莉のタオルに体を埋めて隠れようとするが無情にも捲られてしまう。


「...ニャ」(...こんにちは)


 おばさんが一応ビスケットを押さえているが鼻先が俺の頭に来る。


 でかいな、ごめんよ胴長短足って思って。

 お前は立派な中型犬だ。


「ニャー」(ウヒッ!)


 ビスケットが突然俺の顔を舐めた、凄い笑顔だ。

 コーギースマイルって悠莉が言ってたな。


「どうやら気に入ったみたいね」


「良かった」


 ビスケットが喜んでいるので2人はほっとした笑顔で俺達を見ている。

 しかしビスケット、もういいだろ?くすぐったいぞ。


 その後俺は動物病院に連れていかれ詳しい診察を受けた。

 どうやら衰弱していたらしく薬を処方されて、汚れていた体も綺麗にして貰い悠莉の自宅に戻った。


「ただいま」


「おかえり」


 悠莉とおばさんの2人と一緒に自宅に帰ると玄関から男性の声がした。

 その声にはもちろん聞き覚えがあった。


「この子が悠莉の言ってた猫かい?」


 悠莉のお父さん、優しく俺を彼氏として迎えて貰い、交際も許してくれた恩人だ。


「そうよ、ご挨拶は?」


「ニャー」(おじさん御無沙汰です)


「そうかそうか、病院は?」


「衰弱してたけど入院はしなくて大丈夫だって」


「良かったな」


 おじさんはそう言って俺の頭を優しく撫でてくれた。


「名前は?」


「え?」


 おじさんの言葉に悠莉は驚いている。

 そう言えばまだ聞いて無かったな。


「ユウ...」


「悠莉...」


「悠莉ちゃん...」


「ニャ...」(悠莉...)


 悠莉の言葉に皆固まる、それは俺が人間だった時の呼び方だった。


「ユウよ、ユウ宜しくね」


 涙を流し俺の身体を撫でる。

 悠莉辛くならないか?


「ニャー」(良いのか?)


「ほら気に入ったみたいよ」


 いや勘違いするな、まあ良いけど


「そうかユウか。宜しくユウ」


「ユウちゃん、宜しくね」


 皆口々に言いながら俺を優しく撫でてくれる。

 こうして俺はユウになった。


 猫になって心配していた味覚だけど意外とキャトフードに抵抗は無かった。

 臭いに敏感だが味覚は人間の時ほど敏感じゃないみたいだ。

(猫缶の方がカリカリより旨かったが)



 トイレの躾は問題無かった、当たり前だが。

 でも砂の上で用を足すのは抵抗がある。


(良いなビスケット、お前は散歩の時に用が足せてよ)


 室内で飼われる事になった俺は外に出られない。

 ビスケットは少し得意気に俺を見た。

 そんなある日俺はいつか見たテレビの映像を思い出す。


(確か猫が人間のトイレで用を足していたな)


 早速人間用のトイレに行く。

 便座の縁に腰を下ろし溢れない様に角度を合わせて...


(...やれるもんだな)


 上手く出来てホッとする。

 これで砂の交換の際に気まずい空気に成らなくていい。


「あ、ユウ!!」


「ニャ!」(うお!)


 突然の大声、俺は便座から転落して...


「大変ユウが便器に落ちた!!」


「嘘!?」


 おばさんの大声に焦った俺は便器に転落して、出したばかりの小便まみれになる。

 悠莉が俺を拾い上げお風呂場で丁寧に洗ってくれた。


「どうしてトイレで?」


「何で知ってるの?」


 疑問は最もだ、でも説明は出来ない。

 だって猫だもん。


「ひょっとして私のを見た?」


「ニャ!」(おばさん!)


「お母さん扉開けてしたの?」


「まさか?いやでも1回位したかな?」


 いや1回じゃねえぞ、家族が居ないときはしょっちゅう...

 そんな事はどうでもいい!見てねえぞ!


