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それが彼の強さなれば


目を覚まして初めて見たのは、びっしりと敷かれた石だった。


一見、城へと登る道中の敷石だと思ったが、地面にしては景色がどこかおかしい。


そう思って首を横に向けると、自分は布団のような物に横たわっていて、あの敷石はおそらく天井である事を理解した。


氏郷は、自らの置かれた状態を把握しようと、辺りを見渡して情報を探りながら体を起こした。


来ていた鎧は傍に立て掛けられており、愛用の刀『西美濃麒麟児』も傍にあった。


傷ついていたはずの体は、何故か傷跡すら一見では分からなくなり、痛みも殆ど消えている。


「……何だ、この場所は…?」


氏郷がこれまでに見たことは無いが、かろうじて人が造ったのだろうというのは理解した。


しかし、今まで様々な南蛮の物に触れてきた彼ですら目新しいものばかりが周りにあった。


机や椅子、水差しに至るまで、氏郷が使ってきた物とは違う。


「この寝床も…床几のようになっているのか……窓のあれは……玻璃ガラス?」


氏郷の居城、日野城はおろか主君信長の居城ですら見たことが無い玻璃ガラスのはめ込まれた窓に近づこうとした時、唐突に部屋の扉が開いた。


咄嗟に身構えた氏郷の目の前に現れたのは、空色の髪色をした青年…自警団団長のアクリスだった。


「……お!良かった、目が覚めてたか」


立ち上がった氏郷を見て安心したような言葉を掛けたアクリスだったが、当の氏郷本人は、まだ自分がどうなったのかを把握できずに無言で立ち尽くすだけだった。


「本当なら酒でも飲みながらあんたの事を聞きたい所だが、あいにく今は説明する時間すら無い」


そう言うと、置かれていた「西美濃麒麟児」を掴み、氏郷に差し出してきた。


氏郷も黙ったままそれを受け取る。


「あまり目利きに自信がある訳じゃないが、良い刀だ。身なりからして、自分の身を護るぐらいは出来るな?」


訴えかけるような言葉に、氏郷はただ頷いた。


身体の痛みも無いので問題も特に無い。


十分動けるだろう。


「なら大丈夫だ…悪いが俺達の仲間もあんたを護衛しながら逃げられる確証が無いんだ、自分で動けるなら動いて貰った方が良い」


早口に喋りながら、壁に立て掛けられていた槍を2本掴むと、一つは背中の槍袋に背負った。


そのまま、こちらも壁に掛けられていた西洋兜を被り、器用に顎ひもを締める。


「今からこの砦を抜け出して街へと退く。敵の量は多い上に攻撃も激しいが、あんたを含めて皆を助けるにはこれしかない」


氏郷は、その言葉に朧気ながら状況を理解した。


とにかく今は、状況に関わらずにこの青年の言葉に従うべきであろうとも。


「準備が出来たら来てくれ。……あまり待っている時間も無いけどな」


そう言うとアクリスは速足に部屋を出て行く。


氏郷には、なんとなく、その姿が怯えているように見えた気がした。









崩れていた着物を直し、愛用する鎧甲冑を丁寧に着込み、愛刀「西美濃麒麟児」を腰に指す。


居城を出立した時と全く同じ姿の筈なのだが、随分久々に着ているような感覚すらある。


しかし、そんな事に構っている場合でも無い。


獣の毛で装飾された紫紺色の兜…氏郷の主君信長から、冬と婚姻の儀を行う際に、餞別として送られた物である…を被りながら、石で造られた部屋を後にする。


部屋の外…既に屋外であり、久方ぶりの日の光を浴びながら、氏郷は先ほど見た後ろ姿を目線の先に見つけ、準備が整った事を伝えに向かおうとした。


「ふざけんな!!そんな事させられる訳無いだろうが!!」


…しかし、突然上がった怒鳴り声に一瞬気後れしてしまう。


「……今回ばかりは何度言われようと聞かねえぞナルナガ。お前らを助けるためにはこれが一番可能性が高い作戦だ」


「お前が死んだら意味がないと言っているんだ!!お前は皆を率いる団長だろう?!そう易々と死地に取り残せるものか!!」


