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窮地の籠城戦

予想以上に長くなってしまいまして…

その結果時間も予想以上にかかりました。



「……様?……郷……氏…様…」


夢だ。


蒲生氏郷はそう思った。


いや、そうであって欲しいと願った。


「氏郷様?」


次第にしっかりしてきたその声の主に優しく手を添えてゆっくりと起き上がる。


「……どうしたのです…?」


氏郷のかけがえの無い大切な人、(ふゆ)がそこに居た。


「……いや、なんでもない」


「…?」


どうか、夢であれ。


寂しく笑みを浮かべながら、氏郷はずっとそう考えていた。


周りは見慣れた居城の寝室。


しかし、そんな事は有り得ない。


先ほどまでの状況から察するに、恐らくこれは自分の見ている幻想か、さもなくば冥途の世界であろう。


…もし冥途ならば目の前に居る冬も、自らと同じ場所に居る事になる…つまりは既に現世のものでは無くなっているという事なのだ。


「私は先にまいりますね」


そんな事を考えている氏郷を尻目に、目の前に居る冬は立ち上がろうとする。


「…っ待てっ!冬!」


その冬の言葉を聞き不安が募った氏郷は、冬の腕を掴もうと自らの腕を伸ばした。


しかし、既にそこに冬の姿は無い。


「……っ!」


今の自分が置かれている状態など全く理解していないが、そんな事はどうでも良いとばかりに氏郷は叫んだ。


「冬!…何処だ…!…冬!」


何時の間にか見慣れた部屋に居た筈の自分の身体が、先ほどの薄暗い場所へと動いていた。


そうだ、先ほど俺は此処で倒れたのだと理解した氏郷は、また目の前に現れた冬の後ろ姿に怒鳴る。


「駄目だっ…冬!」


彼女を失ったら…その恐怖が氏郷を覆い尽くしていく。


「死なせない……冬は…絶対に…死なせない……死なせて…たまるか…」


既に見えなくなった彼女の後姿を追うが、自らの身体を覆う闇が一層と深まっていく。


一歩進むたびに、目の前が一段と暗くなっていく。


「冬…冬……行っちゃ駄目だ…」


腕が絡めとられ、動かなくなる。


足が巻き込まれ上がらなくなる。


顔も動かず、視界も漆黒になり、最後まで動かし続けた口ですら、固まった。


(俺が…俺が冬を……俺のせいで)


漆黒に包まれた中で氏郷はひたすらに自分を責め続けた。








…しかし、それは長く続かなかった。




「……!………い」


「………に……て」


(………?)


氏郷の耳に、聞きなれない音と声が、少しずつ聞こえ始めていた。














「おい援軍はどうなってんだよ?!いくら何でも遅すぎんだろ!」


「知りませんよ!僕ばっかりに当たんないで下さいって!」


「くそっ!貴族連中は肝心な時いっつもこれだ!!」



大陸南西部の海岸沿いに存在する巨大な港街『レインシーラ』


海路を通じて様々な地域から貿易品の数々が運びこまれる事によって栄え続ける大きな街であり、商業、文化の中心地として無くてはならない街である。


…ゆえに遥か昔からこの街の所有権を巡った争いが幾度となく行われているのだが、その時の名残で有ろうと思われる古い砦が近くのあちこちに残っていたりもする。


そのうちの一つで有り、今もレインシーラ警護の拠点として使われている街道沿いの砦の中では、普段では全くと言って良いほど聞こえない怒鳴り声があちこちで響いていた。


「第一城門が完全に破られた!第二城門にも迫って来てるぞ!」


「リッサ、全ての味方を第二城門内へ入れてください!誰一人取り残してはいけません!」


「承知!!」


「城外に味方の姿は!?」


「まだ見えません!!」


「こん畜生!どうせ助けになんざ来ないとは思ってたけどよ!!」


普段はせいぜいが傭兵崩れの盗賊やら海賊だったり、規模の小さな魔物の群れだったりの相手がほとんどで有り、この砦の門が破られる事など有り得なかった。


「んで?この謎の軍団連中をどう見るよナルナガ?」


砦の部隊を率いる戦士、アクリスが傍にいた人影に尋ねる。


尋ねられた人影は少し首を捻った後、表情を崩さずに答えた。


「正直言って分からん。…少なくとも見た目は我らの種族と変わりは無いようだが…」


その人影は他の戦士と比べると若干違和感のある出で立ちをしていた。


確かに身体の作りや大きさは人間のそれと変わらないが、肌は異様な程赤い。


口の上部分からは動物の様な尖った牙が2本飛び出ており、頭の両側には上方向に向かって湾曲する牛のような角まで有る。


……それもその筈、彼は人間ではなく『オーガー』…俗に魔物と呼ばれている種族である。


伝説では、闇と恐怖を司る神が、光と安寧をもたらす神が創った人間を元にして、光の世界を闇と恐怖で奪い取る為に創ったと言われている魔物が、悪意を持って人を襲い傷つけるものと認識されていた時代はもはや遠い過去。


人や人の集落を好んで襲うような魔物は、一部の、本来の気質から非常に凶暴であり、なおかつ闇の神が与えたという(実際は魔物にも信じている者は殆どいないくらいの伝承ではあるが)闇の持つ凶暴な力の本能に抗えない邪悪な心の持ち主……当然魔物達の生活の中でも相当の悪事を働き、裁かれる前にまんまと逃げ出して来た……だけであり、基本的には人間と全く変わらないものであるという事が知られるようになったのはもはや物語としてしか残って無いような時代からである。