 変な疑惑を掛けられた。


 悠莉の家で飼われ1ヶ月が過ぎた。

 その間おじさんがキャットタワーを購入してくれたりおばさんがベッドを悠莉が首輪をくれたりと至れり尽くせりの猫ライフを謳歌していた。


「ただいま」


(お、帰ってきたな)


 悠莉の声に学校から帰って来た事を知る。

 俺は急いで玄関に悠莉をお出迎えにビスケットと走る。


「ニャー...」(結香...)


 玄関に居たのは悠莉だけじゃ無かった、隣に居たのは幼馴染みの結香も居た。


「この子がユウよ」


 固まる俺を悠莉が優しく抱き上げ結香の前に持っていく。

 結香は驚いた顔で俺の顔を見ていた。


(結香、お前随分やつれたな)


 1ヶ月振りに見た結香は目の周りが黒ずんで頬が痩けていた。


「結香?」


「あ、何でもない、何でもないよ悠莉。

 へーキジトラ猫なんだ、宜しくねユウちゃん...」


 結香は少し震える手で俺を触る、その手つきに何故か懐かしさを感じた。


 その後2人は悠莉の部屋に行く、邪魔しちゃ悪いので俺はビスケットとリビングで時間を潰そうと歩き出す。


「待ってユウ!」


 突然結香が俺を抱き寄せる。


「ニャ?」(なんだ結香?)


「一緒にいこ」


 笑顔の結香、この顔をした時の結香は抵抗しても無駄だ。

 俺は大人しく結香に抱かれて悠莉の部屋に行った。

 ジト目のビスケットに見送られながら。


「久し振りね結香」


「うん、悠莉も少し元気なって良かった」


「ユウのお蔭かな」


「そうね、きっとそうよ」


 ベッド脇に腰を下ろした結香は俺の体をがっちり押さえて撫で回している。


「ニャー」(好きにしろ)


 俺はされるがまま諦めていた。

 そう言えば結香の家も猫を飼っていたな『子猫は格別だ』っていつも言ってた。


「ニャ?」(何だ?)


 突然目の前が真っ暗になる。


「どうしてユウの目を隠してるの?」


「だって悠莉着替えてるじゃない」


「それが?」


「ユウは雄(男)だよ」


「うん」


「はしたないよ」


「何で」

「ニャ?」(は?)


 結香の言葉に俺と悠莉は頭を抱える、俺は猫だっての!興奮するかよ!


 その日から結香は2日と開けず悠莉の家に来るようになった。

 最後に、


「また来るねユウ」


 そう言って帰るのだった。


 半年が過ぎたある日、おばさんが言った。


「ユウも去勢しなくちゃね」


「ニャ!?」(え!?)


 青天の霹靂だ!

 俺の玉を取るだと?


「かあさん無理に取らなくても」


 おじさんナイス!

 そうだ、無理して取る必要は無いぞ。


「でも病院で薦められたの、病気の心配も減るし、他の猫に子供でも作られたりでもしたら」


「ニャ!!」(しねえよ!!)


 何で雌猫に興奮するんだよ、悠莉でも興奮しねえのに...いや悠莉には少し興奮するか。


「ニヤニヤ!」(悠莉助けてくれ!)


「お母さん、ユウ嫌がってるよ」


 そう、分かってるね!


「でも悠莉ちゃん『長生きさせるなら手術した方が良い』ってお医者さんが」


 あの医者め余計な事を!!  


「じゃ結香に聞いてみよ、猫3匹飼ってるから詳しいよ」


「そうね、それから決めましょ」


 俺は結香に祈り続けた。


「去勢?」


「うん、どうしたら良い?」


 翌日悠莉は結香に聞いた。

 俺は結香に体を擦り寄せ、甘えた目で見た。


「取ったら?」


「ニャ!」(おい!)


 非情な結香の言葉に俺は絶望する。

 まさか俺の甘え攻撃が通じないとは...