先ほどの後ろ姿の青年とは違う声の人物…異様なほどに赤い肌が目を引く…が大声で怒鳴っているようだ。


今、部外者である自分が入って行っていい物かと少し考えたが、時間が無いと言っていた以上、ここで立っているだけにもいかない。


と、氏郷は言い合っている様子の二人と、すぐ傍で心配そうにその様子を見ている二人に近づいた。


「自警団は大丈夫だ。俺がいなくなってもお前が居る。勿論ルーフルもリッサもな」


「自警団の事などどうでも良い!!友として、お前の命を失うわけにはいかないのだ!!何故分からないアクリス!?」


「失礼」


話の内容から、先ほど話した青年と赤い肌をした……外見からすれば明らかに異形の姿だが…人物のそれぞれの名を把握した所で、会話に割って入った。


「おっ、準備できたか。これでいつでも動けるな」


「……申し訳ないのですが状況を理解しないことにはなんともならない故…教授頂けると幸いなのですが…」


「それは僕から話します」


状況を尋ねた氏郷に答えたのは傍で見守っていた内の一人、紫の髪が特徴的な青年だった。


「今、この砦は山賊の軍勢に攻められています。本来、この砦には多くの戦士が居るのですが、別の場所に襲い掛かった山賊の軍勢の対処に散ってしまっていました。結果、この砦の防備は僅か。外門を突破され残ったのは中にある第二の城門だけ…このままでは押し切られて全滅も免れないでしょう」


青年は出来る限り早口で、なおかつ氏郷が内容を理解できるよう、絶妙な早口で説明した。


「貴方は僕達がこの砦へ退こうとしている最中に、道すがらの川端で倒れているところをお救いし、連れてきました。……しかし、助けたつもりが逆に危険に巻き込む形になってしまいました」


申し訳なさそうに氏郷が何故ここに居るのかの説明を簡潔に話したが、氏郷には全く持って心当たりがない。


そもそも彼が居たのは居城から僅かだけ離れた場所にある……氏郷どころか長年南近江で過ごしている父や祖父すら『こんな所にこんな物が有ったか?』と首を傾げていたが……古い砦であったはずだ。


氏郷の困惑を他所に、紫の髪の青年は言葉を続けようとする。


「我々が打てる手は一つ……隙を見てこの砦から抜け出し、西に有るレインシーラの街まで逃げ切る事のみです」


「もうそれ以上は良いだろルーフル。部外者にそれ以上話す必要は無い」


しかし、青年の言葉を遮ったのは、傍にいたもう一人の西洋鎧を着込んだ女性だった。


「甘いぞルーフル。その者が果たして我々の敵で無いと決まった訳では無い」


「……しかしリッサ、怪我をして倒れていた者を放って置くわけにもいかないでしょう。どのみち、この方自身の力も必要となります」


「ならばその者が我々が逃げている最中に後ろから斬りかかって来たとしたらどうする?ただでさえ混乱するであろう状態でまともに対応が取れるとでも?」


女性の言葉に不服そうに押し黙ってしまう紫髪の青年だが、氏郷から見ても女騎士の言っている事は決して間違いではない。


息のかかった者を相手陣営の内部に入り込ませ、陣営の弱点や崩壊を招きそうな箇所を探り、可能ならば攻撃する。


俗に『埋伏の計』と呼ばれるこの策は、古今東西、乱世の中では常に起こり得る物なのだ。


ただし、氏郷の自身のみの考えで言うならば、青年の言葉の方に好感を覚える…というか、本来そう有るべきであると思っているのもまた事実ではあるが。



「……信用が出来ないというのはごもっともにございます。…しかし、申し訳ないが、私は今自分が置かれている状況すらよく分かっていない有様…」


息苦しくなった空気を打破するべく、氏郷は言葉を発した。


「ただ…今この場所と皆様が危機に陥っているのではないかと…話を伺って邪推した次第…私に出来る事が有れば何なりと」


困っている者を助けたいと思うのは、この場所が何処であろうと、どの世界であろうと変わらない。


……氏郷の『甘さ』であり、最大の『強さ』で有る。


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