(勿論、オーガー族を初めとして魔物は同じ種族、血族の中でも生まれつき知能の差が非常に激しく出る、等というような若干の違いはあるが)


人やその集落を襲う魔物…というのが今なお存在するのは確かだが、それは盗賊や海賊に身をやつした人間となんの変わりも無い。


もっと言えば、魔物と人間が手を組んで盗賊団や海賊団を組織する事もかなり多い。


これは悪事を働く者達に限らず、例えばこの大陸に無数にある都市は勿論の事、小さな町や村でも人間と魔物と呼ばれる種族の者たちが一緒に暮らしている事が一般的である。


ナルナガ、と呼ばれた彼も人間と共に暮らすオーガー族であり、アクリス率いるレインシーラ自警団の一員である。


「いつもの様な魔物連中の数が多くなっただけ…という訳でも無さそうだな」


「ああ…いつもの奴らもそれなりに悪知恵を使って計略を仕掛けてくるが…今回は質が違う。今までと比べると相当頭が切れるらしい」


自警団の中ではアクリスの右腕とも評される程の戦略眼と冷静さを持つナルナガが、心底不可解であろう事を隠しもせず顔をしかめる。


今回の襲撃はアクリスが言うように、魔物の数がただ多い訳では無い。


どれだけ悪知恵を働かせようが、結局の所目の前にいる敵に対して真っ向から向かって行くような手しか使って来ないのが今までの相手だが、今回はそれと比べるとかなり異質な程の対峙の仕方だった。


そもそも、今この砦に居る戦士が自警団の全てでは無い。


実は自警団の半数以上が、レインシーラから若干離れた村落を襲っていた盗賊集団の討伐に向かっているのである。


「同じタイミングで似たような報告があった時から考えておくべきだったか…くそっ」


「少なくとも向こうの討伐と後始末が終わらない事には仲間は戻らぬ、そして…我らの『味方』で有る筈のもう一方はレインシーラがどうなろうと知った事では無い……いや、むしろ一度被害を受けてくれた方が好都合とでも思っているのかもな」


「『思ってるかも』じゃねえよナルナガ。『思ってる』んだよ奴らは……少なくとも、間違いなく魔物嫌いの貴族一派連中はな」


「……何故…この大陸が今まで何故発展できて来たか知らぬ訳無いだろうに……いや、今はそれを語っている場合では無いが」


互いに冷静さを欠き始めていると感じたナルナガが一旦話を打ち切って目の前の問題へ話を戻す。


「そうだな……だがどうする?もう今更籠城戦に移ろうとした所で間に合わない。打って出ようにも、まともにぶつかれば潰されるだけだ」


「……ルーフル、第二城門はどれくらい持たせられる?」


「……反撃する事を全く考えずに、ただ来る敵を防ぐだけに集中して良いなら、長くて3時間てとこですかね。敵を減らすことを求められると更に短くなりますが」


「そうか…どちらにせよ、仲間が全て戻ってくるまで待てる余裕は無いな。……ならば取る手は一つだアクリス。砦を捨てて街に退く」


「まあ……最善手はそれしかないわな」


「ああ、街に被害が及ぶ可能性も有る上、盗賊に強固かつ街に近い拠点と勢いを同時に与えてしまうが……結局一番被害を抑えられる上に勝算があるのはこれだけだ。……後はいつ来るか分からない援軍を当てに限界まで籠り続けるか、さもなくば全軍で打って出て大将の首を狙う一か八かの策か……個人的には、どちらも今取るべき物では無いだろうと思うがな」


「……ああ、同感だよ。分かった、あと1時間…出来れば2時間、粘れるだけ粘った後に隙を見て全員で街に退く」


アクリスの決断に、一瞬ホッと胸をなでおろしそうになるナルナガだが、しかし、厳しい現実を目の前にして再び顔を強張らせる。


ナルナガの言う言葉に嘘は無い。


本来街で有るとはいえ、レインシーラの防御力は下手をすればこの砦よりも高い。


ならば、そこへ退却する事が最も勝率の高い掛けであるのは間違いない。


……しかし、退却というのは口で話すよりもとてつもなく難易度が高い作戦である。


「逃げる」事が主目的である以上、此方の部隊を叩きつぶそうと襲い掛かってくる追撃部隊に追いつかれれば、戦闘での動き方が限られて不利な状況に陥る事が常であり、他の仲間も逃げる事に集中している故に助けに入ってくることも少ない。


時間が経てば経つほど味方の士気が下がり、仲間の数も減っていく。


最悪の場合誰一人助からないという事ですらままあるような過酷なものなのだ。


(……しかも、我らで隙を作らねばならない状況か…)


よりによって砦での籠城を選択してしまった為に、まずここから逃げ出す事すら難しい。


幸い…とも言えないかもしれないが、敵が砦を包囲している訳では無さそうなのが唯一の救いだった。


「心配すんな!誰も死なせねえからよ!」


そうナルナガに声を張り上げるアクリスだが、ナルナガからしてみればそれは非常に複雑な宣言だった。


(……また自らを犠牲にすれば…などと馬鹿な事を考えているのでは無かろうな、友よ)


槍を握った手に力を込めながら、ナルナガは悲痛な表情を浮かべた。





主人公が半分以上登場しておりません。

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