第五話
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宇宙暦四五二一年八月二十日。
キャメロット第九艦隊首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐は、統合作戦本部作戦部長のルシアンナ・ゴールドスミス少将の思惑通りに動いた。
リンステッドは首席参謀という地位を利用し、部下である各参謀たちが参謀長とコミュニケーションを取ることを妨害した。そのため、司令部のまとめ役である参謀長セオドア・ロックウェル中将が孤立する事態に陥った。
ロックウェルは参謀たちを掌握するため、副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将と協議するが、楽天的な性格のビュイックは危機感をあまり持っておらず、真面目なロックウェルと意見が合わない。
「参謀長はそうおっしゃいますが、首席参謀は不当なことをやっているわけではないと思うのですが?」
「それは理解しているが、今の首席参謀のやり方は酷過ぎる。少なくとも参謀長である小官と各参謀との間に壁を作るような行為は慎むべきだ」
その時、リンステッドは作戦参謀や後方参謀などの担当に対し、どのような些細なことでも首席参謀である自分を必ず通すように命じていた。
首席参謀の職責は参謀たちを総括し、司令官及び参謀長を補佐するというもので問題はないのだが、会議の席ですら各参謀に発言を認めないというやり方に、ロックウェルは一度怒りを爆発させている。
「これでは自由な意見が出ないが、大佐は何を考えておるのだ!」
それに対し、リンステッドは冷静さを失わずに反論する。
「各参謀の意見は首席参謀たる小官が吸い上げてから上申しております。ここは戦場ではありませんので時間を掛けて議論した結果を会議に上げるようにしたのですが、どこか問題があるのでしょうか?」
「それでは会議をやる意味がないのではないか。発言を制限されるなど全体主義のゾンファ軍ですらありえぬ」
「ゾンファの会議のやり方を小官は存じ上げません。ですので、そのようなことを申されても困ります。どの部分が艦隊運用規則のどの条文に違反しているかを明確にしていただかないと」
その不毛なやりとりを聞いていた司令官アデル・ハース大将が二人の会話の間に入った。
「今は権限が誰にあるかなどということではなく、来るべき対スヴァローグ帝国との戦いについて考えましょう」
そう言ってハースはロックウェルとリンステッドの争いを収め、一つの課題を出した。
「諜報部が掴んだ情報と戦略戦術研究部の解析によれば、ここ二年以内に帝国が自由星系国家連合に侵攻する可能性が極めて高いとのことです。その際に我が国を牽制するため、何らかの手段、具体的にはテーバイ星系へ侵攻を行う可能性があります。作戦部でも艦隊の参謀本部でも検討を重ねていますが、我々も帝国の野望を打ち砕くための検討を行いたいと思います……」
そこでスクリーンに統合作戦本部から送られてきたデータを表示する。そこにはダジボーグ星系に十二個から十五個艦隊が集結し、その一部がテーバイ星系に向かうという情報が映し出されていた。
「見ての通り、帝国は動員可能なほぼすべての戦力をダジボーグに集結させるはずです。帝国がこの大艦隊をどう動かすか。そして、それに我が国がどう対抗するかを考えねばなりません」
そこでリンステッドが発言を求めた。
「具体的には何を検討するのでしょうか? 第九艦隊としてどう対応するかは作戦部と防衛艦隊総司令部の意向に左右されます。しかしながら、防衛作戦全体の検討を行うことは一艦隊司令部の裁量の範疇を超え、あまり意味がないように思いますが」
ハースはコケティッシュとも見える、魅力的な微笑みを浮かべて頷く。
「大佐の懸念はもっともね。でも、こう考えてはどうかしら? これはあくまで戦術検討の前提条件を見るためのケーススタディよ。この検討をもって作戦部に意見を具申する気はないし、作戦部から来る情報を待っていては検討が遅れてしまう。だから、第九艦隊独自に戦略の検討を行うの。これならおかしなことではないでしょ?」
