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第六話

 宇宙暦(SE)四五二一年八月二十三日。


 キャメロット星系第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある大型要塞アロンダイトの戦略戦術シミュレータ室で第九艦隊の参謀たちによる戦術検討が行われていた。


挿絵(By みてみん)


 戦略部分のシミュレートが終わり、首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐の読みは大きく外れた。

 彼女の予想ではテーバイ星系に侵攻してくるスヴァローグ帝国艦隊は五個艦隊で、その到着も二日後とされていたのだ。それが予想を上回る七個艦隊三万五千隻という大規模な艦隊が、想定以上に早くテーバイ星系に侵攻してきた。


 第九艦隊司令官アデル・ハース大将はこの条件で戦術検討を開始することを宣言した。

挿絵(By みてみん)


「では、この条件で戦術検討を行います。リンステッド首席参謀、あなたはテーバイ派遣艦隊の総司令官です。防衛艦隊総司令部の命令に従い、帝国艦隊を排除しなければなりません。本来であれば一個艦隊が増派されたという情報は入っていないはずですが、それを前提に作戦を立てても構いません。では、シミュレータ時間を五日の二十三時に戻し、スタートします」


 リンステッドは七個艦隊の敵とどう戦うか迷った。


(今は五個艦隊しかない。増援が来るのは五日後。それも僅か一個艦隊だけ。この状況で敵を排除しなくてはならない……闇雲に戦うのは愚策過ぎる。といって防衛拠点はないし、何よりキャメロットJPを守らなければならない。今のキャメロット星系には一個艦隊しかないのだから……)


 そこで部下である参謀たちの意見を聞くことにした。


「この状況を打破するためにどうすべきか、意見があれば出してほしい」


 しかし、部下の参謀たちも顔を見合わせるだけでなかなか意見を出さなかった。

 ためらいがちに戦術を担当する作戦参謀が発言する。


「まず確認したいのですが、戦略目的はどのようにお考えでしょうか」


 戦術を考える時に最も重要な前提条件が示されていないことを指摘したのだ。

 リンステッドは自らの失態に顔が熱くなる。士官学校の教官時代には自分自身が戦略目標の重要性を候補生たちに教えていたことを思い出したのだ。

 彼女は冷静さを取り戻すため、コンソールを操作する。そして、その行動で頭を冷やした後、映し出された表示を示しながら説明を行っていく。


「目的はキャメロット星系の防衛です。敵艦隊をテーバイ星系に拘束することが当面の戦略目標となります。敵は二十二パーセク(約七十二光年)という距離を七個艦隊で侵攻してきました。これは兵站に大きな負担を掛けることになりますから、ここで足止めすることができれば、補給の問題から一ヶ月以内に撤退するはずです」


 その言葉に作戦参謀たちはコンソールを操作し始めた。

 リンステッドも作戦を検討し始めたが、その時、帝国軍に動きが見えた。

 情報参謀がその状況を報告する。


「帝国軍の戦闘部隊がスパルタンJPに向けて移動を開始しました。補助艦艇はアラビスJPに留まったままです……」


 スクリーンには最大加速度で動き始めた帝国軍の速度などの情報が映し出された。

 派遣した偵察(スループ)艦からの遠距離映像に切り替わる。最大望遠での映像ということでほとんど点にしか見えないが、三万隻を超える大艦隊が一定方向に動いていく姿は確認できた。


「補助艦艇にも動きがあります! 機雷敷設艦が機雷を敷設し始めました……」


「機雷の敷設……どういうことかしら」とリンステッドは疑問を持つが、スパルタンJPに向けて動き始めた敵主力艦隊への対応を迫られ、その疑問は頭の隅に追いやられた。


「惑星ヘラクレス付近で迎え撃ちます。補助艦艇を除く全艦は加速度三kGで発進せよ!」


 アルビオン軍の艦隊アイコンが一斉に動き出した。


「では、シミュレータの速度を少し上げます。軍議が必要でしたら速度を戻しますから、いつでも言いなさい」


了解しました、提督(アイ・アイ・マム)」とリンステッドは答えたものの、この劣勢をどう覆すかに頭を悩ませていた。


(敵の動きが速い。スパルタンJPは七パーセク(約二十三光年)。スパルタンからキャメロットまでは五パーセク(約十六光年)。もし突破されたら半月でキャメロットに着いてしまう……)


