振れる心。
纐纈さんの家は、このあたりだと有名だ。家こそは隣の夕月市ではあるけれど、父親が県議会議員で、彼女の上のきょうだいもそれなりに名のある学校に進学してるという。そのせいか、なんというか、堅苦しさすら感じる。少なくとも、私の1個下とは思えないくらいに。
もちろん、いい子なのは確かだ。真面目だし、頭もいいのに努力家で、苦手なとこだってほとんどないような人。両親が知り合いじゃなかったら、きっと雲の上で、何も関わりもなかったはずの人。
部屋に戻ると、「誰からだったの?」と訊いてくる高くて甘い声。
「えっと、……知り合いからよ」
「へぇ、そうなんだ」
それだけで興味をなくしてくれたようで、勉強机に向かってくれる。「それじゃ、私もお風呂行ってくるから」と荷物を背負って出ていくのを見て、思わず、ため息がこぼれる。
「なんて、話しようかしらね……」
正直、あんまり話す機会もないし、さばさばしてて、つかみどころがない。部活をしてるとこも、生徒会の仕事だとかで会ったときも、隙がない、機械でも入っているんじゃないかって感じ。嫌いってわけじゃないけど、いざ近づくと、触れがたい。
なんで、こんな深みに嵌っているのか、自分でもわからない。問いにもなってない、答えなんてわかるわけないのに。それなら、別のことを考えてたほうが、よっぽど有意義だ。
とりあえず、まずは宿題を済ませなきゃ。鞄を開けて、教科書とノートを出す。明日の予習も済ませておきたいし。とにかく、解のない問題に、いつまでもかまけてられる時間はない、……はずなのだけど。今日に関しては、集中力が途切れがちだ。一応、受験生ということもあるし、出てくる課題も多くない。少なくとも、私には三十分もあれば終わらせられるくらいには。その余裕が、得体の知れないものに、心を向かわせているのかもしれない。
気持ちは、宙ぶらりんに浮いたまま、戻ってきてくれない。ただ、どういう風に接すればいいかがわからないからってだけじゃ、こんなに心の中が乱れるわけがないことくらいはわかってしまう。ほんのりとした憧れはあるかもしれないけれど、ただの知り合い程度。それ以上の気持ちも、関係も、あるはずはないのに。
「華凜ちゃん、ただいまー、またお勉強?」
「ええ、……まあね。私も、お風呂入ってくるから」
「うん、行ってらっしゃーい」
年は変わらないはずなのに、妹みたいな親しみが沸く。さっきまで頭の中に浮かんで離れなかった影とは、正反対だ。
とりあえず、寮の中では出会わないのだけは、救い、なのかしらね。乱された心が落ち着くことはないだろうけど、少なくとも、これ以上乱されることはないから。