ハースの言葉にリンステッドも「はい、提督」と答えるが、彼女はシミュレーションでの検討が得意であったため、自らの力量を示すよい機会だと考えた。
「私が条件を考えては面白くないわね」とハースはいい、一言も発言していなかったクリフォードをチラリと見た。
「そうね。こうしましょう。折角だから、アルビオン側と帝国側に分かれて、それぞれが戦略を立てるのです。それに従って艦隊をどう動かすかから考えていきましょう。アルビオン側は今後の指標になるから、首席参謀がリーダーとなって検討しなさい。帝国側は……そうね、副参謀長がリーダーになって検討を進めて。でも、それだと手が足りないわね……」
そう言って周囲を見回し、クリフォードに視線を送る。
「艦長にもお願いしようかしら。参謀長はどう思いますか?」
突然話を振られたロックウェルは戸惑うが、「特に問題ありませんな」と答える。
「クリフはどう?」
クリフォードは自分がなぜ加わる必要があるのか疑問に思い、
「艦長としての職務を優先したいと思います」と答えた。
「そう言えば定期点検のタイミングだったわね」とわざとらしく言い、クリフォードが答える前に、
「だったら、副長に任せれば大丈夫でしょ。それに数日のことなのだから」
最初から決められていたと感じたクリフォードは、「了解しました、提督」と答えるしかなかった。
ハースの言う通り、インヴィンシブル89は第三惑星ランスロットの要塞衛星アロンダイトに明日入港し、十日間のメンテナンスに入る予定だった。
「では、私と参謀長は審判役になるわ。三日後にアロンダイトの戦略シミュレータを使って対戦します。それまでに作戦案をまとめておいて。帝国と自由星系国家連合の情報は閲覧できるようにしてあるわ。では、質問がなければ解散します」
ハースはそう言うと全員を見まわし、質問がないことを確認すると、そのまま会議室を出ていこうとした。しかし、一度立ち止まり、クリフォードに視線を向ける。
「あなたは航法が苦手だったわね。メンテナンスに航法長はいらないから、手伝ってもらいなさい」
その言葉にクリフォードが答える前に更に付け加える。
「ちょうどいい機会ね。部下たちの力量を把握するために、艦の運用に支障が出ない範囲で部下を使いなさい。これは命令よ」
それだけ言うと参謀長と副官を従えて部屋を出ていった。
呆気に取られているリンステッドら参謀とクリフォードが残された。
「では艦長。三日後を楽しみにしていますわ。英雄の戦いを見せていただけると嬉しいのですけど」
リンステッドはそれだけ言うと、参謀たちを引き連れて会議室を出ていく。
先に会議室を出たロックウェルはハースの迂遠なやり方に納得できず、ハースと副官だけになったところで真意を質した。
「提督のお考えをお聞かせいただきたい」
その直截ないい方にハースは苦笑しそうになるが、表情を崩すことなく真剣な表情で答えた。
「首席参謀の暴走は統合作戦本部の誰かが示唆したものでしょう。この時期にこのようなことをする人物がいること自体信じられませんが、放置しておくわけには参りません」
「それは分かるのですが、なぜコリングウッド艦長を起用されたのか。ビュイック少将にも参謀チームを付ければよい話だと思うのですが?」
「それでは司令部全体の検討になりません。それに首席参謀の下に全員を付けておいた方が後で言い訳できないでしょ」
そう言って“チェシャ猫”のような意味深な笑みを浮かべる。
「言い訳ですか? つまり副参謀長、いえ、コリングウッド艦長が勝利するとおっしゃりたいのですか」
「ええ、私はそう考えています。彼はとても優秀な戦略家です。それに引き換えリンステッド大佐は戦略眼を持っていません。もし、リンステッド大佐が勝利するなら、それは部下の意見をきちんと聞いたということです。ですが、彼女にその度量はないでしょう」
「言わんとすることは分かりますが、万が一リンステッド大佐が勝利した場合は今以上に増長しますぞ」