 そこであることが頭に浮かんだ。


(……こう考えたらどうかしら、スパルタンに向かうなら時間は稼げる。だから、超光速航行(FTL)に入ったことを確認したら、こちらはキャメロットに向かえばいい。スパルタン側のJPに機雷を敷設する時間は充分に取れるから、五個艦隊でも充分に戦える。そうよ。相手がスパルタンに向かうならそのまま行かせた方がいい。でも、これは相手も分かっているはず。だとすれば、今の機動は欺瞞。本来の目的はこちらの艦隊を誘い出すこと……)


 シミュレータの速度を通常に戻すよう依頼した。時刻は六日の五時を指し、六時間が経過した後だった。

 リンステッドは今思いついたことを参謀たちに説明する。


「首席参謀のおっしゃる通りです。もし、スパルタンに向かうつもりなら補助艦艇を同行させなければなりません。ですが、現状では補助艦艇が動く気配はありません。これは我々をおびき出す作戦で間違いないでしょう」


 参謀たちからも賛同の声が上がる。


「では、全艦隊に停止命令を」と言って追撃を中止しようとしたが、作戦参謀がそれに異論を唱えた。


「分離している補助艦艇に対しタイミングを合わせて、牽制攻撃してはどうでしょうか? スパルタンJPに向かっている敵と補助艦艇の距離がある程度離れたタイミングで高機動艦による奇襲を行えば、敵は必ず混乱します。何と言っても本国から遠く離れた星系に来ているのです。補給手段を失うことはそのまま敗北に直結しますから。そう考えれば帝国艦隊も同じように高機動艦を出して救援に向かうはずです。上手くいけば各個撃破が図れるのではないでしょうか」


「そうね……分かりました。作戦参謀と運用参謀のチームで最適な航路と加速度を設定しなさい。他の者は現在の状況を再分析するように……」


 三十分後、作戦参謀らが考えた作戦案がスクリーンに映し出される。

 そして、作戦の骨子が説明された。


「キャメロットJPとアラビスJPの距離はおよそ三百五十光分です。既に我々の動きを確認していますので、何らかのアクションを取っていることが考えられます。ですので、敵の動きを確認しつつ、ヘラクレスに向かうよう欺瞞行動を取りながら、敵との距離が百光分を切ったところで、軽巡航艦と駆逐艦を主体とした高機動艦五千隻を派遣します。本隊は加速を停止し、キャメロットJPに向けて転進します……」


 作戦参謀の考えた案は本隊を陽動として使い、敵が補助艦艇と充分離れたところで加速力に勝る軽巡航艦と駆逐艦で補助艦艇を蹴散らすというものだった。

 それに対し、リンステッドは異を唱えた。


「アラビスJPにある機雷のことを忘れていないかしら。五千隻では補助艦艇群に辿り着く前にステルス機雷で全滅してしまうわ」


「その点は考慮しております。ミサイルの全数を遠距離から発射すれば、その数は十万基に達します。迎撃されやすい遠距離からの攻撃であっても補助艦艇が標的ならば充分な戦果が得られるはずです」


「確かにそうね。全滅できなくても損害を与えるだけで敵に心理的な圧力を掛けることができるわ…分かりました。その作戦でいきます」


 再びシミュレータの時間が加速する。

 帝国艦隊の動きは作戦参謀の予想通りで、アルビオン艦隊に向けて真っ直ぐ向かってきた。


 そして、予定通りの百光分の位置で高機動艦を切り離し、本隊は転進した。

 帝国艦隊はアルビオン艦隊の動きを確認した後も、本隊に向けて最大巡航速度で迫っていった。

 それでも充分な距離で転進したことから、アルビオン艦隊に追い付くことはできない。


 一方、高機動艦部隊に対しては何ら動きを見せなかった。


「どういうことかしら」とリンステッドは疑問を持つが、敵の思惑が分からない以上作戦を続行するしかなかった。


 四時間後、高機動艦部隊が補助艦艇群に接近した。

 補助艦艇は攻撃を受ける前にアラビスJPから超光速航行(FTL)を使って脱出する。

 高機動艦部隊の攻撃は空振りに終わったが、それだけでは済まなかった。


 アラビスJPに敷設されたステルス機雷五十万基が一斉に起動し、ステルスミサイルが発射された。本来の攻撃範囲の十倍以上の距離からの攻撃だった。


 ステルスミサイルは二十kGの加速力とステルス性を持つ大型ミサイルで、重巡航艦ですら容易に轟沈する破壊力を誇る。

 そのため軽巡航艦や駆逐艦であれば至近距離で爆発するだけでも大きな損害を受けてしまう。


 高機動艦部隊は五十万基のミサイルを迎撃すべく対宙レーザーが最も効果的に使用できる散開陣形を採った。

 そして、六万基近い数の対宙レーザーでの迎撃を開始した。


 迎撃方法は機雷原での対応と同じ、戦隊ごとに旗艦の人工知能(AI)によって集中制御を行う方法だった。これは敵艦隊からの攻撃を考慮する必要がないため、操舵士による手動回避軌道が不要なため行える。


