4
母が立ち上がって、私の側に来る。
両手で私の両肩を掴んだ。
「しっかりしてちょうだい!!」
母の大声。
私の胸がチクチク痛んだ。
「ごめんなさい」
私は素直に謝った。
「お父さんとお母さんには迷惑かけっぱなしだもんね…この部屋も…家事だって…本当にごめんなさい」
私も涙が出てきた。
とても苦しい。
心が痛い。
「それは良いんだよ」
母の口調が元の優しさに戻った。
「その事を言ってるんじゃないの。それはゆっくり考えれば良いからね」
母が私の握り合わせた両手に、そっと触れる。
温かい。
「ありがとう、お母さん。大好きよ」
自然と言葉が出た。
微笑んでたお母さんの顔が歪む。
「それよ」とお母さん。
「何?」
「どうして女言葉で喋るの」
「え!?」
私はビックリした。
また、お母さんがおかしくなった?
「どうしてって…私、女だもん」
母の顔が一瞬で険しくなる。
母の手が、私の手を痛いぐらい強く握る。
「お前は男だよ、文彦」
「は? 私は女だよ。それに文彦は彼氏の名前。私は由梨でしょ」
お母さんが、また涙をこぼす。
「由梨ちゃんとは…お前が会社を辞めたときに別れたでしょ。しっかりして!! お前は文彦だよ!!」
わー。
とうとう、お母さんが本当におかしくなっちゃった。
私のせいだよね…ごめんね、お母さん。
「他の事はどうでも良いの! お前が自分を誰だか分かってくれれば、後はゆっくり解決していけば良いんだから! どうして…どうして、こんな…由梨さんにフラレたのが、そんなにつらかったのかい?」
これは重症だわ。
娘が誰かも分からなくなるなんて。
「ね、お願いだからいっしょに病院へ行きましょう。きっと良くなる。ちゃんと文彦に戻れるから」
あー。
もうヤダ。
苦しくなってきた。
お母さん、早く帰ってくれないかなー。
そうだ!!
そろそろ文彦が来る!!
私は立ち上がって、お母さんを玄関へ押した。
お母さんは必死に抵抗して動かない。
もう!!
「文彦!! ね、お願いだから!!」
ああ、嫌だ!!
もう限界よ!!
私はお母さんを放って、洗面所に走った。
「文彦!!」
お母さんが叫ぶ。
洗面所の鏡の前に立つ。
「由梨」
「文彦!! 来てくれたのね!!」
「由梨、愛してるよ」
「ありがとう!! もう何も要らない。あなたさえ居てくれたら」
「文彦はお前だよ!! 由梨さんはもう居ないの!! 元に戻って、文彦!!」
お母さんの声が後ろから聞こえる。
ああ、うるさい!!
もう、無視よ、無視!!
お母さんは完全におかしくなった。
私の眼の前には、とてもハンサムな文彦が立ってる。
私は嬉しくて笑顔になった。
同じタイミングで、文彦も私に微笑んだ。
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ホントに大感謝です(T0T)
怖く終われたと思います←手前味噌(笑)