「でも取ったら食欲が増して太るけどね」


「やっぱり?」


「うん、家の猫みんな取ったけど3キロ以上太ちゃってプクプクよ」


「そっか」


「太ってから性格が変わって丸くなったけど身体まで丸くなっちゃった」


「性格は今のままが良いな」


「そうね」


 結香の言葉に風向きが変わる、おばさんも俺を心配そうに見ている。

 俺の性格が気に入っていたのか。


「ニャー」(キープマイボール)


「やっぱり止めよか」


「そうだね」


「ニャ!」(良し!)


 俺は感謝を込めて悠莉達に甘えまくった。


「感謝しろよ」


 結香は片手で俺を抱き上げて、


「うりうりうり」


「ニヤ?ニヤ?ニャ?」(な?な?な?)


 俺のマイボールを片手で(くすぐ)り倒した。


「やっぱり取ろうかしら」


「そうだね」


「ワン!」


 こら結香!ビスケットまで!!


(ん?)


 その時初めて気づいた。


(ビスケット...お前)


 彼は去勢済みだった....


 俺のマイボール?何とか死守しましたよ。


 それから4年が過ぎた。

 悠莉は大学進学で2年前に家を離れ、家族はおじさんとおばさんの2人暮らしとなったが、淋しくは無い。

 何故なら...


「おーす!」


「ニャ!」(よう!!)


 地元の大学に通う結香が相変わらず顔を出してくれるからだ。

 おじさん達も家の鍵を結香に渡しているので何時でもこうして来てくれる。

 そして、


「勇平のお兄さん結婚するんだって」


「ニャー?」(マジか?)


「うん、相手は藍ちゃんだよ、あの2人も長い付き合いだからね」


「ニャ、ニャ?」(だな、6年か?)


 そんな感じで何故か俺の家族の近況まで話してくれる様になった。


 そんなある夏の日、悠莉は長い夏休みで家に戻っていた。

 しかし元気が無い、どうしたんだ?


「ヤッホー悠莉久し振り」


「結香ちゃんごめんね」


 2人が顔を合わした。どうやら悠莉が結香を呼んだらしい。

 しばらく他愛も無い近況に華を咲かしていた。


「ねえ悠莉、そろそろ本題に入らない?」


 結香が改めて言った。


「あ、うん...実は告白されたの」


「ニャ?」(え?)


 突然の言葉に俺は絶句する。

 いつかこの日が来るとは思っていた。

 しかし、俺は...ダメだ覚悟が出来ない。


「勇平の事は?」


「うん、もちろん話したよ」


「で?」


「『忘れなくてもいい、それも含めて悠莉が好きだ』って...どうしよう?」


 悠莉の言葉に沈黙が続く、重いよな...


「まだ勇平が?」


「うん好きだよ、まだ大好き...」


(悠莉...)


「ならそれで良いじゃん。

 そのままの悠莉を受け止めてくれる人がいて、先に進めるなら進みなよ。

 勇平は居ないけどさ、きっと悠莉の幸せを祈ってるよ。ね、ユウ?」


(な、何で俺に聞く?)


 いや、結香の言う通りだ。俺は...加藤勇平はこの世に居ない。

 俺は猫だ、猫のユウなんだ。


「まあ焦らず結論は出しなよ、また連絡してね」


 そう言うと結香は帰ってしまった。


 その日から悠莉は考え続けた。

 悠莉の家族もその男の事は知っている様だ。

 いや、俺も知っている。

 悠莉の大学の同級生、1度家に来た事もある。


 ....良い奴だった。


 ビスケットも奴を気に入り、俺も気に入った。

 ただし俺は悠莉の友人としてだが。


「ねえユウ」


「ニャ?」(何だ?)


「私どうしたら?」


(んな事分からねえよ!)


「何で勇平死んじゃったの?」


(知らねえよ)


「酷いね、死んだ人は永遠だよ。先が無くなっちゃう」


(...分かってるよ)


「ズルいよ、勇平、ズルいよ...」


(.....ごめんな)


 涙を流す悠莉に寄り添い俺も泣いた。

 涙は出ないが、心で泣いた。


(悠莉...ありがとう、もう十分だ、幸せになってくれ)

 そう願いながら。




 あれから10年が過ぎた。


 俺は15歳、もうおじいちゃんだ。

 見た目は余り変わらないがすっかり足腰も弱った。

 キャットタワーも一番上まで登れない。


 ビスケット?