ロックウェルの警告にハースは「その時はその時ですよ」と笑みを浮かべたまま返すだけだった。
会議室に残されたクリフォードと副参謀長のビュイックは顔を見合わせて同時にため息をついた。
「提督は何やら深いお考えがあるようだな」とビュイックが言うと、クリフォードは「そのようですね」と苦笑する。
「君は帝国軍と戦った経験があるし、自由星系国家連合の状況にも詳しい。すまないが助言を頼む」
そうしてクリフォードとビュイックは艦の戦術AIを使い、検討を始めることにした。
クリフォードは航法長のデッカー中佐、戦術士のポートマン中佐、情報士のコーンウェル少佐らに協力を仰ぎ、戦略をまとめていく。
当初、このような作業に戸惑ったデッカーたちだったが、参謀たちとシミュレータで戦うと聞かされ俄然やる気になる。
特にポートマン中佐は強いやる気を見せた。
「リンステッド大佐にひと泡吹かせられるなら徹夜でも何でもやりますよ」
「個人的な感情は抜きで頼みたいのだが」とクリフォードは窘めるが、
「もちろんですよ」と答えるものの、好戦的な表情は崩さない。
リンステッドは旗艦の士官たちに対し、
「あなたたちは戦う必要などないのだから楽なものね」という感じで、馬鹿にするような態度を取ることが多かったのだ。
実際、旗艦は他の巡航戦艦のように前線に出て戦うことは少なく、前任の猛将エルフィンストーン提督時代でもほとんど砲火を交えることはなかった。
それでも旗艦の士官ということで、他の艦よりも強い重圧を感じて任務に当たっているのだ。
更にハースは演習においては旗艦を最前線に置くことが多く、演習と同じような形で実戦になった場合、真っ先に戦闘に入る可能性が高い。
そのことを一切考慮しない発言に、温厚なコーンウェル少佐ですら怒りを覚えていた。
そんなこともあり、今回のシミュレータ対決が“司令部の参謀”対“旗艦の士官”の対決の場と捉えられることが多かった。
これはハースの思惑通りで、彼女は士官たちとの付き合いが短いクリフォードが早く艦に馴染むよう仕向けたのだ。
三日後、要塞アロンダイトの戦略戦術シミュレータ室には多くの人が集まった。
ハースはこのことを一切口外しなかったが、リンステッドが自らの勝利を見せつけるために故意に情報を広めた。しかし、そのことでハースから咎められることはなかった。
ロックウェルはリンステッドのやり方に反発し、ハースに問い質した。
「今回の件は研究の一環であって見せ物ではないはず。リンステッド大佐にひと言注意すべきではありませんか」
「私は口外することを禁止していません。それに研究の成果を広めることはよいことですよ。この結果次第で王国が厳しい状況にあると認識してもらえるのですから」
ロックウェルはハースの真意を掴めなかったが、非公式とはいえ、口外することを禁止しなかったことは事実であり、それ以上何も言わなかった。
シミュレータ室は艦隊の総旗艦の戦闘指揮所を模擬した部屋となっている。アルビオン艦隊側を指揮するメンバーがそこで事前に入力した作戦と、刻一刻と入ってくる情報を吟味し、複数の艦隊に命令を出すことで対応する。
一方の敵側のメンバーは事前に作戦を入力するだけで、あとは人工知能にすべてを委ねることになる。これはゾンファ共和国軍にしてもスヴァローグ帝国軍にしても本国の作戦を無視して臨機応変な対応を採ることは稀であるという前提に立っているためだ。
クリフォードはこのやり方に否定的な考えだった。
ゾンファにしても帝国にしても現場の指揮官の判断が勝敗を左右すると考えているためだ。しかし、ハースの意図を察しているため、AIに任せても大きな支障はないと割り切り、特に何も言わなかった。
リンステッドらがシミュレータ室に入った。
そして、審判役のハースが事前情報を読み上げ、それがシミュレータ室と観覧用のスクリーンに映し出される。
「今回の敵はスヴァローグ帝国です。ダジボーグ星系に十五個艦隊が集結し、更に多くの輸送艦が現れたという情報がヤシマ経由で届きました。この時点を基準時間とします」
