遠い距離。
「ふぅ、今日も疲れたわ……」
寮の部屋で、一人になったタイミングに、知らぬ間に零れたため息。中学三年の冬、内部進学があるから、夏が終わっても引退しなくていいのは感謝すべきなのだろうし、好きだけど、疲れることはどうしようもない。
周りから見ている以上に、このスポーツは奥が深すぎる。私には、届かないところにあるような。
毎回、いいところまでは行くのに。いつも、手を伸ばしたところで届かない。今年の夏も、県までは突破できたけど、3回戦でフルセットまでもつれ込んで負けた。それも、最後は私のイージーミスで。一番気を張るべき時間で、気持ちが切れてしまったせい。
そういえば、何もかも中途半端になってるな。勉強だって、いつも菊花に入れそうなところで入れない。……何が、足りないんだろう。頭の中は堂々巡りになって、気が付いたら手持無沙汰に取り出したラケットをくるくる回している。
さてと、せっかく出したし、メンテもしておかなきゃ。クリーナーを取り出して、しばらくは心を無にできる。陰鬱とした気持ちは、汚れと一緒に消えてはくれないけれど。それでも何もしないよりは気が楽になる。
「そろそろ、替え時かしらね」
引っかかりも悪くなってきたし、ラバーもけっこうボロボロになりかけている。今月のおこづかい、無くなっちゃうかもな。こだわり始めてしまうと、意外とお金のかかるスポーツだ。できるだけ使わないではいるけれど、必要以上のおしゃれは当分できそうにないな。ケースにラケットをしまうと、ちょうどドアの開く音。
「あ、ただいまー」
「あら、おかえり」
もう聞き慣れたルームメイトの声に生返事で返して、出してた教科書とノートに今まで向かってたような気がする。さすがにもう慣れたけれど、妙に距離を近づけて来ようとするのはあまり心臓に良くない。こうやって露骨に避けようとするのは良くないのは分かってるけれど、それでも近づかれるのは苦手。別に嫌ってるわけじゃないって分かってもらえたからいい、……でも、「トモダチ」よりももっと先には、行けそうにない。きっと、誰とも。
軽快な着信音に体が飛び上がりかけて、慌てて押し殺す。「ごめん、ちょっと電話」言い捨てて部屋を出る。画面を見ると、「纐纈すみれ」の文字。そういえば、そんな季節か。実家の繋がりで毎年のように呼ばれるクリスマスパーティーには、さすがに少しうんざりしかけている。
どこか、聞かれない場所はあったっけ。ひとまずはがらんどうな給湯室側の階段前で電話を取る。
「もしもし、またいつもの話?」
『あ、はい、今年もまたお越しいただけますか?』
「そうさせて頂くわ、いつもありがとう」
いくら苦手だっていっても、関わらないわけにもいかないのが辛いところだ。実家の繋がりは抗いようがないし、纐纈さんのことも、そのパーティーで似たような世代の人があんまりいないからと話したことはあるし、学校にだってたまに会う。それでも、妙にとっつきにくい雰囲気を漂わせていて、話もあんまりできてない。
『いえいえ、……そういえば、冬休みはご実家に帰られるんですよね』
「ええ、そうなるわね、去年も行ったし大体分かってるわ」
『そうですね、じゃあウチからはこれで』
「ええ、それじゃあ」
電話は、向こうから切れた。やっぱり、つかみどころがない。何をするにも隙がなくて、気圧されてしまいそうになる。
……はぁ、心の中に、いつの間にか溜まっていたもやもや。ため息一つじゃ、吐き出せそうにないや。