1
私は電気を消して、カーテンを閉めきった真っ暗な部屋で、ひざを抱えて座っている。
会社の上司にひどいパワハラを受けて辞めて以来、私はこの部屋から1歩も出ていない。
ワンルームマンションの家賃は両親が払ってくれるし、買い物や食事の用意は週末に1度訪れる母がしてくれる。
冷蔵庫の中のおかずが昨日、丁度、無くなったから、今日は母の来る日だ。
私は1日の大半をこうして暗闇で、じっとしている。
生きるための最低限のエネルギーしか使っていない。
この感じが好きなのだ。
何も考えず、ボーッとする。
心が落ち着く。
人と関わるのは煩わしいし、苦手だ。
本音を言うと、母と逢うのだって億劫で苦痛なのだ。
それでも逢わないと、もっと嫌な事態になるから、そこは仕方なく我慢している。
もし可能なら、喜んで逢うのを辞める。
あ。
彼氏だけは別だ。
文彦と逢って話すのは、とても楽しい。
彼は東大を卒業して、一流商社に勤めている。
いつも私を「キレイだよ」「かわいいよ」と褒めてくれる。
「愛してるよ」と囁いてくれる。
その度に私は幸せな気持ちに包まれるの。
落ち込んだ心に勇気が湧いてくる。
ああ、逢いたいな。
今日も彼はきっと来てくれるから、母を早く追い返さないと…。
玄関のチャイムが鳴った。
私はゆっくりと立ち上がって、電気を点けた。
ドアへと歩く。
身体が重い。
動くのは嫌だけど、しょうがない。
これだけは絶対に必要だから。
誰が来たのか確認する。
母だ。
ドアを開ける。
「ちょっと降ってきたわよ」
母が言った。
畳んだ赤い傘と買い物袋を2つ持っている。
背中には大きなリュックサック。
母が部屋に入ってきた。
白髪混じりの頭頂部が私の横を通る。
母が荷物を置いた。
「元気だった?」
母が訊いた。
私は無言で頷く。
「そう」
母が微笑む。