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私は急いで洗面所に行った。
歯を磨かないと!
私と文彦は深い愛で結ばれてる。
格好は普段着だって平気なの。
でも、やっぱり最低限の身だしなみは必要よね。
ガッカリされたくないから。
私は洗面所で歯ブラシに歯磨き粉を付けて、口に入れようとした。
その瞬間。
「由梨」
ええ!?
「来たよ」
文彦だ!
もう来ちゃったの!?
文彦は私にニッコリと笑いかける。
120点の笑顔。
「おいおい? 歯磨きの途中?」
「うん。そうなの」
私は恥ずかしさで顔が熱くなった。
彼も少し恥ずかしそう。
「タイミング悪かったね。早く君に逢いたかったから、つい」
文彦が笑う。
私は本当に彼の笑顔が好きだ。
それに彼はすごくハンサムなの!!
大きな瞳、長くてキレイなまつ毛、整った鼻、セクシーな唇。
とっても素敵!!
「私も逢いたかったわ!!」
「愛してるよ、由梨。今日も本当にキレイだし、かわいい」
ああ。
幸せだわ。
もっと言って!!
あなたといっしょに居ると最高に楽しいの。
私と文彦は、それから2人だけの特別な時間を楽しんだ。
チャイムの音。
1週間って早いわね。
私は暗闇の中で立ち上がって、電気を点けた。
ドアに向かう。
訪問者を確認する。
母だ。
ドアを開ける。
先週と同じ荷物だけど、傘は持ってない。
いつになく真剣な顔。
思い詰めた様子だ。
無言で部屋に入ってくる。
私は何も喋らなかった。
このまま何も話さずに、やるべきことだけをして帰って欲しい。
母は先週と同じルーティンをこなした。
最後に温かいお茶を出す。
私は黙って、それを飲んだ。
「あのね」
また始まった…。
「今日も彼氏が来るの」
私は先手を打った。
母の顔が一瞬、泣きそうになった。
でも何とか持ちこたえたみたい。
「彼氏って…何なの?」と母。
私は口を尖らせた。
「何って…彼氏は彼氏よ」
「………」
「だから、早く帰って」
「どんな人なの…?」
母が訊いた。
何だか納得してない口調。
嘘だと思ってるの?
「東大を卒業して一流商社に勤めてる人よ」
母の怪訝そうな表情。
私はイラついてきた。
「文彦っていうの」
彼の名前を聞いた途端、母の瞳があっという間に潤んだ。
そして。
母が泣き崩れた。
私はびっくりして、何も言えなかった。
娘に彼氏が出来たくらいでこんなに悲しむなんて、母は大丈夫だろうか?