スクリーンに映し出された日時情報はゼロが並んでいる。
更に星系図が映し出され、艦隊のアイコンが点滅していた。
「キャメロット星系に九個艦隊、アテナ星系に二個艦隊、ヤシマ星系に三個艦隊が配備されています。各艦隊の状況は……自由星系国家連合の状況はスクリーンに示した通り。各国の判断は作戦部の指標を使い、AIが判断します。敵と接触するまでは事前の作戦通りなので、時間経過を千倍にして進めます。ではスタート……」
ハースの言葉でスクリーンの情報が目まぐるしく変わっていく。
リンステッドらの立てた計画に従い、キャメロット駐留九個艦隊四万五千隻のうち、五個艦隊、約二万五千隻を六パーセク(約二十光年)離れたテーバイ星系に派遣し、更に二十二パーセク(約七十二光年)離れたヤシマ星系に三個艦隊、約一万五千隻を派遣した。
テーバイ星系に派遣した艦隊には帝国側に当たるアラビス星系へのジャンプポイントで迎え撃つよう指示を出している。これは帝国艦隊のテーバイ星系予想到達日時が八日零時以降という解析結果に基づいていた。
その理由をリンステッドは得意げに説明する。
「スヴァローグ帝国の戦略目的は自由星系国家連合のロンバルディアとヤシマの占領です。この二ヶ国を攻略するために最低十個艦隊は必要ですから、王国への牽制に使える艦隊は最大でも五個艦隊です。敵艦隊の予想到達時刻は八日の零時。ですので、ギリギリですが間に合います」
そこで戦術画面に切り替え、テーバイ星系図を映し出す。
「アラビスJPには濃密な機雷原がありますから、余裕をもって対処できるでしょう。そして重要なことは、我々はヤシマも死守しなければならないということです。三個艦隊を増派し、六個艦隊とすればヤシマ艦隊に期待しなくとも守り切ることは難しくありません」
リンステッドは戦略予備として一個艦隊をキャメロットに残しただけで、アテナ星系の艦隊には手を付けなかった。その点についても説明を行った。
「ゾンファ共和国の動向が不明ですので、アテナ星系を空にするわけにはいきません。現在の二個艦隊に加え、要塞“アテナの盾Ⅱ”があれば、相手が六個艦隊でも充分に戦えます。更に戦略予備の一個艦隊を加えれば、ゾンファ共和国が動員可能な十個艦隊にも対抗できます」
アテナ星系には大型軍事要塞“イージスⅡ”がある。直径約百キロメートルの小惑星を利用した要塞は五基の十ペタワット(十兆キロワット)級動力炉と、一ペタワット(一兆キロワット)級反陽子加速砲が三十門備えられたアルビオン王国における最大級の要塞だ。
その説明をしている間にダジボーグとテーバイ星系の中間に当たるマヤーク星系に帝国艦隊が現れたという情報が表示される。日時は五日の零時を指していた。
「では、一旦ここでシミュレータの速度を通常に戻します」というハースの声でスクリーンの表示が緩慢になった。
スクリーンに表示された帝国艦隊数は七。リンステッドの予想を裏切る数字だった。
マヤーク星系とキャメロット星系の距離は十七パーセク(約五十五光年)で、二十日前の情報となる。
「充分に間に合うタイミングよ。ですが、万全を期すために一個艦隊を増派し、戦略予備のためにアテナから一個艦隊を呼びよせます」
リンステッドは直ちに実行するよう指示を出した。
再びシミュレータの速度が上がり、十日が過ぎた。そこでシミュレータの速度が通常に戻される。
テーバイ星系から急行してきた情報通報艦からの情報がスクリーンに映し出されたのだ。
帝国艦隊は五日の十八時にテーバイ星系のアラビスJPに現れた。リンステッドの派遣した五個艦隊はその五時間後にテーバイ星系にジャンプアウトし、初期の戦略であるアラビスJPでの迎撃は失敗に終わった。
帝国艦隊はステルス機雷を排除した後、キャメロットJPにもスパルタンJPにも向かわず、アラビスJPに居座っているというものだった。
リンステッドは「そんな……」と絶句するが、増派した一個艦隊を含めても帝国軍に数で劣っており、決戦を挑むことは無謀だった。
そこでシミュレータの表示がテーバイ星系に切り替わった。