 5年前に逝っちまった。

 16歳、コーギーにしたら長命だったな。

 最後に俺の顔を優しく舐めてスマイルを浮かべて...満足な顔をして。


 みんな泣いた。

 おじさんも、おばさんも、結香までも泊まり込んで最後まで立ち会い、みんな泣き明かした。


 悠莉?

 残念だけど間に合わなかった。

 仕方ない、だってあいつは、


「ただいま」


「おじゃまします」


「おじいちゃん!おばあちゃん!」


 ほら来た。


「いらっしゃい」


「待ってたよ」


 玄関から聞こえた元気な声、おじさんとおばさんも嬉しそうだ。

 半年振りだもんな。


「ユウ元気?」


 部屋に走り込んで来た女の子に俺は抱き抱えられる。

 そう、この子は悠莉の娘、優子だ。


 悠莉は7年前に結婚した。

 相手はあの時の人、2人並んで微笑む夫婦の姿に幸せなのが分かる。


 旦那の仕事の都合で離れて暮らしているが1年に2回はこうして悠莉の実家に里帰りを欠かさない。

 なんて義理堅い奴だ。


「勇平君のお墓参りは?」


「うん寄ってきた」


「ニャ」(もういいぞ)


 もう良いと思うが悠莉は墓参りをしてくれる。

 悠莉の旦那の希望だそうだ。

 俺はここに居るのに。

 その夜は久し振りに賑やかな物になった。


「こんにちはー、悠莉居る?」


 翌日、元気な声が聞こえた。

 誰か分かるよね。


「結香」


「結香姉ちゃん!」


 そう、結香だ。

 しかし結香よ、お姉ちゃんと呼ばせるとは図々しいぞ。


「ニャ!」(おばさんだろ!)


「うるさいユウ!」


 怒られた。


 悠莉の旦那はおじさんと酔いつぶれ、おばさんは優子ちゃんとお風呂。

 悠莉と結香は2人のんびり昔話をしている。


「幸せそうで良かった」


「結香のお蔭よ。あの時背中を押してくれたから」


「そんな事無いよ、悠莉の幸せを勇平が願ったからだよ」


「ニャ!」(その通り!)


「で、結香は結婚は?」


「なかなか良い人がねー」


「ニャ!」(早くしろよ、お前31歳だろ?)


「うるさいユウ!」


 また怒られた。

 でも楽しい夜だった。


 ...更に2年過ぎた。


 俺はもう動けない。

 目も1年前から殆ど見えない。

 仕方ない医者からも宣告された。

『寿命です』って。


「ユウ苦しいの?」


 おばさんが俺のタオルを代えてくれる。


(ごめんおばさん、もうトイレに行けないからタオルを汚しちゃった...)


「ユウ、何か食べるか?」


(ありがとうおじさん、でも食べたく無いんだ。

 昔こっそり食べさせてくれた酒のおつまみ、美味しかった...)


「ユウ...」


 声が遠くに聞こえる。

 苦しくなくなってきた、どうやらお迎えか...


「...ユウ!」


 ...この声は、


「ユウ、ありがとう!お別れは言わないよ!」


「...ニ...ャ」(結...香)


「そうだよ結香だよ、あんたの幼馴染の結香だよ勇平!!」


(...知ってたのか....)


「私...ユウが居なかったら、きっと死んでたよ。

 だから、本当にありがとう」


『どういたしまして...』


 顔に当たるのはきっと結香の涙だろう...

 ...泣くなよ、お前の涙はあの時の葬式で十分だから...



 こうして俺は猫としての一生を終えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 悠莉の旦那がホント良いやつそうでよかった… [一言] 来世では猫になりたい
[一言] 新作をよんでからきました。悠莉が幸せで良かった。結香も幸せを得たし、本当に良かった。
[良い点] 泣いた。いいお話でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