「こんな距離から攻撃しても無駄よ」


 リンステッドは余裕の笑みを浮かべていたが、スクリーンに映されるデータに顔色が悪くなっていく。


「どうして……」


 対宙レーザーによる迎撃は初期こそ成功したものの、高機動艦部隊は次々に帝国ミサイルの餌食となって爆散した。

 帝国軍は軽巡航艦のみを狙うという飽和攻撃を仕掛け、それによって戦隊旗艦が失われ、旗艦からの集中制御による迎撃網はあっさりと崩壊した。


「高機動艦部隊全滅……」


 情報参謀の悲痛な声がシミュレータ室に響く。


「このままキャメロット星系で迎え撃ちますか? 戦力比はさらに広がりましたが」


 作戦参謀の指摘にリンステッドは怒りを爆発させる。


「そんなことは分かっています!」


 しかし、リンステッドはそれ以上何も言わず、スクリーンを見つめるだけだった。


 その後もリンステッドは後手に回り続け、アルビオン艦隊は五十パーセント以上の損害を出し、キャメロット星系に撤退した。

 更に増派した艦隊は帝国軍が待ち構える中にジャンプアウトし、なすすべもなく全滅する。


 戦略モードに切り替わり、その後の状況が映し出される。

 スヴァローグ帝国軍はアルビオン艦隊に損害を与えると、テーバイ星系から速やかに撤退していった。

 一方でダジボーグ星系からロンバルディア星系に向けて六個艦隊が進撃し、ロンバルディア軍を撃滅して星系を支配する。


 また、テーバイ星系から戻った帝国軍七個艦隊はダジボーグ星系に残された二個艦隊とロンバルディアから引き抜いた二個艦隊を加えた計十一個という大艦隊をヤシマに侵攻させた。


 ヤシマに派遣されていた六個のアルビオン艦隊は倍する敵に善戦したものの、三十パーセント近い損害を出し、撤退するしかなかった。

 こうしてヤシマはスヴァローグ帝国に占領された。


「では、シミュレータを停止します」というハースの声が聞こえ、スクリーンの表示は停止した。



 別室に控えていた副参謀長アルフォンス・ビュイック少将とクリフォードはその結果に握手をする。更にその後ろではインヴィンシブルの士官たちが「やった!」と歓声を上げていた。


「君のお陰で勝てたようなものだ」とビュイックはクリフォードを称える。


「いえ、部下たちが見事な作戦を立ててくれたからです。私は初期のアイデアを出したにすぎません」


 今回の作戦の骨子はクリフォードが作成したもので、それに従い、戦術士のオスカー・ポートマン中佐や航法長のギルバート・デッカー中佐らがAIのサポートを受けながらまとめていった。


「それでもあれほど大胆な策を考えるとはな。さすがだよ」


 その称賛にポートマンも大きく頷き、


「本当ですよ。私なら見事に首席参謀のチームに負けていたと思いますね」


「私も戦術士(タコー)の意見と同じです。艦長が航法を苦手としているというのはただの伝説じゃないかと思ったほどですよ」


 デッカーが笑いながらそう言ってポートマンの肩に手を置く。

 クリフォードはそんな二人を見ながら、これで少しは艦に溶け込めたかなと考えていた。


「ところで君がアルビオン側の指揮を執っていたら、どう戦った?」


「私ならテーバイにはキャメロットにある全艦隊を送り込んで迎え撃った後、そのままダジボーグに向けて進軍させたでしょう」


「大胆な策だが、確かにその方が確実だな。もし、帝国軍がテーバイに向かってこなかったら、無駄足になるどころか自由星系国家連合(FSU)への援軍が間に合わなくなるからな。その方法なら帝国も王国の艦隊の情報を掴んだ時点でダジボーグを守る方にシフトしないといけなくなる」


「はい。ロンバルディアとヤシマを同時に守ることは非常に難しいですから。それなら帝国本土が危険だと思わせて侵攻の意志を挫く方が簡単です」


「まあ、ダジボーグへの侵攻は政府が認めないだろうから実際には難しいんだろうがな」


 そんな話をしていると、「副参謀長とコリングウッド艦長はシミュレータ室へ」と呼び出しが掛かった。

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本シリーズの合本版です。
(仮)アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)
内容に大きな差はありませんが、読みやすくなっています。また、第六部以降はこちらに投稿予定です。
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